第77話 対決種目、決まる
ブチ切れ宣戦布告から、三日後。
すっかり暑さが落ち着き、朝晩が肌寒くなってきた十月の半ば。
『新米マスクちゃんねる』との決着をつけるべく行う、対決の種目が決まった。
「対決種目は『プラチナ出るまで帰れません』か……。まぁ、妥当と言えば妥当よね」
先方から来たDMの文面を見ながら、シルヴァちゃんが言った。確かに、おバカちゃんたいきくんにしては中々ちゃんと考えた競技を選んだな、と思った。
なぜか。
「ダンジョンで無敵の大地さんに勝つ可能性があるとしたら、こういうランダム要素の高い種目で戦うのが一番ですもんね」
同じく、画面を見ていた楓乃さんが理知的に言う。無敵とか言われると顔がかゆくなる……。
ダンジョン配信者の間では定番企画となっている『プラチナ出るまで帰れません』は、その名の通りダンジョン内の魔物からプラチナがドロップされるまで、ずっとダンジョン内で探索を続けるという企画だ。
そのため、純粋な探索力や戦闘力より、単純な運勝負となる場合が多い。ゆえにたいきくんも、これを選んだのだと推察できた。
「でもでも、大地さんなら絶対負けませんよね! だって《分身》して魔物の群れをバッチバチに叩けば、絶っ対先にプラチナが出るはずですしっ! あぁ、最初にコラボしたときの雄姿を思い出しますっ!!」
もきゅもきゅと可愛らしく身体を揺らしながら、今度は悠可ちゃんが言った。確かに、悠可ちゃんとコラボして伊野部社長にやり返したときも、名目上は『プラチナ出るまで帰れません』をやったんだっけ。
「いや、そこは向こうも対策してきてるわ。スキルの《分身》は禁止ですって。その他にも、入ダンするのは三人までって」
「むー、大地さんの分身ラッシュ、かっこいいのにっ!!」
「NARUT○みたいなカッコよさある!!」
ぷりぷり怒る悠可ちゃんが可愛すぎるので、ゆるいツッコミでお茶を濁す。
それにしても、アホの子たいきくんにしてはしっかり考えてるじゃないか。
こちらが数の暴力でプラチナが出る確率を上げられる点にちゃんと対策してきた。当日に会ったらよしよししてやらなくちゃな。
「じゃ、こっちもこっちで色々と作戦練らなくっちゃね。まずは、当日に誰が潜るかだけど……実力的に、大地と悠可は決まりよね」
自分の髪を触りながら、シルヴァちゃんが言う。考え込む仕草が中々にセクシーである。自宅作業用のメガネがこれまたプリティだ。部屋着のスウェットに生まれ変わって大きなOPAを優しく包み込んであげたい。
「そうなると――アタシか、楓乃か」
少しタメを作り、全員を見回してから言うシルヴァちゃん。
……確かに、その二択になるか。
俺としては、正直どっちにも潜ってほしくはない。
これが二人の意志を無視した気持ちなんだとしても、たいきくんという、女性に対して嫌なイメージのある人間がいる場所に、来てほしくない。
「私、出たいです!」
俺が一人、懊悩していると。
強い決意を滲ませて、楓乃さんがよく通る声で言った。
「……楓乃、あんたの探索スキルはまだ中級レベルでしょ? 向こうが指定してるダンジョン、上級だけど、大丈夫なの? 足手まといになるようなら、いない方がいいぐらいなんだからね?」
「……っ」
あえて、厳しい言葉で楓乃さんの決意を試すシルヴァちゃん。
俺と悠可ちゃんは、黙って二人のやり取りを見守るしかない。
「足手まといには、絶対になりません。必ず役に立ってみせます」
「根拠あるわけ? アタシはこれでも、上級をソロ探索するぐらいのスキルはあるんだから。そのアタシより、貢献できる確信はあんの?」
「確信は……ない。でも、絶対に役に立ってみせます!」
厳しいシルヴァちゃんの態度に負けず、強固な意志を見せる楓乃さん。その大きな瞳が、いつも以上に美しく輝いて見えた。
「はぁ……わかったっつの。アタシ自身、一回迷惑かけちゃってるし、今回は譲るわ。楓乃、よろしく頼むわよ」
「シルヴァちゃん……!」
「ただし。危険があるのも間違いないから、絶対に無事で帰って来るように。なんかあったら、タダじゃおかないんだっつの」
ぷい、と銀髪を揺らしてシルヴァちゃんがツンデレる。
そのベタすぎるが可愛さ極まれりな仕草に、メンバー全員が顔を綻ばせる。
「シルヴァちゃん! 私、頑張る!」
「ぬが!? 楓乃っ、いきなり抱きつくなっつの!」
「シルヴァちゃぁぁんっ! カワイイ、カワイイですっ!!」
「悠可ぁぁ!? アンタ関係ないでしょぉぉが!?」
顔を赤くしたシルヴァちゃんに、楓乃さん、悠可ちゃんがわしっと抱きつく。
シルヴァちゃんも嫌がっている風だが、決して振りほどこうとはしないからまたカワイイ。
「はぁ……負ける気、しないなぁ」
仲良しで最強な女性陣を見て、俺は勝利を確信していた。
◇◇◇
一方、その頃。
『新米マスクちゃんねる』の本拠地、たいきの住む1LDK。
リビングテーブルの椅子に片膝立ちで腰掛け、得意げにパソコンを操作しているたいき。くちゃくちゃとガムを噛みながら作業している。
エンターキーを叩く指が、余計な余韻を響かせて鬱陶しい。
「たいきー、買ってきたー」
「結構重いから手伝って」
そこへ、やけに高級そうな包装を施された“何か”を持って、みみとるいが帰宅する。私服だが、あまり撮影時の服装と変わらない。
「おーご苦労ご苦労。そこら辺に置いといて」
たいきはパソコンから顔も上げず、適当に二人をあしらう。
「こらたいきー、ありがとはー?」
「マジ手伝えし」
「あーもううっせーなぁ。せっかく集中できてたのに台無しだっつの!」
買物を頼んでいたらしいみみとるいに対して、たいきは身勝手な反応を返す。
わかりやすく、みみとるいの表情が不機嫌になった。
「なんだその顔っ!? こっちは気が立ってるんだっての! 向こうで静かにしてろよな!!」
叫び散らしてから、再び乱暴にキーボードを叩き出す。
たいきの顔からは、以前までの他人を舐めたような余裕は感じられなかった。
「見てろよ、新卒メット……僕のすごさを…………わからせてやる」
画面に向かって呟かれたたいきの言葉は。
荒々しいタイプ音にかき消されて、誰にも届くことはなかった。
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