第76話 俺、宣戦布告する
「『新卒メットチャンネル』の女性メンバー……一人ウチにくれません?」
たいきくん――いや、世間&常識知らずのクソ野郎から発せられたその言葉に、俺の堪忍袋の緒が切れた。
もうね、爽快にはちキレたよね。
ブチキレちゃったよねよねよねよね米津〇師。キック〇ック最高だぜぇぇハッピーで埋め尽くしてぇぇぇぇ!!
うん、もう怒りで頭おかしくなってるね。
「はぁーぁ……どこまで大人を馬鹿にすれば気が済むんだ、このボケは……」
「……は?」
おっと。
ごめんなさいね、言葉が荒くなってしまってね。
あくまでも紳士的に、冷静に対応しようと思っていたんだけど……怒るべきときに怒ってやるのも、大人の勤めってもんだと思うのよね。
「そんなの無理に決まってんだろ。キミ、馬鹿なの? あ、馬鹿か」
「は、はぁぁ!? なんだよオッサン、急にイキりだしやがって!」
度重なる俺の無礼口調に我慢ならなかったのか、クソボーイは机を叩いてメンチを切ってくる。机がかわいそう。
「じゃあ、キミが何かしでかしたとして。謝ったのに『じゃあ家族一人よこしたら許してやる』って言われて、差し出すか? 差し出さないだろ」
「いや意味わかんねーし! そういう話じゃないんですけど!」
「あんまり顔近付けないでもらえる? 寝起きで口がくせーんだわ」
「…………ッ」
「ぷ、うける」「それ言っちゃうかー」
しっしっ、と手を顔の前で振りながら言うと、みみ&るいが反応する。どうやら二人も、こいつの口が臭いと感じていたようだ。
「な、なんだコラぁぁ!?」
元々甲高い声を、さらにキンキンに昂らせて吠えるたいきというなのクソ。
もうこうなっちゃうとね、俺は止まれないんですよね。
日頃、言いたいことを言えずに耐えてる大人の鬱憤、なめんなよ?
「まったく、自分の思い通りになったと思ったらさらにつけ上がって。チャンネルメンバーはな、奴隷じゃねーんだ。家族みたいなもんなんだ! 超大国の王様とか超大金持ちが、全権力と全財産やるからって頼み込んできても拒否するってのに、お前みたいな頭弱くてちんちくりんな若造にくれてやるわけねーだろ。もっと外面じゃなくて中身を磨いて、派手な髪色で地味顔を誤魔化さなくても堂々としてられるようになってから出直してこいバァ――――――カッッ!!」
一息に言い切った俺の言葉に、眼前の地味顔がみるみる赤く染まっていく。
怒りで顔赤くなるとか、アニメキャラか。
「て、テメェっ!! テメェなぁ!! 僕は、僕はぁじ、地味顔じゃねぇぇ!!」
胸倉を掴んできて、奇声のような高音ですごんでくる頭弱男くん。地味顔、気にしてたんだね。
「もうこっちも我慢ならん。とことんやってやる。途中で『許してください』と言っても一切手を抜かないから。覚悟しといてな」
「お、おぉ上等じゃん!? やってやるっつの! そっちこそなぁ、ビビって吠え面かくんじゃないぞぉぉ!?」
「吠え面ってキミ、馬鹿なのに難しい言葉知ってるね。マンガで習った? 偉いでちゅねぇ」
「コんのォォォォ……ッ!!」
難しい言葉を使えたたいきくんの頭を、よしよししてやる。
さすがたいきくんでちゅねー。えらいでちゅねー。
「よし、じゃあ全面戦争という形も決まったわけだし、こんなくせーとこいつまでもいてもアレなんで帰りましょうか。ね、シルヴァちゃん、ツッチーさん」
「「…………はへ?」」
座ったまま呆気にとられていたシルヴァちゃん、ツッチーさんに声をかける。どうやら二人とも、俺の豹変ぶりにドン引きしていたらしい。お願い引かないで。
「こ、この悪態をついた映像をうちのチャンネルで流してやるからな! 覚悟しておけよ!!」
玄関へと向かう俺たちの背に、お利口たいきくんがピーヒャラピーヒャラぱっぱぱらぱーに叫ぶ。
「お好きにどうぞ? ちなみにこっちも、もう好きにやらせてもらうよ。別にいいよね?」
「はぁ……!?」
「自衛のために、こちらも撮影させていただいておりますんで」
言って、俺は上着のポケットから動画撮影状態のスマホを取り出す。
「裁判になるかもしれないし? このぐらいは当たり前だよね?」
「じょ、上等じゃんか……!」
俺は一度立ち止まり、大きく息を吸って気持ちを落ち着かせる。
このままだと怒りでスーパーサ〇ヤ人に変身できちゃいそうですもの。
「俺たちはダンジョン配信者――SeekTuberだ。できれば法廷じゃなく、ダンジョンで決着をつけたいよな。どう?」
「はっ、それって要するに、コラボしましょうってことでしょ!」
「うん、まぁそうなるね。最初で最後のコラボだと思うけど」
お互いにヒートアップしていた先ほどまでとは違い、少し冷静になって会話を交わす。
「当然、内容は対決動画ですよね? ぶっ潰してやりますよ」
「ああ。なにで対決するかは、そっちで決めていい。その代わり、敗けたチームのペナルティをこっちで決めさせてほしい」
「へぇ、いいじゃないですか! そっちがクソほど不利なゲームでも構わないんですよね?」
「構わないよ。ただし最低限ゲームとして成立するぐらいのもので頼むね」
「はっ、舐めないでくださいよ! そんなダセェことはしませんよ!」
いやいや、キミ出会ったときからずっとダセェ陽キャだよ?とは思ってても言わない。
「じゃあ、敗けたらどうしますか!? 土下座っすか!? それこそ、チャンネルメンバー移籍ですか!?」
テンション上がりっぱなしな感じで、こちらを煽るようにたいきボーイは言ってくる。
俺はもう一度大きく息を吐き、言葉を紡ぐ。
「敗けたチームは――――未来永劫、配信者をやめる」
◇◇◇
「大地……その、これで、よかったの?」
帰り道。
どこか言い難そうに、シルヴァちゃんが切り出す。
「いいんだよ、これで。ある意味では、シルヴァちゃんのおかげで、覚悟ができたんだ」
「覚悟……?」
うかがうように俺の顔を見るシルヴァちゃん。しおらしい表情が新鮮だ。
「シルヴァちゃん、『チャンネル燃やしてごめん』って言ってたよね? 違うよ、ここで燃えて、きっと良かったんだ」
俺は言いながら、からっと晴れた青空を見上げる。
「楓乃さん、シルヴァちゃん、悠可ちゃん、ツッチーさん。みんなのチャンネルだから、これはあくまでも俺の感覚なんだけど……」
目線を下げ、シルヴァちゃんの顔を見る。
「別に燃えたっていいじゃん、と思って」
「……え?」
「配信者ってわけじゃなくてさ、人間みんなそうだと思うんだけど、誰かに好かれたら、誰かには嫌われたり、嫌なことされたりするもんだよな、と思って。だからむしろ、一度や二度の炎上は人気者になった勲章、みたいに考えようと思ってさ」
軽い調子で、俺は言い切る。
そう、俺もいい加減、サラリーマン気質ではなく、正真正銘の配信者として、きちんと覚悟を持たなければならないと思ったのだ。
「あと……あんだけああいう連中に嫌なことされたってことは、その分、ユーザーさんとかメンバーのみんなには――いいことができてる証拠なのかもしれないな、って思って」
言っていて少し恥ずかしくなり、俺は頬を掻く。
「大地……っ!」
「おわっぷ!?」
「ありがと!!」
言い終えると、シルヴァちゃんが抱きついてきた。
おいおいおい、こんなタイミングでその立派なOPA(久々登場!)を押し付けるなッ! 出ること出ちゃうだろ!!(妄言)
「ふむ。まぁこんな日ですから、少しくらいの人前イチャイチャは許容しましょうかね」
ツッチーさんが、苦笑交じりに言う。
俺は、この人たちに好かれていればそれでいい。それだけの、人間でいい。
覚悟を新たにして、俺たちは帰りの電車に飛び乗った。
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