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第74話 配信者の憂鬱


「炎、上……」


 改めて、呟く。

『新卒メットチャンネル』のメンバーが集合したリビングに、冷たい空気がしんと降りてきたような気がした。


 チャンネルの、炎上――ダンジョン配信者を生業とすると決めた時点で、ある程度《《そういう》》リスクがあるとはわかっていたのだけれど、実際に《《こうして》》体感するのとでは、事の重大さが段違いだ。


 底冷えするように寒いのに、なぜか冷や汗が噴き出てくる――そんな心境だった。


「これって……どう、しましょうか?」


 我に返り、楓乃さんが目を泳がせて言う。その不安そうな瞳と視線が合い、俺は口元を引き結ぶことしかできない。

 こんなとき、俺には何ができる? どうするべきだ?


「動画の内容は、見ての通り。中級ノーマルで会ったときの映像を、悪意的に編集した感じよ」


 シルヴァちゃんはどこか諦めたように、デバイスの画面を撫でた。

 それに合わせてコメントの数々が忙しなく流れていく。


:『銀よーび』の言動がクソすぎて草

:これは調子乗ってるな

:新卒メットチャンネルオワタ

:元々シルヴァちゃんの言動はギリギリだったろ

:あ(察し

:おれ嫌いだわー


「……正直、アタシが軽率だったわ。『礼儀ねーのかしっ!!』とか『迷惑以外の何物でもない』とか『このガキ』とか『邪魔っ!!』とか。……イヤんなるくらい、アタシの危なっかしい発言を懇切丁寧に抜き出して、さもこっちが悪意を持って若い芽を潰そうとしてる風に仕立ててある」

「悪意的っていうか、悪意しかないよ、こんなの」


 悔しそうに唇を噛むシルヴァちゃんに、俺はそんな言葉しかかけてあげられない。


「あの、このリハーサルのときの映像、ダンジョンを管理してる企業から買い取って、ノーカットで流すっていうのはどうですか? そうすれば、この『新米マスクちゃんねる』の動画が、どれだけ悪意に満ちてるかわかってもらえるんじゃ……?」

「それ名案だよ!」


 悠可ちゃんが示してくれた対応策に、楓乃さんが笑顔を咲かせる。


「……最善策とは言えないかもね。火のない所から煙を起こす連中よ。こっちの正当性を主張したところで、向こうもまた何らかの形でやり返してくるはず。そうなれば完全に泥仕合、どんな結果になろうとも、こっちにはイメージダウンとかのダメージが残る」

「でもそれなら、向こうにも――」

「向こうはハナっから、アタシらのチャンネルをパクった風なところからスタートしてるっしょ。たぶん炎上とかバッシングも織り込み済み、数字が上ればなんでもするってタイプの連中だと思うわ。応戦して注目度が上れば、思うツボだと思う」

「…………っ」


 冷静で俯瞰的な視点から、重々しく言うシルヴァちゃん。

 ……確かに、こんな形で仕掛けてくる連中に事実を突き付けたところで、一切認めることもなく、屈するどころかさらにヒートアップして悪意をまき散らしてきそうだ。


 実際にダンジョンで話した際にも、こちらの話をきちんと受け止めている感じは一切なかったしな。


 はぁ……つくづく、憂鬱な気分だ。

 多様な価値観、みたいな言葉を盾にして、他人を苦しめる行為を平気で行う奴等がいる。


 今の世の中で、善悪がどれだけ危ういものなのかを思い知らされる。


『いやー、見てもらった通り、マジで新卒メットチャンネルさん、タチ悪かったです。僕らがいくら頭下げても怒鳴ってきたりするばっかりで。憧れてたぶん、ショックはデカかったですね』

『みみもそう思ったー』

『ねー。あたしもー』


 動画から、不愉快な声が聞こえてくる。


「……こうなったら、直接話すしかない。というか、ダンジョンに引っ張り出せれば、俺のスキルでなんとでもできるし」


 俺は身を乗り出して、結論を急ぐ。


「待って。大地ん中じゃ、あの会社の社長みたいなパターンでやり返してやろうって思ってるのかもしれないけど、今回の相手は同じ土俵の配信者。ユーザーの受け取り方も全然違うわ。下手すると逆にユーザーが盛り上がって『もっとやれ』状態になっちゃうかも。リスクを考えれば、今回は動画を撮ったりするんじゃなく、オフレコで穏便に、内々に済ませるのがいいと思う」

「でも、それじゃまるでこっちが悪かったみたいに――」

「アタシの言動がまずかったのは確かっしょ。アタシが誠心誠意、謝罪するのが一番いいと思う」


 憤りややるせなさ、理不尽や不条理。そういったすべてを腹の奥に飲み込んだかのような顔をして、シルヴァちゃんはデバイスの電源をオフにした。そして、席を立つ。


 シルヴァちゃんの決意と覚悟を悟った俺、楓乃さん、悠可ちゃんは、黙っていることしかできない。


「……マジ、自分の軽率さが腹立つわ。自分一人のときは炎上したって『どうとでもなれ!』と思ってたけど……自分以上に大切にしてるチャンネルを傷つけられると、結構くる」

「シルヴァちゃん……」


 自室に戻るのか、重い足取りで歩き出すシルヴァちゃん。

 やけに小さく見える背中に、俺の心がささくれ立つ。


「チャンネル……燃やしちゃってごめんね」


 一度振り向き、見せてくれた笑顔は。

 どこか痛々しくて、余計に胸がチクチクと痛んだ。


◇◇◇


 数日後。

 シルヴァちゃんは謝罪のためのアポイントメントの連絡を、『新米マスクちゃんねる』側に送った。


 するとすぐに、返信があった。


『お話を伺いましょう』


 その一文は、やけに上から目線に感じられた。



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