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第73話 陽キャの論理(遠い目)


「アンタたちぃぃ! 新米だかなんだか知らないけど、少しは相手の迷惑ってのも考えろっつーのっ!?」


 勢いよく叫びながら、我らが『銀よーび』、シルヴァちゃんが駆けてくる。銀髪のツインテールが、その一歩一歩に合わせて揺れていた。


「はぁ、はぁ、ったく、ちゃんとお断りの返信したでしょーが!? なんでしつこく絡んできてるわけ?! マジ信じらんないっ、礼儀ねーのかしっ!!」


 ホッケーマスク、ピンク色のジャージに身を包み、完全に臨戦態勢のシルヴァちゃん。見る人が見れば、B級ホラー映画のワンシーンに見えるだろう。


 が、おそらくは俺と悠可ちゃんのインカムから聴こえてきた音声から、現場の状況を察して、急ぎ駆け付けてくれたのだろう。


 全速力だったのか、息が上がり肩が上下している。

 なんと心優しいジェ〇ソンか。


「いやいやいや……こっちとしてはめっちゃ丁寧に送ったDMだったのに、すんげー簡単に断られて、ぶっちゃけ『はぁ?』って感じだったんですけど。新しく業界入った若手の頼み断るとか、先輩としてマジあり得なくないっすか?」

「はぁぁぁぁ!?」


 もの凄い勢いで割り込んできたシルヴァちゃんにも、怯むことなく言い返してくるたいきくん。なんとも、自分中心の論理な気がする。


「アタシらはね、今リハしてるわけ! 撮影の準備中ってことなのよ、わかる!? それ中断させて割り込んできて、挙句一度こっちが断ってるコラボしつこく迫るとか、迷惑以外の何物でもないって、わかんないわけ!? あんたもし自分がそれやられたらどう思うんだっつの!?」


 圧が強いたいきくんの陽キャオーラにも負けず、まくし立てるシルヴァちゃん。

 ……あれ、でもシルヴァちゃんと最初に出会ったのも、シルヴァちゃんからのいきなりの声かけだったような? いや、野暮なことは言わないでおこう。


「それを言うならこっちは、ちゃんと事前に交渉させてほしくてDM送ってるわけじゃないですか? それをなんですか、ちゃんとした敬語使えば許されるみたいな、長いお断り文送ってきて、それではい終了って……ひどくないすか? 憧れてた分、ぶっちゃけすんげーショックだったんですけど。どん引きですよ」

「はぁぁ……っ?! 言わせておけばこのガキぃぃ……っ!!」

「ちょちょ、シルヴァちゃん、落ち着いて」


 今にも殴りかからんばかりの熱量で、たいきくんと言い合うシルヴァちゃん。

 確かに、どこまでも自分本位なたいきくんの言い分はイライラするが、今の世の中、先に手を出した方が負けだ。


 俺はシルヴァちゃんの前に回り、抑える。


「邪魔っ! どいて!!」

「ダメだって。ひとまず落ち着いて」

「うわー、正当な指摘したらマジギレとか……どんだけ感情的なんすか。ちゃんとした議論とか対話、絶対できないタイプですわこの人」

「ッ!? こんのやろっ、会話できねーのはどっちだっつーのっ!! さっきから話すり替えて、一方的な主張ばっかり言いやがって!!」

「抑えて、抑えて……っ!」


 こちら側を煽るように、呆れたような表情で言うたいきくん。ますます怒りの色を濃くするシルヴァちゃんを、なんとか押し留める。


 シルヴァちゃんはいつもは冷静で、一番若いのに誰よりも落ち着きがあり、俯瞰的に状況を見られる我らがブレインだ。


 しかしいざ動画に出るとなると、激情家な部分を全面に押し出し、キレ散らかすようなキャラクターとして自己演出をする。

 今はそのせいか、いつもならスルーできるようなたいきくんのズレた言い分に、感情を昂らせてしまっている。


「はぁ、なんか萎えるなー。せっかくコラボできると思ったのに。マジ盛り下がるっていうか、ショックでかいっていうか」

「みみ、わかんなーい」

「あたし的にはどうでもいいけど」


 一触即発の空気を意に介さず、みみちゃんとるいちゃんはスマホの画角を気にしたり、前髪を直したりと忙しない。ホッケーマスクの奥、シルヴァちゃんの瞳が怒りに燃えているのがわかった。


 ……なんというか、同じ言語で話しているのに、全然話が噛み合っていない感じがする。


 陽キャと陰キャの間には、こういう“断絶”がよくある。


 陽キャは自分自身の価値や在り方を疑ったことがないから、自分が提案したこと、こうした方がいいと思ったことなど、あたかもそれが当たり前かのように押しつけてくる。決して、誰しもがそうとは言わないけど。


 自信がなくて、自分の価値や在り方を疑いっぱなしで、かつ社会に肯定されてる気もまったくしなかった陰キャの俺には、そっとしておいてほしいときもあるというもの。


 だが陽キャは、こっちの都合なんてお構いなしに、いつだって『いや、明るく正しい僕らが誘ってるんだから、乗っからないのおかしくない?』みたいに責め立ててきて、正しい自分たちを盛り下げる陰キャ=悪者、みたいに仕立て上げるのだ。


 ……学校とか、会社とか、そういうしがらみから解き放たれても、こういう連中、いんのかよ。


 単刀直入に言って、腹立つよな。


 なんで今の社会でストレス感じながら、でも精一杯やってる人間の方が悪い、みたいに言われなくちゃならんのか。

 今の社会でのびのび生きてられる連中こそ、つらい俺らを慮れるようになってくれてもいいんじゃないか?


「……もう帰ろう。今日はこれにて終了。撤収!」

「は、はぁ!? ちょっとだいっ、新卒! 離せっつーの!!」


 俺はシルヴァちゃんを抑え込んだまま、一方的に撤収を告げる。

 これ以上ここにいると、なんというかもう、何かがプツンと切れてしまいそうな気がしたからだった。


「えー、新卒さぁーん! コラボしましょーよー! その銀髪じゃじゃ馬娘だけ放っておけばよくないすか?」

「……申し訳ないんだけど、返信した通りだから。君たちとは、コラボしないよ。憧れてくれていたみたいなのに、悪いね。悠可ちゃんも行こう」

「は、はいっ」


 しつこく追いすがってくるたいきくんを無視して、立ちすくんでいた悠可ちゃんに声をかける。耐えろ、大地よ。

 爆発してしまわないうちに、この場を退散するのだ。


「はぁそっすかー、残念。…………んだよ、マジノリ悪ぃな」

「…………っ」


 後ろからなにやら声が聞こえたが、奥歯を噛んで堪える。

 隣の家の騒音みたいなもんだ。気にしたら負けだぞ、大地よ……。


 こうして。

『新米マスクちゃんねる』との初遭遇は、これで終わった。

 ただ、その場にいたチャンネルメンバー全員に、一抹の不安が渦巻いているのが、なんとなくわかった。


◇◇◇


 数日後。

 リビングにて。


「これ……見て」


 テーブルに置かれたデバイスの画面には、『SeekTube』の見慣れた赤アイコンが映し出されている。

 流れている動画は、どうやらたいきくんたちのものらしい。


 ……ん?

『【悲報】新卒メットチャンネル、実は超ブラック配信者だった模様』


 そんなタイトルが付けられた動画のコメント欄。

 俺たちへの誹謗中傷の言葉で、溢れかえっていた。


「これって……炎、上?」


 誰ともなく、呟かれた言葉。

 

 寒気に似た不安が、背筋を這い上がってくる感じがした。



この作品をお読みいただき、ありがとうございます。

ストレス展開ですみません……その分、爽快にやり返す予定ですのでぜひお付き合いください!

皆さんの応援が励みになっております!

ありがとうございます!!

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