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第72話 三十路おっさん、陽キャに絡まれる


 ダンジョンツアーのリハで訪れた中級ノーマルダンジョン。

 その中に響いた、やけに甲高い声。


 声の主は――


「僕ほら、DM送った『たいき』ですよ! 動画とか見てくれました? もしよかったらチャンネル登録とかもしてもらえるとありがたいですね! 『新卒』の皆さんがこの辺でよくリハやってるってまとめサイトに情報あったんで、ずーっと張ってたんですから! いやーやっと会えたなぁ」


 緑と銀が混じったド派手な髪色をした『たいき』くんとやらは、大げさに身体全部を使ってリアクションを取りながら、俺に近付いてきた。

 

 その身振り手振りはどこか大げさで、派手な雰囲気があった。

 甲高いだけでなく音量も大きい声は、耳に残り、響く。


 言動のそこかしこから、陽キャのノリがにじみ出ている。


「どもどもー。こんなに早く会えると思ってなかったなー。わぁー、サッカー仮面さんもいるじゃないですか! 生サッカー仮面アガるぅ!! 僕、『新米マスクちゃんねる』のリーダーやってます、たいきです! よろしくです!」

「は、はぁ……」


 少し俺の背に隠れるように立っていた悠可ちゃんにも、ずけずけと絡んでくるたいきくん。


 圧強めに差し出された彼の握手に、恐る恐る応じる悠可ちゃん。

 ぶんぶんぶん、とその腕が上下に激しく揺らされる。


 ……なんだろう、モヤモヤする。

 悠可ちゃんの美しいお腕を力任せに揺らすんじゃねー、的な?


 いや、俺が何様なんだよって話だけど。


「いやー、マジ僕ら『新卒メットチャンネル』さんに憧れてて」


 握手を解いたたいきくんはまた俺の方を向き、話しかけてきた。


「あ、先にうちのチャンネルメンバー紹介しちゃいますね。ちょいちょーい、二人ともこっち来て!」

「はーい」「ういー」


 たいきくんの声に反応して、岩陰の方から女の子が二人、きゃいきゃいしながら近づいてきた。一名、自撮り棒を取り付けたスマホを持っている。


 むむ、撮影しているのだろうか?

 な、なんというか、遠目で見ても分かるぐらいに、すげー派手な子たちだぞ……?


「『みみ』でーす」

「あたし『るい』。よろ」

「ど、どうも……」


『みみ』と名乗った女の子は、ピンク色の髪にギンギラギンのシルバーのビッグシルエットな上着を羽織り、目に眩しい。下半身はホットパンツに膝上ハイソで、絶対領域を演出している。


 一方、『るい』と名乗った女の子は全身黒のコーデで、服だけ見ればメンズのような出で立ち。なんというかモード?な雰囲気だ(ファッション用語は全部M〇さんの受け売りだけど!)。ただし髪色がビキビキの黄色なので、顔回りだけが浮き上がっているような印象。


 うん、とにもかくにも派手だ。

 俺みたいな陰キャは、近づきすぎると目を閉じてしまいそうになる。


「コイツらウチのチャンネルとは別に、アイドルやってるんですよ。『るいみみ』ってユニットなんですけど」

「あ……『るいみみ』さんでしたか」

「……?」


 たいきくんの説明を聞き、悠可ちゃんが小さな声でリアクションする。

 どうやら、彼女たち『るいみみ』さんとやらと面識があったみたいだ。アイドル時代に番組かなにかで共演したとかかな?


 当然だが、流行に疎い俺は『るいみみ』という名前すらはじめて聞いた。

 ……世間に置いて行かれている気がする!


「『みみ』と『るい』にはアイドルやってもらって、方方ほうぼうでチャンネルの宣伝させてます。ウチはそれで、数字上げてってる感じですね。その辺も、次々に美女をチャンネルに入れてった『新卒チャンネル』さんを参考にしてるんですよ。いやー、あんな美人さん三人も侍らせるとか、そのヘルメットの下はさぞイケメンなんでしょうね!」

「「…………」」


 ウキウキな様子で言葉をまくし立てるたいきくん。

 まず言いたいのは、別に俺たちのチャンネルは俺が美女を侍らせている、という構図じゃないということ。俺が中心になる企画はあるが、あくまでも全員が主役という意識でやっている。


 そして俺はまったくイケメンじゃない。たぶんフツメンぐらい。……うん、お願いだからフツメンぐらいだと思わせてほしい。最近筋トレもやってるしお願い。


 俺はいったい、誰に願っているんだろう?


 と、そこでたいきくんは俺に身体を寄せ、ヘルメット越しにギリギリ聞こえるぐらいの小声で囁いた。


「『みみ』と『るい』、結構イケてるでしょ? あの二人、僕のセカンドパートナーってやつなんですよ。なんでもしルックス気に入ってったら全然紹介できるんで、いつでも声かけてくださいね」

「…………たいきくんは、結婚してるの?」

「いや、僕自身はまだ結婚してないんで、一般のセカンドパートナーの定義からは外れるんですけど、まぁ他に適切な言葉もないんで。本命のカノジョ以外に、セカンドパートナーは六人くらいはいますんで」

「ろ、六人っ!?」


 思わず、声が裏返ってしまう。

 彼女がちゃんといて、かつセカンドパートナーが六人もいる?


 みみちゃんとるいちゃんも、俺から見れば派手でイマドキな美女と表現して差し支えない。にもかかわらず、二人はあくまでセカンドパートナー? いいのそれ? それでみんな幸せなの?


 イマドキの若者の価値観、マジでわからんぞ……!


「正直コラボ断られたときは『えぇマジありえな!?』って思いましたけど、こうして会えたんでまぁ全部チャラってことで。ね、ね? 新卒さん、僕らとコラボしていただけますよね?」


 ずい、とヘルメットの中を覗き込む勢いで、顔を寄せてくるたいきくん。近い。


 サラサラのセンターパートで、おしゃれで派手な服を着こなし、いかにも大学生風のイケメン。トークも勢いがあって、自分のペースに引き込むのがうまい。そりゃ、モテるのもうなずける。


 ……しかしなぜだろう、すっごくコラボしたくない。

 心理的にも物理的にも、今すぐに距離を取りたいと俺の魂が叫んでいる。


 もしかしたら、陽キャを忌避しがちな俺の性格の悪い部分が、出てしまっているだけなのかもしれないけど。


「ちょっとぉぉ! アンタたちぃぃぃぃッ!!」


 と、そこで。

 たいきくんとは違うハイトーンボイスが、耳に届く。


 すでに聞き慣れたその声は――現場に駆けつけてくれた、シルヴァちゃんのものだった。


 救世主ッ!!

この作品をお読みいただき、ありがとうございます。

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