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第61話 マドンナと、ご褒美タイム


 ……。

 …………。


 一瞬、目覚める。

 が、まぶたが重たくて、目を開けていられない。

 なんだか、意識が混濁している感じだ。


 ……あれ、俺、さっきまでダンジョン・ゴーレムを……ん?

 こんな状態じゃ、危なっかしくていけない。早く身体を起こして――ダメだ、身体が、思い通りに動いてくれない。


「…………」


 目を閉じたまま、一度、大きく呼吸する。

 消毒液のような、独特の匂いがした。

 何度か、嗅いだことがある。


 ここは……病院?

 どうやら俺は、ベッドで横になっているみたいだ。


「…………?」


 もう一度、全身の感覚を確かめるように身じろぎする。

 ……ん? なんだか、すっごく柔らかくて、気持ちのいいものが、胸元に押し付けられている感覚がある……?


 これは、まさか……OPPAI!?

 略してOPA!!(これぞ原典)


 寝起きのOPA!?

 略してNOPA!!(ノーパンすれすれ!)


「っ!!」


 ほとばしる欲求に従い、バチっと、目を開ける。

 するとそこは、予想通り病院の天井。


 視線を動かし、横たわる自分の身体の方を見ると。


「…………楓乃さん」


 俺の胸の上に、美しい寝顔。

 ご尊顔の主は――楓乃さんである。


 テスト終わりに机に突っ伏すような感じで、俺に上半身を預けるように眠っていた。


「…………」


 艶やかな髪が流れて、整った顔立ちを一層引き立てている。

 よく見ると目元に、涙が流れたような痕があった。


 ……ずっと、側にいてくれたのかもしれない。

 新宿に着いたときのスーツのままであることを考えても、かなり心配をかけてしまったみたいだ。


 俺はどのくらい、眠ってしまっていたのだろうか?


「ん……」


 楓乃さんが、小さく身じろぎする。

 自分の胸の上でもぞもぞと動かれると、くすぐったい。

 そして少しでも動くとOPAの柔らかみもまた違う味わいになる。


 あぁ、このままだと仰向けじゃまずいところがむくむくしちゃうゾ。


「…………っ」


 楓乃さんの唇が、小さく動く。ぷりっとして、光っていて、艶めかしい。

 要するに、えちえちである。


 ……触れたいなぁ。


 少しおこがましいと思ったけれど、俺は上半身を起こし、手を伸ばす。そうして、楓乃さんの頭をゆっくりと撫でた。

 髪はサラサラで、照明を跳ね返すように輝いており、ずっと触っていられる。


 あぁ、あぁ!

 零距離でくんかくんかしたいお!


「……んん」

「や、やば」


 ふしだらな煩悩に支配されかけた途端、楓乃さんが大きく頭を動かした。

 やばい、起こしてしまったかな?


「…………? あ、寝ちゃってた…………え?」

「お、おはようございます、楓乃さん」


 身を起こした楓乃さんと、目が合う。

 寝起きのちょっと油断した顔、めちゃくちゃカワイイ!!


「大地さんっ!!」

「いぃ!? いだ、いだだだだっ!!」

「ご、ごめんなさいっ」


 いきなり、思いっきり抱き締められた。

 楓乃さんにホールドされた瞬間、怪我をしていたのか、身体の至るところがギシギシと痛んだ。


 が。

 ……もっと、触れていたい。


「よかった……本当に、よかった……」

「楓乃さん……」


 楓乃さんは鼻をすすりながら、何度も何度も「よかった」と繰り返した。

 俺は心配をかけてしまったことがとにかく申し訳なく、楓乃さんの肩にそっと手を置いた。


 二人だけの病室。

 楓乃さんの細い肩が、震えている。


「大地さん」

「は、はい!」


 ふと、嗚咽が落ち着いたらしい楓乃さんが、恨みがましいジト目で俺を呼んだ。

 え……若干お怒りになっていらっしゃるご様子?


「危険は万に一つもないって、言ったのに」

「す、すいません……」

「どれだけ心配したかわかりますか?」

「ご、ごめんなさい……」

「私が行かせなければよかったんじゃないか、駄々をこねてでも止めればよかったんじゃないかって、すごく自分を責めました。あと絶対、寿命が縮まったと思います」

「申し開きのしようもございません……」

「だったら……」


 言い、楓乃さんは一度うつむいた。

 そして。


「――ご褒美、ください」


 顔を上げ、潤んだ瞳で言った。

 やはり怒っているのか、とがらせた唇がてらてらと光る。 


「お、俺なんかので、よければ……」

「大地さんのが、いいんです」


 強めに言われ、思わず恐縮する。

 俺が今、楓乃さんにあげられるもの。

 それは。


 ……自分自身、だけだ。


「し、失礼します……」

「はい……」


 ゆっくりと、俺は楓乃さんの細い肩を抱き締めた。

 ぎゅっと、そっと、包むように。


「本当に……無事でよかった」


 耳元でささやく楓乃さん。その低音でよく通る声が、今は自分にだけ聞こえている。全細胞が、震える。


 柔らかさも、甘い匂いも、温もりも。

 全部が今は、俺だけの――ご褒美だった。


「……これだと、俺が、その……ご褒美を、もらっちゃってるみたいなんですけど……」


 俺はいたたまれなくなり、つぶやく。


「私と、こういう風にするの……ご褒美って、思ってくれるんですか?」


 ……なにを、疑いようのないことを。


「当り前じゃないですか。……俺、めちゃくちゃ幸せ者です」

「よかった……私もです」


 芯から、熱いものが込み上げる感覚があった。

 身体の痛みも、胸の奥が詰まるような苦しさも。


 どうしてか、その時だけは。


 心底、生きている実感みたいに思えた。



この作品をお読みいただき、ありがとうございます。

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