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第60話 ダンジョンデリバリー……失敗?


「……ぬ、ぬぅぅッ!」


 ぐわん、と揺れた視界。

 しかし、歯を食いしばって踏ん張る。

 ここで倒れてしまったら、もう立ち上がることができない気がした。


「うぅ……うおぉぉぉぉ……っ!」


 背中にゴーレムの巨大な拳を背負ったまま、唸る。

 口の中が、鉄の味で満たされている。ヘルメットとあごの隙間から、唾と混ざった血液がまたしたたり落ちる。


 ……《ダンジョンスキル》である《分身》を覚えたばかりの頃、身のほど知らずに《分身》を出しまくって失神したのを思い出す。

 失神していた三十分、魔物モンスターに襲われなかったのは本当に奇跡としか言いようがない。


 あれからもう数年経って、いい加減ダンジョン内でなら、そうそう追い込まれることはないと思っていたけれど……。


 慣れない環境で、慣れない仕事を精一杯にやる。

 それがどれだけ人間にとって負荷になるのかを、身をもって痛感する。


 どんなに良い仲間、良いメンバーに囲まれていたとしても……やっぱりちゃんと慣れるまでには、相応の時間がかかるものみたいだ。


 ……そりゃ、そうか。

 俺まだまだ、半人前だし。

 いきなり新しい仕事をガシガシ、タフにこなせるほど仕事できるタイプでもないし。


 つくづく、仕事ってのは――


「――甘くないよなッ!」


 言い、俺は背中のゴーレムの巨拳きょけんに、スキル全開の力で《分身》の拳を突き刺す。

 団子に串を刺す感じ! そうしてガチっと、ヤツがその場から動けないようホールドする。


 ここで意識が途切れれば、待っているのはひき肉になる未来だ。

 そんなの、絶対に願い下げである。


 こちとら、楓乃さんのご褒美が、待ってるんだよ!


「《分身》……頼む、ってくれよ……!」


《分身》の全筋肉を限界まで使いながら、ゴーレムの拳を固定する。

 動かないことが不快なのか、巨大なゴーレムが身をよじろうとして、岩々がこすり合わさる音がする。


 放してたまるかっての!


「全員で、京田さんをサポートしましょう!!」

「「「オオォッ!!」」」


 ゴーレムの動きが停止したタイミングで、各所でSEEKs隊員の攻撃が開始される。ありがたい!


「ウゴオオオオオオオオオッ!!」


 四方八方からの攻撃を嫌がってか、ゴーレムが一際にいびつな音を立て、身を震わせる。


「ありがとうございます、小淵沢さん! 皆さん!!」


 グ、とSEEKsの皆さんが親指を立ててくれた。それに応えるように、俺も一度うなずく。


 最後の力を振り絞り、俺は自分の身体を動かす。

 総隊長がいた場所に、鴨川さんが使っていた掘削用の小型ドリルが転がっている。


 それを拾い上げ、跳躍する。


 狙うは、ビルのような高さにある、ダンジョン・ゴーレムの――頭だ。


「ゴオオオオ!!」


 俺の動きに気づいたのか、ゴーレムの身体に力が入る。拳を支える《分身》から、とんでもない膂力りょりょくが伝わってきた。巨大な拳に力が込められ、さらに重たくのしかかる感覚がある。


 まだだ、まだいける……!

 俺は奥歯が割れんばかりに食いしばり、スキルの《筋力増強》を最大まで発揮する。

 ぐぬぬ、それでも重たく感じるとか、どんだけだコイツ!


 しかしそれでも。

 止まるわけにはいかない。


 ドリルを掲げ、《ダンジョンスキル》の《武器効果範囲増大》を使用。これで小型ドリルと言えども、ヤツをぶち抜けるはずだ!


 いくぞ、俺……ぶちかましてやるッ!!


「男のロマン――ドリルをくらえぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 天高く跳躍した俺は。

 掘削用のドリルを、ゴーレムの脳天に。


 ――突き刺した。



 ゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!



 耳をつんざく轟音の中。

 ゴーレムの身体が、崩れるジェンガみたいに。


 瓦解する。


「やった……ご褒美……げ、と…………!」


 崩れ去る岩々を眺めながら、俺は小さくガッツポーズする。


 が。

 勝利を噛みしめた途端、どっと全身が鉛のように重たく感じる。


「……っ!?」


 また、めまいがした。

 しかも、足場にしていたゴーレムの肩が、崩れはじめる。


 俺は受け身を取ることもできないまま、岩々と共に地に転がった。

 打ちつけた全身が、痛い。


「SEEKs! 命をかけて! 意地でもアイツを生かせェェ!」


 薄れゆく意識の中、最後に聞いたのは。

 鴨川さんの、乱暴な叫び声だった。



この作品をお読みいただき、ありがとうございます。

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