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第56話 深淵級、牙を剥く


「京田くん、君はそろそろ離脱してくれ」

「えっ」


 深淵級アビスダンジョンに特殊部隊『SEEKs(シークス)』と共に入ダンし、三度目の休憩を取ろうと荷物を置いたとき。


 寺田総隊長に、そう声をかけられた。


 言われて、俺は腕時計を確認する。すでに入ダンから、半日が過ぎていた。

 昼前から潜ったと考えれば、もう外は陽が落ちる頃だろう。


「さすがに一般人に、日をまたいでまで隊の調査・探索に同行してもらうわけにはいかない。君がいくら、無類の強さを誇る『新卒メット』さんとは言え、だ」


 今までで一番真剣なトーンで、寺田総隊長は言った。


「我々はまだあと二日以上、ここに潜入したまま調査とデータ収集等を行う。我が隊のルール上、野営やサバイバル技術習得の訓練を受けていない君を、無理に同行させておくわけにはいかないんだ」

「……すいません、色々と中途半端で」


 総隊長の言う通り、確かに俺は野宿のプロではない。


 十代後半、学校に行かずモラトリアムだった頃、寝袋持参でダンジョン内でひたすら特訓し、スキル取得・熟練度向上を目指す、という無茶な修行をした経験はある。


 しかしそれ自体はただ安全地帯セイフティゾーンで寝袋を広げて寝ていただけだし、SEEKsのように高難易度ダンジョンの深くまで潜るとなると、安全地帯はない。


 ということは、見張り番などを交替しながら、緊張状態の中で休息を取ることになる。きっと、信頼し合っているSEEKsの皆さんだけなら、安心して休むことができるだろう。

 ただ、そこに俺みたいなまともな訓練を受けてないド素人が一人混じっていたら、休めるものも休めなくなってしまう。


 ……変に迷惑をかけるより、ここでおいとましておくべきだよな。

 一応、寝袋は持ってきていたんだけど。


「中途半端だなんてことはないさ。京田くんのおかげで、ダンジョン内で美味しい食事を楽しめた。緊張状態が続く中で、ああしてうまいメシを食えただけで、どれだけ助かったことか。皆も、そう思うよな?」

「「「オウ!」」」

「ほら。君のおかげで気合十分だよ。本当にありがとう」


 ぐ、と親指を立てて笑顔を見せてくれるSEEKs隊員の皆さん。


 昼食のタイミングで俺は、《ダンジョンデリバリー》の予行練習として隊員の方々から注文を承り、複数回にわたってフードデリバリーを行った。


 しかし、大量注文を同時に受けるにはまだまだ効率も能率も悪く、予想外に待たせてしまったりして迷惑をかけてしまった。肉体的にも精神的にもてんてこ舞いだったので、今は《分身》を発動する気力すらない。


 にもかかわらず……こんな風に言ってくれているのだ。

 うぅ、なんて素敵な人たちだ。目頭が熱くなってくる。


 ちなみに小淵沢さんは未だもぐもぐ中。口元を押さえてサムズアップしてるのがシュールで可愛い。


「皆さん……ありがとうございます」


 俺は隊員の皆さんへ向けて、深くお辞儀をした。

 今回は本当、あらためてSEEKsの凄さを知ることができた。それだけでもこうして、同行させてもらった甲斐があったというものだ。


「こちらこそありがとう。またぜひ、一緒に仕事をしよう」


 言って、寺田総隊長が伸ばしてくれた手を、俺は両手で握った。

 なんて光栄な言葉だろう。


 心底、感無量だった。


 と、そこで。

 小淵沢さんが、一歩進み出た。


「隊長、わたくしは食事の清算など雑事の対応がありますので、京田さんをお見送りがてら、一度ベースキャンプに戻ります。深淵級もここまでは、特に常軌を逸した魔生物の出現や異常個所もないですし、戻ってくるのもそこまで苦労ないかと思いますので」


 どうやら、一緒に来てくれるみたいだった。


「おう、わかった。ただ単独で戻るとなると危険がゼロじゃない。鴨川、お前も行け」

「げぇ~。寺田さん、そりゃないっスよ!?」

「上官命令だぞー鴨川ー。出世しなくていいのかー?」

「そっちこそパワハラっしょ!?」


 そこで総隊長が機転を利かせ、鴨川さんを呼んだ。

 相変わらず髪が逆立ち、ガラが悪い感じ。膝を開き気味で歩くのが、なんかヤンキーっぽい。


 この人の雰囲気、ちょっと苦手……。

 でもまぁ、戻るまでだしな。我慢我慢。


「では行きましょう。隊長、行ってまいります」

「おう」


 そうして、俺は尊敬すべきSEEKsの皆さんと別れた。

 俺は一度振り向き、また深く頭を下げた。


「皆さん、ありがとうございました。また必ずお会いしましょう」


◇◇◇


 深淵級ダンジョン、入り口。

 俺は小淵沢さんと鴨川さん両名と共に、ベースキャンプのある入り口まで戻ってきた。すでに鴨川さんはいくつかあるテントの中へと消えていった。


「はぁ…………疲れた」


 大きく伸びをし、息を吐く。

 今回ははじめての試みをしたこともあり、かなり疲労があった。首、肩、腰が凝りに凝っている。もう歳です……。


 ダンジョン内では《ダンジョンスキル》のおかげで《分身》したり《超回復》したりして、人間の限界を超えた活動が可能ではある。

 しかし結局、ダンジョンを出ればそこは生身の人間、メンタル面の疲労感は、どっと押し寄せてくるのだった。


 あー、この疲れははじめて飲食バイトをしたときに似ている。

 本当、慣れるまで毎日ヘトヘトになったっけなぁ……。 


「では、京田さん。お気をつけてお帰りください。もしまたなにかあれば、名刺に書いてある連絡先に、連絡などをいただければと存じます」

「小淵沢さん、今日はありがとうございました」


 ダンジョン内での洗練された動きとは打って変わって、可愛らしい動きでぺこり、と頭を下げる小淵沢さん。俺もお辞儀を返す。


「わたくしは領収書のチェックなどしてから戻りますので、それでは」

「はい、がんばってください」


 荷物を背負い直し、小淵沢さんもテントの一つへと消えていった。


 さて、と……俺も帰るとするか。

 家に着いたら、楓乃さんにビジネスの相談をしなくっちゃな。


「……あれ!? 楓乃さんっ!?」


 と、思ったのだけれど。

 上へと続く階段の隅っこに、楓乃さんが立っていた。

 フードデリが終わったタイミングで、先に帰っててくださいねとお伝えしたはずなんだけれど……?


「大地さん、ごめんなさい。私何度も帰ろうとはしたんですけど……その、もう一回顔を見てから、と思っていたら……結局こんな時間に」

「あ、いや、えと……」


 楓乃さんは、前髪をいじりながらそんな嬉しいことを言ってくれる。

 俺はと言えば、嬉しさと妙な緊張で、顔が熱くなってくる。


「楓乃さんがいて、すげー嬉しかったです……はは、ははは……」

「……私も、そう言ってもらえて、嬉しいです……ふふ」


 なんとか言葉をしぼり出し、俺と楓乃さんは笑い合った。


 と。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


「っ!?」

「じ、地震!?」


 突如として、大きな揺れを感じる。

 俺は楓乃さんの肩を抱き、支えるように踏ん張った。


 鈍い地響きが鼓膜を揺らし、テントのいくつかが振動によって倒れてしまう。


「京田さん! 山下さん! その場から動かないでくださいっ!!」

「は、はい!」


 テント内から飛び出した小淵沢さんが、俺たちを見つけてくれる。

 激しい揺れが続く中、必死の形相で叫ぶ。


「この現象は、『迷宮変動ダンジョン・ドリフト』ですっ!!」


 小淵沢さんの言葉のあと。

 大きく開いたダンジョンの“口”が――蠢いたように見えた。



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