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第54話 ブリーフィングと、ネクタイと


「全員集まったかな? それじゃ、今回のブリーフィングをはじめるぞー」

「「「はいっ」」」


 ダンジョン界の大スター、寺田てらだ左近さこん総隊長の声で、ベースキャンプ内に集合した『SEEKs』の面々が、ビシィ!と隊長の方へ向き直る。

 パイプ椅子がいくつも並べられている最後方からその様子を見ていた俺と楓乃さんは、その完璧な統率に背筋が伸びる。


 チームとしてのまとまりがすげえ……。


「今回調査するのは深淵級アビスダンジョンだ。これは皆も知っての通り、先行投入したドローンAIによって算出された階級クラスだ。ダンジョン自体の規模感、内部環境、魔生物ませいぶつの危険性などを鑑み判定されているが、当然、AIの判断だけでは色々と不確定要素が残ったままだ。その辺りを実地にて情報収集、データ収集するのが今回の主任務と考えてほしい」


 手元のデバイスをスワイプしながら、総隊長がスラスラと作戦趣旨を述べる。ちなみに魔生物ませいぶつというのは、魔物モンスターの正式の呼称だ。


 どうやらSEEKsのブリーフィングは、ガチガチの緊張感が漂うわけではなく、隊員全員が適度にリラックスした中で、しっかりと内容を頭に叩き込んでいく感じのよう。この場にいる全員、いかにも手練れな雰囲気がある。かっけぇ……!


「これは改めての確認だが、目的は決して攻略ではない。あくまでも内部の状態把握、戦闘データの収集、実際などが主目的だ。危険があった場合など、すぐに離脱するつもりでな」

「「「了解」」」


 と、最後は隊長が隊員たちを慮るような言葉でシメた。

 絵に描いたような理想の上司キャラ……! こんな人の下で働けたら、そりゃ誇りを持って仕事ができるってもんだよなぁ。


「あ、それともう一つ。今回の調査の食料担当として、みんなご存じ、『新卒メット』さんがフードデリバリーをしてくれるぞ」

「「「おおぉぉぉ」」」


 パチパチパチ、と隊員の皆さんに拍手をされ、俺は思わずヘコヘコとお辞儀をする。ご紹介にあずかり恐縮です。


 今回は時間が足りなかったため、ウー〇ーのようなアプリなどは当然できていない。そのため今回は、俺が隊に同行して注文を受けたら即ダンジョンを脱出し、お店でテイクアウトして現場まで運んでくるという、極めてアナログな手法を取る。

 新発生のダンジョンであるため、ネット回線やインフラも一切通っていないので、電話なども使えないためだ。広報用の探索映像は、録画した素材を編集すると聞いている。


 ただ、専用のアプリが完成し、ネット回線やインフラの整ったダンジョン内で行う形が実現できれば、もっと気軽に便利に、注文や運搬ができるようになるはず。そこまでの道のりは遠いが、今回がその第一歩になると思うと、新たなやる気が湧いてくる。


 あとは、ダンジョン内でランチやディナーといった、食事する需要を作り出すにはどうしたらいいか、ということだけれど……楓乃さんとアメリカで話したときからずっと考えているが、いい案は思いつかないでいた。


「それにしても、あの新卒メットがこんな優男だったとはな……メシ運ぶだけじゃなくて、アンタも一緒に魔物退治でもすりゃどうだよ? そーすりゃオレらも少しは楽できんじゃねーか?」


 一人、髪を逆立てたガラの悪そうな男性が、おもむろに煽るような態度で言った。

 ……やっぱりどこの組織にも、ああいう雰囲気の人っているもんなんだなぁ。隣の楓乃さんが、いつぞやの誰かを思い出したようで、眉間にシワが寄っている。


「こら、鴨川かもがわ。彼らはあくまで一般人だ。茶化すんじゃない」

「へーい」


 鴨川、と呼ばれた男性は、おもしろくなさそうにあくびをした。

 隊長に対しても、ふてぶてしい態度だった。


「京田さん」

「あ、小淵沢さん」


 と、隊員たちが各々準備に散ったタイミングで、小淵沢さんが俺のスーツの裾を引っ張ってきた。

 どうしたんだろう?


「新宿界隈にあるご飯屋さんのものであれば、なんでも届けてくれるということでよろしかったですよね?」

「は、はい。お任せください」

「そ、それじゃあ……」


 なぜかちょっともじもじする小淵沢さん。

 なにかあったのだろうか?


「スパゲッティーのパ〇チョの、メガ盛りナポリタンていけますか……?」

「テ、テイクアウト対応のお店であれば……」

「今からでも、いけますか……?」

「えっ!? ええ、まぁ……」

「……ちなみに三つって、いけます?」

「どんだけ食うんだアンタ!?」


 入ダン前から、とんでもない量の注文が入ってしまった。


「出発前の緊張で、空腹が……」


 この商売、もしかしたら顧客小淵沢さんだけで、なんとかなるんじゃ?

 などと思う、俺なのだった。


 こんなに食べるのに、OPAは慎ましい不思議。

 女の子って、神秘です。


◇◇◇


 準備を終え整列しているSEEKsメンバーの後ろで、俺はいつものスーツにフルフェイスヘルメットで、柔軟体操をしていた。

 久しぶりに、少しの緊張を感じる。


「大地さん。心配はしていませんけど、無理はしないでくださいね」

「楓乃さん。はい、わかりました」


 近くで様子を見ていた楓乃さんが、優しく声をかけてくれる。

 今回、楓乃さんにはベースキャンプで待機してもらい、支払いなどの金銭管理を行ってもらう予定だ。

 この辺りも、カード決済などができるようになればいらない手間なのだろうけれど、致し方ない。


「あ、ネクタイ曲がってますよ」

「…………っ」


 と。

 楓乃さんがすっと、俺の首元へ手を伸ばす。

 俺は背筋をピンと伸ばして、硬直する。楓乃さんの整った顔が、近い……!


「よいしょ……」


 両手でネクタイを直すことに夢中の楓乃さん。タイを結ぶ両腕が、いつのまにか胸を挟み込むような形になっている。

 今日は楓乃さんも久しぶりにスーツ姿で、ブラウスを着用している。

 暑さから襟元は開き気味。


 そう、この角度だと襟元から……見える、見えるぞ! 私にも敵《TANIMA》が見える!(ぜんぜん敵とかじゃないけど!!)


「大地さん」

「は、はいっ!」


 びくっと、俺は再び背筋を伸ばす。


「胸……見すぎです」

「っ!? す、すいません……」


 言って楓乃さんは、自分の身体を抱くようにして胸元を隠した。照明に浮かぶ頬が、真っ赤になっている。

 な、なんというエロ可愛さ……!


「今回のこと、上手くできたら……お互いに、ご褒美をあげることに、しましょ?」

「お、お互いに……ご褒美!?」


 魅惑的な響きに、思わず俺は言葉を繰り返してしまう。

 ご、ごご、ご褒美って……なにそれ期待しちゃう!


「よし、出発するぞ!」


 と、そこで。

 寺田総隊長の快活な声が、周囲にこだました。楓乃さんの魅力に酔いまくっていた意識が、一気に覚醒する。


「まずは今日が第一歩。頑張っていきましょ!」

「……はい!」 


 楓乃さんの笑顔に見送られ、俺はSEEKsの後方、最後尾から、深淵級アビスダンジョンへ足を踏み入れた。

 深淵級ダンジョン――今現在、日本で確認されている、ダンジョンの最上級難易度。


 果たして、中はどうなっているのか。

 そして、新ビジネスは機能するのか。


 様々なことを考えつつも、俺はなぜか不安がなかった。

 それは、やっぱり。


「いってらっしゃい!」


 楓乃さんが、待っているからなのだろう。

 一度手を振り、俺は暗い虚の中へと進んだ。



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