第53話 特殊部隊の総隊長、現る
ダンジョン省の職員である小淵沢虹子さんとお話してから、数日。
俺は新宿駅東口で、小淵沢さんを待っていた。
今日は、『SEEKs』による深淵級ダンジョンの調査・探索に同行させてもらうことになっている。
そこで俺は、ダンジョンへのフードデリバリーサービス――通称『SeekerEats』が機能するかどうか、新たなダンジョンビジネスとして成立するかどうかを見極めるため、試行をさせてもらう予定だ。
それにしても、である。
新宿駅がそもそもダンジョンだったよっ! 駅って交通を便利にするために作られてるはずだよね!? なのにどんだけ複雑でわかりにくいのよ!? 毎日ここを通って出勤してる人たちマジですげーよ天才だよ!!
てか平日昼間なのに人多すぎっ!? 人波にさらわれて行きたいとこに行けねーよ?! 朝の通勤時間とかどうなってんの!? 土日はもっとひどいの!? マジで大都会こえーよっ!!
……すいません、取り乱しました。
基本的な生活圏が家の近辺で完結している俺としては、三年ぶり二回目(甲子園かよ)ぐらいに来た新宿駅の異様さに、気圧されっぱなしだった。
もう帰りたいお。
「久しぶりに都会に来ると、意味もなく焦っちゃいますね」
「楓乃さん。……すいません、迷って歩かせてしまって」
俺が肩を落としていると、隣にいた楓乃さんも辟易した様子でため息をついていた。今日も楓乃さんと二人きりだが、のっけから新宿駅でテンパり、迷惑をかけてしまった。
「いえ、これだけ複雑じゃ迷うのも仕方ないですよ。私こそ、全然わからなくてごめんなさい。大学の頃は都会に憧れてたのにな……私、今はみんながいる家が一番落ち着くみたいです」
「……俺もです!」
言って、楓乃さんは優しい微笑みを向けてくれた。
はぁ、こういう日々の生活の部分で共感してもらえると、すごくほんわかとした嬉しい気持ちになるなぁ。
なんだか、楓乃さんの横顔がいつも以上に輝いて見えた。
「大変お待たせいたしました」
と。
そこで、後ろから声をかけられた。小淵沢さんである。
「い、いえっ、全然待ってないです」
「ベースキャンプの設置に手間取ってしまってまして。すぐに現場にご案内いたします。どうぞこちらへ」
言って、小淵沢さんは深淵級の入り口まで案内してくれる。
今日の小淵沢さんは、以前のパンツスーツにネクタイのスタイルと違って、探索者としての出で立ちである。
警察帽のようなものをかぶっているので、ぱっと見は女性警察官だ。
が、よく見ると袖口にSEEKsのロゴが付けられた半袖のツナギを着ており、探索用装備なのがわかる。この上にボディアーマーやプロテクターを装着し、バックパックなどを背負って入ダンするのが、SEEKs定番の探索スタイルだった。
動画などで知られており有名なので、いざ本物を見るとテンションが上がる。普通にカッコいい。
……ただ、一つだけ想定外のことがあった。
今は夏真っ盛りで暑い。だからだろう、小淵沢さんはツナギのファスナーを結構下まで開けていた。
そのせいで、お辞儀の際、襟元から……見えてしまったのだ。
OPAが。ほぼほぼ、まるっと。
小淵沢さんってば、お役人の方なのでカッチリしてるのかと思いきや、下着は付けないタイプみたいです! なんて大胆っ!!
OPAタイプ的には悠可ちゃん系に分類されることでしょうっ!
「到着しました。ここです」
「ぶ、は、早いですね」
と、俺が一人で深い思考(ただの煩悩)にのめり込んでいると。
眼前に、古いビルの非常扉があった。
どうやらここが、例の深淵級への入り口になっているらしい。
「この扉の向こう、長い階段を降りた先に、ダンジョンへの入り口がございます。お二方とも、足元をお気をつけて」
「はい」
言って、小淵沢さんはゆっくりとその扉を開けた。
扉の中から、真夏にしては冷たい風が、全身をなでるようにして流れ出た。
◇◇◇
長い階段を下った先には。
見上げるような、巨大な“横穴”が存在していた。
周囲には穴の奥を照らすようにスタンド型の巨大な照明がいくつも置かれ、物々しい緊張感が漂っている。
ここが、新たに発生した深淵級ダンジョンへの、唯一の入り口らしい。
大都会新宿の地下に、こんなに大きな洞窟があるとは……考えただけでもゾッとする。
「す、すごい穴……私、怖いです」
並んで大穴の前に立ち、虚を眺めていた楓乃さんが、怯えたように言った。心細いのか、俺のスーツの袖口をぎゅっと掴む。
俺は楓乃さんの恐怖を少しでも和らげることができればと思い、その手にそっと触った。
「大丈夫ですよ、楓乃さん。なにせ天下の『SEEKs』なんですから、危険は万に一つもありません」
「……そう、ですよね」
「いざとなったら、楓乃さんは絶対俺が守りますから」
できる限り、虚勢を張っていると思われないよう、俺は満面の笑みを楓乃さんに送った。
が。
「…………………………好き」
「え?」
しかし、楓乃さんはそっぽを向いてなにやらボソボソ言うだけだった。
え、なんて言ったんだろう? ちょっとカッコつけすぎたからキモイと思われた?
待って待ってすげー心配なんですけど!?
「お二方」
と。
俺がダンジョンとは無関係な不安に苛まれていたとき。
ベースキャンプのテントから、小淵沢さんが現れた。
その後ろには、すごいガタイの男性が一人、ついてきていた。
あの人、まさか……!
「君たちが、今回食料面で我々をサポートしてくれるお二人かな?」
「あ、あなたは……!」
「はじめまして。私が、『SEEKs』の総隊長、寺田左近だ。小淵沢くんから諸々の話は聞いている。今回の任務では、お互いに有益な結果が得られるといいね。よろしく頼むよ」
「ほ、本物の左近隊長だぁ……!」
なんと、小淵沢さんと共に現れたのは、選りすぐりの精鋭が集まった政府直轄特殊部隊SEEKsの中でも、群を抜いた実力とカリスマを持つとされている総隊長、寺田左近さんだった。長い黒髪を結んだサムライヘアーがトレードマークの漢の中の漢。ダンジョン界のスーパースター。
世間に疎い俺ですら、ダンジョン調査のニュース映像や広報番組で何度も顔を見た事があるほどの有名人だ。
すげー、なんか貫禄というかオーラがある!
「はは、大したことはないよ。それに、今や君たちの方が有名なんじゃないか?」
「え?」
「私も何度か拝見させてもらっているよ。『新卒メットチャンネル』を」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」
なな、なんと! 左近隊長にまでご視聴いただいているとは!
身に余る光栄です!!
「いやー、小淵沢が『見ろ見ろ』とうるさくてね」
「そ、総隊長! 冷やかすのはおやめください!」
「ははは。今はむしろ、おもしろくてタメになるチャンネルを紹介してもらえて感謝しているぐらいだぞ。『ヒトガタ』との遭遇なんて、他じゃ滅多に見れたもんじゃないしな」
「であればもっとスパチャで貢献するべきなのですよ、このどケチ隊長!!」
「はっはっは! 私は『SeekTube』には無課金主義なんだ」
そんな感じで、二人は互いをイジり合い、けらけらと笑った。
なんかこの二人、いい感じだな。上司と部下なのに、分け隔てないというか。きっと『SEEKs』のすごさは、こういうところにあるのだろう。
「さて。それじゃ、念のため君たちにも我々のブリーフィングを見ていてもらおうかな。さぁ、こちらへどうぞ」
「は、はいっ!」
そうして、俺と楓乃さんは。
SEEKsの作戦会議を、見学できる運びとなった。
うわー、動画に撮りてぇ……!!
俺もまだまだ、ただのミーハーなのであった。
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