第45話 人気配信者、完全合流
横浜にある総合病院の一室。
俺たちはツッチーさんの眠るベッドを囲み、押し黙っていた。腕から伸びた点滴の管が痛々しい。
今は穏やかな顔で寝ているが、倒れるその瞬間まで仕事をこなしていたらしい。
一番心配そうなのは当然、シルヴァちゃんだ。
「……あの、ツッチーの具合は?」
「あ、ご家族の方ですか?」
「えっと……まぁ、はい」
やってきた看護師さんに、シルヴァちゃんが話しかける。そして連れ立って病室を出て行った。おそらく医者の先生からなにかしらの説明を受けるのだろう。
「ツッチーさん、いつもお忙しそうでしたもんね……」
「ええ……ですね」
心配そうな声を漏らす楓乃さんに、俺も同調する。
いつもいつも、あまり寝ていない様子でたくさんのタスクをこなしていたツッチーさん。間違いなく、忙しすぎたのだ。
今は安心した表情で眠ってくれているのが、せめてもの救いだ。
「あ、シルヴァちゃん。先生、なんだって?」
「……うん、過労だって。数日安静にしてれば回復するって」
「やっぱりか……」
すぐに戻ってきたシルヴァちゃんから、案の定な理由が語られる。
そりゃ、寝ずにあれだけ働かされれば、いくら優秀なツッチーさんでも倒れもする。
しかしそれは、断じてツッチーさんが悪いわけではない。
自己管理が甘いとか、時間の使い方の工夫が足りないとか、そういうことじゃない。
単純に、働かせすぎなのだ。
「わたしがずっとお世話になっていたマネージャーさんも、実は過労が原因で…………うぅ」
「悠可ちゃん……大丈夫、大丈夫だよ。無理に話さなくて、いいからね」
ツッチーさんの姿を見て、自分のことを思い出してしまったのか、悠可ちゃんが苦しそうに言葉をこぼす。今にも震えそうな肩を、楓乃さんが優しく抱く。
「わたしのマネージャーさんも、過労が原因で……ブチキレてしまったみたいで」
「「……え?」」
と。
続いた悠可ちゃんの言葉に、俺と楓乃さんの頭にハテナが浮かぶ。
これ、悲しい話じゃ……ない?
「健康状態が回復したタイミングで、事務所の社長に正面から盾突く形で労働環境の改善を訴えたそうなんです。でも、やはりそう簡単に覆らなかったみたいで。それでもなんとかしようって、かなり大暴れしたみたいなんです」
「は、はぁ……」
「ただ、事務所とはその件もあって仲違いのような状態になってしまって。そのままなし崩し的に退職することになったみたいなんです。わたしてっきり、事務所から一方的にクビにされたものとばかり思っていたので……まぁなにが言いたいかというと、やっぱり働きすぎってよくないですよね!」
「「そ、そうだね」」
にぱー、とキラキラスマイルを発動した悠可ちゃんに、俺と楓乃さんは顔を引きつらせつつ同意する他ない。やはり労働は適度に限るな……!
「最近、千紗都さん――マネージャーをしてくれていた方です――から、連絡が来たんです。『元気しとるか? 新卒なんとかってチャンネルに、悠可出てへん?』って。わたし、なんだか恩返しできたみたいで、すっごく嬉しくてっ!」
「ちょ、悠可ちゃん。ここ病室だから、静かにね」
「わわっ、すみませんっ! わたしったら、もうっ!」
興奮気味に語る悠可ちゃんを、楓乃さんが優しく落ち着かせる。
ほえぇ、なんと尊い美人姉妹なのでしょう。
「ま、悠可のマネージャーみたいに暴れて辞めたとしても今どき、なんとかなるってことよね……」
「シルヴァちゃん……」
そこで、ツッチーさんの寝顔を眺めていたシルヴァちゃんが、ふっと笑うように言った。
「大地。ちょっと」
「? はい」
と。
そこで、なにか意を決した様子のシルヴァちゃんに導かれ、二人で病室を出た。
人気のない病院の廊下は、妙にソワソワさせられる。
「アンタに……お願いが、あるんだけど」
「な、なに?」
シルヴァちゃんは両腕を伸ばしたまま、へその辺りで両手を重ねた。丁寧にお辞儀をする前、みたいな感じだ。
ただそのせいで、両腕によって大きなOPAが挟み込まれて強調され、俺の平常心をかき乱してくる。
落ち着け、大地よ。
今は真面目なターンのはずだ……!
「アタシと、ツッチー……両方の面倒、見てくれる?」
「それって……?」
これまでにないほど、真面目で真っ直ぐなシルヴァちゃんの視線。
否応なく、緊張感が高まっていく。
「アタシ、紅坂シルヴァとそのマネージャー、土田紗香は今の事務所を辞めて――新卒メットチャンネル専属の、タレントとスタッフになりたいです」
「……っ!」
「ダメ、ですか……?」
真摯なシルヴァちゃんの言葉が、俺の耳朶を打った。
彼女の真剣な言葉に、俺は思わず息を飲む。
……まったくもう、シルヴァちゃんもツッチーさんも、二人して同じことを考えているんだもんな。
本当に、強い信頼で結ばれているのがわかる。
「面倒見るに……決まってるじゃん。現に俺だって、ダメなとこたくさん面倒みてもらってるんだから。お互い様だよ」
「……っ!」
少し、シルヴァちゃんの瞳が潤んだ気がした。
「改めて。これからもよろしく、シルヴァちゃん」
俺は言って、握手をしようと手を差し出す。
「…………ったく、しょーがないヤツ! アタシがいないと、ひとっつもイイ動画、撮れないんだからっ!」
「はは、そうなんだよね」
ぷい、とそっぽを向いて、シルヴァちゃんは言った。
俺は握手の手を引っ込めて、頭を掻いた。
と。
「おわっ!?」
「こ、こんぐらいイイでしょ!?」
シルヴァちゃんが向き直り、一気に俺に抱き着いてきた。
OPAの存在感が、ハンパないっ!
このままだと幸福で圧死するっ!!
「……アタシたちを、よろしくね、大地っ!」
「は、はひ……!」
久しぶりに見た、超至近距離でのシルヴァちゃんの強気スマイルは。
……相変わらずの、高威力だったお。
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