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第44話 ツッチーさんと、おしゃべり


 爆バズりしたヒトガタ遭遇配信から、数日が経った暑い日。

 もう夏真っ盛りだな……なんて思いながら、俺はベランダに自分の洗濯物を干していた。


 ちなみに。

 女性陣の洗濯物もある! しかし下着はない! それでもいい!

 可愛いフリルのスカートとかセクシーなノースリーブシャツとかモコモコのパジャマとか、一つ一つ丁寧に丹念に鼻を近づけてクンカクンカしたいとかこれっぽっちも思ってない!

 ……すー、はー。すいません取り乱しました。


 ピンポーン


 俺が洗濯中に毎回発生する煩悩との激しい戦いの最中、部屋に設えられたインターホンが、甲高い音を響かせた。


「はーい」

「お久しぶりです……」

「あ、ツッチーさん」


 画面に映し出されたのは、目鼻立ちの整った美人さん、ツッチーさんだ。少し髪が伸びてセクシーさもアップしている感じだ。ただ、相変わらず目の下のクマが暗黒レベルに黒々しいので、色々と台無しである。


 俺はそそくさと玄関まで行き、ツッチーさんを迎え入れる。


「ご無沙汰してます、京田さん。いつぶりでしょうか……」

「いつぶりですかねえ……ってツッチーさん、最近寝てます?」

「あ、大丈夫です。昨日は局のトイレで一時間目をつむれたので……」

「それどんな睡眠環境ですか」


 さも当たり前かのように、そんなことをのたまうツッチーさん。

 タレント業界、いったいどこまでブラックなんだ? 良質なエンタメを作るためにも関係各位にもう少し休みを作るべきだと思うなぁ。

 本当、心配になってくる。


「本日はお時間を作っていただきありがとうございます……」

「いえ、こちらこそ暑い中来てもらっちゃって。できれば誰もいないときに、ということでしたけど、なにかありましたか?」

「ええ、実は折り入ってご相談がありまして……」


 ツッチーさんは俺が出したアイスコーヒーを一口含んだ。からん、と氷が鳴る。

 今女性陣は、皆、出払っていた。


「端的に言うとですね……シルヴァの件でついに怒られまして。事務所の社長に……」

「ぶほっ」


 俺は自分のアイスコーヒーを吐いた。

 ツッチーさんの言い方の軽さと、内容の重さのギャップについ吹き出してしまった。


「ど、どんな感じで怒られちゃいました……?」

「『顔出しなしで許可はしたけど、さすがにもうダメ』みたいな感じでした……まぁ、いつかはこうなるだろうとは思っていたんで、ついに来たか、という感じです……」

「だ、大丈夫なんですか? ツッチーさんの立場というか、状況的に」


 淡々と話すツッチーさんだが、会社に目くじらを立てられてしまうと色々と不利益・不都合なことがあるかもしれない。そういう迷惑をかけているのだとしたら、シルヴァちゃんをチャンネルに誘った俺の責任でもある。


「京田さんは、お優しいですね……でも、私のことはお気になさらないでください。そもそもあんな会社に愛情も帰属意識も、未練もありませんから……とんでもねぇ働かせ方しやがって……」

「ぶほっ」


 俺は再びアイスコーヒーを吐く。テーブルが黒くなっちゃうよぉい。


「シルヴァ自身は、正直もうこっちのチャンネルでの活動をメインにしていきたいって考えているんです……ですから、私も覚悟を決めて事務所を辞めようかと思っています……」

「え、そ、そうなんですか? 本人がそう言って?」

「いえ。見ていればわかります。長年二人三脚でやってきましたから、彼女が思っていることはなんとなく伝わってきます……」

「……ツッチーさんとシルヴァちゃんは、信頼しあってますもんね」


 俺はツッチーさんの言葉と柔和な表情を見て、なんだか嬉しくなる。


「まぁ、私自身シルヴァの魅力に惹かれて今の事務所に来ましたから。事務所が優先ではなく、私の中ではシルヴァが幸せに自分を発信できる、ということが最優先です。だから一番輝けるところへ導いてあげたいし、そんな場所を見つけたのなら、心置きなくそこに連れて行ってあげたい……」

「ツッチーさん……」

「実際、こういうことになるだろうとは思っていたので、そのための各方面への根回し、下準備も私なりにしてきたつもりです。退社したところで、シルヴァの仕事が減るといったことはないでしょう……」

「ということは、円満退社ですかね?」

「そうなればいいのですが……まだ本丸である事務所社長との話し合いが残っています。今回、お叱りをいただいたので、その流れでやんわりと退社へ向けての交渉をはじめていくつもりです……」


 さすがツッチーさん、俺たちの知らないところで、シルヴァちゃんのためにこんなにも動いてくれていたなんて。つくづく、俺だけでは今みたいな状態にはできなかったよな、と思い知る。


「シルヴァには、あまり余計な心配をかけたくなかったので、今回は京田さんにのみ、私の今後の動きを共有させていただいた形です……まぁ、どこかできちんと彼女にも話さなければならないタイミングは来ると思いますが……」

「……ありがとうございます。信頼していただいて」

「いえ。言動や行動を見ていればわかりますよ、京田さんが信頼に足る方だというのは……」


 ツッチーさんはそう言い、小さく微笑んだ。疲れがたまっているせいなのか、その笑みはどことなく弱々しい。

 あぁ、ツッチーさんへの恩にもっと報いたい――そう考えたとき、俺は一つの案を思いつく。


「ツッチーさん。もしツッチーさんがよければなんですけど……」

「はい、なんでしょう……?」

「俺たちのチャンネルの、スタッフになってくれませんか?」


◇◇◇


 ツッチーさんとのミーティングから数日。

 なんと、我が『新卒メットチャンネル』の登録者数が、五十万人を突破した。やはりヒトガタという未知の存在を映像で残したことが大きく数字に影響したらしかった。


 メンバー全員でお祝いをしようと、リビングに集まったところだ。

 各々から、かなりリラックスした雰囲気が漂っている。

 と。


「…………大変っ」

「どうしたの?」


 何気なくスマホをいじっていたシルヴァちゃんが、急に椅子から立ち上がる。みるみるうちに、その顔色が青くなっていく。

 なにかあったのだろうか?


「……ツッチーが、倒れたって」

「「「……っ!!」」」


 メンバー全員の、血の気が引いた。



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