第35話 マドンナ、配信者、アイドル、一堂に会す
楓乃さんのご自宅。1LDKのリビング。
中央にローテーブルを置き、四人でそれを囲むように座っている。
部屋には、日本が誇る超絶美女たちが三人もいる。
一人目は、この家の家主であり、日本中がまだその魅力に気付いていない、エロカワイイの権化、山下楓乃。彼女の魅力は今後の配信によって、間違いなく全世界へと轟いていくことだろう。すでに俺の身体下半分には激烈に轟いている。
二人目は、登録者数百五十万人を超える超人気配信者、紅坂シルヴァ。
その炎上すら糧にする自由奔放な配信スタイルと毒舌に加え、トレードマークの銀髪ツインテを振り乱し、我が道を突き進む。
三人目は、トップアイドルとして日本中に元気を与える満点スマイル、白金悠可。子犬のような素直さで老若男女に分け隔てなく愛され、さらに渋すぎるサッカー知識でおっさん世代にゲキ刺さりする、天真爛漫アイドル。
こんな天上人、それこそ天使のような面子と、ただの一小市民である俺のような男が、なぜ同じ空間に居られるのだろう?
なんかもうただ呼吸するだけで甘いんだもの。糖度がリンゴぐらいあると思うね、この部屋の空気。
「……で、楓乃。アンタ抜け駆けしようとしたてでしょ?」
「そ、そそ、そんなつもりは……」
「『そ』が多いっつの! ソリストか!」
が、シルヴァちゃんの切り出した話題によって、部屋の空気は幾分ピリッとする。リンゴに七味かけたみたい。なにそれおいしいの? つかツッコミがテキトーすぎる。
「玄関でモゾモゾとなにかしてませんでしたっ? 扉の向こう側からなにやらスタジアム最前線のような熱気が伝わってきたんですけど……あとなんか、まるで後半アディショナルタイムみたいな息遣いも」
「「なにもしてませんよ?」」
悠可ちゃんの屈託のない瞳から繰り出されるキラーパスに、俺と楓乃さんの声が重なった。なにもしてませんよ?
「そ、そんなことよりお二人はどういったご用件で?」
一度咳ばらいをした楓乃さんが、切り替えるように言う。
そうだそうだ、どうして二人はここにいるんだよう。おかげで俺は身体の一部に発散できなかったシコリが残ってるよう。そのせいで意味もなく激しい疲労感があるよう。これは下ネタじゃないよう。
「ア、アレよっ、このサッカー馬鹿のチャンネル加入について議論するために来たのよっ!」
「わっ、そんな意図があったんですねっ! 嬉しいっ!!」
「いちいち素直にリアクションすなぁっ!!」
「すいませんっ、わたしったら、もうっ!」
おやおや、少し見ない間にお二人、すごく仲良くなったみたい。
トークがもはや阿吽の呼吸だもの。
「……で、実際んとこどうなんだし。このサッカー馬鹿こと、白金悠可のチャンネル加入について」
「はいっ、サッカー馬鹿こと白金悠可ですっ! ぜひとも『新卒メット』さんのチャンネルに、仲間として加えていただきたいですっ!!」
「アンタはぁ……いちいちリアクションすんなって、言ってんでしょぉがぁぁ……!」
「は、はわぁぁ、すいません、わたしったらっ」
キャピキャピと掛け合いをするシルヴァちゃんと悠可ちゃん。その華やかな一挙手一投足に、俺は一視聴者のような心境になる。やっぱり有名人ってすげえんだなぁ……。
「……私は、賛成です。悠可ちゃんがメンバーになってくれるなんて、願ってもないことです。百人力だと思います」
「楓乃さん……」
俺の斜め前に座っていた楓乃さんが、意を決したように言った。その目には、レンタルスペースを出たときのような弱気は見えない。ちゃんと自分と向き合ったうえで考え、決断したことがよくわかった。
……楓乃さん。やっぱり強い人だな。
「ありがとうございますっ! 紅坂さんはどうですかっ!? 率直にどうぞ!!」
「ハイテンションにうながすなしっ! 断れなくなるっつの!!」
「えぇぇ断ろうとしてたんですかぁぁ!?」
「し、してないけど色々と公平じゃなくなるっしょって話だしっ!!」
キツめの言葉に、急に悲しそうな表情を浮かべる悠可ちゃん。見つめられて、慌てて言葉を取り繕うシルヴァちゃん。
なんというか、悠可ちゃんの表情はすごく感情表現が豊かなので、その顔で見つめられると、否応なくこっちの気持ちも変化させられてしまう感じ。
目がウルウルとした子犬を見ると、思わず抱き締めたくなっちゃう感じに近い。チワワかよ。
「別に、アタシは反対じゃないし。というかむしろ、ガンガンチャンネルが強力になってる感じしてエモいってゆーか?」
「紅坂さん……! 嬉しいっ、あの、シルヴァちゃんって呼んでもいいですかっ!?」
「だ、抱きつくなっつの暑苦しいっ! 別に好きに呼べしっ!! ってかアンタこそ、自分だけが主役ってチャンネルじゃなくなるけど、そこんとこわかってんでしょーね!?」
「はいっ、あくまでも主役は『新卒メット』さんですっ!!」
ツンデレるシルヴァちゃんに、嬉しそうにハグを試みる悠可ちゃん。なんだこの神々しいほどの光景は……てーてー。
で、だ。
悠可ちゃんの言葉に合わせて、場にいる全員が俺の方を見る。
す、すんごいプレッシャー……。
「……俺としては、えっと、なんというか、まだ実感が全然追い付いてないというか。俺みたいなヤツのチャンネルが、こんな、華やかで素敵なメンバーでいっぱいになって、いいのかなって……」
俺は視線を逸らすように俯き、ボソボソと自分の心情を吐き出す。うぅ、またお得意の自己卑下が止まらねぇ……。
「大地さんっ」
「はひっ!?」
と。
ぱちんと、俺の両頬を、柔らかくて温かい手が包んだ。
手を伸ばしていたのは、楓乃さんである。
「ここにいる全員、大地さんがやってきたことが引き寄せたんです。あなたの生き方にはそれだけ可能性があったってことなんです。だから一切、謙遜することないんです!」
「そ。過度な謙遜はぶっちゃけうっとうしいだけよ。そのぐらいわかれし」
「そうですっ! わたしも謙遜より感謝って決めてますっ!!」
各々、俺の背中を押すように言葉を重ねてくれる天使たち。
それぞれ向けてくれる笑顔が、百万ドルの夜景すら陳腐に思える輝きを放っていた。
あぁ……俺は本当に、どうしてこんな天国に居座ることを許されているのか。
きっと前世でスカイツリーのような高さにまで徳を積んだに違いない。
……よし、それなら。
覚悟を決めて、前進しようではないか。
「わかりました……。白金悠可さん、これからよろしくお願いします」
「えっ、それって……!」
「はい。これからチャンネルの仲間として、一緒にがんばりましょう」
俺は悠可ちゃんに、正座してから頭を下げた。半ば、土下座のような格好だが、今の俺の気持ちを表すには丁度いい。
「でも、一つだけ訂正させてください」
「え……?」
土下座から、顔を上げる。
「主役は俺じゃなくて――ここにいる全員です」
言い切り、俺は皆の顔を見回す。
みんな、また笑顔を見せてくれた。
「……わたしっ! 嬉しい、嬉しいですっ!!」
「おびゃび!?」
と。
顔を上げた途端に、トップアイドルが俺の上半身に飛びついてきた。
一瞬、ふらりと気を失いかける。
艶やかな髪の放つ甘い香り、触れる二の腕や頬から感じられる柔らかい肌、ぎゅっと遠慮なく押し付けられる慎ましやかなOPA…………幸福が致死量を超えているッッ!!
「……はっ!?」
「「…………」」
半ば失神(昇天か?)していたところから意識を取り戻すと、楓乃さんとシルヴァちゃんがジト目でこちらを睨みつけていた。
ひぃぃ怖いよぉぉぉぉ……!!
「なにはともあれ……またチャンネルが伸びそうですね。よかった」
一つ息を吐き、楓乃さんは立ち上がった。
そしておもむろに冷蔵庫から何かを取り出し――って銀色のヤァツ!?
「では、歓迎会といきましょう!」
「「いぇーい!!」」
楓乃さんの一声に、女性陣は一気に盛り上がる。
俺は正直、これからどうなってしまうのかと、戦々恐々《せんせんきょうきょう》とした。
……未成年の飲酒は、絶対に許しませんよ?
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