第34話 マドンナ宅、二度目の訪問
「ちょっとサッカー馬鹿! くっつきすぎだっつの! 暑苦しいから離れなさいよっ!!」
「だ、だってこういうのはじめてで、もうドキドキして、ソワソワして! わたしどうしてたらいいかわかんないんですもんっ!! あーもう、スクワットしてますっ!!」
「ちょ、アホ! 目立つからやめなさいっつの!!」
私鉄の電車内。
相変わらず大地と楓乃を追跡中のシルヴァと悠可は、おかしなハイテンションのままわちゃわちゃとたわむれていた。
二人が視線を向ける先には、隣の車両、並んでつり革を握って立っている大地と楓乃の姿があった。大地の猫背がいつもと違いピンと伸びており、どこか緊張している様子が見て取れた。
「大地のヤツ……わかりやすく力入ってんじゃん。素人童貞卒業する気満々かっつのっ!」
「シ、シロートドーテー……! すごい、そういう言葉を人の口からはじめてお聞きしました! 感動です!!」
「下ネタ聞いてガチ感動する女はじめて見たっつの!!」
おかしな方向にテンションが上がりっぱなしの悠可をさておき、シルヴァは自前のサングラス越しに大地と楓乃の表情を観察する。あまり口元が動いていないところを見ると、会話は弾んでいないようだ。
「ったく……絶対アイツら、家でよろしくやる気だわ。絶対、抜け駆けなんてさせないんだから……!」
「よ、よろしくやるんですね……! ちなみにそれってどういう意味なんでしょうか!? 詳しく教えていただきたいですっ!!」
「アホ! んなもん説明できるかっつの! ノリで使う言葉ってあんでしょーがっ!!」
「あ、あぁー確かに! ノリありますよねっ! わたしったら、もうっ!」
隣の車両の二人と違い、シルヴァと悠可の掛け合いは常に予想以上に盛り上がってしまうきらいがあった。やはり両者とも、テレビ番組や動画企画などで、撮れ高につながるよう会話するのがクセになっているせいだろう。
本人たちが思っているよりも、シルヴァと悠可は相性が良いのかもしれなかった。
◇◇◇
今、俺は楓乃さんのお家に向かって夕暮れの道を歩いている。
駅を出てから数分、何度か通った道をなぞり進んでいた。
「「…………」」
隣を歩く楓乃さんは、電車に乗った辺りからずっと無言である。どこか思いつめたような表情だが、ピリピリしているというよりは、なにかに必死に耐えているように見える。
でも……ゲキ気まずいんですけど? 飲んでもないのゲロ吐きそうです。
「……どうぞ」
「お、お邪魔します」
到着し、俺は1LDKのお部屋に失礼する。ダンジョンでの特訓の帰りに送ったことは何度かあったが、こうして家に入るのは運命共同体となった“あのとき”以来だ。
うぐぐ、玄関からさっそくあの蠱惑的な甘い匂いがする……理性が激しく揺さぶられる。
と。
「大地さんっ」
「はびゅ?!」
「んっ……あむ……ちゅ」
「……っ…………!」
いきなり。
玄関が閉まった途端、扉に壁ドンされて唇を奪われた。
お、おぉお俺が襲われてどうするぅぅうぅ!?
「大地さん……私……もうシャナカノでも、なんでもない……」
「え……はへ……?」
「会社、辞めちゃったから……でも、でも……っ!」
突然の濃厚なキスに、俺の思考力はミジンコ以下。
え、なに? なんの話? 気持ち良すぎてもう立ってられないけど立ってるよ?(バカか)
「でも……好きでいても、いいですか? 役に立たなくても……傍にいても、いいんですか?」
涙で潤んだ瞳に見つめられ、俺の喉の奥がぎゅりりんと締めつけられる。
く、苦しい……なんだ、これ。
苦しくて、切なくて、なんか…………なんか愛おしい!!
「楓乃さんっ」
「……んぁっ」
俺は衝動が抑えきれず、楓乃さんのことを思い切り抱き寄せた。
腕だけじゃない。身体中、俺の全部を押し付けるように抱き締める。
柔らかくて甘くて、やわらかくて。
全細胞を溶かすような刺激が、全身を震わせる。
身体と身体、触れ合う全部がやわらかい。
なのに、どこかがきゅっと締め付けられてる感覚。
とにかく、なんか、熱い。
「か、楓乃さん……!」
「大地さん……大地さんっ!」
耳元でささやかれる楓乃さんの吐息混じりの声が、奥の奥まで侵入してきて、脳と心を甘く、激しく揺らす。
もう、もう…………もうっ!!
我慢、できない――っ!!
ドンドンッ ドンドンッ ドンドンドンドンッ
「……っ!?」
「はぁ……はぁ……ん、あ……はぁ」
ドアを叩く音に反応して、咄嗟に身体が離れる。
熱くたぎってしまい、今にもぶちまけてしまおうとしていた身体の熱が、行き場を失くして暴れまわっている。反射的に猫背になる。
説明しよう。
この猫背は男子特有の現象をなんとなく腹が痛い風を装い誤魔化すための緊急回避方法である!!
「…………っ!」
まだ近づいたままの楓乃さんの顔は、熱に浮かされたように真っ赤だ。
目は酔っているみたいにとろんとして、額には汗で前髪がいくらか張り付いている。エ、エロすぎてもう……っ!
ごくり、と唾を飲み込む。
さらに俺は猫背になる。もう半ばお辞儀してるみたいになってる。
と。
『コラーー! いるのはわかってんだしっ!! 開けろコノーー!!』
『そ、そうだー! わたしたちも入れろーーっ!!』
ドアの向こうから聞こえてきたのは、先ほどまで一緒にいた方々の声だった。
……なんでいんの?
「大地さん……」
「はひっ?!」
また耳元で名前をささやかれ、俺は飛び跳ねるように姿勢を正す。あいたたた、ズボンがぎゅっとなってあいたたた。思わず発射しちゃうとこだゼ。
「私、ごめんなさい……また、いきなり……」
「い、いや……えと……俺の方こそ……」
「ううん、嬉しい。私は、すごく嬉しかったから……また、してほしい」
「ッ!?」
あふれそうな潤いを湛えた瞳で、上目遣いに俺を見つめる楓乃さん。
なにこれ可愛いエロすぎ楓乃しか勝たんなにこれ可愛いエロすぎ楓乃しか勝たんなにこれ可愛いエロすぎ楓乃しか勝たん!!
「あの二人……入れましょうか。こんな狭い家で、恐縮ですけど」
一度すん、と鼻をすすり、切り替えたように微笑む楓乃さん。
身体を離すと、髪を直してから自分の頬をぱんぱん、と叩いた。
甘く、柔らかい体温が離れて、消えていく。
心底、名残惜しい……っ!
「今開けます」
ガチャリ、と楓乃さんがドアノブを開けた瞬間。
銀髪ツインテと艶やかなポニーテールの超絶美女が二名、なぜか顔を上気させて立っていた。
……だから、なんでいんの?
この作品をお読みいただき、ありがとうございます。
皆さんの応援が励みになっております!
ありがとうございます!!




