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第32話 副業、立ち行かず?


 Dイノベーションを退社して数日。

 俺は完全にダメ人間と化していた。


 昼まで寝て、起きてすぐウ○バーしてカロリー満点の食事を腹にぶち込み、そこから二度寝を決め込んだり。

 ひどいときには昼からビールを飲んじゃったりと、とにかく平日に休める自分をフルパワーで満喫した。


 ぶっちゃけ、最高だった。

 しかし、はたと気づく。

 このままだとマジで……やばくないか?


 働いてない三十路のおっさんって、世間的にどうなんだろう? いや、色んな生き方があっていいと思うしそういう時代だと思うけど……。

 でも俺の中に形成された古い常識マンが『そのままだとヤバイよ』ってささやいてくるんだけど。……やばいかな?


 そう感じはじめた矢先、見計らったかのように楓乃さんから連絡がきた。


『チャンネルの収益額が確定しました』


 飛び跳ねるように出かける準備をし、一目散に待ち合わせ場所として指定された、以前にも行ったレンタルスペースへ急いだ。

 そして、今まさに。


「それでは、発表します……」

「は、はい……!」


 チャンネルの収益額が、楓乃さんの口から発表されようとしていた。


「我らが『新卒メット』チャンネルの収益額は…………百五十万円です!」

「えぇぇっ!? すんごぉぉぉぉ!!」


 その金額に、俺は度肝を抜かれた。

 が。


「……はぁ。所詮はそんなもんよね」

「えっえぇぇ、はえ!? なんでそんな冷静っ!?」


 おどろく俺の横で、シルヴァちゃんはやけに冷静な感じで受け止めていた。

 というか、むしろ全然大したことない、みたいなリアクションなんですけど!?

 ちょっとため息交じりな感じなんなの!?


「え……す、少ないの、これって?」


 おそるおそる、たずねる。

 百五十万円……俺のDイノの給料に比べれば七倍以上の金額だ。


「少ないわよ。大地と楓乃とアタシ、三人で単純に分割したらいくらになる?」

「えっと……百五十割る三で…………五十万、ってうわ、確かになんか少ない感じになったっ!?」


 言われて、気付く。

『新卒メットチャンネル』は当然、俺、楓乃さん、シルヴァちゃんの三人のチャンネルだ。そう考ると、確かにこの収益額は決して高くないのかもしれない……まずい、これはまずいぞ。


 本業をやめてしまった中で収入が安定しないというのは……なんだろう、ソワソワしてくる。なんというか、RPGの毒状態みたいに、ジワジワと正体不明の不安が積み重なっていくような感覚だ。


 今までもらっていた給料の感覚で言えば、五十万円は圧倒的に高額だが……これからはきっと、今までの生活では想像しもしなかった様々な出費も発生するだろう。

 そう考えると……不安だ、とにかく不安だ!!


「大地アンタ、なにビビってんのよ? ちょっと前に金ゲトって、五百万とかになったって言ってたじゃん。余裕っしょ」

「あれはもう『老後になるまで絶対触っちゃダメ貯金』にすでに全額ぶち込みましたからもう無いのと一緒です!」

「真っ先に貯金とか、マジで典型的日本人思考だしっ! もっと外貨預金とか投資信託とか運用して賢く増やせっつの!!」

「は、はひぃぃ!?」


 俺の中での最適解である『貯金』は、まだ十代のシルヴァちゃんの金融知識によってあっけなく瓦解する。ガイカヨキン? トーシシンタク? なにそれおいしいの?


「要するに、私たちはもっとがんばらないといけない、ってことですね」

「ま、企業案件もメンバーシップもせず動画四本でこれなら、上出来っちゃ上出来だけどね」

「というわけで大地さん、これからもどんどん動画を撮っていきましょう!」


 将来の不安に苛まれている俺を意に介さず、楓乃さんとシルヴァさんはたくましく宣言した。これが若さか……。

 というか。

 これだけたくましくて、俺みたいなのをどんどん引っ張ってくれるこの二人がいれば、なんだかどうとでもなりそうな気がしてくる。本当、すごいよなぁ。


「お邪魔いたしますっ!」

「わっびっくりしたぁ!?」


 と、そこで。

 突如、レンタルスペースの扉が勢いよく開かれた。


 戸口に立っていたのは――トップアイドル、白金悠可ちゃんだ。


「アタシが呼んだの。なんか話したいことがあるって、もうとにかくしつこくて。すんげー長文を送り続けてきてウザかったし」

「ごめんなさいっ! でもどうしても皆さんともう一度お会いしたかったんですっ!!」


 ぺこり、と身体を折り曲げ、深くお辞儀をする悠可ちゃん。

 シルヴァちゃんもあの長文攻撃の餌食になったか……。


「今日、こちらにうかがったのは他でもありません。皆さんに折り入って、お願いしたいことがあるからですっ!」


 頭を深々と下げたまま、俺たちに向かって言葉を募る悠可ちゃん。

 いや、楓乃さんとシルヴァちゃんはまだしも、俺みたいのにこんなに頭を下げさせておくのは気が引ける。


「あの、頭を上げてください。そんな、あなたが頭を下げる必要なんて……」

「っ! あ、あなたが『新卒メット』さまっ……さん、ですか!? え、あ、あの、わたしっ、だ、大ファンでっ、えと、あのっ!」

「あっ」


 そうだった。

 俺はまだ素顔で悠可ちゃんに会ったことはなかったんだった……。

 とまどいの表情を浮かべているトップアイドル、そのキラキラした瞳に射抜かれ、俺の中の自己卑下が顔を出す。

 俺みたいな冴えない男が中身だったら、幻滅しちゃうよなぁ……?


「こんなに優しそうな人だなんて、思ってませんでした……っ!」

「……え?」


 彼女は急に俺の手を両手で握り、目を見つめながら顔を近づけてきた。

 あれ、瞳の中に流星群でもあるんかな?


「あんなにお強いから、てっきりアダマ・ト○オレ選手みたいな威圧感のある方かと思っていたんですけど……今まで以上に、推せますッ!!」


 彼女はさらに目を輝かせ、俺の手をぶんぶん振る。

 俺がアダマ・ト○オレって? まさか、あるわけない。

 確かに、あの有数のフィジカルモンスターであれば素手でドラゴンをぶん投げてもおかしくはないけどね。……いや、でもスーツはち切れてると思いますよ?


「そ、それはそうと、今回はなんのお話なんですかっ!?」


 と、そこで。

 楓乃さんが、俺と悠可ちゃんを引き離すように間に入った。「はっ、わたしったら、もう!」と言いながら悠可ちゃんは一歩下がった。


 そして。

 

「わたしを、この『新卒メット』様のチャンネルに入れていただけませんかっ!?」


 また深々と頭を下げながら、爆弾発言をした。

 ……俺ってば、マジで前世でどんな徳を積んだんだろう?



この作品をお読みいただき、ありがとうございます。

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