第30話 副業の力で、本業のボケどもをぶっ潰せ②
「大変ですっ! イレギュラーが発生しました! 退避お願いしますっ!!」
Dイノベーションの面々へ、DGDの警備員の一人が叫ぶ。重役連中は一気に焦りはじめ、ソワソワしだす。
俺は《気配感知》と《聴覚強化》を、さらに発揮させる。
「イレギュラーねぇ……伊野部、やっぱり色々なものを引き寄せちゃう魅力があるみたいだわ」
「さすが社長、一切動じておりませんね!」
「佳賀里くん、そりゃそうでしょ? 多少ダンジョン内での心得がなくちゃ、ダンジョンビジネスでサクセスなんてできないよ」
「いや本当さすがです、社長!」
イレギュラー発生を聞いても、余裕そうな伊野部社長と佳賀里部長。他の人たちをDGDの面々が迅速に退避させるが、二人はヘラヘラしたままだ。事前に予想した通りの行動パターンである。
これも楓乃さんおかげだが、Dイノの内部資料に、社長のダンジョンでの武勇伝のような資料があったのだそう。その中で社長は、腕っぷし一本で魔物を倒し、金を手に入れ、それを元手に起業して成り上がった、と書かれていたらしい。
ということは。
女性の前では特に見栄を張りたがる社長のことだ。間違いなく悠可ちゃんのような子がいれば、なにが起ころうと大物ぶって『自分動じてませんアピール』をするだろうと考えた。社長は案の定、想定通りの動きをしているというわけ。
ちなみに、イレギュラー発生も嘘。“仕込み”である。
社長と佳賀里部長を避難させないように、というのもDGDの方々に事前に説明し納得してもらっている。理由としては、社長自ら「ダンジョンの危険性と、現場の大変さを知りたい」から、と話してある。
「悠可ちゃん、安心して。イレギュラーなんて伊野部がさくっとやっちゃうから」
「大丈夫です! わたしもそれなりに心得がある方ですので!」
イキって首や肩をストレッチしだした社長に対して、悠可ちゃんは嫌味なく応える。正直悠可ちゃんのは心得ってレベルじゃないと思う。
「伊野部はね、華奢に見えるかもしれないけど、実はキックボクシングを習っていてね。シュ、シュ! 武闘派なんだよね」
「ほぉー、さすが社長ですね! これで絶対安心だ」
見せつけるようにわざとらしく、やけに細かいステップを踏んでパンチパンチキックパンチする伊野部社長。我が社(もうやめるけど)のイキがり男のシャドーボクシングする率なんなん?
と。
カチっと、そこで何かを踏んだような音。
「あっ」「え?」
社長と部長の声が、重なる。
見ると――社長が罠スイッチを踏んでいた。
……まずい。
これは“想定外”だ!
「走ってッ! 早く!!」
俺は叫ぶ。
「《魔物大暴走》が来るッ!!」
◇◇◇
『よりによってスタンピードかよ』
『アホ社長マジ迷惑』
『逃げて悠可ちゃん』
『新卒さん、悠可ちゃんを守って』
『シルヴァちゃんもいるんだぞ? 守り切れるか?』
『信じるしかない』
社長が踏み抜いたのは、魔物大暴走――いわゆるスタンピード発生のスイッチだった。ダンジョン内に魔物が一斉にあふれ出し、さらに各個体が理性を失い凶暴化する、最悪の一つに数えられるトラップ。
だから安全な通路にしておけとあれほど……!
「楓乃さん、シルヴァちゃん! 本格的に魔物があふれる前にDイノ側と合流しましょう!」
「よ、予定と違うけどいいの!? イレギュラーに対抗しようとしてイキったアイツらの前に――」
「強力な魔物“ヒトガタ”に化けた大地さんが現れて、社長たちを泣くほど怖がらせるって、そういう段取りでしたよね!?」
「今を乗り切ることが最優先です! 急いで!」
幸い、まだ魔物の数は目視で数えられる程度だ。俺は道中のDラットやDバットを薙ぎ払いつつ、Dイノ陣営へと急ぎ進む。
「伊野部キィィック!」「社長スゴい! さすがです!」
近づくと、社長たちはまだ間抜けなやり取りを繰り広げていた。アホなの?
こういう現場を理解していない人間が、知ったような顔をして上から様々な判断を下しているのだと思うと……ゾッとする。
「大地さん!!」
そこで、楓乃さんの悲鳴にも似た叫び。
振り向くと――不気味に蠢く魔物の群れ。
「……ん? ……お、おいっ、なんだよアレ……?」
「え……社長? 全然大丈夫なんじゃ……え?」
同じタイミングで魔物の群れを見つけた社長と部長が、焦った声を上げる。
「け、警備は? 伊野部たちを警備する連中はどこ行った!?」
「えぇ、しゃ、社長が、だ、大丈夫だって言うから……え、本当に大丈夫じゃないんですか!?」
「い、伊野部にだって不可能はある!!」
「ええぇぇ!? 信じてついてきたのにぃ!?」
二人に命名、アホイノベとバカガリ。
「アホイノベとバカガリ! 聞こえるか!?」
「「は、はひっ」」
返事したよオイ。
「死にたくなかったら、壁に背を預けて縮こまってろ!!」
「「は、はひぃぃ!!」」
アホイノベとバカガリは言われたとおりに、壁にぴったりくっついてブルブルと震え出した。いつもの自信たっぷりな傲慢さは、もはや無い。
『オワタ』
『魔物の群れってか“波”だろアレ』
『グロ注意』
『お願い助かってお願い』
「みんな、急いで! 俺の後ろに!!」
「はい!」「わかってるしっ!」
楓乃さん、シルヴァちゃんはそれぞれ、俺の後ろに隠れるようにポジションを取る。
「わたし、お手伝いしますっ!」
「え、でも――」
「コラボですから! わたしも少しは貢献したいんです!」
「……ありがとう! それじゃ、俺の討ち漏らしをお願いします!」
「はいっ!」
背中を支えるように立ってくれた悠可ちゃんが顔を向け、ニカっと笑いかけてくれた。……それは本当に、プラチナスマイルそのものだった。
ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア
おぞましい数の魔物の咆哮が重なり合い、不気味な叫びとなって背筋を震わせる。
……よし、大地。いくぞ。
ここが今回の“副業”の踏ん張りどころだ!
「お、お助けぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ひゃ、ひゃちょおおぉぉぉぉ!?」
「黙ってろ!!」
「「はひっ!!」」
アホとバカを一喝し、腹にぐっと力を込める。
この一瞬、俺は――人間をやめる。
「うおおぉぉぉぉ……っ!!」
雄叫びを上げ、熟練度限界まで《分身》する。さらに戦闘系スキルをフル稼働させ、魔物を迎え撃つ人壁となる。
「おらああぁぁぁぁぁぁッ!!」
大波のように押し寄せる魔物共を、俺は一心不乱に殴り、蹴り、つかんでは投げ、叩き、潰し、吹っ飛ばす。
途中、視界の端で本当に白金のような輝きが一瞬よぎった気がしたが、そんなものを拾い上げている余裕はない。
全身で、魔物を駆逐していく。
俺の背中には、大切な人が――三人もいるのだ。
(あとどうでもいい馬鹿な大人が二人)
『《分身》やばっ』
『はじめて見た。伝説級の《ダンジョンスキル》だぞコレ』
『人間やめてる』
視界の端で数多のコメントが流れていく。
俺は一心不乱に、魔物を屠り続けた。
…………。
……。
「はぁ……はぁ……」
いったいどれだけ、暴れていたのか。
視界から魔物の姿が一匹残らず消え去ったことに気がつき、俺はようやく人心地つく。
「やり切ったぁぁぁ!」
《分身》をフルパワーで使用したのはかなり久しぶりだ。やはりさすがに心理的、肉体的に疲労が色濃い。立ったまま目を閉じ、深呼吸をして《超回復》を発動させようとすると――
「お疲れ様です!」「おつ!」「お疲れ様でしたっ!」
「わっ」
――甘くてくすぐったいような温もりが、三つ同時に俺の背中を支えてくれた。
「新卒メットさん、すごすぎですっ! 超尊敬です!!」
「当たり前でしょ、アタシのダンカレなんだから!」
「ず、ずるい! 私のシャナカレですもん!」
「え……皆さん、いったいどういう……?」
「「カノジョです」」
「その話は後日でお願いしますッッ!」
俺は思わず叫び、またしても問題を先延ばししてしまう。
どんどん厄介な感じになっている気がする……!
『分身できるから三股もおけ……なのか……?』
『既存の概念が揺らぐ』
『なんにせよサンクス。カッコよかったぜ』
しかし。
スタンピードを乗り切ったあと、チャンネルのコメ欄には温かいコメントがたくさん書きこまれていた。
流れ過ぎていくそれらのメッセージを見ていたら、全身の疲れがなんだか、心地よいものに感じられた。
……こんな気持ちになれるのなら。
疲れ果てるまで働くのも、たまには悪くないのかもしれない。
なんて、少しだけ思った。
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