第29話 副業の力で、本業のボケどもをぶっ潰せ①
月末、最後の平日。
俺はDGDのスタッフとして、上級ダンジョンに出勤していた。
今日こそが、『伊野部社長へやり返し大作戦』の決行日だ。
すでに社長をはじめとしたDイノベーションの重役連中は現着し、付近の駐車場に待機している。
「おい警備! この導線じゃ暗くて社長の顔が見えないだろ!? 向こうのインフラのある方を通るようにできないのか!?」
「す、すいません佳賀里部長。ただ、こちらの通路には無数のトラップが点在しておりまして、安全面を考えると――」
「トラップなんてどうだっていい! 今日の視察は飲食事業のプロモーションの意味合いもあるんだ、一番社長の顔が映える通路にしろ! どこを通ろうが社長の安全を確保するのが、警備としてのお前らの仕事だ!!」
「す、すいませんっ」
部長クラスで唯一、今回の視察に同行している佳賀里部長が、警備の人たちに怒鳴り散らしていた。
現場の最終確認をしていた俺は、遠巻きにそれを見つけて、すかさず近づく。佳賀里部長、最初は気さくなタイプなのかと思ったけれど、どうやら上に媚び下に威張る系みたいだな。……最初に見抜けなかった自分に腹が立つ。
「佳賀里部長。お疲れ様です。どうかしましたか?」
「ん? ……おー京田君じゃないか。久しぶり。いやね、この警備計画だと問題があると話していたんだ。京田君の方でも対応を考えてもらえないかな?」
しらじらしく微笑を浮かべている部長。その腹の黒さに反吐が出る。俺は今日の警備計画が書かれた紙を受け取り、チェックする。
「……安全面を考えれば、こっちの通路を選択するべきだと俺も思いますが」
「んーわかってないなぁ京田君。警備の彼らにも言ったけどね、今日は企業としてのプロモーションの意味合いもある。要するに、事業開始前の宣伝だ。ユーザーの期待を促進させる意味でのね」
馴れ馴れしく肩に手を置いてくる佳賀里部長。ここに来る前に相当な数を吸ってきたのか、いつも以上にタバコ臭い。
「プロモーションなんだから、見栄えがよくなきゃ意味がないわけ。今日は芸能人の子だって来るんだから、この意味わかるでしょ? ……京田君さぁ、頼むよ。もう退職するからって雑なことしないで? ちゃんと会社の意向を守ろうよ? 一社会人として」
「……はぁ」
その場にいる全員に聞こえるよう、これ見よがしに俺を糾弾してくる佳賀里部長。DGDで信頼関係を築いた数名が、顔に怒りを浮かべるが、抑えてくれるようアイコンタクトする。
それにしても『一社会人として』、ねぇ……。これってダメな大人がよく使う、自分を正当化するための常套句だよな。
少し予定が狂うが、ここでゴネ続けても仕方ない。
佳賀里部長の意向に沿い、社長が視察として歩く場所を、光源があり明るくかつ撮影もしやすい、広い通路へと変更した。
◇◇◇
「ど、どもー。新卒メットでーす。本人でーす。よろしくでーす」
「声がカタいっつの! 緊張してんのバレバレだしっ!!」
視察の開始前、同ダンジョン内。
スーツにフルフェイスという“正装”に着替えた俺は、ホッケーマスクで顔を隠したシルヴァちゃんと並んで、誰にともなく挨拶をしていた。
動画の生配信、開始。
楓乃さんのDイノ内部での尽力により、今回はしっかりライブ配信ができる状況を整えられた。
そう――あえて社長の視察とぶつけたのだ。
ただ、撮影用ドローンはDイノにすべて抑えられてしまっていたため、スマホで撮影せざるをえない状況になってしまったけど。
「えー、こ、今回はダンジョン配信恒例の『プラチナ出るまで帰れません!』の企画を行いたいと思いまーす。……え? 拍手? あ、え、は、拍手ー!!」
「進行下手か!? 事前に台本ぐらい読んどけばっ?!」
俺のクソ以下の進行に、情け容赦ないシルヴァちゃんのツッコミが飛ぶ。
肝心の楓乃さんはというと、今回は撮影を担当してくれている。スマホとライトをこちらに向け、バリキャリな感じのパンツスーツ姿にキツネのお面をつけての参加だ。なんか得体の知れない強キャラみたいな雰囲気が出てる。
というか絶対俺なんかより、楓乃さんとシルヴァちゃんが並んだ方がいいと思うんだけど……。でも仕方ない、今日ばっかりは『やり返し』が目的だ、俺が矢面に立たずしてどうする。
「お、魔物だぁー! ……え、これ俺言うの? 『ドラゴンをぶん投げる俺に挑むとはいい度胸だー!』って、え、ダサくない?」
「カンペそのまんま読むなしっ! そういうワード入れといた方が切り抜きにしやすくて伸びるんだっつの! 空気読めしっ!!」
「す、すいません」
緊張や不慣れなせいでグダグダな俺を、シルヴァちゃんが厳しくしかりつける形だが、ユーザーの反応はというと。
『新卒メットのダメダメ感ww』
『バグった強さとこのダメさのギャップがええねん』
『つかどう見てもこのホッケーマスク、紅坂シルヴァだよなぁ』
『認めなければセーフ』
コメント欄は、そこそこの盛り上がりを見せていた。
よし、この調子でいこう。
「ど、どうかなー? 金とか白金、出るかなー?」
「アンタどんだけ棒読みっ!?」
「あーダメでしたー」
「いや何が出たかんとこもっとタメろし!? 一番引き作れるとこじゃん!?」
尽きぬダメ出しをされながら、俺とシルヴァちゃんはダンジョンを進んでいく。楓乃さんが撮影しながら笑いをこらえ肩を震わせているので、このままでいいはず。
そんな雰囲気のまま、魔物を何匹か屠りつつ進むと、視察(という名の広報用素材の撮影)を開始したらしい伊野部社長たちが見えた。
社長が引き連れる取り巻きの中には佳賀里部長もおり、一際大きな体でリアクションを取り、目立っていた。
俺は《気配感知》と《聴覚強化》を発動させ、向こうの状況を把握することに努める。
「本日はDイノベーションの新規事業の発表を祝して、スペシャルゲストにお越しいただいております」
外注で雇ったのであろう進行役が、テンポよく話している。その近くで伊野部社長が、得意げに前髪をかき上げる仕草をしていた。だから、前髪たれてませんて。
「それでは、大きな拍手でお迎えください。本日のスペシャルゲスト、先日迷宮坂46を卒業したばかりの――白金悠可さんです!」
「よろしくお願いしますっ、あなたの全てをシルキートラップ、白金悠可ですっ!」
『え、悠可ちゃん!?』
『プラチナ違い』
『本物より本物』
『悠可の価値はプラチナより上』
来た。
白金悠可ちゃんの登場である。
映像が映り込んだため、コメ欄がさらに盛り上がりを見せはじめる。
「どーもよろしく。伊野部です。すっごくプリティだね」
「ありがとうございます。白金悠可と申します。本日はよろしくお願いいたします」
「じゃ、広報用に記念撮影を」
「え、あ……」
馴れ馴れしく、悠可ちゃんと握手し、流れるように肩を組んで笑顔を浮かべる伊野部社長。悠可ちゃんは一瞬とまどった様子だったが、そこはプロ、すぐに笑顔を作りカメラへ視線を向けた。
『あれなんなん? 別件のロケ?』
『つかなんだアイツ』
『悠可ちゃんに馴れ馴れしい』
一方、こちらのチャンネルでは、にわかにコメント欄がきな臭くなる。
……ここまでは、狙い通りに進んでいる。
「……あの社長、マジで見境ないクズだわ」
シルヴァちゃんが、カメラの外、マイクが声を拾わない位置でつぶやいた。
俺も同意するようにうなずき、言った。
「これからが本番です。――さぁ、やり返しましょう」
この作品をお読みいただき、ありがとうございます。
皆さんの応援が励みになっております!
ありがとうございます!!




