第24話 悪い大人の罠
「いったい、どういうことなんですかっ!?」
外回り中、楓乃さんから社内チャットで『すぐに来て!』と呼び出された俺は、社に着くやいなや、楓乃さんの怒った声を聞いた。
遠目で、すりガラス風のパーテーションで区切られた社長室に、楓乃さんの姿を見つけた。俺はカバンを自席のチェアーに放り、社長室へ急いだ。
「メールのとおりさ。どしたー、そんなに血相変えて。美人が台無しだぞー?」
「そんなの、どうだっていいです! それより、新規事業が『ダンジョン飲食店』て、いったいどういうことですか!?」
え……そんな。
入室直前、楓乃さんが語った事実が胸に刺さる。
ドアノブに伸ばした手が、止まる。
『アタシは……ダンジョンの中に、飲食店とか出してみたいかな。探索者とか配信者が、合間に休めるような』
言ったあと、照れ臭そうに微笑んだシルヴァちゃん。彼女の優しさが感じられた、その言葉。
「あれはシルヴァちゃんの……紅坂シルヴァさんの話してくれた、夢じゃないですか!? それを新規事業にするなんて、大人として恥ずかしくないんですかっ!?」
「大人だから、さ。成人年齢が十八歳に引き下げられて、配信者として大金を稼いでいとしても、まだシルヴァちゃんは社会的には子供。だから、社会の厳しさや、社会でどう振る舞うべきなのか。そういったことの一つの参考として、この伊野部が、大人としてのイノベーションを示してあげようと――」
「なにが大人のイノベーションですか!? そんなの、ただのマスターベーションでしょ!?」
「ワオ。楓乃ぉ、大胆発言」
伊野部社長の屁理屈を、楓乃さんの叫びがさえぎった。
俺は扉の外で、拳を握る。
「ただねぇ楓乃、会社の社長ってのはさ。その一人プレイをビジネスにできるから、社長なの。わかる?」
「わかりませんっ」
「楓乃ぉ……イイ女のキミなら、わかるだろぉ? 一人プレイを仕事にしちゃうようなさぁ、デキる男の方が色々と気持ちイイって。金もあるし、欲もあるし、力もあるし…………なぁ?」
「……最っ低です!」
……そこまで会話を聞き、俺は静かに社長室に入った。
「失礼します」
「大地さん……」
名前を呼んでくれたあと、楓乃さんは唇を噛みしめた。
その瞳は濡れ、鼻は少し赤くなっている。
「……社長。お話があります」
「お、どうした? 君は確か、京田君だよね? シルヴァちゃんの件で、覚えたよ」
「ありがとうございます」
俺は楓乃さんと社長の間に割って入り、頭を下げる。
「俺……社長に、感謝してました。学歴も職歴も、才能も能力もない俺みたいなヤツを採用してくれて。一社会人にしてくれて」
「ハハ、キミは礼儀正しいね。少し古臭いけど」
そこで、頭を上げる。
「でも……一人の男としては、許せません」
「大地さん……」
社長には、感謝の念がある。冴えない俺を、正社員にしてくれた。
しかし……その冴えない俺の人生の中で出会った、最高に冴えている出会い、大切な二人を、今まさに同時に傷つけた。
そういうことが起こるのが、
世の中だ。
大人の世界だ。
それこそが社会だ。
有能で、冴えている大人なら、そう言うかもしれない。
俺とは違う、デキる大人なら、そう言うのかもしれない。
だけど……俺は…………
ク ソ ク ラ イ ヤ ガ レ。
「……大人が、誰かの夢を踏みにじるような真似して、いいわけがありません。一つの会社を預かる社長なら、なおさらだと思います」
「おいおーい、京田君もその話? 踏みにじるもなにも、伊野部が先にビジネスとして成功させてやろうってことじゃない。それにさ、もし彼女が今のまま数字を維持してくれてたら、そのときは一日店長でもアルバイトでもやらせてあげるよ? そうしたら彼女のドリーム、叶うわけでしょ」
「そういうことじゃないでしょ!」
俺の声が、小さな社長室に響いた。
きっと、部屋の外の人たちにも聞こえていることだろう。
だが、こんな俺でも、ゆずれないものぐらいある。
「社長、楓乃さんとシルヴァさんに、謝罪してください。一人の大人として」
「伊野部が謝罪? いい加減にしてくれよ。あぁもういいよ、この話終わり。伊野部は今日、インパクトスターズの社長と会食があるから。もう出るよ。な? もういいだろ、十分付き合ったんだから。さ、ほらどいたどいた。ドゥユアンダスタン?」
「まだ話は――」
バタン。
社長室の扉が乱暴に閉じられた。
俺は慌ててドアノブに手をかけ、社長を追おうと試みる。
しかし――背中に、そっと体温が乗っかった。
楓乃さんだ。
「真っ直ぐなシルヴァちゃんと、ちゃんと真っ直ぐ張り合いたかったのに……これじゃ、私……悪者の部下だ」
「楓乃さん……」
背中から聞こえる楓乃さんの声は、震えていた。
俺の頭の中に、『退職』の二文字が大きく浮かび上がる。
だが、ここで辞めてしまえば社長の思うツボだ。楓乃さんは泣き寝入りを強いられ、シルヴァちゃんの夢はビジネスで利用される。
俺は……一矢報いたい。
「……私、今から退職願い出してきます。もう我慢できない」
一瞬考え込んでいた俺の背から顔を上げ、楓乃さんは決意に満ちた声で言った。
「楓乃さん、それは少し待ってください。俺に考えが――」
止めようと、俺が振り向いた瞬間。
ガチャリ。
と、社長室の扉が開いた。
「?」
「おう京田君。そのままで聞いて」
社長と入れ替わりに入室してきたのは、佳賀里部長だった。
その顔には、どこか不敵な笑みが浮かんでいる。
「京田君、君は明日から出向だ」
「え……出向、ですか?」
出向とは。
子会社や関連企業に、異動すること。
つまり。
「下請けのダンジョン警備会社で、現場のリーダーやってみよ。どう、これこそ適材適所でしょ? それじゃ、荷物まとめておいてね」
俺は。
楓乃さんを止めるどころか。
本社から、子会社へ飛ばされることとなった。
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