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第23話 本業にも、人気配信者?


 Dイノベーション、神奈川本社、第三会議室。

 絶賛本業稼働中。

 ただ、問題にぶち当たっている。


「「「…………」」」


 会議室には、俺、楓乃さん、そしてなんと――なぜかシルヴァちゃんとツッチーさんまでいた。四人、無音の会議室。気まずい。


 そして、さらなる問題が。

 俺の右腕が、ブラウス姿の楓乃さんのOPAのたゆんたゆんにたゆたっている(意味不明)のだ。要するに俺の右腕を楓乃さんが上半身で包み込むように抱き着いており、それで腕が完全に胸に挟まれている、というわけ。いやなんで?


 さらに、その状況を机を挟んだ対面に座っているシルヴァちゃんが、鬼の形相でにらみつけている。前のダンジョンのときと、立場が入れ替わった……? 俺の胃が痛くなる感じだけは変わってない!


「シャナカノとダンカノが一堂に会してますね……ふふ、気まずっ……」


 冷やかすように言い、小さく笑うツッチーさん。いやいや、俺の立場的にまったく笑いごとじゃない。


「私はシャナカノですからっ、ここでならこんなことだってできます。ふふん」

「楓ん乃のヤツゥゥ……!」


 言いながらさらに腕を絡め、密着度を高める楓乃さん。対するシルヴァちゃんは、眉間にシワを寄せて歯をむき出しにし、今にも飛び掛かってきそうだ。ネコ科の獰猛な動物かな?


「ち、ちなみに、今日はなにしにこちらへ?」

「ああぁ? 事務所にアポがあったんだっつーの」

「すすすいません」


 雰囲気を変えようと俺が話を振るが、あっけなく撃沈。これはキレてます。


「ふんっ、てっきり大地さん目当てに会社に押しかけて来たのかと思いました。だとしたらルール違反なので、ダンカノの地位も剥奪に――」

「ち、違うっつってんでしょ! ちゃんと仕事だっつの!」


 険悪なムードのまま、やり取りを交わす楓乃さんとシルヴァちゃん。机を挟んでガンつけあっている。

 収益化してこれから本格的に配信活動をしていくのに、この雰囲気が続くのはよろしくないよな……元はと言えば俺がまいてしまった種だ、責任を持ってなんとかせねば……。


 と。

 俺が自責の念を強くしたタイミングで、会議室の扉が開いた。


「いや申し訳ない、皆さん。伊野部、来ました」


 秘書を引き連れた伊野部社長が、颯爽と入室してきた。俺と楓乃さんは社会人的条件反射で、椅子から立ち上がり社長を迎え入れる。期せずして、腕が解放される。


「はじめまして、紅坂シルヴァさん。そちらは……」

「シルヴァのマネージャーの土田紗香です。こちら、名刺になります……」

「オケ、頂戴します。んー、お二人とも大変お美しい。目の保養になる」


 伊野部社長は馴れ馴れしく言って、シルヴァちゃんとツッチーさんの斜め前の席に腰かけた。シルヴァちゃんがツッチーさんの方を向き、あからさまに顔をしかめた。


「あれ、楓乃と……彼はなに? どうしてこのMTGに?」

「先方からのご指名です。シルヴァ様とのMTGには、お二人を同席させるように、と」


 そこで伊野部社長が気にしたのは、俺と楓乃さんの存在だ。

 当然だ、社長が直々に対応する案件に、俺たちのような平社員が呼ばれることなどまずない。つーか俺の名前だけ覚えてない!

 ちなみに楓乃さんを名前呼び捨てなのもいかがなものか! 一社会人として!!


「すみません、私の方からそういった条件を出させていただきました。彼らとはちょっとした知り合いでして。いていただく方が、色々と業務も進めやすいだろうという判断から……」

「あーそういうディシジョンね。オケオケ、じゃあそのつもりで」


 ツッチーさんがすかさず対応する。さすがだ。相変わらず目の下にどす黒いクマがあるのがやるせない。


「それじゃ、さっそくはじめましょう。事前にシェアしたとおりですが、紅坂シルヴァさん。我がDイノベーションの、CMイメージキャラクターにアサインしていただきたい」


 得意げに足を組み、大仰に両手を広げた社長の口から発せられたのは、そんな言葉だった。シルヴァちゃんが社のイメージキャラクターに……?


「ウチの主要ビジネスであるダンジョン内ネットワーク回線の普及を、もっともっとグローバルに広めようと考えた結果、CMをうつことに伊野部、決めました」


 なぜか聞かれてもいないのに、自分がこれから行おうとしているビジネスの内容を語り出す社長。相変わらず大袈裟な、熱っぽい語り口だ。


「あなたのインフルエンサーとしての奔放で自由な振る舞いは、グローバルスタンダードなブランディングを狙う我が社と組むことで、間違いなく良質なバイブスを生む! それはダンジョンビジネス市場に、いや全世界に大きなイノベーションを巻き起こすものに違いない! そしてこのプロジェクトのリーダー、旗振り役はもうあなた以外考えられないと、伊野部はそう確信しているっ!!」


 指をパチン、と鳴らしてシルヴァちゃんにウインクをする伊野部社長。若干息が上がっている。シルバちゃんは、またも顔をしかめる。ツッチーさんが「まぁまぁ」となだめているのが、俺の位置からだとよく見えた。


「……具体的な内容がないのはともかくとして、情熱は伝わってきました。ウチのシルヴァの起用をご決断いただき、誠にありがとうございます……」

「オーライッ!」


 顔をしかめ続けているシルヴァちゃんに代わって、すかさずツッチーさんがカットインする。いやこれ、結構ハッキリディスってません?

 しかし社長は気がつかず、ツッチーさんの言葉を『契約成立』みたいに取ったのか、嬉しそうに指を鳴らした。


「ところで、なにかCMのアイデアとかあったりする? 内容は外注で考えているけど、ひとまずシルヴァちゃんのイマジネーションが最優先だからね」

「んー……変なセンスの内容じゃなければ、だいたいなんでもいいわ。アタシ別に、好感度だけでやってきてるタイプじゃないし、多少の炎上ぐらいならむしろオイシイぐらいだし」

「ワオ! ベリィクール!!」

「…………(うざ)」


 興奮状態が冷めないのか、伊野部社長はどんどん英単語の発音が巻き舌気味になっていく。シルヴァちゃんは最後、思いっきり唇を「うざ」と動かした。


「それにしても、ウチも配信とかで稼げないものかな? 楓乃みたいな、絵的にも映える社員、いるしね。なんなら、伊野部だって顔出しオーケーだし」

「い、いえ、私は別に……」


 急に話を振られ、両手で拒否の意を示す楓乃さん。

 言った伊野部社長は、一切たれていない前髪をなぜかかき上げる仕草をした。いや、いつも整髪料でビチビチに撫でつけてあるやん。


「そうそう、今ちょうど新規の事業案を募っているタイミングなんだ。それこそ、配信事業もアリよりのアリだよね。シルヴァちゃんもなにか、こういうことしてみたいとか、あったりする?」


 何気なく、社長はシルヴァちゃんに話を振った。

 ビジネスライクな風だが、ちゃんとシルヴァちゃんは考える顔をした。こういうところ、彼女は真面目だ。


「アタシは……ダンジョンの中に、飲食店とか出してみたいかな。探索者とか配信者が、合間に休めるような」


 少し恥ずかしそうに、シルヴァちゃんは言った。その仕草は年相応の、夢を語る若者の姿だった。……素敵だなぁ、なんて思った自分は、やはり少し歳を取ったのかもしれない。


「……へえ。それは素敵なドリームだね。いずれ、伊野部も応援させてもらおうかな」


 社長はシルヴァちゃんの言葉をじっくりと噛みしめるようにうなずき、白い歯を見せて笑った。……なぁんか胡散臭いんだよな、社長のあのスマイル。


「それじゃ、そろそろタイムイズマネー、時間切れだ。また次回のMTGで! それまで、こちらで今後のスケとタタキを作っておきます。それじゃ、よろしく!」


 社長は貼り付けたような笑顔のまま、再びシルヴァちゃんと握手を交わし、秘書を引き連れ慌ただしく去って行った。

 再び、会議室には俺たち四人だけが残された。


「……なんかせわしなくない、アンタらんとこの社長。若干サイコパス気味だし。共感力ゼロ。人の話聞いてないっしょアレ? あと横文字使いすぎ。わかるようにしゃべれっつーの」

「「は、ははは……」」


 四人になった途端、さっそく悪態をつくシルヴァちゃん。ブレない。

 社長の核心をついている言葉に、俺と楓乃さんは、顔を見合わせて苦笑することしかできなかった。



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