第22話 いざ、収益化へ
週末の午後。俺はとあるダンジョンへ入ダンしていた。
難易度は中級。
このダンジョンで、チャンネルの収益化へ向けて、三本目の動画撮影を開始していた。
ただ、いくつか問題がある。
「「「…………」」」
俺の右腕が、人気配信者である紅坂シルヴァちゃんのOPAにバインバインバインド(彼女の必殺技)されていて、非常に動きづらい。
そして、この状況を左斜め後方から目視している楓乃さんが、不動明王の如き怒りの表情をずっとこちらに向けている。《気配感知》で怒りまくってるのがひしひしと伝わってくる。背中が焼け焦げているかもしれない。
……この空気の中での探索は、否応なく難易度は超上級。
いや、悪夢級だろうか?
『前の二人、どう見てもイチャつきすぎだろ』
『ダンジョンなめてんのか』
『つか紅坂シルヴァじゃね? 銀髪の感じとか』
『いやんなわけないっしょ』
……そして、さらに。
この探索の様子は、全世界へ向けてライブ配信されているのだ。
うん、やっぱり難易度、悪夢級です。本当にありがとうございました。
こんな状況でユーザーを楽しませるとか無理だよぉぉぉぉ
「……大地っ、ダンカノのアタシがいるんだから、別に二人だけでよかったじゃん!? なんで楓乃までいるわけ?」
右腕をつかんで離さないシルヴァちゃんが、小声で問いただしてくる。
ちなみに、今日はシルヴァちゃんも俺や楓乃さんと同じように仮装(?)している。
顔には十三日の金曜日でおなじみ、ホッケーマスク。服は派手なピンク色のジャージを上下、そろえて着ている。ぶっちゃけチョイスが謎である。
ホッケーマスクの頭上には、トレードマークの安全第一ヘルメットと銀髪ツインテ。いやバレるだろ。
総評すると、コワイとカワイイが謎の同居を果たしている感じ。
コカワイイ?
「きょ、今日は俺らのチャンネルの配信なんですから、楓乃さんいなきゃはじまらないでしょ……っ」
「うざ……全部アタシに任せちゃえばいいじゃん……!」
「ダメですよ……! このチャンネルとか全部、楓乃さんのおかげでやれてるんですから……っ。あとツッチーさんに『事務所と上手く折り合いをつけるまでは顔出しNG』って言われてんのに、なんで首から上、ほぼいつものまんまなんですか……バレるでしょ……っ!?」
「バカ、こうしとけばアタシのファンも『もしかして?』ってなるでしょ……! 数字上るじゃん……! つか敬語……っ!!」
「す、すいませ、じゃなくごめん……っ」
小声のまま罵り合うという、器用なことをする俺たち。動画撮影用ドローンとは距離があるので、まだ大丈夫だと思う。
それにしても、はじめてのライブ配信というだけでも緊張で身体が強張っているのに……ちゃんと乗り切れるだろうか?
と、俺がそんな心配を抱いたタイミングで。
『つかあの新卒メットも偽物じゃねーの?』
『紅坂シルヴァと新卒メットの偽物?』
『パチモンチャンネル』
『草www』
『本物へのリスペクトがない偽物は害悪』
にわかに、チャンネルのコメント欄が荒れはじめる。書き込まれたコメントはリアルタイムで、ドローンがダンジョンの壁に投影し表示している。
俺はそれを見て、言い知れぬ恐怖心を覚える。
これが、炎上する怖さ……。
「気にすんなし……っ。こんなの真に受けてたら、キリねーし……」
「と言われても……」
シルヴァちゃんはコメント欄を見て一瞬立ち止まった俺に、声をかけてくれる。しかし、そう言ってもらえてすぐに気にならなくなる、なんて器用なことはできない。
「…………っ」
後ろを振り向くと、楓乃さんも立ち止まって息を飲んでいた。おそらくコメント欄を見てしまったのだろう。
……匿名で向けられてくる、文章化された苦情や不平不満が、素人にとってこんなにおそろしいものだったとは。
俺は自分の軽率さを、改めて思い知る。やっぱり、どんな仕事にも苦労やリスクはつきまとうものなんだな……。
「新卒メット童貞ッ!!」
「は、はひっ!?」
「イタヤバオバサンッ!!」
「なっ、なんですか急にッ!?」
と。
俺と楓乃さんがコメントに慄いてしまっていたタイミングで。
シルヴァちゃんの叫びが、ダンジョンにこだました。
つか新しく童貞属性を付与するな。
「リクルートスーツ着ていきなりフルフェイスヘルメットで童貞とか、マジもんの変態じゃん! ダンジョンなんか潜ってないで、出会い系に課金して早くカノジョでも作れっつーの!!」
「ど、どど童貞じゃねーし!? これでも一応、二十代前半の頃は――」
「そこまで! それ以上はいいからっ!」
俺がリアルな言い訳を開始しようとした途端、シルヴァちゃんが腕を離し、両手で制するように言葉をさえぎった。押し黙る俺。
「イタヤバオバサンはもう少しサービスした格好してこいっつーの! 顔出さない分肌出せし、肌っ! 初手がチャイナドレスだったんだから、それ以上の露出しねーと萎えるの当たり前!! つっかえね!!」
「な、なな、なんだって言うんですか!?」
「つか動画なんだから、しおらしくしてんじゃねっつの! そんなんで通用すんの清楚系女優が配信者になったパターンだけだし! もっといつもみたいに前のめりになれしっ、こっちはエサまいてんだから噛みついてこいっつのッ!!」
「べ、別にしおらしくなんてしてませんっ! 生まれながらの上品さです!!」
「はぁぁ調子乗んなし! アンタみたいのが上品なわけねーし! むしろクソビッチだし絶対!!」
「クソビ……!? し、失礼しちゃう! 私はこれでも、ちゃんと自分のしょ――」
「はいっ、アンタもそこまでっ! それ以上はダメ!!」
楓乃さんとも、はげしく言い合うシルヴァちゃん。
あまりの勢いと音量に、俺はただただ圧倒されてしまっていた。
ふと、《気配感知》の網にかかったDアントを足で追い払ったとき、ようやく我に返る。そして、コメントを確認する。
『とんでもない毒舌ww 新卒メット涙目ww』
『マジもんの紅坂シルヴァより口わりぃww』
『なれこれ、炎上系配信者??』
『むしろ内輪でディスり合いするタイプww』
『見たことねーぞそんなダンジョン配信ww』
コメントは先ほどとは別種の盛り上がりを見せ、あらぬ方向へ話が進んでいた。さっきまでの悪意的な雰囲気とは、まったく違う感じだった。
まさか、これって……
「……はぁ。世話が焼けるし」
「シルヴァちゃん……ありがとう」
「な、名前出すなっつーの……!」
「ドローン離れたから、大丈夫だよ」
俺と楓乃さんは、二人でシルヴァちゃんに頭を下げた。彼女は咄嗟の判断で、コメントより先に俺たちをけしかけることで、別の方面へ盛り上がりを作ったうえ、コメント以上のディスりをかますことで、機先を制してくれたのだろう。
さすが、プロの配信者だ。
「さ、この調子でサクッと攻略しちゃうんだから! アタシについてきなさい!!」
ホッケーマスクにピンクのジャージを着込んだ銀髪ツインテの小さな背中は、やけに頼もしく感じられた。
後日。
シルヴァちゃんのおかげでなんとか成立したはじめてのライブ配信動画のおかげで、俺たちのチャンネルも、晴れて収益化することができた。
月末に、収益金額が確定するとのこと。その額によっては、退職を前向きに検討できるかもしれない。
俺は月末はいつも、営業ノルマに追われて憂鬱な気分で過ごしていた。
……けれど、今回はじめて。
月末が楽しみなものに、感じられた。
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