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第20話 ソロ探索者、相まみえる


 本業終わり、副業の時間。

 今日は一人でダンジョンに潜っている。ここ数日、楓乃さんに特訓とチャンネルの対応などを強いてしまっていたので、少し休んでほしかったためだ。

 あとは……そう。

 少し一人で考えたいこともあった。


「それにしても……退職かぁ」


 そう、それにしても、である。


「会社って、辞めていいもんなの?」


 突進してきた巨大なDボアをほふり、つぶやく。

 先日の、楓乃さんの発言。


『――私たち、退職を考えてもいいかもしれません』


 それは確かに、俺の中でも少なからず考えたりしたことではあった。

 しかしながら現実問題として、せっかく雇ってもらえた会社を辞めてもいいものなのか、そんなことして大丈夫なのかと、そんなためらいがあった。


 俺はダンジョンが出現した十五年前からダンジョン探索をはじめ、一時期はのめり込みすぎて高校を中退したほどの馬鹿野郎である。どうしてあの年代ってあんなに周りが見えなくなるんだろうね?


 なんだかんだ、就職や転職ではまだまだ学歴で判断されることが多いと聞く。

 そんな中、学歴も職歴もクソザコと言って過言ではない俺みたいな男が、会社という括りの外に飛び出して、やっていけるものなのだろうか。


 言わずもがな、俺のような人間にとって『正社員』という肩書からもたらされる恩恵は、かなり捨てがたいものなのだ。社会的安定、福利厚生、交通費などなど……うん、もうこれ捨てがたいの権化ごんげ


「……ま、考えてばっかりでもしょーがないか。まずは目の前のことに集中、集中、っと」


 言って、俺はネクタイを少し緩めた。今日も相変わらず、スーツにフルフェイスの変態である。これが自分の正装なのだとシルヴァちゃんに言われたので、これ以外を着ないよう習慣付けている。うん、どうしてこうなった?


 今日は久しぶりのソロ探索ということで、難易度が『悪夢級ナイトメア』のダンジョンに入ダンしている。ちなみに『悪夢』のレベルは『超上級エクストリーム』の一つ上。


 ナイトメア級には、その難易度から一般の探索者はほぼ潜らない。

 まず魔物モンスターが強力すぎて危険すぎる。それゆえにインフラも整っておらず、発生時の姿のままのダンジョンがほとんどだ。出入り口付近のみ、政府主導で設置されたドローン監視システムが警備している。


 そのため、ナイトメア級に潜るのはダンジョン省公認の特殊部隊員『SEEKs(シークス)』の面々か、普通の刺激じゃ物足りなくなった過激派炎上系ダンジョン配信者ぐらいである。

 要するに相当な物好きだけ、ということ。


 俺はどれなのかと言えば……たぶん後者なのであろう。


「会社を辞めたら、人間どうすりゃいい? ……こういうことを学校で教えてほしいもんだよな」


 大型化したDスコーピオンを手刀で真っ二つにしながら、またも独り言がこぼれる。やはりどうしたって、本業をどうするべきかという思考に引っ張られてしまう。


 ちょっと調べた感じだと、ダンジョン配信者、いわゆる『SeekTuber(シーチューバー)』は個人事業主になるそう。これは読んで字の如く『会社でなく個人で事業をしている人』のことだ。

 この個人事業主になると、自分で確定申告とかしなくちゃいけないらしい。確定申告とは、お金をこんだけ稼いだんで納める税金こんなもんです、みたいなのを国に申告すること。超要約すると。


 さらに言うと……かなりめんどいらしい。


 会社勤めだと、そういったお金周りの雑事は担当の部署の方々がすべて対応してくれるが、個人でビジネスをやっていくとなると、そうもいかない。お金を払って頼む、要するに外注するというのもアリらしいけど……なんにせよ、大変そうだよなあ……。


 でも今どきは、そういうことをしてでも、会社に縛られず、自分のやりたいこととか得意なこと、楽しいと思うことで稼いで生きていく方を選択する人が、きっと増えているんだろうな。


 ……俺は、どっちの方が良いんだろう?

 どっちの方が、イイ人生を送れる?


 現時点では……わからんよなぁ。


「……ん?」


 と、そこで。

 息をするように発動させていた《気配感知》に、なにやら妙な存在が紛れ込んだのを知覚する。

 意識をそちらに向け、よくよく観測していると……わかる。

 この人は――やり手だ。


 異常な速度でダンジョンを駆け抜け、他に点々とした気配(おそらく魔物だろう)を瞬殺し、また高速移動を繰り返している。

 かなりの手練れだ、間違いなく。

 俺は俄然興味が湧き、岩陰に身を隠して様子をうかがうことにした。


 すると。


「ていっ」

「……!」


 すごい。

 敏捷性が厄介で補足するのが厄介なDバットを、正確に一撃で仕留めた。対魔物戦闘のスキルも、かなりのものだ。「蝙蝠(こうもり)」は「バット」でしょ。「バッド」だと「悪い」になるし。

 洗練されたジャンプ攻撃から着地した探索者の背で、ポニーテールがふわりと揺れた。


 ……女性? いや、今どきは男性でも長髪をポニテにしてたりするか。


「ふぅ……っと。こほん」


 探索者は背を向けたまま、どこかわざとらしい咳をした。


「そこに、誰かいらっしゃいますよね? ダンジョン内でのストーキングは、あまり感心しませんよ?」


 ……バレてる。

 どうやら、向こうもかなり《気配感知》の熟練度が高いようだ。はじめて《隠密》が見破られた。


 俺はおずおずと、岩陰を出る。


「えとぉ……ストーキングは、ダンジョン外でも、あまり感心できない気が……」

「あ、確かにっ! いけない、わたしったら」


 振り向いた探索者は――女性らしい。

 鈴を転がすような美しい高音は、明らかに女性の声だった。

 ただ、まだ確信は持てない。顔をフェイスガードで隠しているためだ。フェイスガードは二〇〇二年のワールドカップで日本代表のツネ様が装着していたものに似ている。懐かしい……。


「あっ……あなたまさか『新卒メット』様ですか!?」


 ……ん? 様付け?

 もしかして……熱烈なファンの方?


 ストーキングされていたのは、俺の方だったもかもしれない。



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