第18話 本業、動きあり
週明けの月曜日。
俺が本名を名乗ってしまった動画が配信され、はじめての出社だ。
メールチェックなどしたらすぐ外回りに出ようと、いつもより早い時間に出社した。誰かと顔を合わせてしまうと、動画の話をしてくるかもしれないからだ。
誰かと話したら、必ず誰かが聞いている。そしてそれはすぐ噂という形で、瞬く間に広がっていく。それが、職場というものだ。
できるだけ人と顔を合わせないよう、慎重に……。
が。
「京田くん!」
のっけから、俺は海富先輩につかまってしまう。
俺の職場での存在感は希薄なはずなんだけどなぁ……おかしいなぁ……。
「まさかキミがあんな強いなんてね! 僕、感動しちゃったよ」
「ちょ、ちょっ、先輩、声の音量を下げていただきたく……」
というか先輩に普通に気づかれとるー……。
まぁ、俺のスーツ着た体型とか見慣れているからだろうなぁ。
「本当、応援してるよ。今どきさぁ、副業禁止ってのが古臭いじゃない。ねえ?」
「は、はぁ……」
怒られるのかと思いきや、海富先輩は俺を糾弾するどころか、嬉々とした様子で話している。
「僕も実はさ、記事書く仕事でちょっとお小遣い稼いでんだ。京田くんがあれだけ堂々と副業の素晴らしさを伝えてくれて、僕、勇気出たよ!」
「そ、そそんなつもりじゃ……」
なぜか無理やりに俺の両手を取り、熱い握手を交わしてくる先輩。
あぁ、俺は堂々となんてしたくないんだぁ……!
「海富君、京田君、なぁに話してるんだい?」
話し込んでいた俺たちに声をかけてきたのは、別所元部長の後任として、急遽移動してきた佳賀里大輔部長だ。上背のある方なので、近くに来るとかなり威圧感がある。
「あ、佳賀里部長。おはようございます。早いですね」
「ハハ、まだこれでも営業部長になりたてだからね。はじめは出社時間で真面目さをアピールしておかないと」
「それ言っちゃったら意味なくないですか?」
「ハハハ、確かにそうだなぁ」
海富先輩と、軽快なやり取りをする佳賀里部長。
数日前に営業部へやってきたばかりだが、そのフランクさですでに馴染んでいる様子だった。
「あ、ちょっと京田君、ちょっと向こうで話せるかい? いいかな、海富君」
「ええ、いいですよ。僕は話し終わりましたので」
言って、海富先輩はスマイルで自席に戻っていく。
話ってまさか……副業がバレた?
俺は自販機スペースの隣、喫煙室に入っていく佳賀里部長の背をヒヤヒヤしながら追う。
「し、失礼しまーす……」
「あーすぐ済むからさ、そのままで」
喫煙室唯一の椅子にどかっと腰かけた佳賀里部長は、おもむろにジャケットの内ポケットから加熱式煙草を取り出した。ウチの喫煙室はあまり広くなく、排気口も小さいので、二人で入ると中々に煙が直でくる。
上司の前である、咳き込まないようにしなければ。
「……朝一の煙草、美味いわぁ。でさ、京田君。君、営業成績最下位だよね?」
「え、ええ」
「うーん、僕は営業ってさ、会社の花形だと思ってるわけ。今回の異動もさ、僕的には光栄に思っているわけね」
「は、はぁ……」
煙を吐きながら話す佳賀里部長。椅子に腰かけたまま大股を開いているその姿からは、先程までの人当たりの良さが消えている。
……うーん、ちょっとガラ悪いおじさんに見えます。
というか。
どうやら、副業のことではないらしい。一瞬、ホッとする。
「でさぁ、そういう花形の部署に、君みたいなタイプの人がいるのは、僕は良くないと思うわけね。あ、これは悪い意味じゃなくて、営業部、君、双方にとってあまりよろしくないよねってことだから」
「…………はぁ」
こちらを慮っている風に言いつつも、その態度にはどこか保身的な意図がチラついて見える。
はぁ……。
佳賀里部長の言いたいことを察し、心の中でため息をつく。
俺が営業に向いてないのは自分が一番よく分かってます……。
「なんにせよ、僕に色々と考えがあるからさ、京田君はできる限り社に貢献できるよう、自分なりに頑張ってみて。僕も相談乗るからさ」
「え、ええ。ありがとうございます」
「じゃ、今日も一日よろしく」
言って、佳賀里部長は煙草を内ポケットにしまい喫煙室を出て行った。
俺はと言えば、喫煙室のドア横に置かれたファ○リーズを吹きかけ、大きなため息をつく。
そりゃ上が誰になろうと、俺自身が急に変わることはないよなぁ。
そういえば佳賀里部長、ファブってなかったなぁ。周囲の人にニオイ、嫌がられないといいけどなぁ。
煙草は悪くないけど、最低限のマナーは何事にも必要である。
「大地さん」
「わっ!?」
そこで、急に楓乃さんに声をかけられた。
はぁ、おどかさないで……。
「……? あれ、大地さん煙草くさい? 喫煙者でしたっけ?」
「いや、吸わないんですけど……えっと、たぶんさっきまで部長と喫煙室にいたせいですね」
「……大地さん、ちょっと」
楓乃さんは俺のスーツのジャケットの端を持つと、クイクイと小さく引っ張った。
喫煙室隣の自販機コーナーまで、移動する。
「佳賀里部長、どうですか? 印象」
そこで楓乃さんは、声の音量を落として聞いてきた。
「その……俺は営業向いてない、みたいなこと言われてしまいました」
「チッ! そういうことじゃないんだっつーのッ!」
「はひっ!?」
端的に会話の内容を伝えたら、楓乃さんは声を押さえつつ若干キレた。なんて器用なのでしょう。
「あ、ご、ごめんなさい。大地さんに言ったんじゃないんです。その、この会社は大地さんの能力が活きる場所に、ちゃんと適材適所できてないくせに、先入観で不当に低い評価をしてくるから、もう頭きちゃって……どうやってわからせてやろうかな」
朝から、俺を前向きにさせてくれる言葉をくれる楓乃さん。嬉しい。
あれ、でも最後になんか危険な言動が聞こえた気がするぞ?
「ありがとうございます。でもほら、副業でも色々とご迷惑かけちゃってますし、俺のことはあんまりお気になさら――」
「私はっ、シャナカノですから!」
「はひぃ!?」
ずい、と急に顔を寄せてくる楓乃さん。髪から甘い香りが漂い、俺の理性が揺さぶられる。
「私はシャナカノですから、社内での大地さんの、あらゆる地位向上に関与するつもりです」
「は、はぁ……」
先程から連呼している『シャナカノ』。これは社内の彼女、略してシャナカノである。なんかラノベタイトルみがあって素敵だよね!
「当然、シャナカノのままで終わる気もありません。いずれ必ずシンカノになってみせます」
ちなみに『シンカノ』とは、真彼女の略らしい。楓乃さんとシルヴァさんがなにやら話し合ったらしく、色々と共通の言葉を決めたらしい。
新しいジャパンのヒーローたちみたいでカッコいいよね!
「ところで今日は外回りですよね? メール、確認しました?」
「え、まだです。なにかありました?」
気を取り直した様子で、楓乃さんが聞いてくる。
「新規事業アイデアの募集ですって。社内の全員、必ず一アイデアは提出、って」
「ええぇぇ……憂鬱」
上の気まぐれで急な仕事が入るのも、社会人の宿命だ。
……あぁ、めんどいなぁ。
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