第15話 人気配信者、救出す
俺はスキル全開で、最奥部まで一気に駆け抜ける。魔物は無視、邪魔するヤツは一撃粉砕。跳ぶように進む。
目指すは、ダンジョンの最奥部――ボス部屋だ。
なぜ、“ボス部屋”と呼ばれるのか。
現状で見つかっている調査済みダンジョンはすべて最奥部に扉があり、ボスのいる区画は“部屋”になっていた。そのことから、こう呼ばれるようになった。
当然、魔物が危険すぎたり規模が大きすぎて、政府ダンジョン省の公式調査が及んでいないものもあったりするので、断定はできないけど。
「あった!」
大きな両開きの扉には、古代遺跡のような模様が幾重にも走っている。
この先で待つのは――ダンジョンボス。
俺は《ダンジョンスキル》の《透視》を使って、中の様子を探る。
シルヴァさん、無事でいてくれ!
「……いた!」
シルヴァさんはボスから距離を取り、逃げまどっていた。その顔は必死さと恐怖で、今にも泣き出してしまいそうだった。
「こうしちゃおれん、いくぞ!!」
俺はいくつかのスキルを発動させ、大音量が出るよう、わざと扉を蹴り開けた。ズドォォ、という音が洞窟内で反響する。これでヤツの注意はこっちに向くはずだ。
「こっちだ、デカ蜘蛛。こい!」
ここのダンジョンボスは――Dタランチュラ。
ネームド個体ではなさそうだが、その巨体はもはや小高い山のようだ。
「ジイィ、シイィィ!?」
ノイズのような不快な音を響かせながら、Dタランチュラはこちらに顔を向けてきた。八つの赤い眼が、怪しく光る。
「ジイィ、シィィ!」
「っ!?」
刹那、その口から正体不明の粘液が射出された。俺は横にステップしてかわす。
糸、ではない。
スキル《気配感知》を発揮していたが、それでも反応がギリギリだった。
見ると――地面が溶けて落ちくぼんでいた。岩も解かす溶解液、ということか。あれをくらうのは……よろしくないな。
「ジィ、シィィ!」
耳障りな音を立てて、巨大蜘蛛は粘液を繰り返し発射してきた。あぁくそ、鬱陶しい! こうなったらっ!
俺は発動中のダンジョンスキルをいくつか止め、《気配感知》《超速行動》《超反応》の三つに絞り込む。スキルは使用数を絞ると効果が上がると言われているのだ。
「シイィィ!!」
「当たらなければどうということはないっ!」
男なら一度は言ってみたい台詞を叫び、高速で飛んでくる粘液をかわしきる。スキルの数を絞ったことで効果が爆上がりし、もはや世界が止まって見える。
俺は間髪入れず、Dタランチュラの懐へと飛び込む。
「こんのぉぉぉ!!」
そして警棒を“二刀流”し《筋力増強》《武器効果範囲増大》を発動、一気に振り回す。
「ジ、シイイィィィィ!?」
タランチュラから、悲鳴のようなノイズがあふれ出す。俺は止まらず、動きながらヤツの脚へと攻撃を浴びせ続ける。
連撃、連撃。
連撃に次ぐ連撃。
目にも止まらぬ速度で、Dタランチュラのすべての脚の関節を砕いた。動けなくなり、胴体と頭がその場に投げ出された形になる。
俺は警棒を一本にし、両手持ちする。
ぐぐぐ、とありったけの力で握る。
そして。
「本日の副業――いっちょ上がりだ!」
「ジジ、シシイイィィィィィィィィ!!」
フルスイング。
渾身の一撃をくらったDタランチュラは断末魔の叫びを上げ、次第に動かなくなった。間もなく、巨大蜘蛛の死骸は粉塵のように空気に紛れ、消えていった。
あとには、死骸が変質した銀の塊が残っていた。
「ふぅ……」
一息つき、俺はシルヴァさんの方へと視線を走らせる。
「んなっ!?」
見ると、シルヴァさんのドレスははげしく破け、なぜか水着のような面積しか残っていなかった。おそらくはあの蜘蛛の粘液の仕業だろう。
もう圧倒的OPAがこぼれそうである。
くぅぅDタランチュラめっ! なんてけしからんことをっ!
最高かじゃなくてふざけんなよ、クモ野郎!
ありがとじゃなくて絶対許さないかんな! もう倒したけどっ!!
「新卒ぅ……」
「は、はい!」
俺の脳内が激しく錯乱しているところに、シルヴァさんは肌の露出を気にする様子もなく近寄ってきた。
そして。
「怖かったぁぁ、怖かったんだからぁぁぁぁ!」
「は、はひっ!?」
俺に思いっきり、抱きついた。
身体が触れることで、シルヴァさんのバインバインOPAが俺の理性を破壊しようと押し寄せてくる。柔らかい、なにこれすごくヤワラカイ。
が、一社会人として怖い思いをしたばかりの女性に狼藉を働くわけにもいかない。
深呼吸をし、俺はダンジョンスキルの《鉄の心》を使用して平常心を保つ。なにものにも揺らがない、静かな水面のような心境である。
OPA? なにそれおいしいの?
「えぇーん、よかった、よかったよぉぉ! 生きてて良かったぁぁぁぁ!!」
「…………よしよし」
「ぐすっ……ひぐ……すんっ、ありがと、新卒……」
せきを切って泣き出すシルヴァさんの頭を、俺は遠慮がちに撫でた。こんなこと、ダンジョンスキルがなければおこがましくてできるわけないけど。
「あ、ちなみに俺、新卒じゃないんですよ。これでも一応、今年で社会人五年目で」
苦笑いしながら、俺は大して誇れもしない経歴を伝える。
「ずび……なんだ、普通にすごいんじゃん」
「え? なにがです?」
「社会人五年目なんでしょ? すごいことじゃん」
「…………?」
鼻をすすり、少し落ち着いた様子のシルヴァさんは言った。
どういうことかわからず、俺は首を傾げる。
「アタシなんてまだ十八になるとこだけど、稼ぐ大変さ、配信やってるとよくわかるし。しかも会社勤めってアタシが感じてるより、しがらみとか面倒なことも、たくさんあるわけっしょ? そこで五年て……マジすごいことじゃん。偉すぎ」
「…………」
言われて、なぜだか鼻がむず痒くなった。
あと、胸の奥がなんとなくだけど、あったかい感じになった。
「今回のこと、マジありがと。だから、その、お礼とかさせてほしいんだけど……アンタ、その、ほら、スーツとか、欲しくない? どうせ安モンでしょ、それ」
急に歯切れ悪く、俯きがちになるシルヴァさん。心なし、頬も赤くなっている。
怖い思いをしたせいか、熱でも出たのかもしれない。
「え、そんな、いいですよ」
「こ、こういうのは素直に受け取っとけっつの! アンタみたいな貧乏人にこの紅坂シルヴァ様が、マトモなスーツ、買ってあげるっつってんだから!!」
「は、はいっ」
気圧され、俺は特に考えずうなずいてしまう。
「約束だからね! 今度は買い物動画、撮るんだから! それなら経費にできるし一石二鳥っしょ!!」
「え、経費にできるんですか!?」
「いやいや、配信者なら常識っしょ! ある意味、動画のために買ってるんだから当たり前だしっ! つか敬語やめろし!」
シルヴァさんはポカポカと俺の胸元を殴ってきた。
うん、元気出てきたみたいでよかった。
「……わかりま、わかった。わかったから叩かないで」
俺はまた苦笑して、シルヴァさんの肩にスーツの上着をかけた。
「てかアンタ……ほら、名前は?」
「え、京田です」
「し、下の名前だっつの! あと敬語!」
「だ、大地っ」
名前を聞かれ、俺は咄嗟に応える。
「じゃあ……」
シルヴァさんは人差し指で自分の唇に触れながら、上目遣いでこちらを見る。
うぉ……女性のこの仕草、マジで反則やろ。
「よろしくね、大地っ。これからはアタシのこと、シルヴァって呼ぶのを許可してあげる!」
今回の副業の、一番の報酬。
それは――
人気美少女配信者の、とびきりの笑顔だった。
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