第14話 人気配信者、迷子
「いっけー!!」
顔のすぐ下から、楓乃さんの無邪気な声が聞こえる。笑顔がかわええ。
俺は今、人気配信者である紅坂シルヴァさんとのダンジョンRTAハンデ戦の最中だ。
それにしても、お姫様抱っこした楓乃さんの髪が、走るたびに揺れて顔にあたる。なんで女性の髪って、こんなに甘くて良い香りがするのだろう? 俺だってエチケットとして毎日シャンプーしてるけど、絶対こうはなってないと思う。
はむっと、口に含んでみてもいいかな?
じゃなくて。
「は、はやすぎだし! なんなのよアンタはぁぁ……――」
スタートして十秒ほどで、俺はシルヴァさんを大きく引き離した。
そりゃそうだ。俺にはまったくハンデなんてないようなものなのだから、ちゃんとハンデを付けてくれているシルヴァさんが遅いのは致しかたない。きっとこれも勝負を盛り上げるための演出だろう。さすが、プロフェッショナルである。
なにせ俺が抱えている楓乃さんは、ダンジョンスキルの《筋力増強》のおかげでまったく重さを感じないし、足腰だって《脚力強化》でガシガシに動ける。さらに《超速行動》を重ねて発動することで、音速に近いスピードであらゆることをこなせる。極めつけは《隠密》で自らの気配を殺し、道中のモンスターに気付かれないままダンジョンを駆け抜けられる。
ただ、高速な動きで発生する負荷のせいで楓乃さんが不快な思いをしてはいけないので、万全を期す意味で《自周囲重力安定化》のスキルも使っている。
これで楓乃さんには、快適なダンジョンドライブを楽しんでもらえているはずだ。
あと、一つだけ。
俺にとってはダンジョンスキル以上に、無邪気な《楓乃さんスマイル》が、むしろ最高のドーピングと言っても過言ではない。
「シルヴァさんの声、全然聞こえなくなっちゃいましたね。さすがに離れすぎてしまったんでしょうか?」
「おっと、気付かなかった」
すいすいーと俺がものの数分で折り返し地点の目印を見つけたタイミングで、楓乃さんが少し首を伸ばして、俺の背後を確認した。
言われて気付く。たしかに、いくら各所にドローンがあるとは言え、シルヴァさんと離れすぎるのはあまりよろしくないだろう。なにせ、楓乃さんとシルヴァさんの競演なのだから。一緒の画角で撮っている方が、きっと見る側も嬉しい。
動画の素人である俺は、ただ目標に向けて突っ走っただけで、ちゃんと見栄えのことなどを考えられていなかった。反省反省。
俺はあくまでも、華やかな二人の動画にたまたま映り込んだだけの、スーツにフルフェイスヘルメットの変態なのだから。
気を取り直し、目印を折り返してスタート地点に戻ろうと、俺は再び足に力を込める。来た道を戻っていれば、きっとシルヴァさんとすれ違えるはずだ。そこで“撮れ高”を稼ぎたいところ。
「…………あれ?」
と。
駆け戻っている最中に視界に入ったのは、道に転がった安全第一のヘルメットだった。どう見ても、シルヴァさんが付けていたものな気がする。
ダンジョン内にはまれに、こうした人工物的なアイテムが自然発生することがあるが、貼られたシールや使いこんだ感じは、絶対にポンと出のアイテムではない。
ということは――
「まさかあれ、シルヴァさんのじゃ……?」
楓乃さんが、深刻さをにじませた顔で言う。
事前に聞いていた話だと、シルヴァさんはダンジョンスキルをいくつか持っていて、配信で探索も慣れているから余裕、と話していた。
……が、それがもしかしたら小さな油断につながってしまったのかもしれない。
「楓乃さん、俺、シルヴァさんを探してきます。一応はここ『生きダンジョン』ですし、もしかしたら『ボス部屋直行』のトラップを踏んでしまった可能性もあります」
「ボ、ボス部屋直行って……!? え、だとしたらマズくないですか!?」
「……はい。シルヴァさん、手錠で両手を塞がれてますし、いくら潜り慣れてるとは言え、さすがに上級のボスはソロじゃ危険だと思うので」
俺も楓乃さんたちと出会うまで、一人で潜り続けてきた身だ。今回こうして俺にソロ以外でのダンジョン探索の経験をさせてくれたシルヴァさんを、一人にしておきたくない。
「よっと」
「わっ!?」
そうと決まれば、ということで、俺は一気にスタート地点へと駆ける。インパクトスターズの方々が驚いた顔をしていたが、説明している時間はない。
俺は楓乃さんを入り口で降ろし、再びダンジョンの奥を振り返った。
「大地さん! あの……私が行っても、足手まといですよね?」
「えっ」
そばで笑ってくれていれば俺はビンビンに強くなれる(他意はない)ので、足手まといなどでは決してない。
だが、正直ボス戦に巻き込みたくはない。守り切るに決まっているが、もしかしたら怖い思いをさせてしまうかもしれないから。
「言わないで。わかってるから……でも、これだけは言わせてください」
楓乃さんは一度周囲をちらりと確認すると、狐の面を外した。シルヴァさんがメインだからだろう、撮影用のドローンは飛んでいなかった。
「ちゃんと、帰ってきてくださいね?」
「……はい!」
……こんなもん、反則だろう。可愛すぎる。
上目遣いの潤んだ瞳は、そりゃもう抜群の破壊力だった。
「迷子のシルヴァさんを、見つけてきてあげてくださいね!」
気丈に手を振り、送り出してくれる楓乃さん。
振り返るたび、そのチャイナドレス姿が目に入る。ふつくすぃぃ……
それはもうヤスダ○ズヒト大先生にイラスト化してほしいレベルで、超絶絵になる美女でまたお姫様抱っこしたくて仕方なかったけれど、耐えて前を向く。
なぜなら。
俺にはまだ、ここでやるべき“副業”が残っているから。
「いってきます!」
言って俺は、ダンジョンの奥へと再び駆けた。
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