第102.5話 マドンナ、結婚前夜(#楓乃視点)
『よし……幽鬼級ダンジョン、攻略完了だ』
「…………」
視聴デバイスの画面の中、清々しい表情をした大地さんがつぶやいた。
私は思わず、小さく拍手をする。
大地さんの幽鬼級のダンジョン探索が今、終わった。
シルヴァちゃん、悠可ちゃんと動画をリアルタイム視聴していた私は、肩の力が抜けてしまい、ぐったりと椅子にもたれる。
はじめ大地さんが配信に気付かなかったり、悠可ちゃんに瓜二つのヒトガタさんのあられもない姿が映像に乗っちゃったり、何よりも《ダンジョンスキル》を無効化してしまうダンジョンボスと戦闘になって心配でヒヤヒヤしたけど、なんとか大地さんも無事で、よかった。
ただ、個人的には……ちょっとだけ恥ずかしい。
『楓乃さぁーーん! 愛してるよぉーーーー!』
『楓乃さん、あなたは俺にとっての……本物の、勝利の女神だ!』
「~~~~~~~~~~~~~~~」
これは、配信中に大地さんが叫んだ、私への言葉の数々。
ぶっちゃけ、嬉しい。
うん、でも嬉しいんだけど……恥ずかしい!
頭を抱えたくなっちゃう!
惚気たりはしてほしいけど、全世界に発信するのはちょっと恥ずかしいよ!
できれば二人っきりのときに、もっとデレデレしてほしいな……。
……な、なに考えてんだろ、私ってば。
テーブルに上半身を突っ伏すようにして、一人頭をわしわしする。
「とりあえず終わったわね。めちゃくちゃハラハラさせられたけど、終わってよかったわ」
シルヴァちゃんがデバイスの電源を落としながら言う。
私は身体を起こした。
「それにしても……大地と楓乃ってば、似た者同士なのかもね。お似合いなんじゃん。ね、悠可?」
「ですです。二人ともいつもはちゃんとしてる風のくせに、スイッチ入ると恥ずかしいぐらい愛情表現しちゃうところとか! もう、妬けちゃいますっ」
「そ、そうかな?」
明るい調子で話す、シルヴァちゃんと悠可ちゃん。リビングには夕方過ぎのリラックスした空気が漂っていた。
てか、え、私ってば、そんなにわかりやすくしてた……?
自分では、結構隠せてるつもりだったんだけど。
「大地は言わずもがなだけどさ。楓乃も、アタシがけしかけたときとか、お酒に酔ったときとか、めっちゃガンガンアピってたでしょ? 一回大地と楓乃のこと追っかけたことあったけど、そんときもう背中から襲ってやろうってオーラ出てたし」
「お、襲う!? わわ、私が?!」
「ですですっ! 既成事実を作ってしまって、大地さんを我が物にせんとする悪しきオーラがビンビンでした!」
「そ、そそそんなつもりは……!」
まさかあのときのことを、二人がそんな風に感じていたなんて、
は、恥ずかしいぃぃ……!
年上のしっかりしたお姉さんキャラでいなくちゃとか、ちょっとは考えていたんだけど……。
私、全然ダメダメ?
「でもま、だからこそいいんじゃない? 二人とも、変なとこ抜けてるしね」
「ですです。きっと二人で笑い合っていけますよ。そのときはわたし達だっていますから!」
照れと恥ずかしさと焦りで、冷や汗をかき始めていた私を受け止めるように、シルヴァちゃんと悠可ちゃんが朗らかに笑う。
……あぁ、この二人は本当、私にとって大切な人なんだな。
「二人とも……ありがとう」
私はこの上ない感謝を抱き、二人と抱擁した。
本当に、このメンバーでチャンネルをできていることが、幸せなことだと思った。
気兼ねない態度でいてくれる二人の優しさが、改めて身に染みた気がした。
◇◇◇
大地さんが幽鬼級を攻略してから、数週間。
私はシルヴァちゃん、悠可ちゃんと一緒に、ドレスの試着に来ていた。
今日のドレスは、いつも撮影で着ているものとは、一味違う。
そう――ウエディングドレスだから。
女として、一度は袖を通したいと夢見てきた一着。
「似合うじゃん! 楓乃、めっちゃいいわよそれ!」
「ですですっ! 肩が出てるのも可愛いっ!!」
常に冷静なシルヴァちゃんも、今日は興奮した様子で感想を言ってくれる。悠可ちゃんはいつも以上に、子犬のような癒し系スマイルを浮かべている。
その様子から、自分でも良いなと思っていた一着が、みんなにも好印象だとわかり、安心する。
よし、この一着に決めた!
大地さんも、喜んでくれるといいな。
「やっぱりウェディングドレスを着てるのを見ると、さすがにいよいよって感じがするわね!」
「ですですっ! ユニフォームに袖を通したときのような高揚感を感じます! 頭の中でアンセムが鳴り響いてきますっ!!」
「こんなとこでシザースすんじゃないっつの!」
「あぁごめんなさいっ! わたしったら、もうっ!」
「あははっ」
シルヴァちゃんと悠可ちゃんの、いつもの愛くるしいやり取りが、今日は一層笑える気がした。
「……今見た? 悠可」
「うんっ、見た見た! ねっ」
「……?」
と、そこで急に二人がくすくすと、私の顔を見て笑い出した。
ど、どうしたんだろう?
「楓乃、ウエディングドレス着て笑ったアンタ」
「うん、楓乃姉さま、まるで――」
二人が顔を見合わせてから、やけに嬉しそうに言った。
「「天使みたい」」
「…………っ」
瞬間、照れくさくなって私は、下を向いてしまった。
もしかしたら顔とか肩、赤くなっちゃてるかも。
「よしっ」
鏡の前、自分の笑顔を確認した。
結婚式はもう、間近。
私は胸は、否応なく高鳴っていた。
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