第101話 スキルなしでは、勝ち目がない?
「シャアアアアアアアア!!」
「やば――」
――死んだ。
眼前に迫る大蛇の牙に、完全な死を覚悟した。
が、直後。
ぐわんと、無理矢理に視界が揺さぶられた。
「逃げロ!!」
「ひっ、ヒトガタ!?」
俺と大蛇の巨大なアギトの間に、ヒトガタが割り込んだのだ。
ヒトガタは俺の服を引っ掴み、遠方へと放り投げた。
「シャアアアア!!」
「グッ!」
「ヒトガタっ!!」
空中に身を投げ出された状態で、俺は身体をひねってヒトガタの方へと視線を向ける。
大蛇に襲いかかられたヒトガタの左腕が――食いちぎられていた。
「がぁ」
遠く、投げ飛ばされた形の俺は、盛大に着地を失敗する。
身体中をしたたかに地面に打ちつける。
「いってぇ……」
何ヵ所かは岩肌に擦りつけたせいか、服が破れ、擦過傷となっていた。
無理もない。《ダンジョンスキル》の使えない俺なんて、ただの平凡な中年でしかないのだから。
俺の中での最強防具の一つ、シルヴァちゃんにもらったスーツが破けたせいなのか、急に弱気が襲いかかってくる。
「……いや、待て。使えるぞ」
しかしふと、先程までの脱力感がなくなっていることに気付く。
すぐさま念じ、《超回復》を施す。
身体の痛みが消え、意識がすっと冴えてくる。
……ということは、キマイラによるスキル無効化は、時間制限がある?
「それなら、まだ勝機はあるはずだ……!」
一筋の光明を見出し、自分の中から弱気を追い出す。
「ヒトガタ! 大丈夫か!?」
そう、今はヒトガタが心配だ。
俺の命を二度も救ってくれたのだ、もはやアイツに足を向けては寝られん!
「メエェ――!!」
「グリュアアアアアア!!」
「っ!!」
しかしそのタイミングで、再びキマイラのタテガミが震え、山羊ヘッドが鳴く。
アレにスキルを無効化される!
その直後。
巨大な前脚が横薙ぎに振り回される。
「うわぁ!?」
俺はその場で腰を抜かすように尻餅をつき、九死に一生を得る。
必殺の爪が、空気を切り裂きながら頭上を通り過ぎた。
……もし生身で、アレを喰らったら?
「死ぬ、よな」
まさか、《ダンジョンスキル》を無効化されるなんて。
そんなのアリかよ……!
スキルが無効化されたら、こっちは何のとりえもないただの人だ。
あんなデカい化物相手じゃ、簡単に死んじまうんだ!
「……っ」
途端、視界の先にいるキマイラの威圧感が増す。その巨大さ、不気味さ、おぞましさが、とてつもなく恐ろしくなる。
俺は無我夢中で足を動かし、なんとか距離を取る。
岩壁に張り付くようにして、必死に安全マージンを取ろうともがく。キマイラに近付けば、山羊頭にスキルを消され、蟻のように叩き潰されてジ・エンドだ。
そう、戦えば確実に死ぬ。
《ダンジョンスキル》を無効化された俺など、化物どもにとってはひ弱なエサ、もしくは路傍の石ころ程度の存在に過ぎない。
無能な俺なんかじゃ、あの化物は倒せない……!
ドゴオオォォォォ!!
「ひっ!?」
俺が恐怖におののいていると、ヒトガタが岩壁に激突してきた。どうやら、キマイラの攻撃でふっ飛ばされたらしい。
純白の神々しい身体が、砂埃で汚れている。
「クゥゥ……」
「ヒ、ヒトガタ! 大丈夫かよ!?」
俺は恐怖で手足が震え始めたのを感じながら、ヒトガタに近づく。
食い破られた左ヒジから先は、痛々しく出血している。どうやらヒトガタの血も、俺たちと同じで赤いらしい。
「ダイチ……あとはワレが引き受けル。お前は脱出しロ」
「…………っ!」
立ち上がったヒトガタが、気負いのない穏やかな声で言った。
……俺は、最低だ。
今一瞬、安心してしまった。
「ダイチが生存しなければ、ワレは不快感が残ル。だから頼ム、脱出してくレ」
「ヒトガタ……」
「ふン、まだ負けると決まったわけではないから安心しロ!」
言い、ヒトガタは単独でキマイラへと立ち向かっていく。
白い背中が、眩しいほどに美しく見えた。
「俺は……何やってんだよぉ」
自分の不甲斐なさに泣けてきて、俺はその場で膝を折る。
情けない。ダンジョンにずっと潜ってきた人間として、ダサすぎる。
……でも、死にたくない。
家に帰れば、楓乃さんがいる。彼女と、結婚する。一緒になれる。
幸せな日常、家庭、時間。
これまでの冴えなかった人生とは打って変わって、心の底から幸福な、たまらない人生を歩むことができるのだ。
ここで危険な目に遭ってまで、あんな化物と戦う理由もない。
ダイヤモンドだって、手に入れた。
もう、ここに残る理由なんて――
「ぐオォォ!」
ヒトガタが、片腕で攻撃を繰り出す。
キマイラはライオン頭での噛みつき、大蛇、山羊頭での角と、三方向から攻撃を繰り出してくる。
片腕のヒトガタでは、全てを防御することはできない。
じわじわと、削って行くつもりなのだろう。
「あぁぁ……」
ヒトガタの懸命な戦いぶりが、余計に俺の心をささくれ立たせる。
俺は、どうするべきだ……!?
「ダイチ! 離れろ!!」
「え?」
と。
ヒトガタの叫びが聞こえた瞬間。
またも、キマイラの巨大な爪が迫っていた。
タテガミの中から出た山羊の頭が、大口を開けて鳴いている。
今度こそ、死んだ。
――思った瞬間、また腰が抜けた。
『大地さん、お誕生日おめでとうございます』
「――ッ!!」
ふと、そのとき。――女神の声が聞こえた。
次の瞬間、全身の脱力が消え、自分の身体に《ダンジョンスキル》が発現していることを実感する。
「う、うぐぉぉぉぉぉぉ!!」
「グギィィヤアアアア!?」
俺は咄嗟に《筋力増強》などの戦闘系スキルを全開にし、すんでのところでキマイラの爪を警棒で防御した。そしてそのまま、跳ね返すように押し出す。
予想外の力で押されたからか、キマイラが前脚を引っ込め距離を取った。
そのタイミングで、尻ポケットにしまい込んだ《ある物》を取り出す。
『大地さんの三十歳という節目を祝うことができて、すごくうれしいです』
「楓乃さんの……ボイスメッセージカード?」
俺が尻餅をついたせいか、音声が再生される状態になっていた。
この声を聴いた途端、力が戻った感覚があった……ということは?
「音と音が、打ち消し合ったってことか……?」
そう、山羊の鳴き声を聞くことでスキルが無効化されるということは、それは音の影響によるもの。
だとしたら、楓乃さんのボイスによって音が打ち消し合い、スキル無効の効果を消し去ったのかもしれない。
「……楓乃さん……楓乃さん!!」
俺は勝利への可能性を見出し、気合十分に叫んだ。
「楓乃さん、あなたは俺にとっての……本物の、勝利の女神だ!」
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