第100話 魔物ヒエラルキーの頂点、キマイラ
入り口を背に、俺は勇んで走り出す。
隣にはここまで幾度となく助けてくれた、ヒトガタがいる。
目線の先には、幽鬼級ダンジョンの親玉――キマイラ。
その姿は、大きく、恐ろしく、そしておぞましい。
「結局、こうなっちまうよなっ!」
俺は走ったまま、警棒を両手に握りしめながらぼやく。
ただ、悪い気分じゃない。
……せっかく未知の幽鬼級に潜ったんだ、そこのボスと手合わせせず帰るのが、ちょっともったいないって思っていたんだ。
つくづく、自分が骨の髄までダンジョンオタクなんだと思い知る。
「ギグィギャアアアアアアアアアアア!!」
「う……っ! 相変わらず、耳が痛い」
こちらの攻撃意図を察知したのか、キマイラが轟くような咆哮を響かせる。
さっきから興奮しているのか、しきりにその場で四肢を踏み鳴らしている。
キマイラの全容は、その名の通り色々とごちゃ混ぜだ。
頭はライオンで、大きく盛り上がったタテガミが威圧感を放っている。その中に樹木と見紛う巨大なヤギの角が二本生え、まるで悪魔のような容貌だ。
さらに尻尾はそれ単体で存在しているかに思える、太く長い紫色の大蛇。
そして一番おぞましいのは、その背部。
背中に積み上がるように折り重なり、刺々しく突き出している様々な生物、魔物、正体不明のなにがしかの骨、骨、骨。それはあたかも、鋭利な西洋甲冑を背負っているかのようにも見える。
夥しい量の骨は、それだけ他の生物を喰らってきたという証拠なのだろう。それこそ、このダンジョン内のヒエラルキーで頂点に君臨していることを暗に示していた。
「見れば見るほど、あらゆる個体を吸収して無理矢理一個体にしたって感じだな」
徐々に近づいているキマイラの巨体を睨みながら、俺は隣のヒトガタをうかがう。
と、そこで気づく。
「あれ、ヒトガタ、いつもの感じに戻ってるじゃん!?」
「今回ばかりはワレも姿を変質させることに力を使っている余裕はないのダ」
そう、ヒトガタが悠可ちゃん状態からいつものホワイトペプ〇マンな感じに戻っていたのだ。よく見たら俺のウインドブレーカー、入り口の方に脱ぎ捨ててあるもの。
ただ、キマイラがそれだけ余裕のない相手だってことだ。
俺も、気を引き締めなくちゃな!
「先手必勝だっ!」
叫び、《脚力強化》のスキルを使って思いっきり地面を蹴って飛ぶ。
見上げるような高さを誇るキマイラの頭上まで飛び上がり、ヤツを見下ろすようなポジションを取る。
脳天から、警棒を叩き込んでやる作戦だ。
宙に浮いたまま、俺は攻撃的な《ダンジョンスキル》をいくつも発動させる。
《筋力増強》、《警棒格闘術》、《武器効果範囲増大》など、初手で勝負を決めるぐらいの心意気で、両腕に力を込める。
「グルルルルァァ!」
「っ!?」
が、キマイラが今までとは違う雄叫びを上げたかと思うと、急にそのタテガミがわさわさと震えだした。
そして、その中から突然――巨大な山羊の頭が現れた。
さらに。
「メエエエエェェェェーー!!」
「この緊張感の中で、な、なんて間抜けな声をっ!?」
山羊の頭は、間髪入れず鳴き声を上げた。
その間の抜けた響きに、俺は思わず落下しながらツッコミを入れる。
「……ん?」
が、そこである違和感に気付く。
全身が、妙に脱力しているのだ。
視界も心なし、暗い。
警棒を取り落としそうになり、慌てて握り直す。
だが。
この一瞬の油断をキマイラが見逃すわけもなく。
刹那。
「……っ!?」
キマイラの巨大な前脚が、俺を壁に叩きつけんとばかりに眼前に迫ってきていた。
時、すでに遅し。
これはくらってしまう――相応のダメージを、俺は覚悟した。
「ダイチ! 危なイ!!」
「うぉわ!?」
が、間一髪のところでヒトガタが飛んでくる。
空中で俺を抱えるように引っ掴み、そのままキマイラの攻撃をすんでのところで回避する。
「あ、あぶねー! マジありがとう!!」
「あア。間に合ってよかっタ」
岩壁の突起に着地し、俺とヒトガタは態勢を整える。
「くそ、いきなり山羊の鳴き声聞いたら拍子抜けした! スマン、ありがと!」
「油断するなヨ、ダイチ」
「まかせとけ!」
ヒトガタに礼を言い、再び俺はキマイラへ突撃する。
上がダメなら、今度は下からだ!
「うおおおっ!」
スキルの《超速行動》を発動させ、一気に距離を詰める。
大きなキマイラの四肢の間に入り込み、警棒を握る手に力を込める。
「いくぞ! ……んっ!?」
しかしまたも、下側のタテガミから山羊の頭が現れ、グルンと目を向くようにこちらを見た。
無感情な山羊の目が不気味で、ゾクリと肌が泡立つのを感じた。
「メエエェェーー!!」
「ま、また……!?」
そして、間抜けな鳴き声。
途端、脱力する。
両足がやけに重たく感じ、息切れすら感じる。
視界も、ただただ暗い。《暗視》が機能していないのだ。
「……もしかして、これって……」
そこで俺は、ある一つの仮定に辿り着く。同時に、全身から血の気が引いていくのを感じた。
もし俺の思っている通りなのだしたら。
はっきり言って、マジでヤバい。
「――《ダンジョンスキル》が、無効化されてる?」
凍るような悪寒が、俺の全身を震わせた。
「グルアアァァァァ!」
「あ」
と。
身体の下に潜り込んできた、極太な大蛇が。
俺を食い殺そうと、大口を開けて迫っていた。
これ死んだ――それだけ、感じた。
この作品をお読みいただき、ありがとうございます。
皆さんの応援が励みになっております!
ありがとうございます!!