第99話 幽鬼級、脱出?
:愛の告白うけるw
:やっぱり気づいてなかったかww
:ヒトガタバラすなよww
「あぁ……」
新卒メットチャンネルの拠点、4SLDK。
大地の痴態をリアルタイムで目撃していた楓乃は、配信されていたことに気がつき身もだえる大地の姿を見て、嘆息した。
画面の中には、恥ずかしさからゆでダコのように顔を真っ赤にし、羞恥に耐えかねず身体中をクネクネさせる大地の姿があった。
誰がどう見ても、三十路を過ぎた大人の立ち振る舞いではない。
「楓乃……あんたって、すんごく器の大きい女よね」
同じく画面を見ていたシルヴァが、同情的な目線を向ける。
その優しさが今はツラい……。
「大地さんってば、お茶目ですねっ!」
別のデバイスを使って、ソファでくつろぎながら配信を見守っていた悠可が言う。
楓乃は二人のおかげで、なんとか正常な意識を保っていられた。
◇◇◇
「…………」
「ダイチ、元気出セ」
座ったまま項垂れる俺を、ヒトガタが慰めてくれる。
全世界へ向けて、自分のあられもない姿が生配信されていたと思うと、もう立っている気力もない。
あぁ、恥ずかしい……。
人の視線が前にも増して気になっちゃうな……。
「ダイヤモンドが手に入ったんダ、よしとしようじゃないカ」
「……そうだな。これ以上ないよな」
グズグズクヨクヨする俺を見放さず、ヒトガタはずっと隣で声をかけてくれる。
あぁこいつ、本当に健気なイイやつだ……。
てか俺ってば、どんだけ豆腐メンタルなんだって話だ。
配信者で食っていくって決めたんだ、炎上とかこういうのも全部ひっくるめて、ようやく一人前だってちゃんと前を向かないとな。
よし、次第に開き直りの境地に達してきたぞ。
こんな俺でも、一端の配信者なのだ。恥も外聞も捨てて、ユーザーが楽しめるコンテンツを発信していくと決めたのだ。
自分の人生における一世一代の大勝負、プロポーズすらコンテンツになるのだと思えば、むしろしてやったりだと考えればいい。
そうだ、楓乃さんとの結婚式も生配信とかしたら盛り上がるんじゃ……?
楓乃さん、さすがに怒るかな……?
しかしなにはともあれ、俺は一つの覚悟が決まり、また大きく深呼吸した。
こうなったら配信者として、自分の人生のあらゆる瞬間をコンテンツ化していく所存だ。まずはしっかりと生きて帰り、この幽鬼級での配信を成功させなければ。
「よし、行くか」
「うム。イイ顔になったナ」
少しだけ清々しい気持ちになり、俺は立ち上がった。
が。
「……ん?」
ぞわりと、背筋が震えるような感覚があった。
これは――もしや。
「ダイチ、ワレらはどうやら叫びすぎたらしイ」
「ご、ごめんな」
隣のヒトガタが、奥へと続く暗闇を見ながら言った。
叫んでたのは俺なのに、ワレらと表現する辺り、ヒトガタは本当に優しいヤツである。思わず謝ってしまう。
「ギギャアアアアアアアアアアアア!!」
空間を震わせる、耳障りな咆哮。
そう、ここのダンジョンボス――キマイラだ。
「逃げるぞ!」
「おウ!」
俺とヒトガタは入り口の方へ向かって、全速力で駆け出す。
スキルの《超速行動》などもありったけ開放する。
もうダイヤモンドは手に入ったのだ。無理にアイツの相手をすることはない。
それに、日本で最初の幽鬼級入ダン者である俺が、ダンジョンボスを倒してしまったら、幽鬼級ダンジョンが《死にダンジョン》となってしまう。
そうなると、後に続く探索者や配信者たちが、宝石を入手することができなくなる。
やはりここでも、逃げるが勝ちなのだ。
「グルオワアアアアアアアアアア!!」
「す、すげえ怒ってる気がするんだけど気のせい!?」
「気が立っているナ」
先ほど襲いかかってきたときより、かなり狂暴化している気がする。
自分のシマで好き勝手叫ばれたからかな!?
「おっ、光だ!」
スキルの《暗視》を使わずとも、視界に色が戻ってきた。
光源の先には、ぽっかりと口を開けた入り口が見えた。
よし、ミッションコンプリートは目前だ!
「ダイチ、ここでお別れだナ」
「えっ」
と、明かりへ向かって走る俺の横で。
ヒトガタが少し減速したのがわかった。
そうだった……ヒトガタはあくまでも魔生物、ダンジョン内でしか生きられないのだった。
「お、おいヒトガタ! お前、またダンジョンで会えるんだよな!?」
俺は急に寂しくなり、背後を振り仰ぐ。
そうして、ヒトガタへ向けて叫ぶ。
「会えるサ。ダイチがいなくなったあと、キマイラに吸収されて個が消失しなければナ」
「な、なんだよそれ!?」
「どうやらあのキマイラは、ワレをこのダンジョン内のヒエラルキーにおける異物と判断したようダ。戦闘は避けられなイ」
相変わらず淡々と語られる、ヒトガタの言葉。
要するになにか、俺が脱出したあとでお前だけでキマイラと対峙するってのかよ!?
「大丈夫、ワレも黙ってエサになるつもりはなイ。行ってくレ、ダイチ」
「ヒトガタ……」
「少しの間だったガ、ダイチとダンジョンを巡ることができて――楽しかったゾ」
そんな風に言い、キマイラへと向かって歩き出すヒトガタ。
……なんだってんだよ、ったく!
ここでヒトガタを放置して無事に帰ったとして、俺は楓乃さんに顔向けできるのか。心の底から、漢になったと胸を張れるのか。
……できるわけ、ないよな。
俺は足を止め、振り返る。
そして、ヒトガタと肩を並べた。
「ヒトガタ、一緒にキマイラ倒すぞ」
「ダイチ? いいのカ?」
「ああ、いいんだ」
俺だってお前がいなかったら、幽鬼級をここまで攻略できたかわからないわけだし。
まあ、他の探索者の皆さんには悪いけど……俺が採った宝石たちを大盤振る舞いしてあげようじゃないか(ダイヤモンド以外だけどな!)。
「さぁ……いくぞっ!」
「あア!」
俺と相棒ヒトガタの、最後のバトルがはじまった。
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