第98話 大地、ようやく気付く
走る。
とにかく走る。
《隠密》や《超速行動》に加え、身体強化系のスキルも全開にして、とにかく足を動かす。
俺は今、幽鬼級ダンジョンのボス――巨大なキマイラに追われている。
隣ではヒトガタ悠可ちゃんバージョンが、警戒色の赤い眼で並走中。
なんかデュ〇ララの杏里ちゃんみたいで萌えます! なつかしっ!!
「てかどうしてこうなった!?」
気温が上がって蒸し暑い中で走らされ、俺は思わず悪態をつく。
ヘルメットの中が蒸され、非常に不快だ。
「幽鬼級は通常ダンジョンの常識が通用しなイ。ダンジョンコアであるダンジョンボスが一所にとどまらズ、ワレのようにダンジョン内を自由に移動するのだろウ」
「そんなのありかよ?!」
ヒトガタが語る幽鬼級の特異的事実に、俺は悪態を繰り返す。
あーもう、さっきまで順調だったのに!
「グルギィヤアアアアアアア!!」
「あぁ、耳いてぇぇ!!」
後方のキマイラが、怪音波のような咆哮を背中に浴びせてくる。
ヘルメット越しだと言うのに、耳をつんざくような不快音。ただでさえ汗で不快指数上昇中だってのに、煽り散らかしてくれるぜ……!
なぜ戦わず、逃げているのか。
そう、ダンジョンボスを撃破してしまったら、そこは“死にダンジョン”となる。
と、いうことは――ダイヤモンドが取れなくなるということ。
つまり、俺の一世一代の大勝負、プロポーズもグダグダのままで終わると言うこと!
それだけは絶対ダメ!!
というわけで、逃げるしかないのである。
てか倒せる保証もないし。
「ダイチ、ヤツらはどうすル?」
「無視だ、無視っ!」
俺たちの行く先々には、幻想魔生物たちが蠢いているが、当然無視。構っていたらキマイラの餌食になるのは目に見えている。
もしかしたらキマイラを足止めしてくれるかも、などと淡い期待を持って振り返るが……逆にキマイラの巨体に踏み潰され、蹴散らされていた。
「ダイチ、あのキマイラはどうやラ、ここの魔生物を取り込んで強大化しているようだゾ」
「な、なんじゃそりゃ!? じゃあどんどん強くなってるってことか?!」
「そうなるナ」
おいおいおいおい。マジで逃げ切らないとまずいな……。
だってキマイラとか、もう見た目の時点からめちゃくちゃおどろおどろしいし。
絶対毒攻撃とかしてくるし!
「ダイチ。あの横穴に入ろウ」
「お、おう!」
ヒトガタの指さした先、ダンジョンの壁の隙間に小さな穴があった。一気に近づき、素早く飛び込む。ヒトガタと並んで壁に張り付いて、息をひそめる。
暗闇の中、ヒトガタの警戒色に染まった赤い眼が揺れていた。
「ギギュルギアアアアアアアアアアアアア!!」
「…………っ」
相変わらずの怒号を発しながら、キマイラは俺たちに気が付くことなくダンジョン内を走り過ぎていった。壁伝いに激しい揺れが感じられ、ヤツの荒々しい進撃ぶりが想像できた。
「行ったか……?」
「油断はできないガ、一旦は大丈夫だろウ」
ゆっくりと、《気配感知》などを駆使しながら横穴を出る。
キマイラが踏み荒らした道中には、夥しいほどのスライムや小鬼、大蝙蝠や大蛇らの部位欠損した亡き骸が、無残に転がっていた。
……うぅ、気持ち悪っ。
「おや……?」
だが、数舜して。
いくつもの遺骸が、キラキラと光を放ちながら変質をはじめた。
これはもしや……ボーナスタイムなのでは!?
「ヒトガタ! しめたぞ、もしかしたらあの中にダイヤモンドがあるかもしれない!」
俺は思わず走り出し、足元にいくつもある輝きの一つ一つへと向かった。
これは思ってもみなかったラッキーだ!
「これはクリスタル……あっちもクリスタル……くぅ、またもクリスタルばかり」
しかし探せども探せども、やはりクリスタルが多い。
だがまだまだ輝きは数多い。地道に探せば可能性はある!
「お、これはルビーだぞ! 小さいけど!」
そうこうしているうちに、極小のルビーを発見する。
砂粒みたいな大きさだけれど、やっぱり幽鬼級でも下層ほどレアなものが出やすいということがこれでわかった。
よーし、俄然やる気が出てきたぞ!
俺は血眼になり、地を這うように来た道を戻って行く。
ハタから見ればかなり間抜けな体勢だろうが、関係ない。
今こそ、俺が一人前の男になれるかどうかなのだから!
そこから、俺の長い宝石探しの旅がはじまった。
◇◇◇
「次……次…………次っ!」
地面をカエルのように這い続け、次から次へ石に手を伸ばす。
俺のダイヤ探しは、拾って捨ててを繰り返し、すでに百四十三個を数えた。
もはや工場のライン工のような洗練されたチェック動作。
拾い、目視し、後方へ放る。
拾い、目視し、後方へ放る。
拾い、目視し、後方へ――
「ダイチ、今のはダイヤではなかったか?」
「しまったぁぁっ!?」
得意げに後方へと投げ捨てた百四十六個め。
そばで同じくチェックをしてくれていたヒトガタが、淡々と言う。
ごめんなさい俺はライン工じゃなくてただテキトーやってるだけでした!
「あぁくそ! どこだ、さっきのどこだっ!?」
無秩序に投げ捨てていたクリスタルなどを、必死にかき分ける。
出てこい、出てこいダイヤ、俺を漢にしてくれ……!
「あった!」
かき分けた石の中、一粒だけ異様な輝きを放つものが。
確かにさっき、俺が投げ捨てた一粒だった。
「これは……っ!」
「あア、ダイヤモンドだナ」
「…………う、うおぉぉぉぉ!」
嬉しさのあまり、俺は腹の底から叫び出したい衝動に駆られる。
なんとか、一つの目的を達成することができた。
ダイヤモンド、ゲットだぜ!
「あぁ、すんげぇ嬉しい……!」
喜びと充実感のあまり、視界が徐々に潤んでくる。その場に座り込み、ヘルメットのバイザーを上げて目元を拭った。
あぁ、本当にうれしい!!
「楓乃さぁーーん! 愛してるよぉーーーー!」
我慢できず、俺はダイヤを掲げて叫んだ。
あー、楓乃さんに今すぐ会いたい!
「よかったナ、ダイチ」
「おう、ありがとうな」
悠可ちゃんの顔で笑うヒトガタ。うーむ、癒されるなぁ。
「ところでダイチ、そのヘルメットが光っているのは、なんなんダ?」
「え?」
と。
ヒトガタに指摘され、俺はヘルメットを脱ぐ。
メットが光るのは、ダンジョンツアー用の目線カメラが作動してるときぐらいだけど……え? 俺電源つけたっけ?
脱いだヘルメットと向かい合うように、俺はバイザー付近のギミックを確認した。
「……これ、配信されてる?」
いつからスイッチが入っていたのかはわからないけれど、どうやら自動タイマーがセットされていたらしく、今までずっとリアルタイム配信が行われていたようだった。
……え、ということは?
今までの全部が、チャンネルで配信されてたってこと?
「…………」
つまり?
ヒトガタの裸体に鼻の下を伸ばしたり、愛について語ったり、カエルみたいに這いつくばったり。
極めつけは――楓乃さんへの愛を叫んだり。
これ全部、視聴者の皆様にお届けしていたということ?
「あびゃああああああああああああああああああ!?」
恥ずかしすぎて、変な声が出た。
……俺、もうコンビニでえっちな本買えないよぉ。
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