第97話 幽鬼級の恐ろしさ
中層を突破してすぐ。
俺はもう一度、水筒を傾けてノドを潤した。
最初の頃とは打って変わって、幽鬼級ダンジョンの探索は順調そのものと言えた。
それもこれも、超強力助っ人ヒトガタのおかげだ。
俺自身も幽鬼級の環境、雰囲気、幻想魔生物との戦いにも徐々に慣れてはきた。
確かに通常の高難易度ダンジョンよりも魔物は手強いが、ダンジョン内部の温度と湿度が高いおかげで身体はよく動く。まぁその分ノドが渇くけど。
ただこれもある意味、慣れるまで付き合ってくれているヒトガタのおかげかもしれない。
あれ、俺これもう、ヒトガタに足を向けて寝られないじゃん。
「ふぅ」
水筒をバックパックにしまって、腕時計を確認する。
――幽鬼級に入ダンしてから、二時間が経過していた。
前人未踏のダンジョン、その中層までを二時間で攻略できたのなら、超上出来である。
この幽鬼級ダンジョンは、世界的に見てもこの中層辺りまでの探索がこれまでの限界値となっていた。文字通り、下層となると未知の領域となる。
しかし俺には、スキルの《対魔物交流》がある。そのおかげで、心強いヒトガタという相棒がいる。
このままの勢いで、一気に下層攻略までこぎつけたいところだった。
そしてレアな石の出やすい下層で、ダイヤモンドを手に入れるぞ!
「にしても……また温度上がったか?」
ふと、自分の身体が汗だくになっていることに気付く。じっとりとインナーのサッカーユニフォームが濡れ、肌に張り付いていた。
不快感に耐えられず、俺はネクタイを取ってワイシャツの襟を第二ボタンまで開く。風が入り気持ちがいいが、まだ蒸し暑い。
「こんなこと、今までなかったけどな……」
タオルで首の汗を拭いながらつぶやく。
幽鬼級ダンジョンは他と比べ、奥に潜れば潜るほど、洞窟内の気温が上昇しているみたいだ。
洞窟であるダンジョンは、ほとんど外気などの影響を受けないためか、基本的に体感温度は少し肌寒いぐらいなんだけど……正直、南国のビーチくらいの暑さを感じていた。
「くぅ、仕方ないけど上着脱ぐか」
言いながら俺は、シルヴァちゃんにもらった高級スーツのジャケットを脱ぐ。でも下半身はスラックスなので、まだセーフ(?)である。
そしてワイシャツも脱ぎ、サッカーのユニフォーム姿になる。悠可ちゃんにもらったジャパンブルー。
そして最後に、ジャケットの胸ポケットに忍ばせていた楓乃さんのボイスメッセージカードをスラックスのポケットに入れ、装備の換装を終える。
よし、ちょっとは涼しくなったぞ。
「ダイチ、ヘルメットにユニフォームでスラックスという出で立ちは、非常にアバンギャルドだナ」
「難しい言葉知ってるな」
油断なく周囲を警戒してくれていたヒトガタが、俺の全身を見て言う。
アバンギャルドなんて言葉、どこで覚えてくるんだい。
「そういえば、ヒトガタは暑くないのか?」
そこでふと、思ったことを聞いてみる。
この暑さの中でもヒトガタは、顔色一つ変えていない。
「問題なイ。ワレはダンジョン内部の状態に常に最適化されル」
「最適化かぁ。便利だな」
俺もヒトガタのように入ダンしたダンジョンの環境に身体が勝手に適応してくれたらいいんだけどな……おっと、また横着すると足元をすくわれる。気を引き締めねば。
「この温度上昇はもしかしたら――ダンジョンのコアが近づいているのかもしれないゾ」
「コア……?」
と、ヒトガタが相変わらずの平坦な声で言った。
ダンジョンのコアって……まさか。
「それってもしかして、ダンジョンボスが近付いてるってことか!?」
そう、通常のダンジョンでは、コアはダンジョンボスそれ自体とされていた。
ボスを討伐するとダンジョンが魔物や鉱石の生産を停止し、《死にダンジョン》となるからだった。
「あア。ボスが近い可能性があル」
「いやでも、ダンジョンボスは必ず最下層最奥部、扉のあるボス部屋にいるってのがルールで――」
「ダイチ」
ダンジョンの常識からモノを言う俺を制するように、ヒトガタがさえぎるように手を掲げた。
「ここは幽鬼級、《アライブダンジョン》。他のダンジョンの常識は通用しなイ」
「っ……」
悠可ちゃんと瓜二つの、ヒトガタの真剣な横顔。
醸し出される異様な雰囲気に、俺は口をつぐむ。
そして黙ったまま、《気配感知》を熟練度限界まで発動した。
「――来るゾ」
「っ!?」
途端。
途方もない質量を持った恐ろしい気配が――俺たちへと迫ってきた。
「グリュギギギャアアアアアアアアアアアア!!」
耳障りで、脳にノイズを直接流し込んでくるような、不快な咆哮。
下層の入り口、そこでエンカウントしたのは。
様々な生き物を無理矢理に融合させたような、醜悪な巨体。
異形の巨獣、キマイラ。
ヒトガタの青く澄んだ目が――赤く染まった。
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