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第1話 本業、立ち行かず

学校、会社などなど、日々社会と戦う皆様へ送る、副業成り上がりストーリー!


「ウチはそういうの結構です!」


 バタン。

 目の前で扉が勢いよく閉められた。

 営業、失敗。


 なぜ、俺のような根暗な人間が、営業職などと言ういかにも陽キャがやりそうな仕事に就かされてしまうのか。


 社会の不条理を恨まずにはいられない。


「はぁ……」


 顔をうつむけてため息をつくと、胸ポケットに付けた社員証が目に入る。


 そこにあるのは覇気のない中年男の顔写真と『京田きょうだ大地だいち』という俺の名前だ。

 名前の上には『株式会社Dイノベーション』という、いかにもベンチャー企業らしい名前が乗っかっている。


 株式会社Dイノベーション。

 Dは『ダンジョン』の略である。


 さかのぼること、十五年前。


 世界各地に突如として、ダンジョンと呼ばれる正体不明の迷宮が出現した。

 その存在は瞬く間に人々の知るところとなり、興味本位や好奇心で進入する無鉄砲な者が次々に現れた。

 そして、内部に出現した多数の『魔物モンスター』によって、世界各地で死傷者が出た。連日、その類のニュースがひっきりなしに報道されていたのを今でもはっきり覚えている。


 俺もその時代に、好奇心からダンジョンに潜り、命からがら逃げだした経験のあるクチだ。


 そういった経緯から、国は迅速にダンジョンに関する調査と法整備を開始した。


 数年後、気が付けばダンジョンは国家や企業が主に管理するものとなり、滅多なことでは人死が出なくなった。そのおかげで、観光資源や不動産的価値を生み出し、徐々に人々の生活に馴染んでいくこととなった。


 今ではダンジョンを軸とした多様なビジネスが生まれ、それらは総じて『ダンジョンビジネス』と呼ばれるようになった。


 我がDイノベーション社も『ダンジョン内にネットワーク回線を引く』というビジネスモデルを創出し、ダンジョンビジネスの波に上手く乗った会社の一つと言える。


 そして当然、会社が急激に大きくなれば人手がいるもの。


 高校を中退してフラフラしていた底辺のロクでもない二十五歳の男(つまり俺)が、ベンチャーとは言えそこそこ勢いのある会社に就職できたのは、そんな市場の人手不足があったからこそだと思う。


 ……とは言え。


 学歴ではなく実力と結果で価値の問われる営業部に配属されて今期で早四年、働けば働くほど、俺はちゃんと働くことが向いていない人間なのだと痛感する。


 あと誰だよ、『オタクにこそ営業は向いてる!』とか言い出したの……変に信じてやってたら全然結果出ないまま四年が過ぎてたよオイ。


 というかそもそも営業でバリバリやってる人達と俺とじゃ、人間性が違い過ぎるのだ。

 俺全然営業部に馴染めてねーし。

 つかああいう押しの強い人ら、ぶっちゃけ苦手だし。


「ふぅ……」


 そんな思考が渦巻く中、先程のようにドアを叩いて営業を仕掛けるのは、もはや一社会人としての義務感からと言えた。


「あぁ……もう今期も終わるなぁ」


 ため息を吐きながら、俺はのそのとと近くのベンチに腰掛ける。

 はぁ……営業失敗の後は、ため息が止まらねえや……。


 と。

 ヴヴヴ、ヴヴヴ


「やば、会社からだ」


 スーツの内ポケットに入れた社用スマホが震えたので、慌てて手を伸ばす。

 見るとそこには『山下 楓乃かの』と、女性社員の名前が表示されていた。

 あぁ、別所べっしょ部長からじゃなくてホッとした。


「もしもし」

『あ、京田さん。今大丈夫ですか?』

「問題ないですよ。どうかしました?」


 あー、いつ聞いても彼女の声は疲れを三十パーセント(体感)ほど軽減してくれる。耳心地の良い低音は、電話越しで聞くとさらに癒し効果抜群だ。


 山下さんは去年新卒で入ったばかりだが、抜群の容姿と気配り、さらに丁寧な仕事ぶりで瞬く間に社のマドンナとなった。


 仕事ではほとんど関わりがないが、たまに営業部を仕切っている別所部長がしつこくお誘いしているときなど、俺から部長へ仕事のヘルプを頼んで引き離したりしている。


 当然部長は嫌な顔をして「そのぐらい一人でやれ!」などと叱責をしてくるが、そもそも出世が見込めない俺が上司にどう思われようと、どうでもいいことだ。


 むしろ山下さんのような有望な女性社員が、セクハラ紛いのことで退職してしまったりしたら、それこそ会社にとって損失だ。


『京田さん、今って外回り中ですよね? 休憩中とか、社内チャット見ました?』

「いや、見てないですね。なにかありました?」

『今日の納会の場所と時間、全体にリマインドかけてあるので、確認しておいてくださいね』

「あ、あー納会。そういえばそうだ……ただ俺、行けるかわからないですねぇ」


 そうだった、今日は終業後、納会が予定されていたのだった。


 支払いは全て会社持ちなので、酒好きとしてはぜひ参加したいところではあるのだが……しかし、営業部で唯一ノルマ未達な俺としては、ギリギリまで最善を尽くさなければ立つ瀬がない。


『京田さん来ないのか……じゃあ私も行くのやめよっかな』

「そんなそんな。山下さんがいないとみんな盛り下がりますよ」

『知りません。京田さんいないと、私が楽しくないんですもん』


 そんな風に、優しい言葉をかけてくれる山下さん。

 俺がもしイケメンで、仕事もバリバリできる男であればその気になってしまっているところだ。


 しかしまぁ、そんなわけもなく。


 きっと彼女は営業部で唯一ノルマを達成できていないみじめな俺をおもんぱかって、こうして電話で励ましてくれているのだろう。


 本当、こういうところが山下さんが人気の理由なんだろうな。


「なんかありがとうございます。できる限り努力してみます」

『わぁ、嬉しい! 待ってますから、営業頑張ってくださいね! それじゃ』

「はーい」


 本当に嬉しそうな声で言ってくれる山下さん。

 ため息連発モードだった俺も、電話を切った後は気分が良くなっていた。


 うーん、きっとハイスペな彼氏がいるんだろうな。

 だから俺みたいなのにも、あんな余裕ある態度がとれるんだろう。


 できることなら彼女とお酒を飲んで楽しくおしゃべりしたいが……まぁ、やれるだけのことはやってみよう。


 そう意気込んで、俺はスーツのえりを正した。



この作品をお読みいただき、ありがとうございます。

楽しめた、続きが読みたい、キャラに親近感が湧いた、などなど感じたら、

ブクマなどで応援していただけると嬉しいです!


コメントなども大歓迎です。

よろしくお願いします!

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