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月夜の勝ち鬨 ~風の魔物と呼ばれる男~  作者: 峰山 遙
第三章 事実と真実
23/31

鬩ぎ合い


・・・〝殿と呼ばれる男〟と 〝誉田と名乗る男〟の命を救った礼として、私達は城の中に建つ〝離れ〟に滞在する事になった。 目の前には多くの事実が積み上げられ始めている・・・




私達は誉田に連れられて〝離れ〟へと向かった。



天守の裏庭へと続く小径を歩いて行く最中、薪を割る音が聞こえてきた。

夏を感じさせる日差し、新緑の木々、海から吹く風、木霊する薪割りの音… 何とも言えない心地良さを醸し出している。



手入れされた生け垣に沿って暫く歩くと… 茅葺き屋根の建物が見えてきた。



「此処は先代が大殿として御隠居なされた屋敷で御座る。」



〝離れ〟の手前に建つ簡素な建物(納屋と思われる)の前では、上半身を諸肌に脱いだ白髪混じりの男が大きな斧を上段に構えていた。



男が殺気に似た気配を放ったと思われた瞬間…

”コーン” という心地良い音と共に薪が弾け飛んでいる。



良く見ると・・・薪というより丸太である。

大人の太股以上ある丸太を一振りで両断させているのだ。

腕力はかなりのものだろう。

それに、遠くからでも良く分かるほどの見事な僧帽筋と三角筋である。

上半身の筋肉は、白髪交じりの髷には想像も付かない程の完成度だった。



私の興味は〝離れ〟よりも薪を割っている男に向かっていた。

何故なら、大きな斧を振り下ろす瞬間に〝殺気に近いオーラ〟を放つからだ。



〝丸太を叩き割っている男〟が不意に振り返る・・・



我々に向かって深々とお辞儀をした… 私の視線を背中で察知したのだろうか?

大きな斧を土台の切り株に立て掛けると納屋の中へ入ってゆく。

左足を少し引き摺っていた… 怪我をしているのか?



納屋の中へと消えた男に注意を向けながら、生け垣の先にある門から敷地内へと入った。



此処は暫く使われていなかったのだろう。

数名の男女が雑巾掛けをしたり、庭の掃除をしている。



敷石がある細道の突き当たりには玄関らしき入口が見えた… 一段高い場所には、板張りの空間があるが… 日本画が描かれた衝立(ついたて)があり奥は見えない。

見た目よりも奥行きのある建物だった。

殿が暮らす館から離れた場所に建っているから〝離れ〟と呼んでいるのだろうか…。

此処を〝離れ〟と呼ぶ日本語の表現にも奥行きが感じられる。



「さぁ。お上がり下さいませ。」



誉田に続いて、私達はブーツを脱いで玄関を上がった。

衝立の脇を進む… 畳敷きの空間が現れた。

此処は〝上がり間〟と言うそうだ。



襖を開けると…



廊下を挟んで庭が見える作りになっている。

日に照らされた床板が眩しい。

縁側から見える庭は美しく手入れされており、和の景観が素晴らしかった。



誉田は懐かしむような視線を庭へと送ると板張りの廊下を〝ずいずい〟と歩いてゆく。

私達は〝表の間〟という板張りの部屋に案内された。



殿様の隠居屋敷というだけあって、欄間の見事な彫刻と襖に描かれた絵や掛け軸が威厳を醸し出している。

華美な装飾は少ないが客を招いたり人を集めたりするには適した作りであろう。

部屋の右手奥には和紙を貼ったスライド扉(障子(しょうじ)と言うそうだ)があった。

どうやら、その先にも部屋があるらしい。



障子を開けた誉田の後に続いた百地三佐が嬌声を上げている…。



「茶室よ。見て!」



正方形の畳を4枚の畳が囲う様にして敷かれた部屋には、中央に囲炉裏が設置してあった。

床の間には竹林を描いた掛け軸が飾られており、その下では握り拳ほどの ”黒い器” が存在感を放っている。

棚の部分にも大小様々な器が飾られており、組紐で結ばれた木の箱が置かれている。



「これが茶室と言うのかい? 随分と狭いんだな。」

「茶室は最初、六畳間だった。それが段々と狭くなっていって千利休が三畳の茶室として完成させるの。 ここは四畳半、三畳間に至る過程の茶室ね・・・茶道の視点で見るなら、今は1500年代の中頃って所かしら…。」



誉田は目を〝ぱちぱち〟させながら首を傾げている。



「りきゅう?・・千五百年前? 楓殿… 何を仰っておるので・・?」

「あ…いえ、何でもないわ。」



百地三佐はそう答えると、何事も無かったかの様に〝器〟を見入っている。

…やはり、女性は現実を受け止めるのが早いのか。

私は500年も前の世界に飛ばされているなどとは信じたくなかった。



誉田は懐かしむ様な表情で〝表の間〟を見回している。

思い出が詰まっているという表情である。



「では… 〝奥の間〟 をご案内致しまする。」



奥の間は 〝寝所〟 だと言う… つまり、ベッドルームだ。

教室ほどの広さがある〝奥の間〟は、襖で半分に仕切れる作りになっていた。

真新しい畳が敷き詰められていて牧草の様な香りが漂っている。



上がり間から〝奥の間〟へと繋がる板張りの長い廊下はL字になっていた。

L字を右に曲がると〝次の間〟と続き、離れの最奥部にある広い〝奥の間〟へと繋がる間取りになっている… 寝室が直接伺えないように廊下を曲げてあるのだろう。



「ささ、此処は後ほど御緩りと… 居間に参りましょう。」



そう告げると寝所の右奥にある襖を開けた。

再び廊下が現れ、その先には障子が見えている…。



誉田は廊下を〝ずいずい〟と進んでいった。



居間にも畳が敷き詰められている… 12枚の畳が描く幾何学模様が面白い。

欄間の部分には剛毅な筆文字で〝五穀豊穣〟と書かれた書が飾られており、此処の棚にもたくさんの〝器〟が飾られていた。



「もしかして… 大殿様は茶器を手作りなさっていたのかしら?」



器は〝茶器〟と言うらしい。

百地三佐は興味津々といった感じで〝茶器〟を覗き込んでいる。



「左様。 お目が高い… 此処にある茶器は全て、大殿の作で御座る。」

「どれも素敵な色合い… 趣味の域を超えてるわね。」

「京に御座す天子様に献上した折には感状を賜り申した。」



京に御座す天子様… つまり天皇だろう。

誉田は自分が貰ったみたいに自慢気な様子で話している。

天子様から感謝状を貰うというのは、侍にとってとても名誉な事なのだと言う。



・・・それにしても、大殿が茶器を手作りしていたという事に気付いた理由は何なのだろう? 私には謎だらけだった。深く考えるのは止めておこう(笑)・・・



気を取り直して廊下側の欄間を見上げると立派な〝槍〟が掛けられていた。



柄の部分に彫刻が施された金属の筒が通されている… 初めて見る槍だった。

恐らくだが… 柄を直に握れば手の摩擦力が発生して突きのスピードは鈍る。

柄に通した金属の筒を握る事で〝摩擦を減らして突きを早くする事〟 が目的の槍だろう…。



「大殿は文武両道だったんだな。」

「はい。書と絵も大殿がお描きになられた物で御座る。」

「掛け軸の絵もか???」

「仰る通り。」



しかし、これには驚いた。

滝、竹林、鷹、うさぎ… 各部屋にあった掛け軸の水墨画はプロが描いた物としか思えない出来栄えである…。

モノトーンで色の濃淡だけの色彩なのだが、今にも動き出しそうなのだ。


・・・と言うよりも、動きの一瞬を見事に捉えて描いている。


私は鷹の絵に見入ってしまった。

百地三佐は茶器を色々な方向からまじまじと観察している。

絵画には興味が無いらしい(笑)



私達の姿に目を細めていた誉田が居間を隔てていた障子を開けた…。



そこは、大きな囲炉裏のある空間だった。

天井には神田警部補が連れて行ってくれた居酒屋で見た物と同じ位の〝立派な梁〟が通っている… 一段下がった先に土間と竈が見えた。

現代風に言うならば、この部屋は〝ダイニング・ルーム〟という事だろう。



土間では中年の女性が竈に火を入れていた。

私達に気付くと、手を止めて深々とお辞儀をしている。



…庭先で〝薪を叩き割っていた男〟が音も無く土間へと入ってきた。

やはり、左足を少し引き摺っている。



「風間賢人殿と御内儀の楓殿じゃ。」



2人は改めて丁寧に頭を下げた。



「作左衛門と申しまする。」

「千代と申します。」

「殿の命を救うて頂いた大恩人である。 不便を掛けぬようにな。宜しく頼む。」


「へい。」



人懐っこい笑顔を見せた後、それぞれの仕事へと戻っていった。



「長持ちの類は裏の藏へと運んでありまする。 これより拙者は城の警護を固めて参りまする故、失礼仕る。 何か御座いましたらなら、遠慮無く申し付け頂きたい。」



誉田が改めて深々と頭を下げてくる。

着物の袖から古風な〝鍵〟を取り出した。



「藏の鍵で御座る。」

「ありがとう。」



「…では、拙者はこれにて。」



誉田は廊下を〝ずいずい〟と歩いて行った。



誉田の背中を見送っている百地三佐は不安げな表情をしている。

気持ちは理解出来る。

いきなり、不慣れな場所に放置されたのだ。

どうして良いのか悩んでいるのだろう。



「百地三佐、取り敢えず… 〝藏〟に行ってみようか?」

「そうね。」



誉田を見送った私達はハードケースを確認しに藏へと向かった。



藏の重厚な扉は開かれている。

中には、私達のハードケースしか置かれてはいなかった。

全て揃っている。

鍵をこじ開けられた形跡も無い。

ベストとパッド類を外し、ガンホルダーをハードケースに仕舞った。



「旦那様、失礼致しやす… 今宵は湯屋をお使いになりますか?」



背後から唐突に声を掛けられた。

振り返ると藏の入口には作左衛門が立っている。



・・・この男は気配を消す事も出来る。



「湯屋…?」

「お風呂があるの? 是非ともお願いしたいわ!」



湯屋とは風呂の事らしい…。

百地三佐の目が輝いている。

作左衛門の怪しげな挙動には何も感じない様子である。



だが、この5日間は食糧確保に専念してしまい、髪は沢の水で流すだけで身体は濡れタオルで拭くしか出来なかったのだ。

風呂に入りたい、その気持ちも良く理解出来た。



「畏まりました… 整いましたならば、お声掛けいたしやす。」

「湯屋、見てもいいかしら?」

「…へい。掃除は終わっておりやす。どうぞ此方へ。」



湯屋は背の低いプレハブ小屋ほどの建物だった。



石を組んだ〝炉〟を囲う様に建てられている。

炉の中には野球ボールほどの丸い石が数個置いてあった… 何に使うのだろう?

炉には大きな釜がセットされている。

土間には竹製の敷物が広げられており、大きな柄杓と水桶も見えた。

薄暗い室内を良く見てみると… 土間の奥には木のバズタブが作られている。



「凄いわね。〝蒸し風呂〟と〝浴湯〟が一つになってる。」

「蒸し風呂… サウナか。」



湯屋の構造が理解出来た。

熱せられた炉に湯を掛けて部屋を蒸気で満たせばサウナ(蒸し風呂)になり、釜で水を沸かして湯船に張れば〝入浴〟する事が出来るのだ… 湯の温度は熱した石を使って調節するのだろう。



「この時代、庶民は蒸し風呂がメインなの。 薪を大量に使って大きな湯船でお風呂に入れたのは身分の高い人や僧侶、大商人だけ。 湯を張って入浴するのは一種のステイタスだった。」



電気やガスの無い時代だ、湯を沸かすには薪は大量に消費する。

薪を確保するには人手も金も掛かるという事だろう。



・・・ふと、後ろから鋭い〝気〟を感じた。



〝コーン〟と心地良い音が木霊する。

いつの間にか、作左衛門は薪割りを再開していた。



それにしても見事な体付きだ… ジムにでも通っているかと思わせるほどである。

大きな斧で丸太を叩き割るのが日課だとすれば、相当な筋トレになるだろう。

それに、機械の無い時代である… 日常生活のほとんどは人力に頼るしかないのだ。

現代人よりも筋肉質なのは当然の事に思えた。

しかし、ただの奉公人が〝気〟を発したり存在感を消す様な事が可能なのだろうか?



〝離れ〟の概要を知った私は、本丸の概要と警備状況を調べたい衝動に駆られている… 悪い癖というより、今回は現実逃避だった。

百地三佐を誘うと〝茶室へ行きたい〟と言われてしまった。



私は独りで本丸の広場へと向かった。



その途中、殿の後ろに付いて馬で入城したからだろうか… すれ違う兵達は皆、私に深々とお辞儀をしてきた。

頭を下げる文化で育っていない私にとって、全ての人に頭を下げられる行為は自分がとても偉くなった様な錯覚に陥らせる。


自分を戒めつつ、本丸全体を見渡せる場所に立ってみた…


殿達が暮らす館と天守を囲う城壁には均等な距離で櫓が作られている。

あの距離が矢の届く範囲なのだろう。

櫓には ”黒い鎧” を身に付けた弓兵が城の内外を監視している。



館と天守、それに私達が宛がわれた〝離れ〟は、黒い鎧を身に纏った数組の兵達が見廻りを行っていた…。



太刀を携えた侍と槍兵・弓兵が三人一組になって巡回するパターンである。

兵の数、巡回パターンに問題はない… しかし、黒い鎧を身に着けて警備の兵士に成り済ましたならば、簡単に館へと近付く事が出来そうだった。

それに… 〝逃げる事を考えていないのではないか?〟と感じさせる節もある。



不安と疑問を抱きつつ歩いていると、城門へと続く通路から〝赤い甲冑を身に付けた侍〟が歩いてくるのが見えた… 兜は被っていないが、場違いな雰囲気を醸し出している。



良く見ると… 赤鬼だった。



後ろの二人は手に短めの槍を持ち、額には鉄の板が付けられた白いはちまきに赤い簡素な胴や小手・脛当てを身に付けている… 私の方へと歩み寄って来た。



「おぉ、風間殿。 如何なされた?」

「ああ。…ちょっと散歩・・・まぁ、そんなところだ。」



赤鬼は何か言いたげな表情で私の顔を覗き込んできた。



「…何か、気に… なりまするか?」

「いや… ちょっとな。 黒装束の男を思い出していた。」



”黒装束の男” に赤鬼は反応した。

腕を組んだ赤鬼は髭を摩りながら、本丸と天守を見回している。



「・・・黒装束の男ども。彼奴らは忍びの者。 護るだけでは防ぎきれぬ…。」



憂いだ視線を館の方へと向けた赤鬼はボソリと呟いた。

今、まさしく私もそれを感じていたのだ。



「あんたもか?」

「風間殿もか・・・?」



話をよると、赤鬼も館の警護状況を確認する為に見廻っていたと言う。



「本丸に〝赤の兵士〟が見当たらない。どういう事だ?」

「・・・。」



視線を落とした赤鬼は、思い立った様に強い視線を送って来た。



「此処は目立つ故、〝離れ〟に参っても宜しいか…?」

「…ああ、行こう。」



私達は小径を戻り〝離れ〟の庭へと入った。

赤鬼に付き従っていた兵達は、木戸の両サイドで直立している。



庭を進み縁側に腰掛けると赤鬼は暫く考えていた…。



赤鬼へ視線を送って驚いた… 作左衛門が縁側の端で片膝を付いている。

木のトレーには、お椀が2つ乗せられていた。

どうやら飲み物を運んできたらしい… 頭を下げると私達の間にトレーを置いた。

…それにしても、この〝存在感を消す能力〟はどうやって身に着けたのだろうか。



「風間殿。…思うた事を聞かせて頂けぬか?」

「言っても良いのか?」

「勿論で御座る。」



お椀を手にした赤鬼は〝ぐいっ〟っと煽った。



「本丸を警護している部隊の指揮官は誰なんだ?」

「殿じゃ… じゃが、平時に差配しているのは小姓頭の輝明で御座るよ。」

「誉田なのか。ならば、協力し合って守るべきだろう。」



赤鬼の表情が曇ったのがはっきりと見て取れた。



「本丸警護の御役目は〝馬廻(うままわり)衆〟で御座る故、儂の命令は届き申さぬ。」



軍隊は縦の命令で動く。

これは、昔も今も変わる事のない絶対的条件である。

殿から〝御役目〟を与えられていない事への口出しは御法度なのだろうか?

それとも、殿の近衛部隊である〝馬廻衆〟への遠慮なのだろうか?

ならば、何の為に評定が行われているのだろうか?



私の中で疑問が次々に吹き出て来るのを感じた。



「この城は自然の川や谷を要害として利用した〝大軍では攻め難い城〟だ。 …しかし、少人数で堀と城壁を突破出来れば城兵に紛れ込むのは簡単だ。 セクショナリズムが横行しているなら、見えない敵から殿を護るのは難しいぞ。」


「関所・・なり・・ず・・む? ・・・???」




「あぁ…すまない。殿の直轄部隊に遠慮しているのか? それとも、誉田に何か(わだかま)りがあるのかと思ったんだ。」



赤鬼は手にしたお椀を見つめていた。



「蟠りならば払拭しないと解決しないぞ。」



…言ってしまった。

虚構な世界の事象に一歩踏み込んでる自分への違和感に襲われた。



私の言葉を聞いた赤鬼は庭に視線をずらしている

言い辛い事なのだろう。

表情からはっきりと読み取れた。



「ただ… 」

「ただ、何だ?」

「…馬廻衆は戦の経験が少ない。それに… 誉田は殿の下知に従順過ぎるので御座るよ。」


「つまり… 命令には従順だが、それ以上の事は覚束ないと?」



更に一歩踏み込んでいた。

もう一人の自分… いや、本当の自分? …が鎌首を擡げている。



「・・・。」

「黒装束どもから殿の命を護るには、誉田との共同作戦が不可欠だ。」


「その通りに御座る… じゃが、馬廻衆は忍びの者を馬鹿にしている節が御座る。 所詮、破落戸(ごろつき)素っ破(すっぱ)だと… 儂も最初は舐めておったが槍を合わせてから考えが変わった… 彼奴らの技量は侮れん。」



私の感じていた不安と同じだった。



城で行われているのは〝敵を侵入させない為の警備〟なのだ。

櫓には弓を持った兵が目を光らせていて、館の周辺を兵が巡回する体勢を整えてはいるが… 刺客として城兵に成り済ましたなら、簡単に館へと入り込まれてしまうだろう。



「風間殿、恥を忍んでお聞き致す… 貴殿ならば、如何なされるか。」

「…そうだな、館のある広場… 本丸へと侵入された事を知らせるシステムが欲しいところだ。」



・・・そう言っている自分が滑稽に感じた。



目の前に起こっている事象を否定する自分と、500年前の侍に自分の考えを伝えようと一生懸命な自分が鬩ぎ合っている。



「〝()()()()〟とは?」


「ああ、すまん。仕掛けの事だ。」

「仕掛けで御座るか…。」


「そうだ。 殿の命を狙うとしたら、城兵に成り済ましてから闇夜に紛れて本丸へ近付く。 そして、館に侵入する。 暗闇の中を侵入してくる敵を知らせてくれる仕掛けが欲しい所だ。 音が出る物があれば侵入者を知る事が出来る。それに・・・ いや、何でもない。」



言い過ぎている事に気が付いた… これ以上は止めておこう。

深く関わっても危険度が上がるだけである。

警報システムがあればと思ったが、そもそも電気が無いのだ… 絵空事なのだ。

それに、本当は死ぬ筈であったであろう殿と誉田を助けてしまっている。

これ以上の介入は現代に何らかの影響を与えてしまうかも知れない。



「仕掛け・・・」



赤鬼はお椀の茶を一気に飲み干した。

作左衛門におかわりの催促をしている。


私も一口飲んでみた。

麦の香りだろうか、とても香ばしいお茶だった。

すると、庭先に控えていた作左衛門が深々と頭を下げた。



「お頭、差し出がましい事ではごぜえますが・・」

「おう、作左衛門、どうした? 申してみよ。」

「へい。音が出る仕掛けならば、田んぼや畑を囲う〝鳴子〟を使えばええ…」



それを聞いた赤鬼の背筋が伸びた。



「思いも付かなんだわ! 作左衛門、それじゃ! 」



赤鬼の鼻息が荒い… 前のめりな気持ちになっているのだろうか。

それにしても〝鳴子〟とは何なのだろう? 興味がそそられた。



「作左衛門。 数を集められるか? どうじゃ?」

「へい… 板と篠竹と紐があれば。百姓ならばみんな作れるとです。 半刻も掛からんと。 庄屋の又右衛門に申し付ければ、百や二百は直ぐに集まるかと…。 」



赤鬼は勢い良く立ち上がると、作左衛門の肩を掴んだ。



「でかした! それじゃわ!」

「お頭、ちょっと… お待ち下せえ。大殿様が畑で使っていた物がごぜえますに。」



ちょっと待てとは私のセリフだ。

このままでは私の言葉が切っ掛けで赤鬼が動き出してしまう…。

そんな私の感情とは裏腹に作左衛門の人懐っこい顔が一段と笑顔になっている… 嬉しそうに頭を下げると納屋の方へと歩いて行ってしまった。



「作左衛門は何者なんだ? 顔に似合わない体付きをしていた。」

「元は弓組の小頭でな。 儂の配下であった…。 足を怪我してからは中間(ちゅうげん)小頭として奉公しておる。 強弓の腕は未だに衰えてはおりませぬぞ。」



弓組小頭… 幾つもの修羅場を潜ったのだろう。

筋肉質な体型に気配を消す所作など、作左衛門から感じた〝違和感〟が赤鬼の言葉で全て消え去っていった。



作左衛門が板の様な物を結び付けた縄をどっさりと抱えて戻ってきた。

板には親指ほどの太さがある竹が5本ほど括り付けられている。



「お頭、ここを持ってくだせえませ。」



そう言うと縄を伸ばしながら数歩下がった。



作左衛門が上下左右に縄を揺する…〝カラカラカラ〟と楽器の様な乾いた音が鳴った… 数が集まれば、相当大きな音が出るだろう。


作左衛門の話によれば〝鳴子〟は田畑に獣が侵入した時に大きな音で驚かしたり周囲に知らせたりする為の仕掛けだという。

アナログだが街灯や照明が無い環境であれば、時代や人種に関係なく引っ掛かる古典的な仕掛でもある… 効果は高いと思われた。



それにしても〝鳴子(なるこ)〟とはナイスなネーミングである。



・・・私はクレイモア地雷のトラップを思い出していた。 ハードケースにはトラップを作るための〝テグス〟を巻いたロールが何個かある。 テグスを使えば夜間は勿論、昼間でも目立たないトラップを作る事が出来る筈だ・・・



「これは使えるぞ。」



… また不用意な事を発してしまっている。



「そうで御座るな… よし! 善は急げじゃ。」

「あのな…」



私の顔を見た赤鬼は、自信満々と言わんばかりの表情で大きく頷いている。

赤鬼は作左衛門の肩を〝パン〟と力強く叩いた。

そのまま振り返り、吊り橋のある方へと走って行ってしまった。



作左衛門も呆気に取られている… 目が合うとお互いに笑ってしまっていた。



「赤鬼は… せっかち、なんだな。」

「へぇ。思い立ったら即動くのがお頭でごぜえます…。」



思い立って直ぐ行動されては困るのだ。



「赤鬼は… そう… 沈着冷静… 勇猛果敢だと… 聞いたが?」

「ええ、それはもう…〝伊勢の赤鬼〟〝長刀の孫六〟…戦では鬼神の如き。 板東武者で知らぬ者無しでごぜえます。」



作左衛門は赤鬼の背中を目を細めて追っている。

違う… 作左衛門よ違うんだ… そうじゃない。

赤鬼を止めてくれ…。



「風間殿~っ、何をなされておる! 又右衛門の所に参りまするぞぉ!」



本丸に赤鬼の太い大きな声が響いた。

殿を護りたい… 赤鬼と作左衛門はそれを実現する為に素直に行動している。

羨ましい気もする…。



・・・違う、羨ましがっていてはダメなのだ。



私の中の〝本当の自分〟と〝もう一人の自分〟が鬩ぎ合いまくっている。

この場合は〝羨ましい〟と言っていいシチュエーションではないのだ。

揉め事は極力回避して、元の時代に戻る事を優先しなければならないのである。



「風間殿~っ! 早う参られよ!」



自分が言い出した事で赤鬼が動き出してしまっている事への葛藤と不安で、私の心は掻き毟られていた。






~つづく~


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