第一章第五節
そろそろ書きだめが無くなってきたので、登場人物紹介とかを書いてお茶を濁します。多分更新はいったん止まります。ヒロインはまだ出てきません。が、煙草の匂いがするヒロインになりそうです。
オイノモリは、喋り疲れた喉を紙パックの緑茶で潤していると
「…珍しいことだ。あなたのところも志望者は少なかったのか?」と後ろから声をかけられた。
聞き覚えのある、しかしいつ聞いても慣れない奇妙な低さの声だ。
後ろに立っていた男の顔は細長く、つやのある黒髪には白いものも混じり、深い皺が刻まれた浅黒い顔には鋭い目が二つ、眉の近くについている。昇華課の幹部ジンバだ。
面識のないもう一人は背の高い女で、長いまつ毛と細く通った鼻筋、絹のような白い肌を持った、禁止される以前の言葉でいうところの〝美人〟であった。
「ジンバさん。そちらの方は?」
間違っても昇華課の前で容姿を形容するような非進歩的な言動はしない。
「こちらはあなたの同期で、調査課からウチに派遣されているウシロヤチさんだ。今は『昇華』を担当しているが、将来的には『団体』幹部になる見込みも十分ある進歩的な会員だよ」
ウシロヤチと呼ばれた女が軽く頭を下げ会釈する。目を瞑るとまつ毛の長さがよく分かる。
「昇華課に派遣されている調査課のウシロヤチです。オイノモリさんとはあまり交流はありませんでしたが、以後よろしくお願いします。」
ウシロヤチの声は、非進歩的に言えば「女性らしい」低く細い声だった。
ソーシャル・ウォッチの連絡先の交換を提案されたので平静を保ちながら手身近に済ませると、オイノモリはジンバに視線を向けた。
「…昇華課は今年も不作ですか。中々志望者は増えませんね」
ウシロヤチを意識せず答えた。
「志望者が少なくとも、人員は平等に配属されるのだから人数としては構わないがね。ただやはり志望して配属される者は仕事への熱意が違う。昇華課はやる気無くして務まらぬ課だ。年々会員の『昇華』人数が増えている現状ではやはり志望者は欲しい。」
「そこまで『昇華』者が増えていましたか。参政課のナカムラさんとも話しましたが、どうも非進歩的な会員は年々増えているようですね。未だ軍の男女比率は平等でないとか」
「軍は『団体』内組織ではないのだから許容は可能だが、この前なんぞは生理痛軽減薬の投与にソーシャル・ウォッチの点滴を使うことを拒否して早退し、男女労働時間平等勤務の妨害をした女が送られてきたのだぞ。『団体』の一員のくせにソーシャル・ウォッチも使わないような奴はなるべく早く昇華してやらんと、肥料のリン資源ぐらいでしか身体を社会の進歩のために使えんよ。」
「後ろめたいことが何も無ければ、ソーシャル・ウォッチの使用を控える必要はないはずですがね。今時錠剤の軽減薬なんて飲み忘れのリスクが増えるだけだし、何か非進歩的な行いをしていたに違いありませんね。」
「『団体』全体に目を向けてみても、退廃出版物所持などが日に日に増えとる。焼却炉も限られとるというに、ウシロヤチさんが居なければ回らんところだよ。これは本当に『団体』内に政治家連中のスパイが紛れ込んどるのかもしれんぞ。あなたも気をつけることだ。」
近頃増加を続ける非進歩的会員の増加や、デモ中のテロまがいの妨害の裏には政治家からのスパイが紛れ込んでいるとか、洗脳させられた会員がいるという噂は度々聞く話だった。
といっても対策は昇華課や調査課、教育課の仕事だ。デモ課はデモ課で自分の職務を全うしなければならない。
オイノモリの考えを読んだかのように、
「『進歩的社会はそれぞれの職務に対する犠牲的奉仕からなる』。お互いに自分の職務を全うしましょう」とウシロヤチの薄桃色の唇が呟いた。
小さい頃に『団体』教育機関で暗記を義務付けられた会員としての心構えの一つだ。
「自分も同じことを思い起こしました。まず我々自身が進歩的であるよう努力しましょう。」
と言うと同時に他ならぬ自分自身が非進歩的会員にならぬよう、予定より早いがプロラクチノイドの注入を行い、余計な感情を押し殺した。オイノモリの目は数時間ぶりに死んだ魚の目に変わった。
何度か自分の書いた文章の中には「人の遺体をリン資源として農業肥料にする」っていう描写が出るんですが、この元ネタはオルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」です。何度も小ネタをこの小説から引っ張ってるんですが、そのぐらい好きなんです、本当に。皆に読んでほしい。ジンバさんは、ザミャーチンの『われら』で言うところのS-4711とか、『1984年』でいうところのオブライエンみたいな、そういう感じの人にするつもりでしたが、多分ウシロヤチさんがいるので、そんな活躍しないと思います…。ちなみにナカムラさんはまた出てきます。