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陽の当たる場所  作者: 十司新奈
番外
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番外

一人称で書きたくなったので書きました。

大して本筋に絡む話じゃないんですが、何となく書きたくなって。

 太陽は毎日昇る。偶に雲が出ている日は見えなくなってしまうけれど、確かに昇っている。


 今日は確か曇りだったはず、と部屋に差した光で目覚めたアタシは、窓から外を見て昨日の晩にチェックした天気予報がやはり正しかったことを知った。

たまたま雲間から日が差しただけで、空は一面の雲、雲、雲。

中途半端な時間に目が覚めてしまったアタシは、枕元の今や骨董品となった電話、というらしい通信機のボタンを押した。

「はい、フロントです。タツちゃんどうかした?」

アタシしか宿泊客の居ないホテルのコールにわざわざフロントです、なんて言うくせ「お客様」じゃなくって「タツちゃん」呼びなのね…。

「タツちゃん?何で笑ってるの?」

「んや、何でもない。目ぇ覚めちゃったから朝食早くできる?ミートソースがいいんだけど」

「じゃあいつも通りに作って持っていくわ」

「あんがと」


歯磨きとシャワーを終えた後、部屋の前で電子音声が鳴った。

給仕ロボットが朝食を運んできたのだろう。部屋のロックを外したアタシは、彼のお盆と一体化した体から料理を受け取ると、ご苦労さま、と脇のボタンを押してフロントへ帰らせた。


 一口サイズに切られた彩豊かなサラダ、コショウなんか入ってない柔らかい味のスープ、大量に粉チーズをかけられたミートソーススパゲティ。いつものセットだ。

アタシはフォークの脇に添えられた粉チーズを更に万遍なく追加した。

ミートソースは粉チーズをいくらかけても美味いのだ。気を遣って沢山かけてくれているけど、アタシからしたらまだまだ少ない。


 食事の合間に、机のペーパーPCを広げて今日の注文を確認する。合計件数一件、その他は無し。内容は葉巻の補充。場所は歓楽街にあるバー。

…当日の朝まで気づかなかったが、どうやら今日の仕事はこの一件だけらしい。珍しいことだ。


 普遍的正しさ、偏見の無さ、あらゆる配慮が信仰される現代。

この時代に突入してからの煙草の、というよりも全ての「非進歩的な」嗜好品の供給は、需要を大幅に下回った。

 国家のタバコ製造はデモによって禁止され、どこを探しても煙草なんて売ってない。

アルコールの製造も各社自粛。ご丁寧に減った分の税収は政治家の給料で賄うようにデモ隊が要求したらしい。


 でも、ニコチンやアルコールを求める人が消えたわけじゃない。禁酒法時代じゃないけれど、非正規の販売ルートが広がっていった。失われた銘柄の味を闇ルートのブレンダーはよく覚えていて、全く遜色ない味の品物が出回っている。

アタシもそんなものを売って日銭を稼いでいる一人。なんなら仕入れ値で嗜める買い手の一人でもあるわけだけど、いつ作れなくなるか分からない商品だし、基本的に買い手の数も一度に買う量も多い。

 皆まだ自分のストックを吸いきってないのかな。数か月に一回はこんな風に仕事が少ない日がある。それとももう皆捕まったのか…。

 アタシは深く考えるのを辞めて、今日の予定を組み立て始めた。午後には本屋に寄る時間もあるかもしれない。あの白髪を不自然に真黒に染めた店主の店に久しぶりに寄ってみようか。

 今はどんどん少なくありつつある「改訂」前の物理書籍を、あの店の店主は地下に隠している。画像データでの取引もいいけれど、紙で欲しくなるような作品はまだあの地下に残っているだろうか。


 アタシは今日を生きる楽しみを見つけたところで、ペーパーPCを折りたたむと、机の前の姿見で服装の乱れをチェックする。例え中身が同じ人間でも、身だしなみが整った方が信頼されるのはこの世の常。これはグレーなアタシたちの稼業でも変わらない。

若い反感は明日のメシの前にはひとえに風の前の塵に同じ。明日もメシを食えるならフォーマルな服装なんていくらでも着てやる。

 アタシはネクタイの結び目を上げて、自分の泊まる358号室を出た。今は珍しいモンテクリストをポータブル・ヒュミドールの中に抱えながら。



何かこの前も言った気がしますが、伊藤計劃の『ハーモニー』はマジで傑作だなと思います。僕が書きたいことはもうすでに書かれてたんだなと思う描写も多くて。最終的には「意識」の話になっていくのでそこらへんは違えど、『ハーモニー』の世界観は僕が書きたいものにすごく近いんですよね。

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