第四章第五節
今まであんまり書いてないですが、オイノモリ以外のデモ課の人間も出すかもしれないです。
オイノモリは、その日の業務を終え、傷一つないクリーム色の明るい建物を背に、暗い夜道を見ていた。定時付近という事も手伝って、辺りにはたくさんの会員が歩いていた。その中で、ひときわ目立つ女性を見つけ、駆け寄った。黒髪を軽く束ねたその女にオイノモリは追いついた。
「お疲れ様です、ウシロヤチさん」
振り返ったウシロヤチは、軽くウェーブのかかった髪を揺らして微笑んだ。
「お疲れ様です。良かったですね、オイノモリさん。クグリザカさんが復帰出来て」
「ええ、その節はお世話になりました」
「お役に立てて光栄です。昇華後はクグリザカさんも一層進歩的活動にはげめるようになるでしょうね」
「ええ、実はそのことで少し聞きたいことが」
プロラクチノイドを打っておいたオイノモリは、淡々とクグリザカの変化について伝えた。
歩いているうちに、『団体』の明るい光から遠ざかり、人力発電のわずかな光がさす夜道へと取り込まれた二人は、お互いの表情も良く分からなくなっていった。
「…それで、昇華後に渡されるあの液体は何なんだろうと思ったんですよ。クグリザカの変わった理由はそこにあるんじゃないかと思って」
ウシロヤチはそこで少し黙りこくった。表情は暗がりの中で見えない。
「…『理由を気にしている時間の長さだけ、社会は停滞する』…。どうあれ進歩的で『団体』の人間として問題ないのであれば理由などどうでもよいのでは?」
懇親会で初めて会った時よりも冷たい声だ。先程打ったプロラクチノイドで冷静になっていなければ、オイノモリの言動には動揺が混じってしまっただろう。
「おっしゃる通りです。でも僕はクグリザカが心配なんですよ、その気持ちは分かってくれませんか?」
苦笑を交えてオイノモリは返事をした。クグリザカが心配なのは本心だ。それ以上に『団体』が彼にしたことや、『団体』の違和感が気になっているのを隠しているだけである。
「後輩思いなんですね、オイノモリさんは」
どうやらウシロヤチは分ってくれたらしく、声に笑いが混じっていた。騙した訳ではないが、少しいたたまれない。まだ少し心拍が上がっているのを感じながら、平静を装ったオイノモリは「あの薬や、『昇華』について何か知りませんか?」と改めて聞き直した。ウシロヤチは普段通りの口調に戻り、答えた。
「私が『昇華』について知っているのは、導線でつながったヘルメットを頭にかぶると昇華が出来るってことぐらいなんです。理屈は良く分からなくて…。科学管理課に聞いた方が良いと思いますよ。お役に立てなくて悪いですが」
「いえ、そんな。ありがとうございます」
とは言っても科学管理課に真っ向から行けば今のウシロヤチのように不審がられるかも知れない。まず顔見知りの多いデモ課の中から情報を集めることにした。
僕らって普段スマホの機能の原理とかをあまり知らないまま、使い方だけを知って使ってるんですよね。つまりは、何がスマホの中に入ってても分からないわけです。盗聴器とか。そういうのってちょっと怖いな、と思います。だからって最早専門家の分野になってしまったものの原理を一から学ぶのは厳しいですし…。専門家の人と仲良くしておくしかないですね。それでお互いに自分の知識で相手を助ける、みたいな。助け合いたいですね。




