第一章第一節
今の時代に生きてると、ジョージ・オーウェルが描いた『1984年』の世界観ってさほど怖くないな、と思います。2022年現在では、「政府による監視」よりも現実的な恐怖感があるのが「国民間の監視」だからじゃないかな?と思ってます。著名人に限らずにあらゆる配信、会見、写真、ツイートなどに少しでも非進歩的な要素があれば即批判する風潮の方が政府の監視より僕は窮屈に感じます。彼らが本格的に世界を支配し始めたらどうなるだろう?という一種の予想です。
色んなディストピアもののオマージュや小ネタが混じる予定です。見つけてみてください。
灰色のずんぐりとしたその建物は二階建てで、高さこそないものの幅を利かせて面積が大きく、その中には100人以上を収容できるホールが存在していた。
ホール内に互い違いにセットされた椅子にはスーツの男女が大勢座っており、皆ホール前方に設置された演説台とスクリーンを見つめていた。演説台ではマイクにスイッチを入れ、冷静な口調ながら声に圧のこもった、50過ぎと思われる黒いスーツの女が話していた。暗い室内で浮かんでいるように見えるのは、眉間にしわの刻まれた白い顔と大きく動かされる手だけだった。
「…ご覧になっていただいた通り、この数十年の間、社会の性犯罪に対する態度は変わっていない!弱い男性や女性、子供たちは心に深い傷を負い、苦しんで生きていかなければいけない現状はいつまで続くのかも分からない。この現状を今こそ変えようではありませんか!」
女の演説が終わると小さな拍手が上がり、司会が性被害にあった人々の支援団体からの来賓であるというこの女に形式上の礼を述べると、『国民団体』の性犯罪対策進歩委員の紹介を行い、マイクのスイッチ切り替えを行い、委員の男の胸のマイクが音を拾うように設定した。
「今彼女が挙げられた社会の性犯罪に対する非進歩的な態度は実際早急に解決されるべき問題です!卵子変性剤で妊娠の可能性をゼロに出来ても、犯罪などという非進歩的な行いは消えないのですからね!そこで、皆さんが常に身に着けているソーシャル・ウォッチの点滴可能薬剤に、今回新しく開発されたプロラクチノイドという薬剤を追加するというのが今回の『国民団体』の会議で決定したことです。時間を設定していただけばソーシャル・ウォッチから定期的にプロラクチノイドが注入されます。男性会員の皆さんには今後、ソーシャル・ウォッチの点滴機能を使ってプロラクチノイドの注射を行ってもらうことになります。」
いやに光る瞳を目いっぱい見開いた正装の男が、ホールに設けられたスクリーンの前で、はきはきと大きく模範的な声で説明を行う。
「射精後憂鬱の原因物質である〝プロラクチン〟を模して作られたこのプロラクチノイドを注射することで男性の性欲減退を図ることが出来るようになったのです。これで今まで問題になっていた性犯罪の「可能性」すらも、我々の製薬部門の進歩的な働きで消滅するのです!我々の社会はさらに進歩したと言えるでしょう!」
男が話し終えると、会員による大きな拍手が巻き起こる。そこで委員の男は性犯罪被害者支援団体の女をステージ中央に呼び、握手を行った。さらに大きく拍手が送られるが、女の演説中に浮いていた眉間のしわはまだ残っていたままだった。
最前列のまだ若い少年は、『団体』の社会への貢献に、浮かない顔のままの来賓への当てつけも含めてひと際盛大な拍手を送ると、その後に開かれる新会員歓迎の懇親会に出席することを正式に受け付けの会員に伝え、早速プロラクチノイドを受け取ってソーシャル・ウォッチから注入した。ブーー…ンという音と共に性的な無気力感と進歩的文化人としての優越感が身体中に巡り、気分のアップとダウンが同時にやってきた。懇親会で『団体』の目指す社会の進歩と旧社会の価値観排除を伝えるのはとても重要な役目だ。今まで何度も参加している分、今日は表現規制推進デモに参加するのは断念し、今後のデモの参加人数を増やす方向で『団体』の進歩に貢献しようと思った。言論の正しさはデモ参加人数の多さで決定づけられるのだから。
色んな要素が混じって混沌としています。これからもさらに混じります。その上、ヒロインは当分出てきません。プロットが雑だからです。クライマックスも決まってません。プロラクチンをネットで見つけて「これめっちゃディストピアものに使えそー!書こ!」から膨らませたからです。なので後からいろいろ変わるかもです。