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「アンガーコントロール?」
大学の学部友達である智子から言われたのは聞き慣れない言葉だった。
「そう。多分それだよ、旦那さんがやってるの」
言いながら智子はずずっとアイスコーヒーをストローで啜った。女二人だけと言え、カフェで豪快に音を鳴らす智子に全くと呆れながらも、こういう周りを気にしない性格が心地良くもある。
「何よその、アンガーコントロールって」
「読んで字の如くよ」
「えーっと……アンガーって何?」
「あんたよくそれで大学受かったよね」
相変わらず容赦ないが不快には思わない。むしろずばっと言いたい事を言ってくれるあたりは自分の事なのにスカッとする。
「怒りよ。怒りの感情をコントロールする手法の一つ。結構有名だよ」
「へーそうなんだ」
「カッとなってその場の感情で取った行動のせいで取り返しがつかなくなったり台無しになったりする事あるでしょ? そういう事をしないように、冷静に判断が出来るようにってので怒りを鎮める方法なのよ。怒りを感じたらまず6秒自分の中で数えて怒りを抑え、その後に落ち着いて自分が取るべき行動を選択する。まあそんな感じね」
やはり智子に聞いて正解だった。
最近の充の様子を見て疑問に感じる事が増えた。自分では分からず会社の同僚に聞いてみようかと思ったが、あまり家庭の事を仕事場に持ち込みたくない。そう思った時一番いい答えをくれそうだと思ったのが智子だった。
「なるほどねーでもよく分かるね」
「ため息みたいな呼吸ってのも一つの方法だからね。何かを抑えているんだろうと思っただけ」
「すごいねー智子は」
「あんたが物を知らなすぎるだけだよ」
ずずずっとまた彼女が音を鳴らした。
充の謎が一つ解けた。しかしそうすると出てくる答えは必然的に自分にとっては良くないものが残る。
怒り。充は自分の中に込み上げた怒りを抑え込む為にアンガーコントロールを行っている。そのタイミングはいつも、私に何かを言われた後だ。私が何かを注意した後に彼はアンガーコントロールを行っている。
ーーやっぱりあるんじゃない、不満。
ぐっと自分の中に怒りが込み上げてきた。
どうして? どうして私が充に怒られないといけないの? 私は当たり前の正しい事を言ってるだけじゃない。
やっておいて欲しい事を充が忘れるから、充が抜けているから、私はそれを指摘しているだけだ。理不尽な事なんて何も言ってない。それなのに、正しい指摘をされて彼は怒っている?
「……何よそれ」
「はい、コントロールコントロール」
「あ」
智子に言われてはっとする。なるほど、こういう場面で使うのか。私は試しに自分の中で6秒を数えてみる。
(1…2…3…4…5…6)
「ふぅ……」
「どう?」
「……こんなんじゃ無理」
「あははは! あんたには向いてないわね。言わなきゃ気が済まないタイプなんだから」
「ちょっとそんな大声で笑わないでよ」
しかし智子の豪快な笑い声のおかげで私の中の怒りはすうっと引っ込んでくれた。たった6秒で怒りを抑えるなんて無理だ。ちゃんと言葉にして言いたい事は言う。言わなきゃ分からない事だっていっぱいある。本当は彼の心の中は私への不満や鬱憤が溜まりに溜まっているのかもしれない。
納得がいかない。
やる事をやっているのにどうしてそんな不満を持たれなければいけないのか。悪いのは充じゃないか。何を我慢する事があるのだ。何をコントロールする必要があるのか。
”ふぅ”
ため息のようなあの息遣いが脳裏を過る。治まりかけた怒りがまた沸々と湧き上がってくる。
「あんたにはもっとちゃんと喧嘩出来る相手の方がお似合いなんじゃないの?」
充とまともに喧嘩なんてした事があっただろうか。
いや、ない。彼はいつも「悪かった」と謝るだけで何かを言い返したり不満を言ったりする事はまるでなかった。
「いい機会じゃない」
「え?」
「思いっきりぶつけてやりなよ。6秒の間も与えないほど追い込んだら、さすがの旦那もぶち切れて言いたい事言ってくれるわよ」
怒り狂う充の姿を想像しようとするも、うまく想像出来ない。ひょっとしたら、それでも彼は怒らないんじゃないだろうかとすら思う。でも、
「そうね。やってみる価値はあるかも」
「そうだよ。我慢は身体に毒だからね」
「智子が旦那だったら良かったのに」
「嫌よ、あんたみたいなガサツな女」
そう言って二人して笑いあった。こんなコミュニケーションは彼とはない。これぐらい出来れば清々しいのに。
私の中にある彼への怒りを大事に底に溜めながら、智子と別れた。




