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「悪かった」
「もう、ちゃんとしてね」
飲み終えたコーヒーカップを入れてから、充の押し忘れた食洗器のボタンを押す。
結婚して二年。夫婦になったんだという実感はあまりなく、付き合ってまもなく始めた同棲生活の延長のように、その頃と同じマンションの一室で同じように二人で時間を過ごす毎日の中、慣れた生活の中で夫の充に対して大きな不満はないが、逆に満足もなかった。
会社内でも真面目という言葉が似合う誠実な男性だった。顔立ちも悪くないが、あまり女性慣れしてないようで初めは目も合わせてくれなかった。
昔から人の目を見て話すのが苦手だそうで、会社の飲み会の時にその理由を聞くと「あまり自分の顔が好きじゃないから見せているのが申し訳なくなる」と言った。
ーー生き辛そうだなぁ。
私だって決して見た目が良い方ではないと思うが、それでもそんな事を思ったことなど一度もなかった。見られるのが恥ずかしいならまだしも、見せているのが申し訳ないだなんて、悪い事をしているわけでもないのに不思議な人だなと思った。
それでいて喋りかければ普通に話してくれるので、コミュニケーションが下手というわけでもなかった。何だったら私の知らない事を色々知っていたりして感心する場面も多かった。
特に恋愛感情があったわけではなかった。中小企業という小さい会社の中で、事務型の私と社内SEという全く異なる部署ながら近い空間にいた事もあってか、自然と喋りかける場面も増え、気付けばご飯に行くようになり、何とも言えない居心地の良さから付き合っても変わらない距離感でいれるような気がして、私の方から告白した。
「君から言わせてしまって申し訳ない」
そんなふうに関係が始まり二年の付き合いの後、互いに28歳の年齢になった所で結婚に至った。この時も私から「そろそろ結婚する?」という言葉で結婚が決まった。
「ごめんまた言わせちゃった」
待っていても良かったが、待ったら待ったでいつになっていたかも分からない。
「いいよ全然。私達はこういう感じでいいんだよ」
私が充を引っ張るような形ではあるが、それでいいと思う。焦れったく感じる事ももちろんあるが、それが大きなストレスというわけでもなかった。やっぱり私が引っ張らなきゃ、そう思っている私も、そう思わせてくれる充の事もどうにも嫌いになれないしむしろ好きな私がいる。
幸せかと聞かれた時、互いに大好きという関係性ではないしめちゃくちゃ幸せだなんて言葉は出てこないけど、それでも波立つことのない平穏な時間がある今は、私にとっては間違いなく幸せだと思えた。