6.転生悪役令嬢は王様の元へ引っ立てられる。
「あっ、あの、えっと……」
私は自分が口を滑らせてしまった事を感じて口ごもった。
けれどセシルさまそのくらいで追及をやめるつもりは無いようだった。
セシルさまはアイシャさんの方を見て彼女の意識がこちらに無い事を確認すると、声を潜めて切実そうに言う。
「レイラ、おねがい。アイシャのことで何か知ってるなら教えて。彼女は私にとって母のような人なんだ。最近様子がおかしいのは気が付いていた。ぼく……私は、彼女に以前のアイシャに戻ってほしい」
「セシルさま……」
私は暗く目を伏せたセシルさまの声が、語尾に行くに連れ震えているのに気づいてしまった。
ああ、私は余計な事を言ってしまったと思いながら、なんとか励ますように言葉を選んだ。
「アイシャさん、なやんでる? みたいだね」
「そうなのかな……」
「たぶんかぞくのことだよ。あのね、かぞくがおうちにいないのかも」
「エラが?」
「おなまえはしらない……」
私が口を滑らせてしまった事。
それは『転レベ』で読んだセシルさまの過去についてだ。
書かれていたのはほんの一文で、はっきりした事なんて何も分からない。
それに私が別の世界や『転レベ』の事を知っているのは教えちゃ駄目って母さまにも言われているから、ただの思いつきのような振りをして言ってみた。
セシルさまは真剣な顔をして考え込んでしまう。
私は生まれて初めて背中が冷や汗でびっちゃりになるのを感じた。
セシルさまの言ったエラさんは本当に知らない。
セシルさまのトラウマとなる裏切り者がアイシャさんなのかも分からない。
私が知っているのは、セシルさまが親しい女性の使用人に裏切られてトラウマを植え付けられてしまうという未来。
女性の使用人が家族を人質に取られていたという動機以外、それがいつで、誰で、どうやって裏切るのかも私は知らないんだ。
「ぜんぜん、わかんにゃいじゃない……」
私は気落ちして小さく小さく呟いた。
悔しい。
前世の記憶と言ったって、私が知っているのは所詮『転レベ』の主人公が語った『flowering』の内容だけだ。
断片的で限定的。
それを上手く役立てることも、かと言って困っているセシルさまを前に黙っている事も出来なかった。
余計な事を言ってセシルさまを不安がらせてしまったと、私は謝罪のために口を開いた。
けれどその瞬間、手を取られる。
「行こう、レイラ」
「え?」
慌てて私の手を取ったセシルさまを見るけれど、彼はその目に強い光を宿して前を真っ直ぐ見ていた。
その先は私たちがやって来た客間に続く小道を見据えている。
「戻る」
短く周囲に伝えたセシルさまは来た時とは違って力強く私の手を引き、真っ直ぐ前を見たままズンズン歩き始めた。
「わっ、えっ、セシルさま?」
私もしかして怒られる?
余計な事言ったから?
前世の記憶を家族以外に話しちゃったから?
私は怖くなって慌てるけれど、セシルさまは私が転ばない精一杯のペースで進んでいく。
すぐ客間にたどり着いた私たちに、警備の人はともかく茶器を片付けていたアイシャさんやメイドさん達は追いついていない。
セシルさまはさらにその場で待機していた使用人さんに声を掛けると、案内をしてもらって父さまと母さまの向かった先へ行く事になった。
「王さまのとこ、行くの?」
「うん。もしかしたら、一刻をあらそうかも知れない」
私が余計な事言ったから、王さまに言い付ける?
私は内心泣きそうだ。
けれど王さまと父さま達はすぐ傍の客間でお話をしていたようで、目的地にすぐ着いてしまった。
「しつれいします」
「し、しちゅれいしまちゅ」
使用人さんが取り次いでくれたようで入室する。
涙目の私は挨拶すらぐだぐだだった。
「どうしたセシル。可愛い婚約者殿を自慢に来たのか?」
部屋の正面奥、短めの金髪をかき上げた精悍な顔つきの男の人が、よく通る声でそう言った。
セシルさまのお父さま、この国の王さまだ。
王さまはセシルさまに呼びかけた最中に私に気付いたようで、視線をこちらに向けると「初めまして、クラプトンの御嬢さん」と爽やかに続けた。
「はじめまちて。クラプトンこうしゃくがむしゅめ、レイラ・クリプトン、三しゃいでしゅ」
いつも以上に噛み噛みだけど、慌ててお家で何度も練習した通りのご挨拶をしてお辞儀をする。
王さまの「お利口さんだ、可愛いな」という声がした。
「父上、アイシャの事で少しよろしいですか」
「客人の前だ」
「レイラから聞いたことなのです」
「ふむ」
セシルさま、やめて。
母さまとお約束したばかりなのに、私が家族以外に記憶の事を言っちゃったことが母さまにばれちゃう。
私はひえぇとまた内心慄いたけど、セシルさまの強い希望に王さまは父さま達にも了解を取って話を聞き始めてしまった。
父さまと母さまも黙って聞く中、セシルさまはアイシャさんの事について自身の見解を交えながら一つの可能性を王さまに話すのだった