epis08 : Platinum (no) disco
「え? へ? えぇ?? お兄ちゃんが魔法使いであなたのご主人様??」
「はい」
「この……幽河鉄道だっけ?……を創ったのもお兄ちゃん」
「千速長生様ではなく、その来世の、ナガオナオ様が、ですが」
「そのお兄ちゃんが、あたしを助けようとしてる……の?」
「はい、ナガオナオ様は、幽河鉄道を生み出した後、御自身の因果を辿り、紐解き、己の前世がどういったモノであったか、知ることになりました」
「ぇ」
「お兄ちゃんがあたしを……」
「ナガオナオ様が、です。千速継笑様。魂は連続していますが、千速長生様と、ナガオナオ様は別人です。生まれた時には前世の記憶を失っていたとも伺っております」
「でも、だって……」
なんだろう、お兄ちゃんの話を始めてから……いや、彼女のご主人様であるという魔法使い?……ナガオナオの話を始めてから、白金の美少女の雰囲気が変わった。
そこに、譲れない何かがあると言わんばかりに、一線を引いてくる。
寂しい、と感じた。
だから気付く。
私は、彼女と話していて、少しだけ思っていたんだ。
こんな友達がいたら、いいのにな……と。
……あれ?
私は、こんな輝けるような美少女に、友達になってほしいだなんて、そんな大それたことを思える人間だったっけ?
いやそれはでも、同じくあのどうしようもない父親の血を引く、お兄ちゃんもなんじゃ……。
「え、じゃあお兄ちゃん、こんな年端もいかない女の子を、手籠めに?……」
「ナガオナオ様は、私に優しくしてくれましたよ?」
「……は」
「この身体は仮のモノです。少女の姿はそのような“形を採っている”だけに過ぎません。老いぬ身体を手に入れたナガオナオ様とは違い、お仕えしていた時分の私は、生身でした。ナガオナオ様の魔法で、普通よりは随分と長生きさせていただきましたが、それでもお仕えしてより数十年で、私は御主人様のお役には立てない身体となってしまいました。それでも、老いさばらえた私を、ナガオナオ様は見捨てることなくお傍に置いてくださいました。死してなお、御主人様のお役に立ちたいと願った私へ、こうしてお役目を与えてくださったことにも、感謝しているのです」
「ちょっと待って、じゃああなたは」
「未来からやってきた使者であり死者……ということになります。私は一度、寿命を迎え死んでいるのです、千速継笑様」
絶句する。
お兄ちゃんが未来……来世でこんな……時を渡る機関車を創ってしまうというのにも……何を言えるモノではないが……目の前の美少女がお兄ちゃんを愛した、人生の全てをお兄ちゃんに捧げた先達だったなんて……妹であったはずの私はそれに、何を言えばいいというのだろうか?
何も言えない。
お兄ちゃんを愛してくれてありがとうとも、言えない。
死んでなお尽くすなんておかしい、とも言えない。
そこまで愛する人のために尽くせるって、どうして? とも聞けない。
彼女は私のずっと先にいる。
それはもはや私の理外にある領域だ。それこそ次元が違う。
私の立っている場所が学校の、体育館のステージであるとするなら、彼女のいる場所は大劇場の、プラチナステージのようだ。
完全に役者が違う。
存在が超常的であるとかないとか、そういう次元の話じゃない。
格が違うのだ。彼女が格上で、私が格下という形で。
それはもう、比べるのも烏滸がましい、絶対的な格差だった。
「……未来は、時間旅行が普通になったりするの?」
胸がきりりと痛む。
「いいえ。幽河鉄道は時を移動する魔道機関車。ですが、御乗車にはある制約が御座います」
「……それは、私が死者だってことと、関係がある?」
どうしようもない激情がそこにあるから痛い。
トゲだらけの心が自家中毒を起こしている。
胃が、肉体のそれとしてあるのかもわからない身体で、吐きそうな気分だった。
「はい。幽河鉄道には、生身の肉体をもって御乗車することができません」
ゆえに、少女もまた使者であり死者。
『ここは……そうですね、簡単に言えば隠世、死後の世界です』
それは言葉通りの意味であったと知った。
「ここにはお兄ちゃんがいない……きていない……なら、お兄ちゃんは?」
お兄ちゃんが使者であり死者である彼女だけを寄越し、自分自身はここへきていないということに、イバラでも飲み込んでしまったかのような気持ち悪さを感じる。
私を救いたいというなら、お兄ちゃんがここへ来るべきなのだ。寿命を迎え、大往生した人生の伴侶を、愛してくれた人を、百年をも超える苦行に赴かせるなんて……お兄ちゃんらしくない。
「ナガオナオ様の御身体は、既に肉体ではありません。老いぬ身体、というのはそのままの意味です。そしてそのまま、死という概念のない存在となり……そうですね、地球の……日本の宗教観に照らし合わせ表現するのならば神……そう呼ばれる存在ということになるでしょう」
「か」
み……。
「勿論、単に人間以上の存在であるという意味での“神”ですが。ナガオナオ様は、救済者ではありませんし、教導者でもありません。GodではなくKami、あるいはSinです」
「……なら」
なによそれ。お兄ちゃん。
「どうしてあなたは、私を救おうとしてくれるわけ?」
「ナガオナオ様がそれを望まれたからです」
なんだっていうのよ、お兄ちゃん。
「なんなのよソレ!?」
バンとテーブルを叩き、気が付けば席を立ち上がっていた。
「あたしがどうなろうと、だったらもうご立派になられたお兄ちゃんには関係ないじゃない! そのおせっかいは自分を愛してくれた人に向けなさいよ!! 私はお兄ちゃんが嫌い! お母さんが笑わなくなったのはお兄ちゃんのせい! お父さんがあんな風になったのもお兄ちゃんのせい! あたしがこんななのも! 性格最悪なのも! ボッチなのも! 全部お兄ちゃんのせいだ! ちっちゃい頃遊んでくれたことも! いっつも仕方無いなって自分の分からお菓子やおかずを分けてくれたことも! ゲームで遊んでる途中のコントローラーを譲ってくれたのも! あたしを置いて死んじゃったのも!! みんなみんな……嫌いっ!!」
「……千速、継笑、様」
何かが決壊し、心臓から涙腺へ、何かがこみ上げてくる。
だから零さないよう、固く目を閉じた。
「なによ神ってっ」
もちろん、そんなことで止まるそれではなく、目の端が潤んでいく。
視界が暗闇のまま、心が果てしなく沈んでいく。
──caution!!──
「……ええそうね、神様は人間なんか救わない、愛してくれることもない、そんなことを信じられるほど、情報化社会は甘くないわ。こんな残酷な世界に神様がいるなら、それは悪魔か、徹底した傍観者かなんでしょ。なら、だったら……お兄ちゃんも悪魔だっていうの!? 悪魔の傍観者なの!? 私は悪魔のお兄ちゃんを楽しませるためだけにっ! 短命に終わる人生を繰り返すという地獄に堕とされてしまったとでもいうのっ!?」
「千速、継笑様……」
言って、もうむしろ、そうだったらいいのに、とすら思ってしまう。
──caution!!──
どうせこの記憶も、消えるのだ。
転生すれば曖昧なものに、脳を損傷し死ねば跡形もなく。
そうしてピエロは踊り続ける。
どうしようもない石棺に、永遠に閉じ込められたまま。
ならばもうせめて玩具でいい。
玩具でいい。
どうしようもなくみっともなく、醜くて汚いピエロの道化っぷりを観劇していればいい。
──caution!!──
──caution!!──
──caution!!──
玩具ならいずれ飽きられる。その時が終わり。
──エピスデブリ[II] による 精神の汚染 が進行しています──
終わりのない地獄と終わりがある地獄。
──耐えがたき状況 からの解放 は 陵辱者が飽きることだけ──
それならまだ、終わりがある方が……。
──早く 飽きてほしい そうすればきっと 死 という終わりが──
……ぺと。
「……え?」
ふと、頬に温かな何かを感じ、固く閉ざしていた目を、開く……と。
気が付けば。
そうして、激情を迸らせ、ヒステリックに叫び、喚いていた私を。
「んぇっ!? ちょっ!? えっ!?」
そうして流していた涙を、私の頬を……白い少女は。
「ななななななななななななななななななにやっているの!?」
「くん?……」
舐めていた。ピンクの舌先でこう、ペロペロと。
「いいいいいいいいいい゛いいぃぃぃいいったい! 何のつもり!?」
ガタン、バタン、ズサァ……と凄い音がして、私の身体は私の意志を離れて、いつのまにか完全にボックス席を飛び出していた。そのまま後ずさり、白い少女から十メートルほど離れた位置、食堂車のカウンター席、その端のコーナーの向こうで止まる。ここまで完璧に、何も考えずの反射的な脱兎ムーブだった。ガタンのところで脚をテーブルに、バタンのところで肩を座席の背もたれに、結構な勢いでぶつけた気がする。痛くないのが不思議なくらい。痴漢に遭ったって、ここまでの反応は出ないだろう……それはまぁ、反応しなかったせいで酷いことになったみたいだけど。
「あ、ああああなたって人の頬を舐めると、う、嘘をついている味かどうかわかる能力者かなにか!?」
「んぅ……これは……」
これまた宝石のような、そのてらっとしたピンクの舌をしまい、白い少女は私に向かって一礼をする。カテーシーとかでなく、日本風のお辞儀で。角度は三十度くらい。
「これは出過ぎた真似をしてしまいました。千速継笑様が大変に危険な状態にあったので、申し訳ありませんが強制介入をさせていただきました」
「いいい゛いいやいやいや!? どうしてそれをやったかでなくて! なんで……ペロペロってしたのって話なんだけどっ!? 犯行の動機じゃなくて選択した手段の問題よ!! 申し訳なくても申し上げて!?」
動機なんてわかりきってる。
気持ちが嫌な方へ向かっていたのなんて、自分でもわかっている。
確かに! その嫌な感じはもうさ!?
心が、奈落の底で悪臭放つ泥へ浸かっていくような物凄く嫌な感じは……もうさ!?……色んなこと……美少女の再びのドアップだとか、鼻息があたしの唇をくすぐってこそばゆかったな、とか、あの宝石のような舌が私の頬を、頬を、頬をぉぉぉ、のおおおぉぉぉ……とかで綺麗さっぱり消えてるけどもぉぉぉ!!
効果はグンバツだった気がするけどもぉぉぉ!!
助かった気はするけどぉぉぉ!!
あああ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……。
「……ナガオナオ様は、そのような反応はされなかったのですが、なぜでしょう?」
「…………………………………………………………………………………………へ?」
おいコラお兄ぃ!?
「……ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
「……飲食、できるんだ、ここ」
目の前に、空になった丼と湯飲みが置かれている。
丼は千利休さんが好きそうな真っ黒いヤツで、湯飲みはアレだ、鮪鰹鯵鰯鯛鮃鰈鱸鱚鯖鰤鰆って感じの漢字がずらっと並ぶヤツ。寿司屋かここは。
私達は再びボックス席に座ってテーブルを挟み、相対していた。
「千速継笑様の記憶から再現した真似事、ですけどね」
「……あ」
対面の白い少女がふっと右手をかざすと、空になった丼と湯飲みはテーブルの上から掻き消えてしまう。一瞬、満腹感も消えるのかなと思ったがそうではなかった。イクラ丼を完食してのご満悦はきちんと残っている。お口とお腹に。
ここが現実(現世?)ではないことを再確認させられる。
「ですが落ち着かれたようで、なによりです」
「……うん」
まぁ真似事か幻か、なんなのかはわかりませんが、イクラ丼は美味しゅうございましたよ。皮が硬過ぎず、柔らか過ぎず程良い感触で、お口の中で旨みがプチプチはじける極上のイクラでございましたよ。少しだけ載っていた口休めのキュウリ、大葉、三つ葉はどれも素晴らしく瑞々しく、大変相性よろしゅうございました。
最後に緑茶をぶっかけてのいくら茶漬けも最高でした、ええ。
「……ここってホント、不思議な空間だね」
「ナガオナオ様、渾身の技術ですから」
お兄ちゃんを褒めたつもりは無かったのに、白い少女は眩しいような笑顔になって答えた。ホントこの子、お兄ちゃんの話になるといい顔するわ。ぐぬぬ。
「結局、幽河鉄道ってなんなの? お兄ちゃんが創ったんでしょ? それならここにいるのはお兄ちゃんであるべきじゃないの?」
それにしても、我が兄はこんな美少女……だったのはまぁ若い頃だけだったにせよ……に、日常的にペロペロさせるような人だったのだろうか。いや、私も、人に言えない性癖を持つ人間であるがゆえに、人の性癖を笑うことはできないのだけれど……それでも私の中にある「お兄ちゃん像」が、ついさっき結構なダメージを受けたことも確かだ。
「さっきは私も頭がおかしくなってたよ、それは認める。だけど、お兄ちゃんが私を助けようとしてると言われてもさ、やっぱり納得できない部分があるの」
その辺のところ、説明してくれるの? 私はそう続けて、相手の反応を待った。
人間、お腹が満たされると短気も治まるもんだなって思った。
ややあって答えが返ってくる。
「……ナガオナオ様に悪意はありません。悪趣味も、ありません」
少女の言葉に、誤魔化しや虚妄は感じられない。
「ナガオナオ様の望みは、千速継笑様の幸せです。前世の妹だから助けたい、そこに、それ以上の理由が必要ですか?」
言った内容は平凡なモノだったけれど、そこには彼女の真摯な気持ちがあった。
少なくとも、彼女自身は信じているのだ、それを。
「でも……じゃあ……なんで……」
私はまだ、この石棺に捕らえられているのか。
何度も何度も、悲しいことを繰り返しているのか。
どうして「私」は終わらないのか。
終わらせてくれないのか。
「……四回目までは本当に偶然だったのです。申し上げ難いことですが、心も身体もボロボロの状態で亡くなられた千速継笑様の選択にも多少、偏りがあり、それが不慣れな私自身の未熟とも相まって上手くいかなかった……そこまでは本当に偶然、不幸な偶然が重なっただけの結果に過ぎませんでした」
「四回目、までは?」
「その後、逆行転生を繰り返したことで、魂に悲劇癖が付いてしまったのではないかと」
「悲劇……癖?」
そうでなければここまでの「凶運」はあり得ませんから……少女はそう言って瞳を伏せる。
「おっしゃられる通り、千速継笑様の人生は、どうしようもなく“詰んで”いました。千速継笑様はたまたま、悲劇の鳥籠に捕らわれていたのです。ですが、それを壊すため、何度も何度も鳥籠の内側へ自ら赴き、捕らわれ、トライ、リトライを繰り返したことで、エピスデブリが溜まってしまったのです。それが悲劇癖となって現在の状況を生んでいるのではないかと……」
「なによそのエピスデブリって」
エピス、デブリという単語なら単体でそれぞれ、少し前に聞いた気がするけど。
デブリはゴミって意味だっけ? 燃料デブリだと原発事故で取り出しが厄介になる、超有害物質だった気がする。
「文学的に言うなら、未練、後悔、行き場を失くした激情、報われなかった愛情、等々に近い、ネガティブな衝動の源となるモノです。エピスが魂へプラスに作用するモノであるとするなら、エピスデブリはマイナスに作用します。一類、二類、三類に大別され、一類は存在するだけで永遠に魂を傷付けます。二類は存在するだけで永遠に魂を汚染します。三類は、放置すれば一類二類に発展する可能性のあるモノ全てを指しています」
「なんとなくわかるような、わからないようなだけど……それって、思い出すだけで叫びだしたくなるような過去の嫌な記憶、みたいなもの?」
黒歴史みたいな?
夢小説に自分の名前を入れて読んだら三類くらいにはなる?
「その認識で間違いではありません。一類と二類は、ひとつあるだけでも精神が崩壊する恐れのある危険なものです。実際、魂がまだ柔らかい内に一類を得てしまうと、ひとつの肉体の中で魂が完全に四散、分裂、分離、解離してしまうこともあるくらいです。それが、今現在の千速継笑様には一類はふたつ、二類は十一個も残ってしまっています」
「え」
「それらが残ってしまっている理由については……千速継笑様はこの時点でも一類の方にご自覚がおありですので、こちらで説明致します。今現在、千速継笑様に残るふたつの一類は、どちらも千速長生様の死に端を発するモノです。それは、ですが十七歳までそれを抱え、そのまま成長してきた今現在の千速継笑様にとっては、既に魂へ、自分自身へ、その個性へ、特性へ、癒着して分離不能となってしまったモノでもあるのです。この結びつきには尋常ならざる剛性が存在します。それは、この状態のデブリを無理矢理引き剥がすと、千速継笑様が千速継笑様ではなくなってしまう可能性が高いということです。それゆえ、鋏挿摘出も出来ず……逆行転生が成功していれば、これも可能だったのですが……申し訳ありません」
「キレート?」
レモン?
どんどんこう、わけのわからない単語が出てくる。暗記は得意な方だったけど、満腹気味の頭には辛いです。午後の授業一発目って体育より数学の方が辛くない?
「これはナガオナオ様の御導きによって授かった、私自身の技術なのですが、私は魂を他者とリンクすることができます。これにより、エピスの付与、エピスデブリのキレート、摘出が可能となっているのですが……」
「あ、そのなろう系の女神様みたいな能力、この列車由来の能力じゃなくて、あなた自身の能力だったんだ?」
「はい……それが、私がここに遣わされた理由だったのですが……本来はエピスの付与がメインだったはずで、こんなにもキレートを活用するとは思ってもみませんでした」
「お、おぅ」
黒歴史だらけの女で、なんかすんません。
「二類、三類の状態はより深刻です。魂そのものへ密接に結びつき、複雑に絡み合っていて、摘出不可能な上に、もはやどれが千速継笑様を悲劇へと導いているのか、判別もできません」
「末期の癌細胞みたいな話、ね」
「はい。ですがこれには、癌よりもずっと簡単な対処法があります。一度でも“運命に勝て”ば……それだけでエピスデブリは変質し、消去も除去も容易になるのです」
一度でも、運命に勝てば、か……。
「それ、いじめられっ子に、一度いいからいじめっ子に抵抗してみせろよって言うくらい、ハードな提案よね?」
それが有効なこともあるんだろうけど、状況がその段階でない時にそれを言われても困るという話だ。
「より効果的なのは、千速継笑様が五回目より試された逆行転生の方です。成功していれば、千速継笑様のケースでは一類のキレートも可能となりましたから、これに挑むのが最も効果的であったのは確かです。実際、一回目から四回目までに相当厄介だった二類のエピスデブリ、凄惨な性被害による魂の汚染は、その出来事を無くしたことにより、二十七個中二十四個までキレートに成功しています。とはいえ……千速継笑様が元より持っていた個性、特性、人格に根ざしたみっつは残ってしまい、先程のように再燃することもあるので、油断はできないのですが」
「あ、ああ……それ、っていうかさっきのあれ、二類だったんだ……」
一類と二類の区別が、いまひとつわからなくなる。私にとっては、お兄ちゃんが死んだという出来事の方が、魂の殺人とまで言われる性被害よりも傷付くことだったのだろうか……そう、少女へと問えば、「そこはもう、怪我と病気のような関係です」という答えが返ってきた。
一類は怪我、二類は病気、それに近いらしい。どちらも程度が過ぎれば人を壊し、殺してしまうのは変わらない。それに病気が原因となって怪我をすることもあれば、怪我が原因となって病気になることもある、その辺りまで同じらしい。
「ですが、先程、現在の千速継笑様がそう結論付けられたように、過去の千速継笑様も逆行転生は“もはやあり得ない”とおっしゃられていました。となると、来世を成功させるしか、道が無いのですが……」
「そこで、背負ってしまった大量の黒歴史が邪魔していると」
「ええ、そう……です。そうでなければここまでの失敗続きは、それこそあり得ないと思いますから」
「……はぁ」
なんとまぁ、よくできた牢獄か。
なんとまぁ、よくできた石棺か。
それは見事なまでに、堂々巡りの運命へ私を閉じ込めている。どうあがいても絶望とは何のゲームのキャッチコピーだったか。死にゲーでもやらされてる気分だ。いや実際そうか。
今、ここにお腹の満腹感が無ければ、しばらくは鬱々とした気分になっていたことだろう。
「ごめんもうひとつだけ答えて、それで、お兄ちゃんがここにいない理由はなに?」
「……こだわりますね」
「うん、あなたが、そこだけは答えてくれないから余計に気になっちゃう……ぅぇ?」
ギリッ……という音がしたような気がした。
白い少女が、血が出るほどに強く唇を噛み締めている。
恋愛の深いトコロはまだ全然知らない私(知った人生もあるのだろうけど、忘れてるし)だけど、それはまるで嫉妬に狂う女性のようにも見えた。ぶっちゃけ怖い。まぁ、それでも可愛いという謎の存在感ではあったけれど。
ただ、そこでなんとなく思った。私ってば今、これは「兄嫁にお世話してもらってる」状況なのかなって。時々覗く、夫婦の性生活的な匂わせには辟易するけれども、でも、お兄ちゃんが目の前の女性を、どういう風に愛している(いた)のかには、少し興味があったりもして。
「御主人様に、ナガオナオ様に、言い寄る悪魔がいるのです」
「お、おぅ?」
呑気なことを考えていたら、思ったよりもヘヴィーな答えが返ってきた。
悪魔とな?
「悪魔はこの幽河鉄道を狙っています。頻繁にナガオナオ様へ試合を持ちかけ、その勝敗によってナガオナオ様に負けを認めさせ、幽河鉄道を勝ち取ろうとしているのです」
「悪魔なのに案外フェアプレー精神!」
力づくの戦いとかしないんだろうか。
「……そう、ですね、そこは、筋を通す方……なのでしょう」
怖っ!? 下唇に歯だけじゃなくて、左の二の腕に右手の爪まで食い込んでるよ!?
けどそれでもまだ可愛いってどういうことなの? ホント。
「あの、その、いや、あなたにとってのそれは、別にフェアプレー精神などない、心底悪辣な悪魔ということでも別にイインデスヨ?」
そりゃ旦那様がどこかでイチャコラしてる相手だもんね、ぐぬぬってなるよね。ぐぬぬって。かわええ。
「いえ、彼女は千速継笑様にとって心底悪辣な悪魔なのです」
「……どういうこと?」
「ここにナガオナオ様が来られてしまうと、悪魔もそれを追ってくるでしょう。ナガオナオ様が千速継笑様を助けようとしていることに気付いたら、それへも試合を仕掛けてくるでしょう」
「え?……それって……」
「つまり、ただでさえ成功確率の低いこのミッションに、お邪魔キャラが加わってしまうということです」
「ぼんびらすっ!?」
え、なにそれ今は大丈夫なの? 既に憑りつかれていない? キングボ●ビーってそういえばヘヴィメタで好角家な悪魔さんが声をあてていたことも無かったっけ。
「幸い、悪魔は幽河鉄道を“観”ることができません。なんらかの形で時空間へ干渉することは可能のようですが、それについてはナガオナオ様も“よくわからない”とおっしゃられていました。ですが、幽河鉄道を欲しがっていることから、これにできること、流体断層の路線の中から、変更可能な分岐器を探し出し、それを切り替えるという……そうした奇跡を成す技術は持っていないと推測されます」
「よくわからないけどわかったにゃー」
私には理解できない話だってことが。
「ともあれ、現時点において幽河鉄道のシステムの一部となっている私に、あの悪魔の存在が感じ取れぬ以上、彼女が幽河鉄道に干渉できていないことは確実です」
「彼女」
あ、口ぶりと反応から、そうではないかとは思っていましたが、やはり女性なのですね、その方。とりあえず私の頭の中のキングボ●ビーにブラ着けときますね。
「これに唯一の例外があるとすれば、それはナガオナオ様を追跡されてしまうことです。技術が無くとも完全なるコピーが可能であるのならば、それは技術者と同じことができてしまうということになるのです」
「つまり、どうあってもここへその悪魔を呼び寄せるわけにはいかないので、お兄ちゃんはここへ来ることができないって話……ね?」
「……はい」
はー。
へー、ふー、ほー。
「私もナガオガオ様とご一緒に、ここに立っていたかったです……」
いやどんだけ不本意を表明してるの、この子。
なんかテーブルの上(蝋燭は食事の邪魔だったので、その時に除けてもらいました)でぐでーってなってるんだけど。ほっぺたがふにゅっと潰れてて可愛いけど。
「はー……凄い話だわ……」
でもまぁ、わかりました。
結局、道はひとつしかないわけだ。逆行転生という道も、後ろには広がっているけれど、私が私という人間である以上、そこへはもう向かえない。
あと……聞いておきたいのは。
「あと……そういえばだけど、どうして私が死ぬか社会的に抹殺されるかすると、中橋医師がお兄ちゃんを殺した病気を撲滅してくれるってわかったの?」
そこは、私のループを観察するだけではわからなかったはずだ。その事象さえなければ、私は逆行転生による過去改変で、この鳥籠から脱出できていたかもしれない。嘘だとは思わないが、それはつまりそこにも私の納得する理由があったということだ。
「その辺りは、私がここへ送り込まれる前に調査がしてありました。幽河鉄道は本来そうした調査をこそ最も得意とするモノですから。“見”るだけなら一瞬なのです。その調査の結果が、これは“観”る者がいなければ……この場合であれば、私がいなければどうにもならない事態であるという、ナガオナオ様の判断へと繋がるのですが、逆を言えば、私がいなくとも起こり得る“因果の変更”の調査は、かなり深いところまで行われたということです」
そっか。ま、それくらいじゃないと、死んだ奥さん(?)を蘇らせ、ここへ単身赴任させるなんて外道なことはしないよね。ま、それも納得。この子の扱いで、ちょっとお兄ちゃんのこと許せない気持ちになってたけど、私を想ってのことなら仕方無い……うん。
「そうすると、今度はお兄ちゃんに覗き趣味があるんじゃないかって話になるけど」
「そんな!? ナガオナオ様は極力プライベートには配慮したはずです!」
「冗談よ。疑ってない。別にお兄ちゃんに着替えを覗かれてたくらいじゃ怒らないわ」
それに、お兄ちゃんにも自分の(前世の?)死因は重大な関心事だもんね。
多少無理しても、そこは詳しく調べるよね。譲れない部分だよね。
未来、自分と同じような子供に死んでほしくないと願うなんてホント、お兄ちゃんらしいよ。
「大丈夫です、そうした部分はマスキングできますから。これは私も、転生後の千速継笑様のご様子を観察させていただく際には必ず利用している機能です。着替えや用足しなどの際にはブチッと切れるんですよ、再生が」
「え、なに? 幽河鉄道君って思春期なの?……ごめんごめん、冗談だってば」
それがどういう技術で、実装が簡単なモノなのかそうでないのかはわからないけど、まぁお兄ちゃんらしい機能だと思った。
うん……すごくお兄ちゃんらしい。
よし。
「うんわかった! 万事納得した! 大丈夫! たった一回でしょ? たった一回、色んなモノを吹き飛ばして弾き飛ばして、運命様上等だすればいいって話でしょ? お兄ちゃんもあなたも、それを期待しているんでしょ? やる、やるよ。頑張る、きっとどうにかなる。どうにかする。多分これまでも、私はそう言ってきたんでしょ? 私の記憶は時々途切れるみたいから、あなたには迷惑を掛けてるみたいだけど、時を操るというのであれば、タイムリミットがあるわけじゃないんでしょ?」
ね、残機有限ってわけじゃないんでしょ?
「強いて言えば、エピスデブリによって魂が修復不能なまでに破壊か汚染をされてしまうと、それは私にももう、どうにもできませんから、タイムリミットがあるとすればそれですが」
「え、なにそれ怖い」
「とはいえ、私も最初の頃の私ではありません。来世であれば、私も若干の介入が可能なので、そうした危険を除けることもできますし、逆行転生であれば、もうパターンは大体読めたので、最初からエピスデブリを増やすようなルートへは行かせません」
ほほぅ?
「若干の介入が可能って、どれくらいの若干?」
「そうですね……では千速継笑様が、イクラ丼を食べたいからお店にいくとします」
「……別に私の主食はイクラ丼じゃないわよ?」
それにお店で食べるイクラ丼は高いのよ? 家は金銭面では結構裕福だったから、お母さんが料理好きじゃなかったのもあって、イクラ丼が食べたいと言えば出前というか出●館というかウ●バーな感じで店屋物が出てきたけど、お小遣いで食べたことは一度もない。
「千速継笑様はイクラ丼を食べたい、なぜなら千速継笑様はイクラ丼が好きで、その日は好物を食べたい気分の日だったから。この辺りのことを私が介入して変更することはできません」
「まぁそうね、他人の手でいきなり好物やその時食べたいモノを変えられるなんて、ちょっと酷い話だと思うし」
「ですが、イクラ丼を食べに行くことで起きる悲劇が、たまたま通りかかったトラックに轢かれるというモノだったします。これは介入により阻止することができます。なぜならトラックに轢かれるというのは、数秒の違いで全く違う結果に変わってしまう事故ですから、その数秒だけ稼げればいいということになります」
「それもそうね。そう考えると結構凄いことにも思えるけど」
不意の事故には対応できます。保険としては素晴らしい。
「ところが、このトラックが、最初から千速継笑様へ害意があり、その日千速継笑様が出かけるという選択をすれば、必ず轢いてくる存在であったとします」
「嫌なトラック君だな!?」
「これも私の介入でどうこうできる問題ではありません。千速継笑様はイクラ丼を食べたい、だからお出かけをしたい、しかしお出かけすると必ずトラックに轢かれてしまう……状況としては、これで詰みです。私にはどうすることもできません」
「なるほど」
あれか、強い意志で実行される事象は変えられないと。私のその、イクラ丼を食べたいという意志がそこまで強固なモノかはさておくとしてもだ。……さっきのがっつきは単に好物だったからってだけじゃないんだからねっ。
「うん本当に若干で、頼みにしちゃいけないことはわかった」
「申し訳ありません……」
「いいよ、つまり運命を切り開くには、やっぱり私が頑張らなくちゃダメってことでしょ?」
それはついさっきそうしようと決意したことだ。なら問題はない。
「それでチート……エピスの付与だっけ? 私はそれを選択して次に備えればいいの?」
いやその前に、どういう惑星にどういう立場で転生するか決めるんだっけ?
「はい。通常はそうなるのですが、今回、千速継笑様は記憶を完全に失ってしまっています」
「ああ」
「それは、前回までの教訓を活かすことができないという状態です」
そこで……と、白い少女は壁にかかる、いくつもの動く映像を指差す。
「これです」
「……ここに入ってきた時から、まさかとは思っていたんだけど」
ハ●ー・ポ●ターの日刊●言者新聞のように、中の映像が動く額縁。
魔法らしき光のエフェクトをまとう黒髪の少女が映っていたり、豪華絢爛のドレスの群れが踊る映像であったり、暗い場所でボーっとする金髪エルフを映してるものだったりする。
列車一両分の空間に、二十から三十、ずらっと並んだ壁掛けシアター。
「これってつまり、そういうことなの?」
あたしは何回も転生を繰り返している。
三回目の転生は、エルフへの転生だったらしい。そしてそれは……薄暗い場所に閉じ込められてしまうような人生だったのだろう。
「はい。ご想像の通り、これらはこれまで千速継笑様が繰り返してきた、転生の記録です」
「やっぱりかー……」
そっかー……。
なら、この子もこういうので(転生後の)私の様子を見るんだろうか、着替えや用足しなどの際には再生がブチッと切れるって言ってたけど。
そう思ってからよくよく見てみれば、確かにそういう、センシティブなシーンはどの額縁にもなかった。
「つまり、この映像を良く観て、次をどうするか考えろ……ってことかな?」
「内容としてはその通りですが、実際の手順は多少違います。これらは単なるサムネイルですから、どれかを選択していただき、再上演を観ていただくという形となります」
「ん? ちょっと待って、なに? 再上演?」
繰り返しになるが私は映画好きだ。ただ、映画は映画館で見たいという(自分でも謎の)こだわりがあって、実際に見た映画の数はとても少ない。数えられる。三十七本。それが私の、今までに見た映画の数。見た映画の数が百を超えるまでは映画好きを名乗るな、という向きの方にはごめんなさい。ですが、知ったこっちゃないです。家が裕福でもお小遣いは少ないのです。そんな風に煽られてもパパ活はしませんよ。倫理観でできないのではなく、コミュ力の問題でできませんよ。
「はい、再上演です……あの、これは千速継笑様が発案されたお言葉なのですが」
「それはそうだろうなって、私も思った」
最新作も、年に二、三本は見る(累計十一本かな。三十七本中の)けど、割合でいえば名作と謳われる作品の再上演を見ることの方が多い。サブスクを契約してないどころか、金曜●ードSHOWですら、中学生以降は一度も見ていないから、ジ●リですら、天空の城と動く城のふたつしか観ていない。ディ●ニーとピ●サーに至っては全滅。
そんななので、私は毎週、行ける範囲にある映画館の上映スケジュールを確認している。最新作の情報はテレビやネットから勝手にいくらでも入ってくるから、私が自分自身で細かくチェックするのは、再上演の情報だ。
だから、その単語には馴染みが深い。
でも。
「そうじゃなくて、私は何を、どういう事象を指して再上演って呼んだの?」
普通に考えればそれは。
「それは体験していただくのが一番ですね。では、久しぶりとなりますが、今回はまず、第一回を再上演しましょうか」
これです……と美少女は、ボックス席のすぐ側にかけられている、魔法らしき光のエフェクトをまとう黒髪の少女が映る額縁を示す。可愛いというのとは違うけれど、きりっとした顔にどこか張り詰めた空気が漂う……なんていうか綺麗な野生動物のような少女だと思った。
「……え?」
普通に考えれば、再上演とは、一度上映した映画を再び興行するということで。
つまり過去をもう一度繰り返すということで。
「これが正真正銘、本来千速継笑様が辿るはずだった来世のやり直しですね。本当は……私もナガオナオ様も、これひとつ変えれば終わる話だと思っていたのですが」
「待って! 第一回って、斧で斬られて斬殺で惨殺って回でしょ!? 十六で!!」
「消えぬ二類のエピスデブリの影響で、チートの選択も尖ったモノになってしまいました」
「いや聞いて!? 斧で斬殺で惨殺ってトラウマ増えるでしょ!? R私指定とかないの!?」
言葉通りなら、私はその一回目とやらをまた繰り返すということ……に?
「大丈夫です。習うより慣れろです。過去の千速継笑様にも、そういう時のあたしは面倒くさいから強引にやっちゃってと申し付かっております。それに、編集してあるので、大事な部分を摘まむだけですよ? 観終わった後の体感はせいぜい四時間くらいです」
「シン●●ヴァンゲリ●ンよりもアラ●アのロレ●スよりも長い!? 前半は図星過ぎてぐうの音もでないけど!!」
「それでは幽河鉄道、発車します! ナガオナオが魂のサーヴァント! ツグミが命じる! 畢生の壱齣! 過ぎし失われし可能性を! 再上演!!」
「だから話聞いてぇ!?」
あと! ナガオナオが魂のサーヴァント、ツグミって何!?
「それでは、良い旅を……“千速継笑様”……」
「ちょっとおおおぉぉぉ!?」
しかし、私の魂の叫びは、急速に暗転していく意識の中へ、すぐに飲み込まれてしまうのだった。
そう、いえばあたし……この子の名前……まだ知らなかった……な……。




