epis07 : crossing Field
「千速継笑様のお兄様、十三歳で他界されてしまわれた千速長生様。その死因をご存知ですか?」
「う」
瞬間、確かに千速長生の妹であるこの千速継笑の胸は、キュウと痛んだ。
その言葉にもう、この胸の痛みにもう、私はなにもかもを悟ったような気がしてしまった。
もしかしたらそれは、私にとっては思い出した……という類のモノだったのかもしれない。
優秀なお医者様。そして私に、私の家に呪いをかけたお兄ちゃんの病気、死。
ふたつを、ふたりを結びつけるモノ、それはそう多くない。
『……こうなった時、こうこうこうであるという話を、直ぐにしてほしいと、千速継笑様より言い付かっていることが御座います』
ああ。
そうか。
そうだったか。
うん。
そうだね、それならあたしは納得する。
さすが過去のあたし、私のことがわかってる。
それは無理。覆せない。納得するしかないよ。
そりゃあ、あたしも生き続けることを諦める。
確かに、それは、あたしが生き返るよりも、ずっとずっと大事なことだ。
「お兄ちゃんの病気を……今でも不治の病と言われている、お兄ちゃんを殺したあの病気を……そのお医者様が……どうにかしてくれるのね?」
「はい。完膚なきまでに」
やっぱり。
ああ……なんてこと。
お父さんは、兄を蝕んだ病、兄の命を奪った病を根絶してくれる、そのハズのお医者様を、その手で殺してしまうのだ。
本当に求めていることとは、逆のことをしてしまうのだ。
それは強固な運命で起こるという。
だから……私にはわかった。
天啓のごとく、理解できてしまった。
それはつまり、だからきっと、本当は認めたくないけれども……お父さんはずっと、お兄ちゃんの死の周辺で、なるだけそれに関われるよう、生きてきたってこと……で。
娘に、その手伝いをしろと、お前も人生を捧げろと強要してしまうくらいの妄執でもって、その場に留まり続けて。
事実無根の罪で、未来あるお医者様を自殺まで追い詰めてしまうくらい……盲目で。
ハッキリ言って、お父さんは、娘のあたしから見ても頭がおかしかった。
四十代にして八十代の頑固ジジイがごとく、人の話を聞かなかった。
自分のエゴを押し付けてきた。
けど、それには理由があった。
私には理解できる……やむにやまれぬ事情があったと。
でもそれが、世界にとっては真逆の結果をもたらすのだとしたら……救えない。
そんなのはもう暴走老人だ。自分は間違ったことをしていないと信じ続け、人を轢き殺していく類の。
そんなのもう、救えない。
ホントもう、なにもかもが、救われない。
私が世界を変えることで、そうなるのだとしたら……そんなモノは到底受け入れられない。
認めたくない。認められない。
利己的な私だからこそ、到底受け入れられないのだ。
一瞬、全部目の前の、この美少女のデマカセなんじゃという疑問もチラリ、頭に灯った。けど、すぐにそれはないと、私という存在のどこかが全面的に否定してくる。その意味もわかる。私は、それが本当のことであると、もう何度も思い知らされた後なのだ。
「千速継笑様の異世界転生が悉く短命に終わり……四回目の後、すぐです。千速継笑様は方針を転換して、そうした現実を書き換えることができないかという方へ向かわれました」
「やっぱり。もう試した後なのね……」
というか、ならこの美少女が私の転生回数を四回目から先、数えるのを止めたのだって、体感時間が百年を超えたからとかじゃなくて、そっちが本当の理由でしょ?
「はい。痴漢もご自身の死も回避するルートは、もう十回以上試されています」
ほら、そっちは少なくとも十は数えているじゃない。
「そっかぁ……当然ね、痴漢に遭うルートは、それが正史でもそうそう繰り返したくないもん。そっちの回数が増えるよなぁ……んー……じゃあもぉいっそ痴漢に遭う前に、嘘で痴漢に遭ったって告発してみるとかは?」
「それを試されたのは一回だけですね。嘘と、完全に見抜かれてしまいました。さすが、その辺りは優秀な弁護士様、といったところでしょうか」
オヤジィ……。
「痴漢もご自身の死も回避するルートの場合、その先のパターンとしては」
壱・父親が弁護士を辞めるよう働きかける
弐・父親に専門を変えるよう働きかける
参・お医者様の自殺をなんとか食い止める
「などがありますが、そのどれもが、千速継笑様のお立場、才覚からは不可能なことでした」
不可能だろうなぁ……。
パパ、ホント人の話を聞かないからなぁ……。
「私が、我は予言者であるぞ~……っていろんな予言を的中させてみせて、こっちの言うことを信じさせるとかは?」
「おふたりとも、その手の話が、超が付くほどに嫌いなお方々なので……」
お医者様、お前もか。
「融通が利かな過ぎる……そして試したのね……さすが私……」
「最終的には、“あたしがそのお医者様を旦那様にしちゃえば、お父さんもつっかかっていかないんじゃない?”……という作戦になりました」
「うわー末期ぃ~……私なあたしが莫迦過ぎる……」
頭を抱える私へ、白い少女は、慰めるかのように優しい目を向けてくる。ヤメテソンナメデミナイデ。
「そうでもなかったのですよ? ある意味において、この作戦は成功しました。千速継笑様は中橋継笑様となり、幸せな家庭を築かれます」
「えええ……」
ってか、中橋っていうんだ、そのお医者様。
……イケメン?
「それは……で、何が失敗だったの?」
「中橋医師が、千速長生様を蝕んだ病の治療法を発見できなくなりました」
「あたしがサゲ●ン過ぎる!?」
思わず、ボックス席をガタンと立ってしまう。
そんな私を、白い少女は労わるようなとでもいえばいいのか、哀れむようなとでもいえばいいのか、とにかくなんだか、微妙な目で見ていた。だからヤメロ、そんな目で俺を見るなっ。
「中橋医師個人の幸せという点では、逆だったのですけどね。どうやら中橋医師の功績は、悪妻が賢者を創るのパターンだったようです」
「慰めになってない……」
そんな顔も知らないお医者様の幸せを、何の見返りも無く望めるほど、あたしは聖女なんかじゃないんだからね。というかその人、かなり年上なんじゃないの? 年上過ぎるのはちょっとな~。
その時の自分がどういう気持ちだったのかは知らないけど……知りたくないもないけど……でも、私は今、ここにこうしている。
その結果では、その人生では、やはり納得できなかったということなのだろう。
「中橋医師の功績だけ奪って、あたしがそれを発表するとかは?」
「治療法は高度な科学的、医学的知識がなければ理解できないモノです。情報を運ぶ手段が千速継笑様の記憶、夢の記憶だけとなりますと……」
あー、はい。自分のおちこぼれ脳がうらめしいです。
「そこは助けてくれないのね」
「はい」
言い切られた……。
「私が千速継笑様の転生先……その場合は逆行転生先ですが……にお邪魔することはできません。私という存在を、千速継笑様の過去へ干渉させる手段が存在しないからです。幽河鉄道はあくまでも時間の巻き戻し、因果のリセットを行うだけの乗り物に過ぎません。“そこ”に存在したことがない私を降車させ、存在したことにする機能はないのです。因果の書き換えは、“乗客”である千速継笑様にしか行えません。それゆえ、私にはどうにもできずに……申し訳御座いません」
「ま……それもそうだよね。理屈はよくわからなかったけど……それができたら、こんなことをグダグダしてたりしないよね。不可能なことはあるよね」
「重ねて……申し訳御座いません」
「いいよ。責めてない」
超常的存在を引き連れての逆行転生かぁ。手塚●虫先生の絶筆、ネオ・ファ●ストがそんな感じじゃなかったっけ。他にもいっぱいありそうだけど。
でもそうか……それも私は、不可能か。
まぁ仕方が無い。ループ物は制約が多いって相場が決まってるし。
不可能、無理、か……。
敢えて提案しなかった……口にして否定されるのを怖れた……お兄ちゃんの病死を阻止する、という方向性も……だから無理なのだろう。結婚という、自分の全人生を賭けてまで失敗した回があるのだ、そこまで末期になっていたのなら、そこへ行く前に「ソレ」は試したはずだ。
いや……「はず」なんかじゃない。これは自分のことだから、絶対にしたと断言してもいい。
お兄ちゃんの死は、なにせ病死だ。不慮の事故とは違う。私が生まれた時には、既に手遅れだった可能性すらある。そうでなくとも、赤ちゃんであったり幼稚園児だったり、小学生低学年の女子に、何を変えられるというのだろう。
「“そこ”に存在したことがない人を降車させ、存在したことにする機能はないって……それってつまり、私が、例えばお兄ちゃんより前に生まれるとか、そういうこともできないってことだよね?」
「……はい」
目の前の美少女は、これを私に悟ってほしくて、敢えて末期の例を挙げたのかもしれない。
視線を美少女の方へ向けると、何かを察したのか彼女は横、エンゼルランプの花の方へ顔を逸らしてしまった。
そのまま、彼女は胸に手をあて、言葉を続ける。
「ともあれ……そうした経緯があり、千速継笑様はご自身の死因を、せめて苦しみの少ない死をということで、轢死という形に書き換えました。ご命日を、本来のルートであれば痴漢に遭う一ヶ月ほど前、高校の文化祭の、準備期間中のある日に設定したのは、その日が急いで家に帰らなければならない状況下にあったためで、そうであるなら自殺ではなく事故だったと思ってもらえるから……とのことでした……ですがどうか」
そこで語気が強まり、視線がこちらへ戻る。
真剣な表情、真剣な視線。
必死な感じが、こっちにも伝わってきた。
「ですがどうかっ!」
「んぇっ!?」
……けど。美少女にまた強い視線を向けられた私は、結構それどころじゃなくて。
正直、話にはもう納得していたから、むしろ人身事故でダイヤが乱れる迷惑とか気にしなかった辺り、やっぱり私は利己的な人間だなぁ……と考えていたくらいで……だから今更、真剣に心変わりを求められても困る……というのもあったけど。
今の私は、それとはもう、全然別の衝撃に襲われていて。
魅了攻撃が付与されていると言われても全く驚かない、可愛すぎる美少女のつよつよな視線に、まるで笑劇のようにドキンと心臓が跳ねた。
「ですがどうか! どうか! 千速継笑様!!」
「ひっ……」
白い少女は、フリルを揺らしながらすっと立ち上がり、また魔法のように可愛らしいその顔貌を、ずずぃと私へ近づけてくる。再びのドアップだ。
今度は心臓がバックンバックン鳴りだす。汗は出ないけど心臓は跳ねるって、これホントどういうシステムなんだろう。
「どうか! どうかお願いします!」
「うひぃ!?」
あー、もー、くそ~……そのウルウルおめめ、反則じゃない?
そのレベルで可愛いって、もう立派な凶器だよっ。
「す、ステイ! ストップ! だ、だからあなたの顔のドアップはダメだってば! それに! ほらぁ! チョイ下! チョイ下見て! ほら蝋燭! 炎! 燃えてるでしょ! 危ないから! 髪の毛焦げるよ!?……って……あれ焦げてない?」
なんかガンガン炎に触れている白銀の髪の毛が、全く燃えてない。
「お願いです! 千速継笑様!」
どういうこと? いやだから本当にどういうシステム?……いやでも! だけどそれでも! むしろ、ぐいぐい近付いてくるご尊顔に私の心が燃えるので止めてください! 焦げてしまいそうですっ! だからおねがいっ! どうどうどうっ!!
「どうか! どうかご再考を!」
「そ、そんなこと言われても、わ、私はもう納得しちゃったし」
話には納得した。生に執着のない私のどうでもいい命など、ここで終わりでいい。
それは諦めでも絶望でもなくて。
その先に大切なモノがあると知れたから、私は満足したのかもしれない。諦めと絶望の先にある死を、愛しく迎えていいと思えた。それはけして嫌な気分ではなかった。
だからそれはいい。
それはいいんだけどっ!!
「何度でも……千速継笑様は何度でも過去をやり直せます! そのために幽河鉄道があるのです! 千速継笑様の人生を! どうか諦めないで下さい!!……んっぷ!?」
「くっ……」
思わず。
もう、これ以上は理性がもたんとばかりに。
防衛本能がアイアンクローの形となって美少女の顔、下半分を掴む。
半分でも、その顔が見えなくなればまだマシになるかなとばかりに。
「んむ!?」「おふっ……」
おうおうおう……むんずってしたらふにってしやがってん。何語。
「んー!?」
お、お~、おぉ~……。
唇やわらけ~。顔ちっちゃぁ。ほっぺたぷにぷにのお肌すべすべ~。
……じゃなくて。
オヤジかあたしは。いや私のお父上なオヤジはこんなことしないけど。
「えっとね……ごめん、ふへっ……話は、概ね、理解しました。うくっ……ご、ご厚意感謝します。けど、それだったらやっぱり私は死んでいいやって思う。千速継笑はおしまい、それでもういいよ。んぷっ……つまりそういうことなんでしょう? 私がここにいる理由は」
「ん……ぶ……ぅ」
目を白黒させる……というより白金させたり白銀させたりする少女へ、私は自分のスッキリした気持ちを伝える。……時々、手よりの感触(何か言いたげに唇が動いてもにょもにょするんだもん)に奇声が漏れたけど。
「もうずっと、私はそう決断し続けてきたんでしょ? んんんっ!……えっとね、だから私は間違いなく私だよ。何を言われても、何度言われても、きっと同じ判断をし続けると思う」
「ぅ……んぅ……ほぇぁ……」
それを言い切る頃には。
自分が生きるとか死ぬとか、そんなの本当にどうでも良くなっていた。
人は生まれた時から死ぬ運命を背負っている。あたしにはそれが少し早くきてしまっただけ。そんなありきたりで、チープな言葉でも、私は納得できる気がした。
「千速……継笑様……」
まぁ……それにしてもだよ。
それにしても、それにしてもだよっ。
それにしてもさ、この子の……顔っ!
「……ぷっ」
さすがに、美少女もアッチョ●ブリケな顔貌となれば、可愛いよりも可笑しいが勝つらしい。ぷぷっ。人指し指で豚っ鼻にしてあげようかしら。
言いたいことを言い切った爽快感からか、なんだか楽しくなってきた気がする。
……あれ私何をしてたんだっけ?
まぁいいか。
「んにっ!? むーっ!?」
ほーら、ほっぺたぷーにぷに~。
「んへ~……」
至福。
私はこのために生まれてきたのかもしれない。いや死んでたっけ?
「んー……むぅーう……んぅんぅんぅ!!」
あ、右手にタップが入った。
手の甲を全く痛くない感じに、小さな手でパシパシ叩かれる。
それはなんかこう、猫の尻尾がペシペシ当たってるみたいな感覚だった。
「んぅっ、んぅ、んぅっ!」「ほぇぇぇ……」
んー……でもまだ……豚っ鼻には、してないんだけどな……。
……。
「……えぃ」
「んんっ!?」
はい、豚っ鼻完成。おー、凄い顔。
「んーぅ!? んぅんぶんぅんぅんぶぅ~~~」
「……ぽぇ」
そ、それにしても、な、なんだこの……すごく可笑しな顔になってるのに、それでもすごーく可愛い生き物っ……。
先程味わった、心を鷲掴みにしてくるような、吸引力のある可愛らしさとは違うものの、なんだかこう、ヤめられないトめらない感じのほっとけなさがある。ほっとけなくて、イジメ……もとい、イジりたくなってしまうみたいな。
もう永遠に、ずーっとこうしてペシペシしててほしいなぁ~……尊いなぁ~……って思ってしまうような……。
ほぇ~……。
ぽぇ~……。
「んぅんぅんぶぅんぅんぅ、んー!」
「はっ!?」
とうとうペシペシが両手になり、そこで我に返りバッと手を引く。
「んぶっ!?」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ちょっ……おまっ……。
なんだこれっ。
なんか!
呼吸をするのも忘れて! ペシペシに夢中になっていたんだけどっ!?
麻薬かっ!?
美少女怖い、美少女に変顔させてイジってイジりまくってヤめられないトめられないになるの怖い。完っ全っに我を忘れていた。豚っ鼻でも魔性ってどんだけ!?
「うぅ……酷いです……“こういう時はタップすればやめてあげる”って教えていただきましたのに、当のご本人がそれで直ぐに放してくれた例がありません……」
「あ……やっぱりそういうのも経験済みなのね」
というかタップは私が教えたのね。
「なんか、ごめん」
「……いぇ!」
するとどうしたことか、白銀の美少女は心からという感じで、ニッコリと笑う。
「いいえ! ですが……久しぶりでしたからっ、少し嬉しかったですっ」
「え……あ、はい」
え、頬っぺたぐにょんで豚っ鼻が嬉しいの?
なんだか語尾にハートマークが付きそうなくらい、ご満悦な笑顔だけど……ドM?
なに? あなた私に変な性癖でも生やしたいの?
……。
……あれ?
っていうか、何の話だっけ?
私達何をしていたんだっけ?
「えー……っとぉ……そう! とにかくっ、だから言ったでしょ! 千速継笑の人生はもうこれでいいのっ。四回目までだっけ? つまり最初の内は、あたしも転生することに、別の人間となることに、納得していたんでしょう?」
「ぁ……はい。えぇ……」
あ、ドMちゃんが一転して憂う美少女の顔になった。鼻の頭がまだ赤いけど。
「納得と言いますか……その頃は、今とはまた少し事情が違っていたのですが……五回目の時に、千速継笑様の過去を、千速継笑様の人生をやり直すという選択肢があることを、当方より告げさせていただいた時には……顔面崩壊の刑だけでは済みませんでしたから……」
何をした、その時のあたし。
「そうね、つまり一回目から四回目の時は、痴漢を告発しなかったルートの私だったってことでしょ?……痴漢でストーカーで拉致監禁からの証拠隠滅かぁ……そんなんで死んだんじゃ、あたしも荒れてただろうなぁ……」
「ええ、貞操の危機を感じました……」
だから何をした、その時のあたし。
「色々巡って、その最初の状況に戻ったってことでいいわ。来世を幸せにする、その方がきっと前向きな選択になると思うから」
「……そうですか」
不服そうに、白い少女は俯く。
けど私が目覚めた、最初の頃の感じから、彼女にもこうなることはわかっていた、覚悟していたようにも思える。
『千速継笑様、残念ながら貴女の肉体はバラバラとなり、四肢はもげ、四散してしまいました』
あの辺りは、もはや決まった手順なのだろう。
『やはり……自己認識として、私が天使様と呼ばれるモノへ近しいとも思えませんが……そうですね、閻魔様と比べればですが……天国に導く……いえ導きたいという意味において……ええ、私は天使の方に近い存在とも言えるかもしれません』
それでも何か状況が変わるかもしれないと願う、変わっているかもしれないと祈る、そういう気持ちは理解できる。人生をやり直さないかという提案は、私の様子を見てのモノだったのだろう。
……そういえば、まだいくつか肝心なことを聞き忘れていることに気付いた。
自分の頬に触れ、そこに体温が無いことを再度確認する。
「ね……私の記憶って、転生したり、ここへ戻るたびに失ってしまうの?」
目覚めた時、私の直前にあった記憶は……物凄く遠くに感じたけれど……学校から家へ、忘れ物を取りに行こうとしていたというモノだった。つまり転生(異世界転生?)していた時の記憶は無かったわけだ。
「ここへ戻る場合に関しては……落命の状況次第です。具体的に言えば、記憶の破損は脳を損壊するなど、頭部へのダメージが大きかった場合に発生する事態です」
「じゃあ前回?……の死因は、脳へのダメージが大きかったんだ?」
「……ええ、これは確実に記憶を失っていらっしゃるはずだから、今回はそのつもりでいなければ、と……事前に心構えを整えられるくらいには」
「む?」
なんだろう。ぼかされた?
んー……これ、聞いといた方がいいヤツかな、悪いヤツかな。
目の前の美少女はなんというか、その辺、読めない相手の気がする。
たぶん、いくつかの常識は過去の私が教えたんだろうけど、その辺を取っ払うと人間味の無い、超然とした超常的存在の地金が見えてくる気がする。白銀と白金のメッキを剥いだら、そこにはなんとファンタジー鉱物、ミスリルが眠っていましたよ~……って感じで……いやどんなよそれ。
ま、でもいいや。聞こ聞こ。
「具体的に、私の脳味噌はどうなったの?」
「……ゆっくりと、蟲に、食べ」「わかったもういいグロ禁止」
ま、でもいいや……じゃないよ十秒前の私! 詳細を聞いたらトラウマになる系だったよ!
「……あたしの転生、そんなに天寿を全うするのが難しいの?」
何かの呪いなの? 私という人間の魂が不幸の星の下に生まれているの?
「転生が短命続きってのもおかしいじゃない、記憶を残したまま転生できるなら、さすがに今度こそは長生きをしようって思うはずじゃないの?」
「転生の際、記憶は持ってはいけるのですが、やはり夢で見たような曖昧な記憶となってしまい、活用は難しいというのが、過去に千速継笑様がおっしゃられていたことです」
「チーレムだったり無双だったりは無理なんだっけ、私は。なかなかに、そうはなれませんって言ってたよね? 転生特典とかないの?」
「転生特典というより、これは幽河鉄道の特性によるモノですが、千速継笑様は転生先をご自身で選ぶことが可能となっています。こういった家庭環境のこういった人種に生まれたい、という類のご要望であれば、ほぼお応えできると思います」
「マジで?」
どこか王族の、めっちゃ可愛いお姫様に生まれるとかも可能?
「美姫パターンは過去の千速継笑様より、“もう私がそれを求めても絶対叶えてあげないで”と申し付けられております」
「私に何があった……」
「嫉妬や無理心中で殺されるパターンが多い印象でしたね。まさか違う意味で便所な飯を食わされるとは思わなかったわ……と死んだ魚の目で呟かれたのを聞いたこともあります」
「何を食わされたの私……」
そしてやっぱり死ぬんだ……そのパターンでも、嫉妬されるほど美しい内に。
「短命に終わらない工夫は? したんでしょ?」
「魂へepisを付与することにより能力等の、多少の向上は図れます」
「エピス?」
「エピスは……ここでは強化パッチのようなものでしょうか。知識とは言いますが、実際はただの情報です。魂に付与することで肉体や才能を改善、改良します。逆行転生の場合は、効果が激減してしまうのであまり使えませんが」
なるほどわからん。FG●の概念礼装みたいなもの? 違うか。
「変に大量に付与してしまうと、デブリと化してしまうので、これには節度が大事になってきます。用法容量を守って正しくお使い下さい、です」
やっぱりわからん。
「よくわからないけど、つまりチートといえるほどのモノは与えられない、でも少しならヒイキは可能ってことでOK?」
「はい。その認識で間違っていません」
なんだ、もらえるんだ、チート。ぶっこわれでないにしても、転生先を好きに選べるってのと合わせれば、それはもうとんでもないアドバンテージではなかろうか。急に目の前の白い少女がなろうな女神様に見えてきた。王道外しをしない方の。
けど、だとしたらますます意味がわからなくなってくる。
「それでどうして短命続きなのよ……」
それはもう、一番最初からの疑問だ。いったい、何がどうして、そこまで恵まれた状況から悲劇で悲惨な失敗が続いてしまうのか。
「それは……」
「どうしてそこまで短命続きなの? 一回目が十六歳、二回目が二十二歳だっけ? それも、具体的には、どんな死因なの?」
「一回目は……斬殺ですね。斧で斬られました」
「惨殺!」
「二回目は謀殺……でしょうか。暗殺者の手にかかりコロッと」
「すこぶる不審死!」
「三回目は……先にも少し触れましたが、内容がセンシティブですので……詳細を聞かれますか?」
私は、おそらくは「うげぇ……」という表情を浮かべていただろう。
それはもう、蟲に頭をグッチョグッチョされるのと、どっちがマシかって話じゃないだろうか。
私のその反応を見て、金銀財宝のように輝く美少女の顔が、少し曇る。
まぁ、どんなに曇っていてもやっぱり可愛いんだけど。金銀は曇ったところで金と銀、真鍮にはならない。
「四回目は、十三歳で病死……です」
「あー……」
そっか、だからか。
五回目から、やり直しの方向性が変わった理由は。
そこでお兄ちゃんと同じ死に方をしたからなんだね。
はぁ……それにしても、そうか。
そんなに酷いんだ、私の人生って。今世も来世も。何度繰り返しても。
「ははっ……」
さすがに笑えてくるわ。
「私とお兄ちゃんって……もしかして本当に、不幸の星の下に生まれてる?」
と……ここで。
もう開き直るしかないと、自嘲気味に私が呟いた……その時。
「いいえ。たまたま四回目に、病死というカテゴリと、その享年が共通しただけです。同じ病でもありませんし、それに、千速長生様は来世、御立派となられることが確定していますよ?」
「へ?」
曇り空が、一転した。
「ふふっ」
それはもう、これまでの全てが全然、「本気」などではなかったと思い知らされるような、ドラスティックでビビッドな変化だった。
超然とした超常的存在、金銀財宝のような白金白銀の美少女、天使……そんなものは、まるで魂が入っていない人形であったとでもいうかのように。
「千速継笑様のお兄様、千速長生様は魔道士ナガオナオ様となられるのです」
そこには輝くような生気があった。
溌剌とした感情があった。
もっと言えば、それはつまり、まるで恋する乙女のようだった。
乙女は歌う、乙女は謳う。
踊るように、舞うように。
「今より先の未来、別の惑星に生まれ、全盲でありながらも感覚器官を拡張することで根源たる次元の高みへと登り、昇って……完全観測世界の片鱗に触れ……幽河鉄道を生み出し、宇宙を、因果の世界を旅することとなる偉大な魔法使い、私の御主人様、ナガオナオ様」
そうして全てを振り出しに戻すかのように、大前提を覆すかのように。
白い少女は、白いエプロンドレスをそれなりの高さに盛り上げている己の胸へ、全開にしたパーの掌を載せて。
「……へ?」
太陽のような眩しさで、虹のような極彩色で、だけれども真っ白なダリアのように。
「私は、ナガオナオ様より千速継笑様をお救いするよう、遣わされた使者です」
どこか誇らしげに、ニッコリと笑った。




