epis66 : Bermuda mystery / Stop the time
どこかの誰かが、インターネットにこんなことを書き込んだ。
――良い子の諸君!
――「やればできる」
――実にいい言葉だな、我々に避妊の大切さを教えてくれる
……避妊は大切だ。
わかってる。
こんな残酷な世界に新たな命を誕生させようというなら、その全ての責任を背負って立つ覚悟がなければならない。十六歳の私と十四歳のレオでは、それはまだ背負いきれない。だから子を産むということに強い憧れはあったけれど、避妊はしっかりとしてきた。
二重の意味で、ママみたいになるわけにはいかなかったから。
また、どこぞの誰かが、やはりインターネットにこんなことを書き込んだ。
――良い子の諸君!
――よく頭のおかしいライターやクリエイター気取りのバカが
――「誰もやらなかった事に挑戦する」とほざくが
――大抵それは「先人が思いついたけどあえてやらなかった」ことだ
――王道が何故面白いか理解できない人間に面白い話は作れないぞ!
……王道も大切だ。
そんなこともわかっている。
新奇性だけのゲテモノに価値はない。それが認められ、新たな価値を生むというのも、微粒子レベルで無くはないが、多くの場合それは否定され、拒否され、キャンセルされ、流産されるか、生まれても早世してしまうモノだ。まぁ、微粒子って、無量大数の無量大数乗レベルで存在しているのだけど。
ただ、一方、これらインターネット上の俗にいうミーム、これに添えられたアスキーアートの元ネタは週刊少年ジ●ンプのキ●肉マンだが、そこで一時代を築いた元有名編集者さんは、こんなことも言っている。
――「王道」なんてあるわけないじゃん。強いて言えば、そのとき流行ってるものが「王道」だよ
……なら。
なら、王道ってなんなの?……って話だ。
ドラ●ンボールは王道?
ワン●ースは王道?
ジョ●ョの奇妙な冒険は、スラ●ダンクは、鬼滅●刃は?
……こうして、件の雑誌で伝説級となった漫画をズラリ、並べてみても、「これぞ王道」と呼べるようなナニカがあるわけではないんだなってのが、よくわかる。北斗●拳、る●剣、テニ●の王子様、ナ●ト、BL●ACH、●魂、ヒロ●カなども含めたらよりいっそう、そうなるだろう。伝説級だけど休載ばっかりのあの人の作品群や、王道と邪道は対立するモノであるというイメージを広めた某有名コンビのデス●ートとかまで含めたら、もっとワケがわからなくなってしまいそうだ。
――そのとき流行ってるものが「王道」だよ
少し変える。
――そのとき流行ったものが「王道」だよ
私には、これが一番納得出来る答えだ。
してみれば王道とは、「王が通ってきた道」でしかないのかもしれない。
この世に「通れば王になれる(かもしれない)道」などは、ないのかもしれない。
王道は、「王が通ってきた道」であるがゆえに均され、舗装されていて、それゆえに通り易い、通るのが楽な、その程度のモノでしかないのかもしれない。「王道を行け」とは「先人が開拓した道を行け」ということなのかもしれない。
けど、だからこそ逆を言えば、「先人が思いついたけどあえてやらなかったこと」を、敢えてやるというのは、即ち均されてない、舗装されてない道を行くということ……なのかもしれず。
そこが地雷原でないという保証はない、不毛の大地ではないという保証もない、そういう道を行くということなのかもしれない。
だとするならば。
そこを行く、行くしかない者が学ぶべきは、王道などではない。
その道と王道は、全く違う道なのだから、砂利の道を裸足で歩く際に、舗装された道を靴で行く際の諸々が参考になるはずもない。
生きて、その道を踏破したいと願うならば、どうすれば地雷を踏み抜かず歩けるか、どうすれば不毛の大地においても命を保ったまま進んでいけるか、そのことをこそ、まず知るべきだろう。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
私は、前世で書いた実写映画のR-18という、存在そのものが地雷な二次創作小説も、だから結局は誰にも見せないまま、封印してしまった人間だ。
私は、十七年の生涯の、結構な割合の時間を使い、不毛の大地に、私だけが必要とする、私だけの秘密基地を作り、そこへ誰も招かず、一生を終えてしまった人間だ。
もっとも、それは死後にパパかママか……最悪ならふたりともに、読まれてしまったのだろうが……それは公表したとは言えないだろう。パパとママには、どうかそれで、私が死んで当然の子供だったと知って、サッパリしていただけたらと思う。自分達の子供が、期待していたモノよりずっと卑俗でおぞましい存在だったと知って、むしろ失望して欲しいとすら思う。その方が清々する。
私は、まぁ、そういう人間だから、創作論を口にする権利などはないのだろう。
だからそれはこの辺でやめる。
ここまで、こんなにも長々と無駄な述懐を続けてしまったが、私がここで言いたいのは、つまりこういうことだ。
自分が知る範囲で、「それをやった先人」がいない場合。
自分が知る範囲で、「誰もやらなかった事」を、それでも敢えてやらざるを得ない場合。
自分が知る範囲ではないのだから、どうすれば地雷を踏み抜かず歩けるのか、わからない。
自分が知る範囲ではないのだから、どうすれば不毛の大地において命を保ったまま進んでいけるのか、わからない。
つまり王道を行かないというのは、非常に危険な行為だということだ。
そんなことはわかっている。
ずっと、わかっていた。
だから魔法の新たな可能性を模索する際には、事前の「実験」と「実証」を重視してきたのだし、致命的な結果……事故や想定外の事態が予想される「実験」は、なかなかに行うことが出来なかった。必要に応じてしてしまったことは、偶然だ。やりたくてやったわけじゃない。
でも。
その一方で、私はこうも思う。
こんなん出来るんは自分だけかも~……ってことが、「出来る」と確信してしまった時、それを「やれる」と気付いてしまった時、しかしそれを「やらない」という選択肢を選べるのは……そんなことを、迷いなく選択できてしまうのは……それはもう、それこそそれまでの人生が、「王」様級に恵まれていた人だけなんじゃないかな、って。
少なくとも、私は「王」ではない。
女だから「女王」……なんて言葉遊びをするつもりもない。
私の、歩いた道が均されたとしても、それはけっして「王道」にはならない。
私は、多分邪悪な人間なんだろうけど、おそらくはそれは「邪道」にもならない。
私を、知性と品性の足りない獣のようなものと考えるならば。
私が、通った道は「獣道」にしかならない。
それは人の手によって舗装されることもなく、いずれ自然の摂理に従って消えてしまうモノだ。そういう、儚いモノだ。歴史には刻まれない、この世界には何の価値も与えない、加えない、意味もない、早世する私生児の足跡……スラム街に生まれ、そのまま無為に死んでいく子供達の足跡。もはやそれそのものよりも、足の裏を切って流した血の方が濃く大地を汚し、長く残るくらいの。
私の中に、少しでも残る先人の光は、後に偉大なる魔法使いとやらになったという、お兄ちゃんの、それだけだ。
前世も今世も、親は私に何の光もくれなかった。
世界は私に、光をくれなかった。
むしろ奪った。
世界はお兄ちゃんを奪ったし、お兄ちゃんを奪われた両親は、私から多くのものを奪った。
そりゃあ生前、私がお兄ちゃんを無条件で好きだったなんてことはない。
ケンカもしたし、ちょいちょい絶交だってした。
お兄ちゃんが買ってもらったRPGを、私が横取りしてずっと遊んでいたら、お気に入りのパーティメンバーの名前が、いつの間にか「スマタ」と「ポポヒ」になっていて殴り合いのケンカになったこともある。
……どういう意味かって? ヒント、お兄ちゃんは、下ネタには疎いけれど、生物の学名なんかには結構詳しかった。もうひとつのヒント、日本では「バカ」という言葉を表すのに、ある生物が逆立ちした絵を用いることがある。もうひとつ付け加えるなら、ツグミが使っていた厨二ワード、流体断層のポタモの部分は、たぶん語源がそれの一部と同じだ。
でも。
好きだろうが嫌いだろうが、私にとってお兄ちゃんはお兄ちゃんだった。
背中を追いかけて走った記憶がある。
迷子になりかけたところを助けられ、手を引かれ家に帰った思い出がある。
台風が来た日の夜に、雷鳴鳴り止まぬ中、一緒のベッドで眠ったこともある。
それは好きとか嫌いとか、善いとか悪いとか、正しいとか間違っているとか、そういう話ではないのだ。照らされれば影も出来るけれど、だけど在ってほしい光、時に眩しくて、鬱陶しくもなるけど、完全に失われれば万物を正しく見ることさえもできなくなる、そういうもの。
私は自分勝手に、ワガママに……お兄ちゃんに生きていてほしかった。
ツグミは言った。
偉大なる魔法使いが、どういったものかを考えるのであれば、地球におけるノーベル、ノイマン、フェルミといった、功罪ともに著しい科学者、数学者、物理学者等を想像すればいい……と。
二十一世紀に続くノイマン型コンピュータを生み出したノイマン。
ゲーム理論を編み出したひとりであるノイマン。
核兵器の開発に関わったノイマン。
彼は、彼こそが真に「誰もやらなかった事に挑戦」した人間だ。
そこに、「思いついたけどあえてやらなかった」「先人」がいたとも思えない。
それくらい、彼には先進性があって、新奇性があって、均されてない道を遠く遠い未来まで進んだ偉人であり、奇人だった。
ノイマンの、ある種の「非人間的」なエピソードは、枚挙に暇がないほどにある。計算能力でコンピュータに勝ったとか、何十巻もある本の内容を暗記していただとか、核兵器で京都ぶっ壊して日本人の心折ろうぜーと言ったとか、言わなかったとか、そういうのがたんまりと。
彼が真に天才であったことは、彼にネガティブな感情を抱く人でさえ、認めざるを得ないところだろう。その偉業の一切を否定し、拒否してしまったら、二十一世紀の文明下を生きていくことなど不可能だ。
けれど、彼のような天才の進んだ道が、王道でも邪道でもなかったこともまた、確かだ。
言葉遊びをするなら、彼は「天」才なのだから「天道」となる。でも、それだと多少の、日本においては敬遠される類の宗教的な匂いがついてしまう。
ならばそれは、「王道」の、本来の対義語である「覇道」だろうか。
それとも「邪道」、その本来の対義語である「正道」だろうか。
国語的に、「王道」と「邪道」は、ギリギリ対義語として認められる範疇にはあるが、そもそもそれはあまり対立するモノでもない。
それはそうだ、「王」の反対が「邪」って、邪な王など、存在するはずがないとでもいうつもりか。
覇道は。
覇者が力づくで勝者となった者のことだから、知力によって勝者、成功者となった者もそこへ加えていいとするならば、ノイマンはまさに覇者、覇道を歩んだ者であるといえる。死後の何十年をも、下手をすれば何百年という未来をも、己が色に染めたのだから。
正道は。
何が正しく、何が間違っているかは、個々人が決めるべきことだから、私はそれを論じない。
というより、日本人に、元日本人にノイマンの正邪を正しく評価することなど、不可能に近い。それは彼の恩恵に与っていない、国土に原爆を落とされたこともない、そういうレアな国か地域かの誰かに預けよう。
ともあれ、私は、私のお兄ちゃんが、ノイマンほどの天才だったとは思わない。
思わないし、言わない。
言わないが、そういった過去の偉人、奇人達がどれくらい凄いことをやってきたかについては、ある意味子供らしい憧れでもって調べ、覚え、尊敬していた子供らしからぬ変人だった……とは思う……後に、ナガオナオとなる千速長生、つまり私のお兄ちゃんは。
お兄ちゃんにとって、技術の発展や科学の進歩は、なによりも崇高なモノだった。
お兄ちゃんは、先人の功罪は、両面を見て評価するしかないものであると、よく知っていた。
だからお兄ちゃんには「王道」も「邪道」もなかった。
ただ偉大なる先輩方の背中を、ただ憧れをもって眺めていた。
そうして追ったのだろう。ただひたすらに、我が道を行くという「道」を。
ならば私がこれから進む道は、お兄ちゃんのその背中を追う道だ。
言葉遊びをするなら、それは……お兄ちゃんが魔法使いなのだから「魔道」……なのだろう。
私は、そこまで考えて。
ああ……それはしっくりくる……と思った。
失っていたモノを取り返したと思えるほどに、それはしっくりくる。
私は今、悪魔のようなことを考えている。
だから、その意味でも「魔道」。
戸惑うほどに、それが運命だったとでもいうかのように、ピースがカチリと、ハマってしまった。
「……ラナ様が、ご自身のエピスデブリを動かし、他者へペーストできるというなら」
私が、罅割れ世界の統括者で何が出来て何が出来ないのかを語り、そこから導き出される悪魔のような攻撃手段について提案をすると、ツグミはしばしの沈黙の後にそれ……つまりは「魔道」の「可能性」について、語りだした。
「ジュベミューワ様を対象に、それを行おうというのは……できる、できないでいえば、現状、不可能ではない……という答えになります」
そこに、そんなことをしてはいけない、いいや、してもいいといった、道徳的観点からの言葉は何もなかった。
「それは、確か?」
それを私は、まるで科学者のようだと思った。
「はい、あちらよりの経路を逆に辿り、そこへ毒を流し込むだけですから」
科学者に憧れていた、お兄ちゃんのようだと思った。
「毒、ね……毒か」
お兄ちゃんにとって科学と魔道は、同じものだったのかもしれないと思った。
科学者も魔道士も、良くも悪くも世界を変えてしまう、魔法使い達。
ツグミもまた、そういう者の眷属だった。
「なら、私の提案した作戦は、実現可能ってことね?」
……ちなみに。
猫人族はパニックし続けることに疲れたのか、ぐったりした感じで私達の背景になっている。残る五人の救出は……ツグミへの説明と作戦の提案中に行ったが……船が世界改変魔法、そのタイプデイドリームの起点となったせいか、全員が魂が抜けたような状態になってしまっていた。どのような夢を見せられたのか、全員が白目を剥いていたり、人体の穴という穴から様々な液体や諸々を垂れ流していた。
幸い、とは言えないが、その状態であれば私の魔法を言いふらされる危険性もない。だからここから更にワープさせて、今は地表に並べてある。正気が戻るかどうかはわからない。私にわかるわけがない。そこまでの面倒は見きれない。早期のご回復はお祈り申し上げるけれど、それ以上はもう何も出来ない。
「ただ、ラナ様のご提案には、問題がふたつほどあります」
「……それは?」
「ひとつは、安全性の問題ですね。おそらくは安全機構が働いて、平気だとは思うのですが」
「安全機構?」
なんの?
「罅割れ世界の統括者の、です。エピスデブリを取り除くという行為は、実は大変に危険な行為でもあるのです。間違った手順で行ってしまったら、心が、精神が壊れてしまっても不思議ではありません」
「え」
喩えれば……と、ツグミはしばしまた黙考をして、続ける。
「……脳の悪性腫瘍を取り除く手術を思い浮かべてください。脳にはNo Man’s Land、人が踏み入ってはいけない領域というものが存在しています。ほんの少し、そこを傷付けるだけで意識が戻らなくなったり、重度の障害が残ったりするため、そう呼ばれている領域です。悪性腫瘍がそこに隣接する形で存在していた場合、手術でこれを取り除くのは非常に困難となってしまいます」
「魂にも……そのノーマンズランド? みたいな領域があるってこと?」
「はい。魂も脳と同じように、複雑なネットワーク構造を形成する情報誘導体の群体ですから……というより、脳の方が、魂の在り様に合わせ、似た構造になっているのだと思います」
なら、私は、とても危険なことをしていた……ということだろうか。
「レオ様へ移した際には、おそらくNMLに隣接してない部分だけが移動したのでしょう。ですが、残る全てがそうであるとは限りません……というより、一部は確実にNMLに隣接しているはずです」
そういえば……忌まわしい記憶をレオに移動した際、私は移動させる記憶の「範囲」を、特には指定しなかった気がする。
ただ、思い出せる……思い出しても魔法を続けられる範囲の混乱しか引き起こさない記憶……それだけをイメージして術式を行った。
「で、あれば、偶然が上手く作用しただけかもしれませんが……おそらくは、NMLへ隣接している記憶をイメージしても、移動は上手く行かなかったと思います」
「……ああ、つまり」
それこそが。
「はい。それこそが罅割れ世界の統括者の安全機構である、という話です」
なるほど。
……だけど結局、あるかないか、機能するかしないか、わからない話だな、それ。
成功する確率は高いが、失敗したら精神崩壊エンドか……嫌な賭けだ。白目で穴という穴から色々なものを垂れ流す海の男を、五人分も見た直後だと特に。
「罅割れ世界の統括者ほど複雑な魔法になってくると、術者を守る安全機能の類が無いわけないのです……というより、高度な魔法のほとんどは、そういった安全機構への意識無しには、組み上げることすら困難です。それは、いわば、掘った孔の補強をしないまま、トンネルを掘り続けるようなモノ、安全対策をしないで細菌やウィルスの研究をするようなモノです」
その例えは、よくわからないけど。
「魔法の行使者、術者を危険に晒すような運用は不可能だってこと?」
私は、自分自身の身体が分割されたまま、空間支配が完全に解かれてしまった場合、自分の肉体もやはりバラバラになってしまうのではないと予測していたが……そういうことも、つまりは起きない?
「原典であるエキシ・エァヴィリェであれば、そういった場合は分割を解いてから解除されるよう、安全機構が働く仕組みになっていました。支配空間そのものを、只今ご説明頂きました例外を除いては動かせないというのも、同様の安全機構が働いてのものでしょう。罅割れ世界の統括者には多少、私が手を入れさせていただいていますが、そこは変わらない……はず、です」
「うーん……」
そこは、「はず」ではなく、確信をもって言い切ってほしい……。
「複雑な魔法の術式は、その開発者でなければ改造出来ない領域というモノが存在しています。幽河鉄道が、ナガオナオ様にしか改造出来ないというのも同じ理由です。特に、各魔法の安全機構の類は、ほとんどがその領域に属しています。それは、時に開発者自身でさえ触れられない領域です。まさにNML、ですね」
なるほど……大枠としては大体わかった。
「それが、ふたつある問題のひとつだという、安全性の問題はあるけど、おそらくは安全機構が働いて平気だって話?」
「はい」
ふぅむ。
「なら、私が考えていた、世界を壊すような運用も、安全機構に引っ掛かる?」
地下深く潜り潜り、マントルまで到達して惑星そのものを壊す。天高く昇り、オゾン層を壊し続け、地上を人間の住めない環境にする。宇宙に出て、この惑星の公転経路に罅割れ世界の統括者を置く。月を、大月を小月を、同じように壊したり、経路を塞いだりする。
そういう案、全部、ダメなのだろうか。
「それについては、私は答えを持っていません。検討も、ラナンキュロア様の幸福のためには、しない方がいいと判断します」
ふむ。
「ナガオナオ様は、安全機構に十分配慮した……そのつもりだった魔法の盲点を突かれ、数億という人間の暮らす大陸ひとつが消滅させられるという事態の……当事者ではないものの……責任者のひとりとなってしまいました。その事実が、ナオ様の幸福に貢献したとは、到底思えません」
「……なるほどね」
天才は……少なくとも四十五万人、広く見れば百万人以上が死んだ日本への原爆投下に、何を思ったのだろうか?
天才は……何も思わなかったのかもしれない。少なくとも私に推し量れるとは思わない。
だけどお兄ちゃんは、天才に憧れた秀才でしかなかった。少なくとも私はそれを知っている。
そうして私も、天才ではない。たったひとりを殺しただけで心が壊れそうになってしまった凡人だ。凡々人だ。妄想の中ではいくらでも人を殺せるし、世界も滅ぼせる。そういう妄想をして心が落ち着くことがあるのも事実。だけど……実際に、それを実行に移せるかどうかは別問題だ。全然、全く、別問題だ。
この世の終わりのような光景を見せられ、心があれほどに乱れた感覚を、私はまだ忘れていない。東京特許許可局。あれからまだ、さほど時間も経っていない。
「逆に伺いましょう。自分の忌まわしい思い出を、他人へ移動させることが出来ると気付いてから、ラナ様はレオ様にそれを行っただけですか? だとしたら何故、それ以上を試そうと思わなかったのですか? 動物実験すら行っていないのですよね? 何故でしょうか?」
「それは……」
どうしてだろう。
強いて言えば……必要を感じなかっただけ……なのだけれども。
「って……動物実験って……エピスデブリは動物にも押し付けられるの?」
「私が使える魔法のひとつ、魂の連結魔法、スピリットリンクは、人と盲導犬との間に結ばれる魔法ですよ?」
「ああ……それと、同じってこと?」
「はい。もっとも、スピリットリンクは感覚器官が著しく異なる相手、具体的には大型の哺乳類以外のほとんどですが、そうした相手に対しては、使うのが困難なモノでもありました」
「制限はある、と」
「はい」
つまり大型の哺乳類、なら可能性は高いのか。
「だったら……マイラにも押し付けられた?」
けど、どういう受け止め方になるんだ? それ。
逆なら、私に、犬の交尾なあれやこれやが押し付けられる、みたいな感じ?
……ピンとこないな。
「……おそらくは」
「そんな顔しないで、レオ。しないって、そんなこと」
「どうして、ラナ様はそれをしなかったのですか?」
そんな、するのが当然、みたいに言われても困るけど。
「必要がなかったから。それに尽きるよ」
「一類と二類のエピスデブリが山盛りテンコ盛りの状態を、治す必要がなかったと?」
人の忌まわしい記憶を、極上で特上なイクラ丼みたいに言うな。
「だって、レオとはひとつになれたから。それで十分だったから」
「男性恐怖症が治るとは思わなかったのですか? いえ、エピスデブリが除けられても、魂の傷が残っている間は治ったことにならないのですが……それどころか、先述の通り、全てのエピスデブリを取り除こうとするのは、大変に危険な行為ですが」
うーん……。
「だって……今更普通の人生なんて、もう送れないからね。そんな権利は、私にはないから。欲しいとも、思わないし」
今更、無垢な自分自身を手に入れ、誰かに愛されたいだなんて、思わない。
忌まわしい記憶は、忌まわしい記憶だ。あの男達が……この私の目の前に現れたならば、私は今でも、彼らを魔法でバラバラ死体へと変えるだろう。それも一切の躊躇無く、即座に、だ。レオに殺してもらうことさえ、したくない。
彼らを殺したいと思わなくなるのが、彼らを許せるようになるというのが、トラウマを克服したことだというなら、私はそんな出来た人間にはなりたくない。凡々人には無理な相談だ。
復讐は何も生まない? 何かを生みたくてするもんじゃないでしょ、復讐なんて。産むんだったらレオの子がいい。それ以外を生みたいとは思えない。
私は、十七年と追加で十六年を生きてさえロクでもない人間だ、だけどもう、それでいい。
「もう……自分を変えたいとは思っていない……ってことなのかな」
「……」
私はレオに愛され、レオを愛している今の自分が気に入っている。
そのままで生きたい、そのままで生きて死にたい、だからやり直しはいらない。
ああ、そうか。
そうだ。
「私はもう、傷付くことよりも、失うことの方が怖い……だからかな」
私は、胸に穴が開いたままのレオを見つめ、見つめ続けながらそう答える。
「そう、ですか……」
その言葉を聞き、ツグミはまた黙考をした。再びの熟考をした。
レオも、ここで口を挟む気はないのか、ずっと黙ったままだった。
ややあって。
「……なるほど。ラナ様は、超克していたのですね」
「超克?」
ややあって、ツグミから零れた言葉は、わかる様な、わからない様なモノだった。
「いえ、それならば結構です。エピスデブリを克服、服し、克つのではなく、それをそのままに超え、克つ。それもまた、ひとつの道でしょう。ラナンキュロア様がそれに至ったならば、それは祝福されるべきことです。なら……」
相変わらずツグミは、妙な言い回しをする。
これもお兄ちゃんの影響なのだろうかと、やはり少しだけ思う。
「なら、ならばまずは目の前の敵、ジュベミューワ様に打ち克たなければ、ですね。非道ともいえる、悪魔のような作戦をご提案されたラナンキュロア様の気持ちが、少しだけわかりました」
「……うん」
レオを助けるにも、まずは目の前の敵を倒さなければならない。
ならもう手段は選ばない。悪魔にも、「非道」ともなろう。
ジュベミューワはそれだけのことをした。
この怒りを克服する気などない。
ヤツを、超えて克つ。
ここはもう戦場だ。
戦場に栄光も名誉もない。そんな幻想は、他に生きる道のない人間だけが持てばいい。私はそんなものを必要としていない。悪魔のように勝つ。魔道を通り非道に勝つ。
ただ、勝つために戦う、それだけだ。
「それで、もうひとつの問題点って?」
ならば、今は作戦の実効性について論じるべきだ。道徳などではなく。
「はい。もうひとつは、まさにその実効性についての問題です。ジュベミューワ様……に、その毒が効くのか、という話です」
「ん?」
今なんか、『ジュベミューワ様……に』のところで妙に口籠もったけど……なんだ?
「ジュベミューワ様……の脚は、沢山の方の死体を吸収した巨人が、その素となっています」
あ、また。
……そろそろ敵を様付けするのに、躊躇いを覚えてきたのかな。……だとしたらだいぶ遅いけど。
「であれば……そこには爆撃され燃やされ、苦しんで死んでいったというエピスデブリが多く存在していたはずです。個々人が最初から抱えていたエピスデブリは措いておくとしても、それが無かったはずがないのです」
「……そういうもの?」
「肉の座にも、魂の痕跡は残りますから。死後、魂の群体状態は解け、ネットワーク構造は解消されてしまいますが、数時間が経過してよりの後であるならともかく、そうでないなら残滓はまだ残っているはずです。それを自分の身体に接合するなど、本来であれば自殺行為でしかないのです」
理屈から考えれば、あの脚にはエピスデブリより生まれる痛み、痒み、痺れ、気持ち悪さ、疼き、焼かれる痛み、凍る痛みといった、ありとあらゆる辛苦が無限に発生しているはずで、脳もその信号を受け取っていなければおかしいのです……と、ツグミは語る。
「どういう理屈かは私にもわからないのですが、あのジュベミューワ様……には、そういった毒への耐性があるようなのです」
「ツグミにもわからない、エピスデブリへの、耐性か……“要不要”で、それだけを弾いているとかは?」
「まさか……いいえ、その可能性もありますが……」
問題はふたつ。
攻撃者の血肉ごと持っていくかもしれない、兵器の安全性の問題。
攻撃目標に攻撃への耐性がありそうで、実効性に不安があるという問題。
ツグミに言わせれば、前者のリスクはほぼないだろうとのこと。だけどリスクがあった場合の最悪は、白目で汚物垂れ流し状態の精神崩壊エンド。後者はリスクではないが、作戦自体に、前者のリスクを許容するほどの価値があるかという問いを、私へ投げかけてくる。
「つまり、これはまた“賭けろ”という話?」
「そう……なりますね」
なら、私の答えは。
<ジュベミューワ?視点>
木炭に、最初に触れた時、手が汚れるのがイヤですぐに指を離した。
次に触れた時、だけどそれで☆じぶんいがいの☆すべてを☆くろく☆ぬりつぶしてしまえたらいいのに☆とおもった。
どうして☆へいわを☆のぞまないひとが☆いるのだろうか。
どうして☆やさしさを☆すこしももたないひとが☆いるのだろうか。
どうして☆ひとは☆あらそうの?
どうして☆ひとは☆うばいあうの?
そんな事を、しなくても、幸せにはなれるのに。
足りることを知れば同時に満ち足りるということも知れるのに。
だからもう○ぜんぶぜんぶ○くろくくろく○何もかもがみえなくなるくらいにぬりつぶしてしまいたいあはははははははははははははwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww☆
みんなみんな、おかしいよ。
わたしはただ☆ありふれたしあわせが☆ほしいだけなのに。
ふつうに☆どこにでもあるしあわせが☆ほしいだけなのに。
ただしいせかいは☆どこにあるの?
わたしのことを☆きずつけない☆たにんをおもいやれる☆やさしいひとだけのせかいは☆どこにあるの?
世界■変革■望むならば■最強■存在■なりて■支配し■君臨せよ。
芸術は引き算。
世界が美しくないのは、美しくない人がそこらじゅうに跋扈しているから。
ならば美しい世界は、美しくない人を潰し、押し潰し、踏み潰していくその先にあるから。
へいわを☆のぞまないひとを☆皆殺しにしよう。
やさしさを☆もたないひとを☆鏖殺しよう。
あくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまは殺そうあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまは死ねあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまは殺そうあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまは死んでしまえあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまは殺そうあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまは死ねあくま死ねあくま死ねあくま死ねあくま死ねあくま死ねあくま死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
わたしは、大それたことは何も望んでいないのです。
わたしは、身の丈に合わない大望は抱かないのです。
ただただただただ、ふつうのしあわせがほしいだけなのです。
それくらいののぞみが、どうしてかなわないのですか?
おひめさまに○なりたかった。
いっしゅん○だけでよかった。
しょうがいで○ただいちどの。
おひめさま○になれたらいい。
だけどどうしたってわたしはおひめさまにはなれなくて。
ならば抗え■泣いて■喚いて■賑やかに■騒がしく■世界に☆あらがえ。
ほしければ☆ころせ☆命を賭して命を護れ☆それがいきるということしにあらがうということ。
――無理。
え?
――無理。あなたはもう壊れているから。
――あなたの人格は、もう壊れているから。
――沢山のものが混じり合いすぎいて、何もかもが破綻しているから。
――それ自体には同情するけど。
――共感は、できない。
だれ?
――もしかしたら、あなたは私のもうひとつの可能性だったのかもしれないけど。
なんの☆はなし?
――私はあなたを壊すよ。
――同情はしても、壊す。
――かわいそうでも、あなたがどんなに生きたくても、殺すよ。
――私が私のために、わがままに、自分勝手に、あなたには死んでもらう。
ねぇ○誰なの!?
――さぁ。
――堕ちて。
――私が、それがそうであると知っている、それがそうであると断言できる、最悪の地獄の、そのナカへ、そのソコへ。
――堕ちて。
くろい、木炭よりもおぞましい、ぬとぬととした何かが襲ってくる。




