epis57 : Guren No Yumiya / Red Swan
<ラナ視点>
ソレの登場と、罅割れ世界の統括者の発動は、ほぼ同時だった。
まさしくソレは、場に登ってきた。
大舞台へ、セリから飛び出してきた役者のように。
大きな倉庫の、その屋根を舞台の床であるかのようにして。
下から上に、私達が観客であるのならば、それを見下ろすかのごとくに。
王冠のように複雑な形と化した炎の輪の、その中心へ。
白と黒の異形は、そうしてその場に顕現した。
「なに/あれ……」
その、あまりの異様に、思わず私が、レオの声混じりで呟いた、その瞬間。
「くる」
異形が、雄叫びを上げるかのように両拳を握り、背を弓なりに曲げた。
叫びの声は、だが聞こえない。
人の形をしていながら、ソレは声を発する機能は有していないようだった。
だからなのか、その姿は、まるで自分が人であることを、人であったことを忘れないでいようとしているようにも、それを忘れ去ろうとしているようにも見えた。真実は知らない、ただ私にはそう見えた。
異形の雄叫びに、共鳴するかのように炎の輪がホロリと崩れていく。
崩れ、墜ちていく。
「えっ」
黄昏時の港町へ、崩れ墜ちた炎の矢が、無数に放たれた。
私達の目の前で、頭上から地上へ、おそらくは活性化した燃焼石が、ボユの港の街並みへ雹のように降り注いでいる。
「っ……」
いくつかは罅割れ世界の統括者の結界にも当たり、近くの地面へと落ちた。
「……こんな、まさか」「わぅん……」
それは、もうそれこそが異形の叫び、そのものの形象であったとでもいうかのように、形を有し、熱を有し、焔を曳いた雄叫びは、隕石が落下するかのごとく街へと墜ちていき、着弾の後に大きな炎を放ってボユの港の街並みを炎に包んでいった。
三年前の戦時下においても平和で平穏であった町、戦乱を知らぬ街、ボユの港が、私達の目の前で地獄へと変わっていく。
「お、おい! なんだぁありゃあ!?」
「あ、あっちには俺の家がっ!!」
「あれはなんなんだ!? モンスターなのか!?」
「ボユの港が……街が燃えていく!!」
まずい。
異様な光景に、周囲が騒然となっている。
まだその視線は、頭上の異形、そして現在進行形で次々と火の手が上がっていく遠くの街並みへと向けられているが、ここにはもうひとつの異形がある。
空間を、世界の一画を黒い線で分割する罅割れ世界の統括者の異様がある。今は近くに落ちた燃焼石が大規模な炎を上げていて、見えにくいかもしれないが、よくよく見れば、その先におかしな光景があるとわかるだろう。
こちらへ視線を向けられたら、誰何は当然のこととして、下手をすればこの事態の下手人か、その一味と思われ、問答無用で攻撃をされてしまう。
その攻撃は、己の住む町が壊されたことへの、強烈な憎悪を孕んでいるはずだ。
自分達の町を壊されるというのは、人間の感情を暴発させる事由のひとつなのだろうと思うから……どこへも帰属が許されたことのない私には、実感しにくいことではあるけれど。
それでも三年間住んだ街が炎に包まれているというその光景は、なにか心にくるものがあった。心がくるっとクルっていく気さえした。ましてや、ここで生まれ育った生粋の地元民であれば、その倍も百倍も、冷静ではいられないだろう。
その気持ちは理解できる。理解できるが、だからといって憎悪に染まった感情の矛先を、私達に向けられても困る。
そのような事態は避けなければいけない。お互いのために。
「レオ/わぅ……ツグミ、/地下/に潜るよ?」
「うん」「わぅん……」
今回、罅割れ世界の統括者は、自分達の周辺を除けば、倉庫に向かって地下へ伸びるよう、空間の支配を行っている。
先ほど考えた、よりベターな解答……罅割れ世界の統括者を連続使用して、その中をモグラのように進んで倉庫の中に入るという案……へ、すぐ移行できるようにと、そうした形で今回は発動させた。
今や問題の中心は、倉庫の中にはない。上に浮かんでいるけれど。
それへ対処するためにも、より「人目のない」空間が必要だった。
「改めて、ラナの魔法の汎用性の高さに驚くよ」
「私も……ううん、あたしも/こんな風/わぉん……に使いたい/と思っての魔法だったわけ/じゃないんだろうけどね」
「どうでもいいけど、この……コイツ? ツグミ? の声になる時、犬語が混じるのはやっぱり仕様なの?」
そういうわけで、私は地下へ伸ばしていた空間から、「土砂」や「石」を地表の空間へと「通過」させる。
すると地下の空間は、ほぼほぼ真空状態に近いガランドウとなる。その上を重い物が日常的に行き来する倉庫街の地面なのだから、大量の石、岩石をも含んだ密度の高い土壌なのだ。
だからそこへ、地上の空間から「空気」を「通過」させる。そうして人体がそこにあっても問題のない空間をいくつも完成させる。然る後にそれらを結合すれば……あら簡単、簡易地下シェルターの完成だ。
これは三年前、王都で開発し完成させた技法だ。戦況が好転していくに従って、戦場には多くの戦士、軍人が戦闘に参加するようになっていった。本当に最後の最後ら辺では、それまで王宮に引き籠っていた近衛兵達までもが出しゃばってきた。日和見、勝ち馬に乗るのが悪いこととは言わないが、正体を隠したい私達にそれは、大変に都合の悪い変化だった。
そんな中、最後まで英雄レオポルドの正体を隠し通せたのは、この技法あってのものだ。王都には暗渠化された水路があちこちに伸びていた。地下シェルターを即席で作るという発想は、あの都市構造あってのモノだった。
「プラス/元ぼっちが五/わぉん……年間ひきこもった/経験/ばぅん……が活きたってところかな/嬉しくないけど」
「……それ、緊張感が台無しになるね」
「くぅん……」
そういうわけで私達ふたり、プラス一匹は即席の地下シェルターに引き籠る。
レオの言う通り、ツグミのせいで緊張感が台無しになっているが……というか、私達がサイコパスっぽくなってる気がするが……とはいえ地上では今も地獄様がその勢力を拡大中だ。死者は秒単位で増えていることだろう。この胸に焦りが無いわけではない。
急ぎ、空間のひとつを潜望鏡のようにして地上の様子を窺う。
私達が地下シェルターに籠もるまで二分ほどの時間がかかった。さすがに何分も続く燃焼石の連射などはできなかったのか、異形の、燃焼石による街への爆撃は一旦やんでいるようだった。
「これは……/ひどい」
けど、その背景にあるボユの港の街並みは燃えていた。潮騒の音が聞こえなくなるほど激しく、ごうごうという悲鳴をあげながら、大炎上をしていた。それは、これが消えるまでにどれだけの人が死んでいるのだろうかと、絶望にも似た空虚が胸に押し寄せてくる光景だった。
燃える街を見ながら、私は……延焼しそうになる心の奥の泥炭のような感情を……意識して殺していく。
どうせ既にサイコパスっぽいのであれば、そのように振舞いたいと思う。
レオと歩いたその街並みを、その記憶を、頭の片隅へと追いやる。
少ないながらも顔見知りとなっていた何人かの顔に、ベールをかける。
三年間、レオと暮らしていた風景を、何も意味が読み取れない黒で黒く塗り潰す。
この緊張感を、シリアスを台無しにしろ。そうでないと私は……。
日本語でも思い出せ。もう意味がよくわからなくなってきた日本語でも思い出せ。
東京特許許可局休暇強化許可局長。
お前のかーちゃんデ~ベソ。アタイのかーちゃんでけ~乳。
お前のとーちゃんデ~ベソ。アタイのとーちゃんひで~父。
斜め七十七度の並びで南無南無連なる薙刀七本生半に薙いで生殺し。
君の瞳に完敗。亀らを止めるな。もしかして、俺達、私達、稲川っていう?
「……私は駄洒落好/きのオッサンか」
「ラナ?」
そうして私は、前世で習った三角関数を思い出しながら、目標の、異形までの距離を測る。
するとそれはギリギリ、ふたりの罅割れ世界の統括者、その射程圏内(百メートルほど)に在るように見えた。
「レオ」
「わかってる、アレを撃ち落とすんだよね?」
「あの……ラナンキュロア様、レオ様……」
あれはデコイである可能性がある。あの異形は灼熱のフリードなりジュベミューワが操っている可能性がある。
そうであった場合、攻撃はこちらの存在を相手に知らせるだけのモノとなってしまうが……もはやそのようなことで悩んでいる場合ではない。まったくもってそのような場面ではない。駄洒落を羅列する場面でもないが。
あれを灼熱のフリードなりジュベミューワが操っているモノ……と考えるなら、王国の軍人であるそのふたりが、なぜボユの港を地獄に変えているのだという話になってしまう。情報が足りない中、何をどう考えたところで答えなんか出ない。それよりは目の前の火事を、目の前の地獄をなんとかしなければならない。
「ラナンキュロア様……あの……」
「あなたに……正解/が見えている話なら聞く/そうでな/いなら今は黙っていて/わぅ……ツグミ」
「わぅ……」
「同意見、だね。こんなことをする人間を、僕は放っておきたくない。許さない」
「レオ……」
レオから強い怒りの感情を感じる。レオは、私よりももっとずっとこの街を好きだったように思う。毎日のようにマイラを連れて散歩をしていたし、顔見知りの数も、私よりずっと多かったはずだ。
それへ、泣きたくなるような胸の痛みを覚えるが、今は冷静に対処してもらわないといけない。
東京特許許可局休暇強化許可局長休暇許可書を強固に拒否か。
まだ誰かが死んだと決まったわけではない。
並べて七十七度の並びで長々連なる七十七本薙刀薙いで生麦生米生卵。
街は地獄と化したがまだ誰も死んでいないのかもしれない。人的被害はゼロなのかもしれない。
そうかもしれない、そうかもしれない、そうかもしれない。
そうであってほしいと絶望に祈る。
「レオ……殺す、は駄目/だからね? あれの正体がわから/ない以上、/わうっ……死という概念があるかどうかも/わからないんだから」
「……わかってるよ。僕の剣で、死の概念がないモノを殺そうとするのは危険って話だよね。わかってる。わかっているから……なら……まずはそうだね、七つくらいに分割するイメージでいこうか」
切れ長の目をキッと異形へと向け、レオは凄惨に微笑む。この三年の間には、見なくなっていた顔だ。それへ、怖いという感情が胸に浮かぶ。けどそれは、レオが怖いのではなく、レオが自分の知らない、ナニカへと戻ってしまうことへの恐怖だ。
レオの心には闇がある。闇は私にだってある。だからそれを怖いとは思わない。思わないけど、自分が闇を救う光とはなれないことに、絶望もしている。傷を舐め合うことはできる。身体をくっつけ合い、お互いの身体を暖め合って天上の高みへと昇ることもできる。けど、いくら身体を重ねあったところで私達の本質は変わらない。
人殺しと人殺しの、闇と闇との同化だ。
後ろ暗い生まれのふたりが、暖かな閨の中でただ抱き合っている。
それが今の私達だ。私は、レオと同じ場所にいることはできても、レオをどこか清らかな場所へと、光ある世界へと導くことはできない。できていない。子供が生まれたらと……思うことはあるが……でも、それはまだ未知の未来へと託す夢でしかない。今はどこにもない、イツワリだ。
「いくよ?」
「うん。……きて」
レオの魂には闇がある。闇は私にだってあるけれど、その闇とこの闇はきっと何かが違う。それは種類なのかもしれないし、深さなのかもしれない。そんなことはわからない。
その深淵を覗きこみたいとは思わない。
今は、まだ。
「ふっ!……」「んっ」
私が統括する空間を、レオの斬撃が通り抜けていく。
夕闇を切り裂く、蝙蝠の孤影のように。
舞い散る花弁のように美しい一閃が、私のナカを通過していく。
「どう?」
「……斬れてる/けど……またくっつ/いてる」
「やはり、ですか……」
一瞬で六つの斬撃を放ち、すぐに意識が戻ってきたレオと、五十メートル先の空間から送られてくる百メートル先の映像を見る。
遠く、小さくしか見れないが、黒と白の身体は確かに七つに分割されていた。だがその全てが一瞬、斧の様な形状の鱗を生やし、それらが噛み合う形で繋がりあったと思うと、ファスナーを閉じるかのごとくに分割された身体同士が結合し合い……何事も無かったかのようにすぐ元の姿を取り戻した。
「ぬ/ゎん/てインチキっ」
「ゎぅん……」
「ラナ、アレが結合する瞬間、体内になにか光るものが……というか、炎のようなものが見えた気がする」
「炎/ね……」
「次はどうする?」
「どうしよ/うか……」
異形は、自分が何をされたのかわかっていないようで、周囲をキョロキョロと探し回るような挙動を見せている。その様子は、知性があるようにも見えるし、あったとしてもそれは動物程度でしかないようにも見える。
「ツグミ/さっきから/わぅん/とか/くぅん/としか言っていないけど/言いたいことがあ/るなら言って/わぉん……今、/少しだけ様子見中だから」
「わぅ……それは……」
「動きがある前に、早く」
「その……アレは……ラナンキュロア様がいうところのゼロ周目で、ノアステリア様が陥った状態……生存とも、死亡したとも言い難い状態になってしまった、その時の姿に酷似しているのです」
「ん……そういえばそんな話が/あったね」
そういえば、詳しく聞いている時間が無かったから、激しく思わせぶりなそれにはノータッチのままだった。
「あれを、上背であるとか……その……諸々を縮小したら全く同じと言っていい姿です」
「諸々って……おっ/ぱいとか?」
「ラナ、品性」「……はい」
ぱいとか、の部分を自分の声で言われたレオが眉を顰める。
東京と京都の特許許可局休暇強化許可局長休暇許可書強弁に拒否は狭量無教養。
折角……恋人がそれなりのものを持っているというのに、レオはあまりそこに執着しないんだよね。冬はともかく、夏に押し当てると心底迷惑そうな顔をする……し。
「つまりアレはノア/ってヤツの/わんっ……アナザーフォーム/ってこと?」
「いえ……おそらくあれはもう……不可逆な変化です」
「戻れない/ってこと?」
「はい。この世界では燃焼石と呼ばれている燃料がありますよね? 同じものはナオ様の世界にもあり、私にはそれについての知識があるのですが……あれには魂の座としての機能があるのです」
「魂の座……って?」
「魂とは、平たくいってしまえば情報誘導体の群体です」
東京特許許可局、東京特許きょきゃきゃきょく。
「それ、前に/も聞いた覚えがある/わぅっ……意味はよくわから/なかったけど」
「二十一世紀の地球を生きた千速継笑様であれば、インターネット上のコミュニティ……のようなもの、と考えればわかりやすいのかもしれません」
東京特許巨伽脚曲。
「……ごめんまだよ/くわからない」
「人間であれば、魂は平均で六十ほどの、情報誘導体の群れとなります。十を下回る者、千を超える者と例外も多いのですが、押し並べて述べればそれくらいです。それらが互いに情報を共有しあい、ひとつの話題、ラナンキュロア様であればラナンキュロア様の心身、過去、未来、現在について活発に議論を交し合っている……それが生命の一個体に宿る魂です」
「うーん……」
イメージする。そしてそれをインターネット上のコミュニティのようなものに置き換えてみる。
「SNSのグループ/みたいな?/ハッシュタグ#自分/みたいな?」
「前者は多少、後者はかなり違いますが、大雑把に考えればそのようなモノともいえます」
「匿名掲示板のスレッド?/それとも板?/メンバーシップ?/なろうのクラスタとか?」
「SNS?……ハッシュタグ?……クラスタ……クラスター?……」
「最後のはよくわかりませんが、その中であれば最初の、SNSのグループが一番近いのかもしれません。魂の座とは、インターネット……コンピューターの例を出すのであれば、つまりメモリ、ハードディスク、マザーボード等に該当します。人間の魂の座は身体の肉、そのものです」
肉、て。
「……脳じゃないんだ?」
「大部分の情報誘導体は脳に宿りますが、全てではありません。脳以外の部位に情報誘導体が多く宿っている場合は、スポーツ等で身体を動かすことが得意になります。エピスによって身体能力を向上させる場合は、主にそちらへと働きかけることになります。脳にばかり情報誘導体が集中していると健康を害し易くなったり、女性であれば生理が不安定になったり非常に重くなったりもします」
「うへ」
「グラフィックボードが刺さっていないマシンで無理に3Dゲームをしようとしても、重くてまともに動かなくなりますよね? 情報誘導体が宿っていない部位があるとCPUへの負担が高く、結果的にそれが心身の不調となって顕れるのです」
幸運にも軽めだった私は魂……の欠片? が結構身体にも分散していたってことですか? もしかして、私が魔法を使う時七色に光るのって、ゲーミングPCリスペクトなんですか?
「つまり?」
「燃焼石にも魂が宿ります。ただ、それは通常、知性と呼べるモノは生み出しません。これは手や足に宿った情報誘導体が知性を生まないのと同じ理屈ですが、数多くの燃焼石を、一個の知性が、既に一個性として成立している魂が支配したとしたら……それは、その知性による、燃焼石の生命体となります」
「燃焼石の/生命体……」
結構な時間、ツグミと話したが、私はその間も監視の目を休めていなかった。
東京特許許可局を念仏のように唱えながら油断せずに警戒していた。
白と黒の異形は、しばらくは周囲をキョロキョロと探し回るような挙動を見せていた。その後は方々へ右手をかざしたり、左手をかざしたり、それに合わせて炎の輪を動かしたりしていた。
何をやっているのかはわからない。わからないが、破壊活動を始める様子もなかったので静観していた。その様子は、やはり知性がある人間のようにも、動物のようにも見えた。
「いやでも、あれがノア……/ノアステリア?……/だったとして、ボユの港を地獄/に変える理由は何?/だとしたら……」
「真っ当な知性は、もはや残っていないのかもしれませんね」
燃焼石を魂の座にするというのは、真っ当な生命の法則に従ったものではないがゆえに、崩壊……発狂したり、身体を動かせなくなったり……しやすいものであると、ツグミは語る。
「なにその、/科学実験が失敗した末に/モンスターが生まれ/ました系の話……/わぅん……アメコミとか/でよく見るヤツ」
「アメコミ?……」
東京特許許可局巨伽脚曲公共共有許諾。
フィヨルクンニヴと、同じ古ノルド語から名付けると……炎の巨人?……なのかな~。いろんな意味で嫌だなぁ~。いえ別にマー●ルのそれが嫌だとは申しませんがね~、むしろそちらを毀損しかねないという意味で嫌ですよ~。
京都特許許可局東京と曲共有を許可か。
イフリートだとファイナルなファンタジーの印象が強いし、そもそもあの異形、女性形態だけど、炎の女神ってメジャーな範囲にいらしたでしょうか。ヘスティア?……そのイメージは炎というよりも紐……うーん、とりあえず北欧神話にはおられなかったような……。
「ただ、どちらにせよ、酷似しているとはいえ、私が見た姿とも違うのです。発生したのが燃焼石の倉庫というフィールドだったからかもしれませんが、あれは私が見たものよりも、倍以上の大きさに見えます」
ふむ……。
「ゼロ周目のそ/れはどうなったの?」
「海の底へ沈んだジュベミューワ様の遺体を追って、海底に潜りました。その後、どうなったかのは……観測していません」
「その海って/私とレオが沖を漂ったまま十数日を/わぉん……生き延びたっていう海/だよね? 海水温/の上昇とかは?」
「……なかったように、思います」
なら、海の底でそのまま死んだかしたのではないだろうか?
「わからないな。アイツは結局、なにがしたいんだ?」
レオの疑問はもっともだ。どうして、アレはボユの港を地獄へと変えたんだ?
それは気になるが……気になるが……。
「結局、正解は/わん……無かったね/あれが何で、どう/してボユの港を燃やしたのか/何もわからないけど……/私達は結局、ア/レを倒すしかないんだ」
深堀りは、どれだけ東京特許許可局を唱えても、心がもたない気がする。
「そうだね、僕も同意見だ。街を焼き払うような人間は、地獄へ堕ちろ」
「レオ……」「レオ様……」
異形は、ボユの港を地獄に変えて後、十分以上の時間が経った今では、どこか何かへ納得したような素振りを見せている。両手を上から下へ、振り下ろすような素振りをして何かを確かめている。その動きに、炎の輪も同調するかのように揺れている。
「ジュベって子/は、この世界線ではまだ生きて/いるんだよね?」
「いえ……それもわかりません。おそらくあの倉庫に、まだいらっしゃるのではないかと思いますが」
「倉庫って……少し燃えてるけど」
炎の矢は、何発か燃焼石の倉庫へも墜ちていた。大火災というほどの火の手は上がっていないが、あちこちから小火のような煙が立ち上っている。
「ラナ。死んでいるなら、その死体を海へ捨てれば……とかって考えていない?」
「……考えていない/よ」
考えていたのは、死んでいたとしても、生きていたとしても、ジュベを確保できればこちらの思う方向へアレを誘導できるかもしれない、という話だ。
我ながらそんなことを思い付くことへ、想うことが無いわけでもない。
けど、そういう発想は普通に生きてこなかった、常識に守られてこなかった私達だからこそできることだし、なによりアレや、アレの一味に……ジュベだってその一味なのだから……慈悲をかける気など、無い。
心を黒く塗り潰し、意識して深呼吸をしながら、なるだけ気負わないよう、心を落ち着かせるよう努めて……今も地獄にいる人達の悲鳴などはシャットアウトして……自分自身はくだらない思考も、このシリアスに飲み込まれないよう、混ぜ込みながら、なんとか立っている今のこの時は、あるはずもない。
「待って、あれは何?」
「え?」
「異形じゃない! 下。その下の方!!」
「……え?」
地獄。
ああ、見ればもう、それは本当の、地獄の光景。
それが喩えなのか、そうでないのかすら曖昧になってしまう、紛う事なき地獄の絵図。
それは私の、サイコパスな努力を嘲笑うかのごとく。
どうしようもない現実を突きつけてくる。
「遺体が……ボユの港の住人の……その焼死体……だよね……あれは」
ゆらゆらと、煙のように立ち昇っていく人の……真っ黒になった焼死体。
「そん、/な」
一部はまだ火を放ち、燃えながら浮かんでいる。
そう、黒い死体が……おそらくは異形へ向かって……浮かんでいっている。
その数、おそらく百は下らない。二百、三百……五百はあろうかという、その数。
「ああ……いや……/そんな……/いやぁぁぁ……」
地獄で……どれだけの人が死んだのか……私はこの十分以上の時間、心を押さえつけることで考えないようにしてきた。
その実、心の中では現実を知っているからこそ唱えていた。
念仏のような何かを唱えていた。
それを、突きつけられる。おそらくはそれでさえも、この圧倒的悲劇の一部に過ぎないだろうという現実を、事実を思い知らされる。
見ているだけで、脳が真っ白になるような、折角真っ黒に塗り潰した心が一瞬で反転してしまうかのような、あまりにもおぞましい光景。
「嘘……/叔父さん……/わぉん!? ナッシュさんも!?」
そして異形の、直下の足元からも、ふたつの遺体が昇っていく。
叔父さんのそれは、もう見る影もないものだった。
黒い槍を、それでも握っているからそれとわかるだけで、もはや黒くない部分は額の辺りに少しと、足の先くらいにしかない。
ナッシュさんは、まだそれなりに原形を留めていた。だがそれも、昇りながら炎に包まれていく中で、黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く変わっていく。
生きてなどいない。
生きているはずがない。
知らぬ間に、叔父さんもナッシュさんも死んでしまっていた。
おそらくは最初の、炎の矢が放たれた時だろう。
私は……コンラディン叔父さんを……嫌いではなかったのだと思う。
別の世界線で、叔父さんが私を殺すこともあったようだが、それに私は何も思わない。人間なんて簡単に壊れるから、壊れて、機序のない、意味もない破壊衝動に駆られることもあるんだから。
叔父さんにそうなる可能性があったからといって、私は、私という人間は、それで叔父さんの評価を下げるなんてことはしない。
ただ思うだけだ。
叔父さんも、弱い人間なのに頑張って生きていたんだなって。
弱いのに、頑張って強く生きていたんだなって。
それは、強い人間がそのままに強く生きているよりも、価値があることのように、私は思う。
ナッシュさんもそうだ。
ナッシュさんは強かった。
強かったけど、弱くなった。
弱くなったけど、頑張って強く生きようとした。
娘のために頑張って生きていた……いる。
弱音を吐かず、挫けず、前を向いて歩いていた……いたのに。
それなのに。
それなのに。
その全てが報われてない。
報われていない、報われなかった。
死が全てを終わりにしてしまった。
そうしてその死、そのものもまた、今ここで貶められている。
「合体……してる」
一番近くから浮かんできた、叔父さんの遺体が……異形の身体へと飲み込まれる。
「いや……あれは……吸収、か?」
「なん、/なの、あれ……」
すると異形は、その巨体を、更にひと回り大きくした。
二番目に近くから浮かんできた、ナッシュさんの遺体が……異形の身体へと飲み込まれる。
すると異形は、その身体を、更にひと回りもふた回りも大きくした。
「なんっ/なのよぉ、これぇ」
それだけで上背は、三メートルを超えたように思う。横幅もそれにあわせ、五割り増しほどに大きくなった。
「は、あははっ……/カップサイズも/三つくらいあがってそう/負けたわっ」
とうきょうとっきょきゃきゃきょくきょきょとぅきょかきょくかきょくきょかきょくけかきょくきょくかけぅきょくけけかきょくかきょけ。
「ラナ?……」
「ラナンキュロア様?」
「何なのよアレ!?/何なのよアレ!?/わぉぉぉぉぉぉぉん!!」
思考に、完全な空白が走る。
「何アレ!?/何をやってるの!?/何がしたいの!?/どうしてあんなことができるの!?/なんであんなことをしていいと思っているのよ!?/わぅぅぅぅぅぅぅん!!」
もう頭に、念仏すらも浮かばない。
「落ち着いてラナ! お願いだからっ、落ち着いて!!」
もうなにも塗り潰せない、もう何も見て見ぬフリができない。
私の頭の中は、真っ白に輝く炎で真っ黒だ。
「ラナンキュロア様!!」
「見つけた」
ここは地獄だ。
ああそうだ、この世界は地獄だ。
知っていた。
知っている。
今も。
ああ、今も。
どこまでもそう、どこまでも、どこまでも。
「え?」「わぅん?」
「死ね、元凶」
「う……ぁ……」「きゃぅ!?」
真っ白な視界に、飛び込んできた光景に、私は黒よりも黒い闇色に染まる。
なに、これ。
なんなの、これ。
どうして。
どうしてレオが。
「ごっ……がっ!……」「レ、レオ様っ」
どうしてレオが……レオとツグミが、地下シェルターの中に、唐突に現れた顔と左手と肩しかないジュベミューワに炎弾を撃たれて、その身体に、深淵のように真っ黒な穴を開けられているの?
レオの手には……剣が握られたままになっている。
レオが、剣を握ったまま……敵の攻撃を受けて……致命傷を、与えられて……。
どうし、て?
「わたしは勝った!! 運命に! 勝ったんだ!!」
「いやあああぁぁぁぁぁぁあああ/ああああ/ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」




