epis55 : time traveler [D*RAEM*N SONG]
<ラナ視点>
騒然となる港町の倉庫街。
「避難だ避難! とにかくここら一帯から女子供を避難させるんだ!!」
そこで私達はひっそりと物陰に隠れ、真っ黒に日焼けした肌の男衆達が大声で叫び、怒鳴り、やりとりをする様子を、息を殺しながらこっそりと窺っている。
「女子供以外!? そんなのは好きにしろ! だが誇りがあるなら避難誘導か消火準備か! どちらかを手伝え!!」
ぼっちには、人のいないところを探る技術が備わってくる。
この人生においては、私はずっと家にひきこもっていた。だけどもはや前世であることがほぼ確定したあの人生においては、その私だかあたしだかは、学校には真面目に通うタイプの日陰者だったのだ。
学校は、ひとりきりになれる場所が、少ないようで多い。屋上への階段、そのどん詰まりなんかは意外と陽キャとかキョロ充もやってくるから駄目で、図書室の端っこの方なんかは、周囲に人の気配はすれど、意外とひとりきりの世界には入れたりする。これは図書館の方にはない特性であって、図書、館の方はどうして空間全てに人の気配がするのであろうかと、不思議に思ったりもする。アレかな、図書館には結構難しい本の需要もあって、デッドスペースというかというかデッドシェルフというかデッドラックというか、デッドブックが生まれにくいのだけれども、図書室の方にはそれが生まれまくりだからなのですかね。
まぁ、それはどうでもいいけれども、昔取った杵柄ならぬ前世で取った隠密スキルを駆使して、私達はユーフォミー達が囚われているという、件の倉庫の様子を窺っている。罅割れ世界の統括者の射程圏内にはまだ遠くて、中の様子を窺うことも出来ない。
「ラナ、どうするの?」
「くぅん……」
幸い、倉庫の中に入って何が起きているかを見に行こうとする人は「まだ」いないようで、いくつかある、どこかの入り口へと辿り着けるのであれば……私達が中に入るのも無理ではない……と思う。
けどそれも、公爵家の騎士団なり、消防のエキスパートなりがやってくるまでの話だ。猶予は、周囲の様子から見て三十分……いや十分もないのかもしれない。
「ツグミ、あなたは今何ができるの?」
「わぅ?」
幽河鉄道とやらを使った、予知夢ならぬ未来予知が可能であるのならば……話は簡単だ、「正解」のルートを教えてもらって進めばいい。
でも。
「未来予知が可能なら、そもそもこんな状況になんて、なっていないんでしょ?」
『ラナンキュロア様……申し訳ありません、私、ジュベミューワ様を……ジュベ様を、壊してしまいました』
ツグミは謝った。誤ったことを謝った。
自分がしでかしてしまったことを悔いて、オモチャを壊してしまった飼い犬みたいにシュンとなっていた。
「ここは……“私が介入したことで新たに分岐した世界”です。幽河鉄道は本来“既定路線を見聞きする”技術です、新たに創られた世界においては、“路線”が“既定”化するまで、何もできません」
「よくわからないけれど、未読のシナリオはスキップできないみたいな話?」
「その喩えはよくわかりませんが、現時点においてこの流れの結末を私が知らない、知ることが出来ないという点にはおいてはええ、その通りです」
未来予知はできないと。まぁそれは想定通りだ、仕方無い。
「魔法は?」
「使えません。ナガオナオ様のアーティファクトを利用してさえ、ここにこうして現界しているだけで精一杯です。無防備な心……眠っている人の心の中に入って会話をするくらいなら可能ですが……ジュベミューワ様のように、既に無意識の本能レベルで私を拒絶してしまっている場合には、それも無理です」
「……ん」
なんだろう、なにか心に引っかかるものがある。
ツグミの今の言葉の中に、何かとても重要な情報があった……そんな気がしてならない。
だが出てこない。現状を解決に導くには、まだ何かが足りない。
「私や、レオへ新たなチートスキルを付与するとかは?」
「それが可能となるのは現状、幽河鉄道の中だけです。私は、私の能力は幽河鉄道とある意味一体化しているのです……そして、幽河鉄道へは……」
「死者でなければ、乗り込めないんだっけ」
「はい……」
こうなってくると、なかなかに厄介な仕様だ、それは。
「自分自身にチートスキルを付与することは?」
「幽河鉄道の中の、私自身を強化することはできますが、それをこの世界へ持ち込むことができません。繰り返しになりますが私は、この状態では事実上魔法を行使できないのです。当然ながら、幽河鉄道に頼らない形での未来予知魔法などは、そうしたエピスを私が所持していないため、無理です。人間の男性を問答無用で殺せる能力も、いつでも水爆を撃てる能力も、バイオテロを起こせる能力も、求められても与えられなかったのは道徳の問題ではなく、そうしたエピスを私が持っていないからです」
「ああ……なるほどね」
「……水爆? バイオテロ?」
「……なんでもない、レオは気にしないで」
「申し訳ありません……くぅん……」
怪訝な顔をするレオを余所目に、尻尾をくるんと丸め、足の間にしまいこんだ白いレトリバーの姿をちらと見てから考える。
つまりツグミは現状、何もすることができない?
そうすると、私とレオだけで現状をどうにかしなければならないわけだが……。
はっきり言おう。私はマイラの生死にはそこまでこだわっていない。
それよりはレオと共に生きること、そのことの方が圧倒的に重要だ。
ならばマイラを命懸けで救助することはできない。冷酷と言われようがこれは優先順位の問題だ。コンラディン叔父さんは戦時中、なんだかんだ言って王国と運命を共にしようとした。それは叔父さんに、王国に命懸けで守らなければならないものがあったからだ。つまり叔父さんは、自分の命よりも大事なモノが王国にあったのだ。
私が、自分の命よりも大事に思っているレオは、レオとの未来は、王国と紐付いてはいるわけではない。レオと共に生きられるのであれば、王国なんていつだって捨ててやる。実際、明日にはそうしようと思っていたところだ。
私はマイラも、捨てられる。これまでの半分がこの英国ゴールデンレトリバー、ツグミであったというならなおさらだ。
私が今ここにいるのは、レオがマイラを好きで、ツグミの話を聞いてからも助けたいと願っていて、私も何もせずに見捨てられるほど冷酷に徹し切れなかったという、それだけの理由でしかない。
……とはいえ。
別に、私だって、マイラを救うこと、それ自体に否はない。救えるなら救いたい、それは、あの時と同じ気持だ。
ただ問題は……ああもう……またしてももうっ……私の魔法の、詠唱時間の問題だ。
今、私の前に立ち塞がっているのは、「燃焼石の大爆発が今にでも起きかねない」という問題だ。
私の魔法には、たとえ原爆水爆の爆心地であろうが、それを防ぎきれるだけの能力がある……と思う……発動さえすれば。
問題は、大爆発というのが、起きたらもう、あっという間に周囲を破壊しつくすという種類の災禍だということだ。正直なところ、今すぐにでも私は罅割れ世界の統括者を発動し、その中にひきこってしまいたい。
それをしていないのは、人の目があるのと、マイラの救出するかどうかについて私がまだ迷っているからだ。
この三年間で、罅割れ世界の統括者の使い方、その応用編については沢山研究してきた。数時間前、ロレーヌ商会ボユの港支店が燃やされた時に披露した「割った空間の中をモグラみたいに移動していく」というのもそのひとつだ。
もう言ってしまおう。
私の魔法、罅割れ世界の統括者、それに制限時間は……無い。
厳密に言えば、制限時間を無いモノとして扱える……というのが正確な表現かもしれない。
罅割れ世界の統括者は、いわゆるMPのようなものを消費する技能ではない。この世界のどこかにある、どこにでもある不可知の何かを利用することで発動してくれるモノだ。当然、根性論的な気力、精神力などは必要だから、それをMPと表現するならそれはそうなのだが、少なくとも、いわゆる魔力的なものが自分の中にあって、それを消費して魔法が発動するという感覚ではない。全然、全く違う。
誤解を怖れずにいえば、ファイナルと銘打っていながらいつまでも終わらない某和製ファンタジーRPG、アレによく出てくる召喚魔法……召喚獣を呼び出して人智を超えた力を行使してもらうという魔法、ソレに近い。
もちろん、召喚獣のようなモノが私の前に現れることはないのだが。
けど、行使者である私の感覚は、「別世界の理を召喚している」という表現が最も近くなる気がする。異世界の理で塗り替えられた空間そのものが私の召喚獣となって、私の操作を受け付けてくれるようになる……というのが……判り難いかもしれないが、私の感覚における罅割れ世界の統括者のイメージだ。
ところでその召喚獣……ならぬ異世界の理で塗り替えられ空間だが、これは時間と共に、段々と私の言うことを聞かなくなってくる。
制御不能になるまでの時間はおよそ十分から三十分。そこは私のコンディションであったり、周辺の環境に左右されて決まる。
例えばレオがヒュドラを討伐した後に、コンラディン叔父さんを止める目的で発動した時のアレは、解除した時点で制御不能となるまでの残り時間が、割ともう限界間近(おそらく三分を切っていた)だった。臭くてグロイ爬虫類の死体が大量に転がっている中、緊迫した空気に挟まれているというその状況は、私の精神をどうやらショベルカー並の荒さで削っていたようだった。
叔父さんに、「制限時間があるんじゃないの?」と問われ、初めてそのことに気付いた私は慌てた。不注意で、自分がレオをも殺してしまいかねない状況だったことに愕然となった。コンラディン叔父さんと、自分との間に、戦う人間としての資質に大きな差があることを実感してしまった。一時的に、難事を切り抜ける自信をも失ってしまった。
空間支配系魔法、罅割れ世界の統括者、それには制限時間がある。
だけど私の魔法、罅割れ世界の統括者、それには制限時間が無い。
どういうことか。
これは……運用の問題だ。
なろう系のような「記憶を持ったまま次の人生に転生する」ことが実際に起きるとして……いや起きたけれども、私はその体現者なのだろうけれども……もし、それが永遠に続くのだとしたら? それは、「無限」とも言えるのではないだろうか?
つまりはウロボロスの輪だ。限りあるナニカでも……その、終わりと始まりを繋げることさえできれば、それは「無限」とも言える何かとなる……そういうことだ。
罅割れ世界の統括者は自分の周囲、半径五十メートル程の空間の中から任意の空間を「割って」支配する魔法だ。支配空間を最大限に広げようとした場合、自分の周囲、半径十メートル程の空間を円形に切り取る形となる。元々はそれが基本形だったし、ガチ戦闘であれば今もその形が一番有用だ。けど、日常生活においてガチ戦闘など、冒険者にでもならない限りは滅多にするモノではない。私はだから、そうではない運用方法について色々と実験し、実証等もしてきた。三年前に起きた出来事は、それを大幅に促進するきっかけともなった。
罅割れ世界の統括者によって支配した空間には、その全てに散在した「私」の一部が存在している。私は、分割された「私」を「糸」にして、割った世界を束ねている。召喚獣に首輪を着け、リードを引いているようなイメージだろうか。
そもそも、統括者の「統」の字は「糸」を「充」たすと書く。つまり、「全てを糸によって繋げる」というのが、この字の成り立ちとなっている。「括」もまた……「髪を括る」などの表現が判り易いと思うが……これも「バラバラのものをひとつにまとめる」という意味だ。「統轄」であれば「支配」により近い意味となるが、私は「統括者」だ。
一括し、包括すれば、つまり私という「統括者」は魔法発動後、「統べる」ことしかしていない。「空間を支配」するのは魔法任せだ。召喚魔法のイメージであるというのは、つまりそういうことだ。ユーフォミーの「要不要」のように、全てを自分の意思と思惑によって行う魔法ではないのだ。
具体的に何を「統べて」いるのかといえば、空間間の関係性の調整だ。分裂した空間同士をくっつけたり、どの空間からどの空間へ「何の通行」を許可するか、しないかを選んだりしている。後者はそれでさえもある程度はオートで、例えば「痛みの信号」が、医学的にどういうものであるかを、私は知らないが、それでもイメージできればその通行を遮断したり、再開させたりできる。
ここでひとつの仮説が生まれる。
罅割れ世界の統括者は、この世界のどこかにある、どこにでもある不可知の何かを利用することで発動している。
仮にそれを、魔素と呼ぼう。別に名称はエーテルでもアストラルライトでもダークマターでもなんでもいい、なんなら精霊力、霊力、氣だって構わない……その辺になると、さすがにかなり違う気もしないではないが……まぁなんだっていい、どうだっていい。
私は空間に、「何の通行」を許可するか、しないかを選べる。
ならば。
それは魔素でさえも、例外ではないのではないか?
その新なる姿がエーテルかアストラルライトかダークマターかは知らないが、罅割れ世界の統括者の場合、魔素というぼんやりしたイメージさえ浮かべられれば、後は魔法が勝手にやってくれるのだ。逆を言えば、ぼんやりしたイメージしか受け付けてくれないから、魔素が「氣」であった場合は、「氣」も「邪氣」も一緒くたに扱ってしまっているのではないかという懸念も、あるにはあるが……正直、私がイメージする魔素に聖邪の別などはない。エネルギー資源に……石油に、石炭に、燃焼石でさえも……それそのものに聖邪の別などはないのだ。レギュラーとハイオクの違いくらいならあるのかもしれないけど。
つまり、だ。
罅割れ世界の統括者によって割った空間の外から、内への、魔素の通行を許可し、その逆を不許可とする。
どうなるか。
それはもう、外から魔素を吸収し続けるアリジゴクがごとくとなる。
私が散在している空間、その全てが、外部から魔素を吸収し続ける空間へと変わってしまうのだ。
私はその魔素を使って、何度でも罅割れ世界の統括者を発動し直すことができる。これによって永久機関、ウロボロスの輪が成立するのだ。
そしてこれはもう仮説ではない。既に実験を済ませ、実証済みとなっている運用方法だ。
ただ実際は、しかし私自身の体力、気力の問題がある。根性論的なそれの限界がある。人は水が飲めなければ数日で死んでしまうといわれているし、ずっと眠らずに起きていられるわけもない。尾篭な話だが、トイレにだって行きたくなる。最後のは、膀胱がある空間から尿の「通行」だけ許可すれば排出できるんじゃ? とは思ったが……まぁそんなの実験していない、するわけがない。何が悲しくていつも実験に付き合ってくれたレオの前で、そんな醜態を晒さねばならないのですか。それに、それが解決したからといって、人体に諸々の限界があることには変わりないのだから。
「レオ」
「……なに?」
だからこの状況において、燃焼石の大爆発が起こるのであれば、すぐに罅割れ世界の統括者を発動してしまうことが、もっとも簡単な「正解」になる。
よりベターな回答を求めるなら、罅割れ世界の統括者を連続使用して、その中を進んで倉庫の中に入るという形だろうか。
自分とレオの身を最優先で考えるなら……それはそういう答えとなる。
だが真にベストな解答は違う。
真にベストな答えは、「コンラディン叔父さん、マイラ、ユーフォミーとその父ナッシュさんを助ける」「燃焼石が暴走しているなら、それも罅割れ世界の統括者に閉じ込め、その独立した空間内で爆発させてしまう」だ。自分自身とレオの身の安全を確保した上でそれを成すのが、この場での最高の働きとなる。
でも……そんなことができるの?
「私は昔……壊したかったの……世界を」
「今更何? ラナがそういう人間だってことは、知っているよ?」
「……くぅん」
「でも今は違う……この世界にはレオがいる……レオがいるから、この世界には価値がある……レオのいない世界なんか、やっぱり壊れてしまえばいいと思っている」
「僕も、ラナのいるこの世界を、壊したくなんかないよ」
「ラナンキュロア様……レオ様……」
私達は、お互いの存在があるからこそ世界を愛することができる。許すことができる。実験し、実証して、私達は、「私達なら」世界を、本当に滅ぼせると理解したけれども……それを「実行」することはなかった。私にはレオがいたから、レオには私がいたから、しなかった。
「ラナ、僕はラナの方針に従うよ。どんな判断だって、僕は今後一切、それへ何をどうとも言わない。マイラだって判ってくれる」
「レオ様!?」
「ん……いやちょっと待って、その、レオの知っているマイラって、半分このツグミのイメージでしょ? オリジナルのマイラはただの犬なんでしょ? そんなこと、判らないんじゃ……」
「それも……そうだけど……でも、ユーフォミーさんの窮地を知って、即座に助けに行ったってことは、オリジナルのマイラもかなり頭がいいってことなんじゃ? 仲間のピンチを放っておけないっていうのも、僕のイメージ通りなんだけど」
「わぅ……」
「……あれ?」
何かがおかしい。
何かが引っ掛かる。
「あ……」
「ラナ?」
「そもそも、なんでマイラはユーフォミー達を助けようとしているの?」
「え?」
「なに? アイツってユーフォミー達を“群れの仲間”認定でもしていたの? なんとなく、そういうことかなぁって感じでここまで来ちゃったけど、よくよく考えたらそこからおかしい……ということは……」
けど、その引っ掛かりから、私の心に湧き上がって来た「疑問」は、そこからかなり飛躍したものだった。
「ねぇ……今のマイラって……オリジナルのマイラ?」
「……え?」
「わぅん……」
ところで。
ところでとろろにところてん。
ドラえもんという漫画を知っているだろうか知っているよね国民的漫画だし。
さすがに、これは出典を明示した上での引用扱いになるだろうから、伏せ字なしで行くよ?
ドラえもんの、てんとう虫コミックスでは5巻に収録されたエピソードに、「ドラえもんだらけ」というモノがある。
簡単に言うと、ドラえもんが、のび太くんに騙され、一晩で彼の数日分の宿題をこなさなければならなくなり、この解決には人手ということでタイムマシンを使い、二時間後の自分(ドラえもん)、四時間後の自分(これもドラえもん)、六時間後の自分(当然ドラえもん)、八時間後の自分(全部ドラえもん)を連れてきて解決するという話だ。
ドラえもん同士のドタバタが大変楽しい傑作エピソードではあるが、これには、ひねた子供なら絶対にツッコミを入れたくなる部分が、ふたつ存在している。
ひとつは、どうして二時間後、八時間なんていわずに、もっと先の、余裕がある時間の自分を連れてこなかったのか、ということ。このエピソード、八時間後のドラえもんは寝不足によって、昔の単行本では「ついにくるった。」と表現されるほどにおかしくなっている(後に、何版からかは知らないが、「ついにおこった。」に変更されている)。まぁ、それも見所のひとつなのだけど、冷静に考えたらやはりおかしいのだ。
そしてもうひとつは、どうして、八時間後どころか二時間後には完成していた宿題を丸写ししなかったのか?……ということ。書くのに手間がかかるから、ということなら判らないでもないのだが、有名なひとコマ、有名なセリフ「やめろよ。じぶんどうしのあらそいは、みにくいものだ。」のすぐ下に、明らかに問題を解きながら宿題をこなしているドラえもん達のひとコマがあるのだ。どうしてロボットが小学生の宿題で悩んでいるのかというツッコミポイントもないではないのだけど、まぁ事実そういうひとコマがあるのだから仕方無い。
いや別に、ドラえもんの傑作エピソードの瑕疵を論って、その価値を貶めたいわけではないのです。
この「ドラえもんだらけ」が傑作であることは間違いないわけで、ドラえもんそのものが不朽の名作であることにも、あまり異論を挟む人はいないのではないかと思います。そんなところにこだわりだしたらエンタメを楽しめなくなると思いますし、そもそもドラえもん自体が、大長編ドラえもんの第一作目、のび太の恐竜において語られた航時法に引っ掛かるんじゃないの?……という、ツッコミどころ満載な存在なのです。まぁ……たぶん「その後の流れに大きな影響を与えない歴史改変ならセーフ」ということなんでしょうけどね。2020年公開の「新恐竜」の方では「T・Pぼん」のガジェット、「チェックカード(歴史改変をしても後の流れに大きな影響を与えないかチェックするカード)」も使っているそうですしね……キ●タクが。その改変を決定したであろう脚本の方、君●名は。への批判を教訓にでもしたのでしょうかね。いい思いますけどね、エンタメ作品にはツッコミどころがあっても。多分設定した全ての要素を出す必要なんてないんですよ。それよりはエンタメには「勢い」って物が必要で、●ヴァンゲリ●ンがヒットしたのだって、設定を詳しく語るよりも「勢い」任せで物語を終局へと導いていったからなんじゃないですかね。設定暴露回を書かずにいられない作者なんか、きっと自己愛がとんでもなくおかしな方向へと捻じ曲がった知性と品性の足りない愚か者なのですよ。君●名は。だって大ヒットしたじゃないですか。「この設定をキッチリ語っておかないとツッコミどころが生まれる」なんて考えるより、とにかく勢い重視でやりたいことをエモく書ききっちゃう方が、きっとエンタメ的には正解なんですよ。私も、ハードSFよりかは少し不思議系の方が好みですし。なお、ここ、「お前、焦ってんじゃないのかっ、なに悠長に長文でドラえもんについて語ってんだっ」ってツッコミを入れるポイントです。
それはともかく。
「今のマイラは誰?」
「……やはり、気付いてしまいますか」
「さっき、こう言ったよね?」
『マイラは犬の身でコンラディン様へ助力嘆願をし、叶えられればコンラディン様と一緒に、叶えられなければ単身でユーフォミー様、ナッシュ様の救助へ向かう予定です』
「犬の身で、か。なるほど、確かに犬の身で、だね。この表現は、ツグミ、あなた自身も犬であるのだから、微妙におかしい。自分が人間なら、犬の身で、は、犬だてらに、とか、犬なのに、という意味になってくると思う。でもツグミ、犬のあなたとしては、こう言いたかったんじゃないの? 犬の身で……マイラの身体で行動している……って」
「……どういうことなの? ラナ」
ツグミだらけ、疑問点、壱。
どうして今ここにいるツグミは何も知らないまま、無垢の状態のままなの? 時を行き来する技術があるのに、なぜそれを活用しないの?
しかしそれは当然だ、人間、誰しも初めてということはある。よくわからないが、SF的な……というか魔法的な制限もあるのだろう、そちらは私に理解できることとも思えない。でも、どちらにせよ、「初見だった」「一周目の」ツグミは、どこかにはいたわけで、それがこのツグミであるというだけの話だ。時を行き来する技術を、なぜ活用しないのか、ではなく、「このツグミは」まだ活用していないのだ。
問題は、その先にある。
「今のマイラも、ツグミなんだよ」
「……え?」
「こう言い換えようか、今のマイラは、二周目のツグミなんだよ」
「……は?」
ツグミだらけ、疑問点、弐。
「あなたと二周目のツグミ、それなりに会話してるよね? コンラディン叔父さんへ助力嘆願をして、叶えられれば叔父さんと一緒に、叶えられなければ単身でユーフォミー、ナッシュさんの救助へ向かう予定……だってことを、あなたに、話したんでしょう?」
どうして二周目のツグミは、一周目のツグミに「正解」を教えない? 自分のこれからの予定を伝える時間があったのに、というか時間が足りないのであれば、足りる場所へと戻ってくればいいだけなのに。これはSF的、魔法的制限とは無関係に存在する疑問だ。既に可能不可能が分けられた枠の中で、矛盾しているのだから。
「わかりません……本当にわからないんですっ……自分がどうしてコンラディン様、ユーフォミー様、ナッシュ様を……マイラの身に代えてでも……助けようとしているのか……ラナンキュロア様、教えてください……ならば……私は何も知らず、心のまま行動することが正解なのですか? 未来の私はそう判断したということなのですか? 三周目以降の私が現れないということは、ここはラナンキュロア様のいわれる二周目の世界ということになります。なら、二周目の私も、二周目の正解は知らないはずなんですっ」
それは……。
「一周目で、コンラディン叔父さん、ユーフォミー、ナッシュさんを、どうしても助けなければいけないなんらかの事情を知った、から?」
でもそれは……なに?
口ぶりからして、一周目においてツグミは、叔父さん、ユーフォミー、ナッシュさんの生存をさほど重要視していなかったのだと思う。ツグミの目的は、ラナンキュロアの人生を悲劇から救うこと。十六年以上前に、そう言っていたのだから。
それに、私にだってわかる。ツグミは確かにお兄ちゃんの盲導犬、だったのだろう。ツグミの話の向こうに見えてくるお兄ちゃんは確かにお兄ちゃんだ。ツグミが、そのお兄ちゃんを心底愛していることも。
ツグミにしてみれば、お兄ちゃんに与えられた使命こそが重要なのであって、それ以外は何段階も下がる位置にあることなのだろう。誰かを愛するということは、そういう側面も持つ。私だって、レオとレオ以外の全ての命を秤に載せれば、圧倒的にレオの命の方へと目盛りが傾いてしまう。「レオ以外の全ての命」に、自分自身の命が含まれていたとしても。
「その事情を、私に伝えない理由がわからないのです……」
想像してみる。
コンラディン叔父さんが死んだ、ユーフォミーが死んだ、ナッシュさんが死んだ……そうなった時、自分はどう思うか?
それは悲しい……悲しいと思える……けれど……それが、私にとって「悲劇」であるのかと問われると……違う。私のとってこの世界で「悲劇」に値することとは……「レオが死ぬこと」……だ……。それは自分が死ぬことよりも許し難い、受け入れ難いことだ。
一周目のツグミと、二周目のツグミの大きな違いは、マイラの身を危険に晒そうとしているか、いないかだ。
ツグミとマイラとの間には契約があるらしい、それに悖ることを、ツグミはしたくない。ツグミの中でどういう優先順位がついているのかは判らないが、観測者であるツグミが重要視していて、無理にでも事態へ介入してこようとする「その理由」となるのはラナンキュロアを悲劇から救うこと、そしてマイラとの契約の遵守、このふたつのようだ。
マイラの身を危険に晒すという行為をとっている以上、「この事態」には、ラナンキュロアの悲劇に繋がる何かがあるのだ。
「一周目のツグミは、マイラの命を優先して動いた……その結果、レオが死んだ?……」
「は?」
どんどんと思考、推測、推論が飛躍していく。その断片だけを聞いたレオが怪訝な顔になっている。
『私がここで状況に介入したのは、この時間軸における“マイラの死”を回避するためでした』
「ねぇ一周目のツグミ、あなたは、マイラの死を回避するために現れたんだって、そう言ったよね?」
「はい」
「ということは、マイラが死ぬ世界を見たんだよね? それをゼロ周目の世界として、ゼロ周目の世界ではマイラ、私、レオ、叔父さん、ユーフォミー、ナッシュさんはどうなったの?」
語る。
ツグミが、そのすべてを。
「マイラはラナンキュロア様、レオ様が南の大陸へ逃れようとした船の、その船上でジュベミューワ様に殺されました」
「ジュベミューワ様は、その現場を目撃してしまったレオ様に殺害されます」
「レオ様はそのすぐ後にノアステリア様と戦闘になりますが、灼熱のフリード様によって船に火が放たれたことから、決着は有耶無耶となります」
「灼熱のフリード様、ノアステリア様は自分達が乗ってきた船に避難しますが、その船はレオ様がバラバラに切断してしまいます」
「ラナンキュロア様、レオ様、灼熱のフリード様、ノアステリア様は海に投げ出されますが、その時点で灼熱のフリード様はレオ様に斬られていて虫の息となっていました」
「死を悟った灼熱のフリード様が、ご自身とノアステリア様の身体に埋め込んだ燃焼石を活性化させ、海水温は一気に上昇します。灼熱のフリード様はここで亡くなられますが、ノアステリア様はある理由から、ここでは生存とも、死亡したとも言い難い状態となります」
「ラナンキュロア様は罅割れ世界の統括者を発動、レオ様ともども事なきを得ますが、近海とはいえそこは沖、自力では陸まで戻れませんでした。ラナンキュロア様は水だけを通し、塩分は通さないという活用方法も可能な罅割れ世界の統括者を縦横無尽に活用して、沖を漂ったまま十数日を生き延び、救助に来たコンラディン様、マリマーネ様の船に回収されます。それから……」
「ストップ。色々聞きたい点が増えちゃったけど、それは後回し。叔父さん、ユーフォミー、ナッシュさんについてだけ、結論から言って」
「ユーフォミー様、ナッシュ様は、マイラが死んだ時点で既に殺害されています。そのことは……コンラディン様の心に、あるエピスデブリを残しました」
「ん?」
「結論から言うと、ゼロ周目の世界においてラナンキュロア様を殺すのは……コンラディン様です」




