epis52 : A embers song echoes
<引き続き黒槍のコンラディン視点>
俺が相棒に槍を選んだのは、簡単な理由だ。
まず、剣というのは基本的に対人用の武器だ。
俺は人を殺したいわけじゃあない。俺は冒険者で、対峙して退治するはモンスターで、モンスターを殺し、屠るには、それ用の武器が必要だったという話だ。
斧を選ばなかったのは、重いから。今の俺ならばともかく、駆け出しの頃の俺は、手斧の類であるのならともかく、槍と同じほどの長さがある戦斧を自由自在に振り回せるほどの筋力は、さすがに無かった。
弓を選ばなかったのは、俺が基本的に特定の相方を持たない冒険者であったからだ。
これは魔法使いの短所、欠点にも通じるが、遠距離の攻撃というのは、距離を詰められた時の対応力に、問題のある場合が多い。
どれほど距離を詰められても「要不要」で対応できるユーフォミーちゃんが特別なだけで……なんというか特異な特例なだけで……魔法使いというのは基本的に、速攻で距離を詰められてしまえば、それだけで「ハイ終了」となってしまう。
空間支配系魔法にしたって、発動さえすれば近距離において無敵となるが、ならばそのための詠唱時間さえ、与えなければいいというだけの話だ。何度か見たラナちゃんの魔法も、十秒ほどの詠唱時間があるようだった。ラナちゃんは、レオ君無しには、それこそ冒険者になったばかりの若造にも勝てないだろう。
弓もこれと同じだ。弓を構え矢を番えて目標に照準を合わせ発射する、それだけの手順、時間……要は詠唱時間(と同じようなモノ)が、どうしても必要になってしまう。
そんなもの、副武器としてならばともかく、主武器としてしまっては、近距離の対応力が著しく下がってしまう。
ユーフォミーちゃんのナッシュ、ラナちゃんのレオ君……そのように、近距離に対応して、詠唱時間を稼いでくれる存在が側にあるならばともかく、駆け出しの頃の俺に、そのような存在など、あるはずもなかった。
だから俺は槍を選んだ。
戦うべきは人でなく、モンスターであったから。
たったひとりで完結する戦士として生き、死にたいと思ったから。
それが根元から折れ、地上へと落ちた風見鶏が、土に塗れながら出した答えだった。
「しっかし……訓練された犬は、百から三百程度の言葉なら覚え、聞き分けるというが……」
「わぅ?」
そうして俺は、傍らにある大きな犬の頭を撫でる。
ここに来てからは鳴き声も控えめだ。一言、「静かにな」と言ったらそうなった。
やはり、とても賢い犬だ。
「ホントすげぇよ、オマエは」
「わぅ……わぅん」
こんな相棒が側にいてくれたなら、昔の俺も、槍を選ばなかったのかもしれない。
「いやだからそんな目で見るな。待て、ちょっと待ってくれ、考える、考えている。状況が予想外過ぎて混乱してる、こんな状況はさすがに予想してなかった、備えていなかった」
「ばぅ?」
犬に導かれ、やってきた海沿いの大きな倉庫、そこで俺が見たものは、聞いたものは、見聞したモノは、なにもかもが意外すぎる光景だった。
「責められているのがノアステリア、か? 責めているのがジュベミューワ?……だよな?……噂では、ふたりの関係はその逆って話だったんだがなぁ……。女同士ってヤツァ、どっちが攻めでどっちが受けかは、基本的に変えないって聞いていたんだが……何があったっていうんだ」
「ばぅん?」
「ああ、さすがのオマエでもそこまでは理解できないか。いや俺もそっち方面への理解が正確かと言われたら首を横に振るが……っていうか灼熱のフリードはどこへ行ったんだ?」
外から中を窺い、すぐに聞こえてきた悲鳴と嬌声に導かれ……いや誘われたわけじゃないからな?……窓の少ない倉庫という建物の、それでもあったスキマから、声の発生源と思しき現場を覗いてみれば。
「ジュ、ジュベ、も、もう、や」
「いつも、わたしがそういっても、やめてくれなかった」
まぁ……状況が状況なんで詳しくは説明しないが、なにやらぐにゃぐにゃと曲がった鉄の棒で壁に磔にされた全裸のノアステリアが、こちらはローブを着たままのジュベミューワに、「責められて」いたと……そういうわけだ。
ジュベミューワは、炎系魔法と、氷系魔法が得意だと聞いている。もっとも、得意だとはいっても、どうしてそれで軍にスカウトされたかわからない程度の、それこそ「だったら弓を引いた方が早いんじゃないか?」と言われてしまうレベルの、弱い魔法使いだったらしい。
灼熱のフリードが弟子にしていることから、かなり特殊な魔法使いなのではないかとは噂されていたが……直接的な攻撃魔法の方はからっきしで、フリード自身が必要としてるのは、戦士職としてそこそこ有能なノアステリアの方なのではないかとも言われていた。
だがしかし……あの、強烈な高熱によって曲げられて、急速に冷やされ固まったような沢山の鉄の棒はなんなんだ?
熔かす方は灼熱のフリードができるとして、それを冷却して、あんな風に壁へ打ち付けたのは誰だ?
ここからだと主に後姿しか見えないジュベミューワか? 噂は噂でしかなく、実は氷系魔法に、あるいは熱操作の類に、抜きん出た実力を持っているのか?
いやしかし……だが……。
「だ、ダメ……あ、あたしは、そういうのはっ」
「わたしだって、こんなことは、ほんとうは、されたくなかったんだよ?」
「そ、そんな……あっ」
「……う、うーむ」
嗚呼まったく、どうして女の声というのは、こうも男の思考を邪魔するのか。
「ばぅん?」
まだまだ枯れてない三十路一歩手前としては、もう少し見ていたくもある光景だが……しかし、だけれども、これはチャンスだ。
「わぉん?」
「いやだからちょっと待てってば、そのでっけぇ鼻を押し付けんな。考え中だから……頼むから待ってくれよ……な?」
「くぅん……」
灼熱のフリードに、戦士職であるノアステリアがついていない。
ならば、気付かれる前に魔法使いへ接近できれば、強襲して、魔法を使われる前に取り押さえることができる。
問題は……どうしてユーフォミーちゃんが、要不要の暴走列車が、呆気無くその手に落ちてしまったかということだが……事前に得た情報だけで判断するのならば、どうやってもあの三人は要不要の暴走列車に勝てないのだが……それは今考えてもしょうがない。それはもはや状況的に、時間的に「準備不可能」な領域だ。相手にはなんらかの隠し玉がある、それを前提にして、慎重に行動するしかない。
……俺の性分としては、生き方としては、ここは退いて「準備を整えたい」ところだが……俺の人生が、生きてきた道が、それを許さない、許してくれない。
あの声だけは、裏切れない。
ならばこそ相手方に気付かれる前に、隠し玉を使わせる前に、取り押さえてしまうことが重要になってくる。
ならばこそ、これはチャンスだ。
「ねぇノア、こんなのがきもちいいって、ほんとうにおもっていたの?」
「だ、だってジュベが、拒まなかったから……ひっ!?」
「じぶんかってだよ、ノアは」
ガチモンの女同士なプレイを興味津々で見ている場合じゃあない。ああまったくそんな場合じゃあない。なんとなく、遊びじゃない気もするが、まぁ、それもどうでもいい。どうでもいいことにしないとやっていられない。俺はラナちゃん達とは違う。敵対した相手の事情など、構ってやれるもんか。
「ほんとうは、わたしのことなんて、あいしてさえいなかったんでしょう?」
「ちがっ!……それは違うのっ!……あひっ!?」
今、重要なのは、相手戦力の三分の二が、ここでこうして釘付けになっているということだ。三分の一である、諸々小さいくせに腹筋は割れてるんだなぁ……って女戦士が、ここで文字通り壁に釘付けになっているということだ。普通の工具で丁寧にやったら、解放に半日から数日はかかりそうな拘束をされているということだ。
これは本当にチャンスだ。
よくわからないが、仲間割れがあったらしい。ならば潜入者である俺はそれに乗じるべきだ。
だが……。
この今、いまだに、俺の中の警報音は、鳴り止んでいない。
ケツがむずむずする、首が圧迫されているように息苦しい。壁へ磔にされたノアステリアと、それを「責める」のに夢中になっているジュベミューワからは何の重圧も感じないが、それゆえにこのケツのむずむずが、息苦しさが、どこから来ているのかわからなくて怖い。
怖い……そう、怖い、だ。
俺は今恐怖を感じている。
恐怖を感じているから、絶好のチャンスが回ってきてると理性では考えられても、ならば次にどう動けばいいかを思いつけない。
どう動いても「危険」な気がする。
俺は情報が出揃っているモンスターを相手に、自分がやれる範囲で……倒せると、殺せると思った相手だけを討ってきた。その意味において、俺は冒険者などではなかったのかもしれない。危険を、冒してなどいなかったのかもしれない。
勇気を振り絞って、恐怖を克服して行動した経験など、数えるほどしかない。
この感覚を身につけてからは、周りからはどんな危険にも飄々と立ち向かう頭のネジの飛んだヤツ……みたいな扱いをされることもあったが、そんなのは俺自身にとっちゃ、いや、アレのどこに危険があったんだよ……ってなモンだった。
「……くそっ」
だが怖くとも、行動を起こさなければならない時もある。
「なぁ……ユーフォミーちゃんの匂い、わかるか?」
ここで出歯亀をしていても事態は好転しない。
「わぅ?」
「ナッシュのでもいいが……」
灼熱のフリードを倒す、それは本来の目的ではない。
俺が今、ここで成すべきことは、ユーフォミーちゃんの救出だ。
だから俺は、密かに悩んでいた「ここでノアとジュベを殺していく」という選択肢も捨てた。
あのふたり自体、灼熱のフリードの罠という可能性だってある。
なにより俺は、人を殺したいわけじゃあないんだから。
「ばぅ」
「ん、なんだ? わかるのか? ユーフォミーちゃんの匂い」
本当に、この犬は賢い。
モンスターの中にも、たまに「コイツには知性があるのではないか?」と思わせるような動きをしてくるヤツがいた。だが、かなり大型のモンスターで、そりゃあ脳も大きいのだろうなと思える相手であっても、これほど、こちらの気持ちを理解しているかのような反応を返してくることはなかった。
知能が高くとも、人の気持ちが理解できるわけじゃあない。それは頭の悪い俺であっても、頭の良い人間を十種類ほど見た辺りで気付いた。中途半端に頭のいい奴は、むしろ人の気持ちなど理解できなかったりする。死んだあの兄貴だって、数字には兄弟の誰よりも強かった。
人の気持ちというのは理不尽で混沌としていて、無意味に意味を見出したり、無価値に価値を与えたりする。理屈で考えればそれは、それこそ無意味で無価値な営為だ。
だからそれは、おそらくは知能とは違う部分で知覚するナニカなのだろう。
「よし、なら俺をユーフォミーちゃんのところへ連れて行ってくれ」
「ばぅん」
犬は、人の気持ちを知覚する能力に長けている生き物なんだろう。ならば、もしかすれば、犬の得意分野と言えば匂いを嗅ぐことだから、人の気持ちというのは、何よりもまず嗅覚に、匂いに表れるモノなのかもしれないな。
『私? お茶とコーヒーだったら?……んー……私自身は、そこにこだわりはないかな』
『そうなのか?』
『朝は、白湯がいいな』
『白湯?』
『お湯を沸かして、冷ましただけのお水』
『へぇ……なら次は俺にもそれを用意しておいてくれよ』
『ただのお水よ? 無味無臭の』
『俺も、茶にこだわりはないからな。あんたと同じモノがいい』
『ふぅん』
それはなんとなく、そうであったらいいなと思える仮説だった。
よく、目を見れば人の気持はわかるというが、海千山千の商人なり娼婦なりの目を見たところで何にもわかりゃあしない。あの人が少しでも俺に好意を持っていてくれたのか、それとも扱い易い客だったから多少ヒイキしてくれただけなのか、それすらも、今でさえ、俺にはわからない。
もう永久にわからない。
甘い声も、少年のような声も、大事なことは何も語らなかった。
慈母のような瞳で、子供を捨ててきたあの人の本当の気持なんて、俺にわかるはずもない。
俺が知っているのは、彼女が見せてくれた夢だけだ。
『んー、やっぱりそっちの方が格好いい、かな』
『なんでよ。筋肉はこう、ムキっとなってる方が、男らしくて格好いいんじゃないのか?』
『んー……だってさ~』
『なによ?』
『あなたなら、いいかな。ええとね、これはあくまでも私の感覚だから、女の子がみんなそうだなんて、思わないでほしいんだけど』
『……他の娼婦に浮気する気は、ないんだが』
『私ね、男の人がこう、犯ってやるぞーってなってる状態? その状態は、なんとなく、可愛らしいな~って思えちゃうの』
『か、可愛らしい? 逆じゃないのか? これから犯してやるって状態の方が、可愛い?』
『うん、扱い易いし。だから私は、男の人は、少し疲れていたりして、色々が萎んでいる時の方が、格好いいな~って思っちゃうの』
だけど俺は愛していた。
自分はだらしないからと卑下していた割に、いつ行っても清潔な匂いのした、あの人の領域を。
他の男の臭いなど残さない、その気配りを。
そうして行為が進む中、焚かれた香に混じり空間へ漂ってくる遠い、遠い遠い、もしかしたらそれは天上にあるのかもしれない異国の、きっと幻の、極上の、果実のような匂いを。
俺は愛していた。
『それは、うぅん……そんなものなのか?』
『だーかーら~……私はね、って話。一般化? はしないでね。ただでさえ私達は、そうじゃない人達から目の敵にされやすいんだから。冒険者が筋肉をつけて冒険者らしくなっていくのはいいことだけど、娼婦が娼婦らしくなっても、それは軽蔑されるだけなの』
『……それ、は……うぅむ』
『ふふ、だから私は、あなたのそういう顔、好きよ。厄介なことになったなって、少し萎れて俯いてる、その顔が、好き』
『な』
『だから私がこんなことを言ったってことは、秘密……んっ』
『んっ……ぷはぁ……そうか、秘密、か』
『墓場まで持っていってね』
それはとても幸せな匂いに思えたから。
金で売り買いした時間であったとしても、せめてそこに極僅かな幸せだけでも、あの人もまた、感じてくれていたんだったら、いいと思う。
それは夢の中に生まれた、ニセモノの幸せなのかもしれないけれど。
理屈で考えれば、頭の良い人間には全く理解できないことかもしれないけど。
「ばぅん」
「いたっ!……ユーフォミーちゃんとナッシュ……と……なんだアレは……あの黒焦げた……真っ黒な……人影?……まさか、灼熱のフリードなのか?……あれが?……動いている……黒焦げなのに、生きている?……なんだそれは……どういうことなんだっ……」
実物は、実体はもうどこにもなくなってしまった匂い、声。
俺は多分、そういうモノがこの胸にあったからこそ、ここまで生きて来れたんだ。
<ラナ視点>
「ね、あれ、なに?」
「ん?」
猫人族の、『ちょっとぉ~、明日の出港まではぁ~、おとなしく待っててくださいよってぇ~』なる苦情の声を無視し、ツグミ(光るのはやめてもらった。やめられるんかい)に導かれるまま、港の倉庫街へと急ぎ足で向かった私達は、そこで不可解なものを見た。
「……なんだ、あれ」
それは、ある意味においては、事前に予想していたことのひとつでもあった。
けど、それ以外の意味においては、全く予想だにしていなかった光景でもあった。
「燃えて……いる?」
それは炎だった。
大きな倉庫、地球の体育館であれば、五つか六つなりがすっぽり入ってしまいそうなその大きな建物の、その真上に、天使の輪のような……とでもいえばいいのか、あるいは月桂冠のような……とでもいえばいいのか、そのような形の「炎の輪」が浮かんでいる。
大きさは、推測するなら、直径二十メートルを超えるだろうか。
建物自体は燃えていない。
ゆっくりと回転する「炎の輪」の直下にあって、不規則な影を周囲へ散らばしているだけで、建物自体は微動だにせずそこにあり、佇んでいる。それ自体に異常はない。けど、ただもうその光景自体が異常だ。
「お、おい、こりゃあ、なんだ!?」
「まさかっ、また帝国の襲撃か!?」
人も集まってきている。
「おい! 放っておいて良いのか!?」
「どうしろっていうんだよ!? 消火か!? どうやって!?」
当然だ、これだけ大規模に派手なモノが、地上二十メートルから三十メートルの頭上に出現しているのだから。
今は朱い夕暮れ時の中にあって、そこまでの存在感は放っていないが、もう少しして周囲が真っ暗になれば、それは港町全体に、その存在を誇示するようになるだろう。
「おい! 誰か警察と消防に報告を!」
「ここにいる誰か! 警察か消防のヤツはいないのか!?」
けど、今はだから緩やかではあるけれども、どんどんとその人の数も増えていっている。
そういえば……夜道を歩いていて痴漢に出会ったら、「火事よ!」と叫んだ方がいいということを聞いたことがある。その方が、何事かと人が寄ってくるものだからと。
火事というのは、火というのは、それだけで人を引き付けるナニカがあるのだろう。
もっとも、それはそこから発せられる光と熱にこそ付随する属性なのかもしれないが。
マイラに付与されていたという、陽の波動のように。
「おい、あの倉庫って」
「ああ……マズイんじゃないか?」
そうして私の耳に、これが今まさに危機的状態であることを示す、ひとつの情報が飛び込んできた。
「あれって……南の大陸に輸出する用の、燃焼石が大量にしまわれてた倉庫だよな?」
「ああ、王都で、灼熱のフリード様が自ら生成した高級品だ。性能もヤバイぞ。引火したら……ここら一帯が吹っ飛ぶかもしれない」




