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epis47 : NAWABARI [was set on] FIRE


「ジュベの予知夢は、必ずしもその通りになるものではないんです」


 ノアという年下の少女が、真剣な表情で世迷い言を吐いてくる。いや……それは世迷い言というより……()迷い言か。


 夜の、夢に迷う妄言(もうげん)なのだから。


「私は軍属だけど、人を殺したことは無い……無いの。英雄レオポルドにも、王国の一員として感謝をして、尊敬してきたんだから。その私が、英雄レオポルドに関係する女の子を殺すなんて状況が、どうして訪れるというの!?」


 あなた達はどうして私をそこまで追い詰めるの?……そんな風に、彼女は私達を問い詰めてくる。まるで自分が被害者であり、私達がその加害者であると確信しているかのように。


 夢の中で人のことを殺しておいて、随分な言い草だなと思った。自分は好き好んで人を殺す人間なんかじゃない、だからそうなる原因はお前達の方にある……そう言いたいわけだ。


 その気持ちはわからないでもない。


 人を殺すというのは、一線を越えるということだ。その一線は、平和とか、平穏とか、心の平安とか、そういう、普通の人間ならば大事にしたいモノと、そうでないモノとを分ける線でもある。大股で、好き好んで越えたがる人間も少ないだろう。


 フィクションの世界でなら、むしろその一線を越えることこそがエンタメである場合も多い。さすがフィクション! 現実ではやれないことを平然とやってのけるッ、そこにシビれる! あこがれるゥ!……ってヤツだ。私も、ミステリーを読むなら、一時期のKAD●KAWA が推していたみたいな「人が死なないミステリー」よりも、人がバンバン死んでいく本格系の方が好みだ。そして誰もいなくなった系エンディングは好物であるとさえ言える。血みどろの惨劇、不可能犯罪、破天荒な大トリック……絵空事で大いに結構……ってヤツだ。


 でも、それはフィクションの世界だからで、現実に、目の前で人が死ぬというのはもっとずっと大変なことだ。……大変なことだった。


 私はそれを知ってしまったし、彼女達も三年前の戦災孤児であるというなら、当然知っていることだろう。


「待ってください。予知夢は、絶対じゃないんですよね? それを根拠に、言いがかりを付けられても困ります」


 だから私達はどちらも、そんなものは背負いたくない。


 だから私達はお互いに、こうしてそれを押し付けあっている。


「ジュベは嘘なんかつかない!」

「いえ、その予知夢を見たという、そのこと自体は疑っていませんが……」


 どうやら、ノアという女の子は、人の話をちゃんと聞かないタイプらしい。


 こういう人は苦手だ、自分の言いたいことだけを喋り、相手が自分の期待した通りのリアクションを取らないと裏切られた、傷付けられたと主張してくるから。


 私が年齢ヒトケタの頃、嫌らしい笑みで近付いてきた小母(おば)さん達は、みんなその手の人間だった。


 でも、私ももう年齢ヒトケタの幼女なんかじゃない。


「落ち着いてください。もう一度言いますが、三年前、レオはまだ十一歳です。十一歳の少年がユーマ王国の救世主だったと主張するつもりですか? レオが英雄レオポルドであるという確信も、無いのですよね? ラナンキュロアという名前は多少珍しい方だと自覚していますが、単にラナというだけなら、そこまで珍しくもない名前です。それだけで決め付けられても……」

「証拠を出せって言うの!? それこそ真犯人のセリフでしょ!!」


 いえ、証拠を出せとも言っていないのですが……。


 やっぱり人の話を聞かないなぁ……最初から、話をする気もないのかもしれないけど。


 んー……こちらがキャッチボールをしようとしてるのに、相手はドッヂボールをする気マンマンってところ? もしくは雪合戦? 今は夏だよ?


「話になりません。これ以上おかしなことを(おっしゃ)られるのでしたら、当方に答える義務はないものとさせていただきます」

「逃げる気!?」


 逃げる気……か……どうしたものだろう。この疑惑が、ジュベと、ノアという子達の、(ひと)()がり(ふたり善がり?)なら、まだ逃げる必要はない……ような気がする。


 ロレーヌ商会は大きくなった。私はそこの一人娘だ。王国軍そのものが本格的に疑惑を向けてくるならともかく、下っ端の、女の子ふたりの言っていることなどは簡単に握り潰せる。コンラディン叔父さんも、リゥダルフ叔父さんも、親身になって協力してくれるだろう。伯爵家の伯母さんにだって助力を願える。


 レオが数万人を殺すだなんて……そんなことがありえるとしたらよっぽどのことだ。どうも、そちらの「予知夢」の方には「私の気配」が無いように思える。時系列が、語られた順番とは逆になるが、私は、レオが「そうなる」前に死んでしまっていたのではないだろうか? 私の死に、レオが暴走した、ユーマ王国へ復讐しようとした、だから王国とは完全に敵対してしまった……それはそういうことではないか?


 なら、その未来を避けるもっとも簡単な方法は、ノアが、ジュベが、フリードが、軍が、ユーマ王国の中枢が、私達に関わらないでいてくれることだ。


 平和に、平穏無事に、心の平安を大事にして生きていきたい。


 いつかレオの子を産んで、育てて、その巣立ちを見守って、おばあちゃんになってから死にたい。某丁稚な未来の旦那様が戦時下で行方不明となり、将来の不安がひとつ減った今の私は、そういう未来を夢見ている。


 変なちょっかいさえなければ、私はきっと、これからずっと、そこへ向かって邁進していくことだろう。


 だからノアがやっていることは、おそらく逆効果だ。彼女は彼女なりに、大事にしたいモノがあって、それを守るのに必死で、よりよい未来を求めているのだろうけど。


 それこそが余計だ。


 つまり、このふたりはなるだけ遠ざけ、無視するのが正解だ。


「逃げるもなにも、ここは当商会の店舗です。商店には、相応(ふさわ)しくないと判断した相手のご利用を拒む権利があります。敷地内より排除する権限を持ちます。ご不満がおありでしたら後日、書面にてどうぞ……その手はなんですか? ここで私を、その腰の物で害するつもりですか? そうしてご友人の能力の有効性を証明したいとでも?」

「っ……」「ノア……」


 レオが剣の柄に手をかける。斧の柄に手をかけたノアへ対抗してのものだ。


 場が一気に緊張する。


 私はレオを信用している。ここで私が害される可能性はない。私が斬られ、レオが私の名を叫んだというのは、おそらくもっと特殊な状況だ。その意味で警戒すべきは魔法使いであるジュベ。特殊な魔法を使われてしまうのが、一番怖い。


 しばし、二対二のにらみ合いが続いて……。


「ラナ」

「え……あ……」


 だが、そうしている中、唐突に場の空気が変わる。


「あ」

「これって……まさかっ」

「ああっ……」


 それは、雰囲気が変わったであるとか、ムードがチェンジしたであるとか、そういった比喩的な意味ではない。


 本当に、空気が違うのだ。空気に、ピリとした刺激臭が混じっている。


 いつの間にか、空気の(にお)()()()()()剣呑()()()()()()()()()()()()()()()


 直後、階下が一気に騒がしくなる。


「火事だぁぁぁ!!」


 誰かが叫ぶ。


「逃げろぉぉぉ!!」


 店は閉めていたが、常駐スタッフの何人かは残っていた。そのうちの誰かであろう、聞き覚えのある声だ。


「……やってくれたわね」

「はん」「ノアぁ……」


 今はもう、ここにはいないもうひとり、招かざる客、()()()フリード。


 これは、ここにおいてその力が、行使されてしまったということだろう。


 穏やかな紳士面(しんしづら)の、その下には過激派のような顔が潜んでいたらしい。


「あはっ! フリード様の裁定も有罪(ギルティ)だったみたいね! ええ、やはり疑わしきは罰せよ、ね! じゃっ、私達はここでオサラバさせてもらうわ! さようならっ!」「あっ!」


 ノアが、ジュベの手を取って窓へと向かう。


「ん……」


 正直、軍にいる割には洗練されてない動きだ。遅い。


 だが……レオは動かない。向こうから手を出してこない限りは何もしない、それが事前の取り決めだ。おそらくは灼熱のフリードが店に火をつけた。それは、手を出されたことに入るのか……レオは、一瞬チラッと私を見たから、どうするか迷ったのであろうが、何も言わぬ私の様子に、静観を決めたようだ。


 灼熱のフリードが明確に敵対し、フリーの状態になっているなら、あのふたりを害してしまう方が危ない。叩くなら合流後だ。咄嗟にそう判断し、()()()()()()()()()()()()()()()()へと運命を託す。


 ノアは、腰の投げ斧(トマホーク)を抜き、窓へと投げた。そんなことをしなくとも、女の子ふたりが通れるくらいなら、窓は開けてあったのだが……しかし大きな破砕音が響き、窓ガラスは割れ、ふたりはそのまま窓の外へと飛ぶ。


 ジュベから魔法の気配はなかった、どうするつもりだろうか……だが私達が今、窓へ駆け寄るのは危険だろう。何をされるかわからない。


 火事を起こされるというのは、想定済みのシチュエーションだ。()()()()()()。まさかこの段階で、初手に使われるとは思ってもみなかったが、起きてしまったのなら仕方無い。


 極端な例だが、私達がふたりを追い、窓から飛び出すというのは悪手だ。ここは四階の部屋だし、その高さをどうにかしたところで、落下地点には有名なその空間支配系魔法「灼熱」を発動したフリードが待ち構えているかもしれない。飛んで火に()る夏の虫にはなりたくない。


 協力者のひとり、コンラディン叔父さんは、かつて私達が敵に回った時、どうやって相対すればいいかを考えていた時期があったらしい。この、飛んで火に入る夏の虫作戦は、灼熱のフリードの協力が得られるなら、最も有力と思えた作戦だったらしい。移動しながら魔法を発動することができない私、叔父さんの認識では「近接攻撃最強」でしかなかったレオ。そこから導き出される答えとしては、なるほどといったところだ。


 そんなことを考えていた叔父さんに、思うトコロが無いわけではないが、私はもう叔父さんを疑っていない。考えていた作戦は全て白状してもらった。その深謀(しんぼう)は、憂慮(ゆうりょ)は、杞憂(きゆう)となった今もこうして私の役に立ってくれている。


「きゃっ!?」「む」


 ガヂャン! と、大きな音がした。次に、ガガガガガっと、何かが削れるような音と振動。おそらくはノアが、この建物の壁に斧を穿(うが)ち、そのまま滑るように降りていっているのだろう。どこのアクション俳優よ、まったく。


「床から煙が……」

「早い。さすが魔法の炎」


 もう、あまり時間はないようだ。私はすぐに魔法の発動準備へと入り、かっきり十一秒後、罅割れ世界の統括者(フィヨルクンニヴ)を発動させる。


 罅割れ世界の統括者(フィヨルクンニヴ)は半径十メートル、直径で二十メートルくらいの空間を割り、支配する。土の上であれば足元より下、地下の方向へはあまり支配の手を伸ばさないが、意識すればそちらを優先して支配することも可能だ。今はそうした。


 事前に想定し、備えていたことだから、私達は黙々と脱出の手順をこなしていく。ワープ機能は、人体へ使うのはあまりよろしくないのではないかという仮説がある。実験もしていない。だからここで実行するのは、もっと原始的な手段だ。


 割った空間を、まずはある程度まで統合し、それから中が空洞になるよう、少しづつ解除していく。少しづつ、下へ向かって伸びていくトンネルを作るイメージだ。その中を、私達はゆっくりと降りていく。


 気分はあれだ、ス●ルバーグの名作、E.●.の終盤にも出てきた防疫トンネルの中を進んでいくイメージ。まぁ進行方向が横じゃなくて縦だからだいぶ違うけど……。


 途中、床とかがあるから、そこを「切断」する必要はあったが、それ以外は特にどうということもなく、数分もかからずに一階の裏口方面へと辿り着いた。野次馬は……いない。それが集まっているのは、正面入り口方面だろう。こちら側には燃える物もないから、火の手も上がっていない。


「ラナちゃん」


 そこに、コンラディン叔父さんが待っていた。手筈通(てはずどお)りだ。


「ユーフォミーと、ナッシュさんは?」


 三人の協力者とはコンラディン叔父さんと、あとはユーフォミー、ナッシュさんだ。リゥダルフ叔父さんにも声をかけたが、職務の都合上王都からは離れられなかった。


「灼熱のフリードを追った」

「ナッシュさんはともかく、ユーフォミーはまだ同僚でしょ? それも階級がだいぶ上の。いいの?」

「問答無用で放火だぜ? 緊急逮捕案件だよ」


 ナッシュさんは怪我を理由に軍を退役しているが、ユーフォミーはまだ軍に在籍している。


 が、ふたりは「こちら側」だ。三年前、私達が王都を救う、その瞬間を最前線で見ていた。それに何を感じたのか、以後、ふたりは私達に味方してくれるようになった。こちらは、秘密をばらすような相手なら始末しなければと考えていたのに、それが莫迦莫迦(バカバカ)しくなるくらいには単純で義理堅い連中だった。


「逮捕……そんな単純に、いくでしょうか?」

「ま、姉さんの力を使って、やっとゴリ押せるかってところかな」

「……ご迷惑をおかけします」

「いいって、三年前の借りが(ようや)く返せそうだ」

「ユーフォミーさんは……」

「あいつらはどうとでもなる。ラナちゃんは気にしないでいいよ」

「……はい」

「さ、行こうか。走るのは目立つ、ゆっくりと歩こう」

「はい」


 ユーフォミーは現在、王国軍の中において特殊な立ち位置を獲得している。


 魔法使いは、軍に徴用された時点で下士官扱いとなる。出自により、その中においても序列はあるが、使い捨てにされるような兵卒ではない。それはそうだ、軍に徴用されるくらいの魔法使いは貴重なのだから。


 何をしなくとも佐官クラス、少佐とか中佐とか大佐とか、それくらいの地位には(のぼ)っていくし、功績が認められれば将官クラスともなる。事前の調査によれば、灼熱のフリードには少将か准将、それくらいの地位が与えられているらしい。


 ユーフォミーは階級でいったら伍長、下士官の最下級ではあるが、そこはまぁ魔法のある世界の魔法使いの扱い「らしい」というか、兵卒を束ね、指揮する必要はないし、かなりの自由が与えられている。ユーフォミーは中でも突出して「自由」だ。


 まず、今、このボユの港にいるという時点で自由すぎる。王都に駐留していないのだから。


 王都においては、内向きの治安は警護兵、警備兵、警邏兵(けいらへい)らの警官が守っている。騎士や軍人などはその任にあたらない。これは、モンスターの大襲撃事件があってからはより顕著となった。騎士や軍人などは外からの攻撃に対し備えるのが仕事。王都の復興、復旧工事などが盛んだった頃は人足(にんそく)として働くこともあったらしいが、それが落ち着いてきた今となってはとにかく訓練、魔法使いであれば研究の日々らしい。


 それはつまり、いずれ始まるかもしれない、帝国との戦争に備えよ……ということだ。まぁ名目上は三年前からずっと、戦争状態なのだけど、王国と帝国は。


 そんなわけで軍の魔法使いには、それが下士官クラスであっても、今ではかなりの裁量権(さいりょうけん)が与えられている。魔法使いを鍛えることなど余人(よじん)には不可能、勝手に研鑽(けんさん)し、強くなれという話だ。


 ユーフォミーは、ナッシュさんの脱落により「弱くなった」と判断されている。


 ふたりは今もずっと一緒で、どこへ行くにも、何をするにもふたりでひとり(ツーマンセル)のままなのだけど、書類上では、ナッシュさんは軍を退役したことになっている。だが傷痍軍人への恩給という名目で今もその給料は支払われ続けているし、「いざ」という時は、外部協力者としてナッシュさんを軍へ戻すという内約もあるらしい。世の中ってホント複雑。


 だから結局の所、ナッシュさんの「弱体」は事実上、ユーフォミーの「弱体」そのものだ。


 これをユーフォミーは逆手に取った。


 自分は「軍人ではない」父親、ナッシュさんと一緒でなければ「強くなれない」。

 だから「軍人ではない」父親、ナッシュさんと一緒に行動する。

 父親、ナッシュさんは「軍人ではない」のだからどこへ行くのも自由だ。


 こうして、ユーフォミーは軍人でありながら、どこへでも行き来し、行動する自由を手に入れた。無茶苦茶な論理であるとは思うし、相当のすったもんだはあったのだろうけど、事実、ユーフォミーはそうして自由を手に入れ、こうして私達に協力してくれている。




「それにしても、どうして放火なんか。ラナちゃんは話してみてどう思った?」

「……わかりません」


 灼熱のフリードは、話してみた感じ紳士的な人物に思えた。


 (くさ)くない分、私からは好感すら(いだ)ける相手だった。


「ですが、連れていたふたりの少女の内、ひとりが厄介な魔法使いでした」


 私は先を行く叔父さんについて歩きながら、簡単な説明だけをする。レオは無言で殿(しんがり)を務めてくれている。今はその更に向こうから、消火にあたる街の人の怒号が聞こえてきている。業腹(ごうはら)だが、これだけうるさければ、私達の声も遠くへは響かないだろう。


「ふむ……予知夢、か」


 叔父さんは、裏道を知り尽くしているかのようにすいすいと歩いていく。この街の生まれではないのに、頼もしいことだ。


「事態は臨界を超えた、そう判断していいか?」

「軍のお偉いさんが、放火までしてきたんですよ? 独断専行としても、この国ではもう枕を高くして眠れませんよ」

「そりゃそうだ」


 叔父さんは海に向かって歩いている。港町の、主要施設であるところの「港」へ向かって進んでいる。そこには「船」がある。成長し、巨大となったロレーヌ商会が半年前に、とうとう手に入れた「船」だ。


 先ほど、フリードさんに「自前の船を所持しての取引ではないので知りません」と答えた気がするが、それは半分嘘だ。公式には、これはマリマーネのところの、ドヤッセ商会の船として登録されている。だが造船にかかる費用のほとんどはロレーヌ商会が出しているし、その債権も握ったままだ。


 それにより、具体的には、ドヤッセ商会はこの船を決められた期間、自由に使うことが許されるが、積載量の二割はロレーヌ商会が指定した物品、つまりは輸出入品に()てなければならないという契約になっている。


 また、特例として、ボユの港へ停留している間に、ロレーヌ商会の一人娘、ラナンキュロアが必要と判断した一度きりに限り、それをロレーヌ商会へ使わせるという契約にもなっている。


 今回は、その後者を使う。諸々の準備と調整は数日前からしてあった。何を隠そう、マイラもそこで待っている。レオがどうしてもと言うからそうした。この大陸には、残していけないからと。


 つまり私とレオ(とマイラ)は、これからその船で南の大陸へと渡るつもりだ。しばらくは向こうの港町に留まり、叔父さんやマリマーネと手紙の遣り取りをして、戻れそうなら戻る、無理そうであればあちらへ骨を(うず)める覚悟をする、そういう予定だ。


 それ自体は、最初の一年の間にレオとじっくり話し合い、合意の出ていたところだ。これは、二年越しに、そのシナリオを実行に移す時が来たというだけのことだ。最初の一年の間は密航を覚悟していたけど、今は堂々と乗れる船もある。


「今のところ、尾行の気配はないが……相手が魔法使いの大家(たいか)ってのは厄介だな。予知夢も、それだけだったか怪しいし」

「ええ、賭けに……なりますね」


 ジュベが見た夢は、ノアの語ったふたつだけなのか。


 ノアは、そこまで頭のいい人物では無かったように思う。ジュベはよくわからない。


 ただ、灼熱のフリードは、頭の回転がまぁまぁ早い人物であるように見えた。後ろで糸を引いていたのがあの男であるなら、そこになにかしらの罠があってもおかしくはない。


 本当に、魔法使いを相手にするというのは厄介だ。


 まぁ、魔法使いじゃなくても……例えばドヤッセ商会の船が、実はロレーヌ商会の紐付きであるということも、調べれば簡単にわかることだけど……それは商人や官僚、役人の発想であって、軍人の発想ではない気がする。


 それに、ボユの港へ出入りする船の登録は、当然ながらここの公爵家へ願い出るものだ。縦割り行政の、縦の軸が王都とは別物になっている。長年、王都に住まい、そこでの名声を高めてきた壮年の魔法使いに、これを調べるという発想が出てくるだろうか? そもそも、私が船で南の大陸に逃れるというシナリオ自体、普通は想定し辛いモノだろう。


 ゆえに、やはり危惧すべきは、追跡に長けた魔法使いがあちら側にいないかということと、ジュベの予知夢だ。「私達が船で南の大陸へと逃れる」という予知夢を見られていたら、待ち構えられてしまう可能性がある。


 それに、テレパスの男性は死亡したというが、遠くのモノを見る遠隔透視能力(クレヤボヤンス)の能力者は生き残っているという。仕様がわからない以上、警戒のしようがないが、そういう者がいて、そういうモノがあるというだけで、今の私達にはプレッシャーとなる。


「賭けか……ギャンブルは、俺はあまり得意じゃないな」

「そうなんですか?」


 そうは言っても、私達は私達を待つ、私達の船へと向かう他ないのだけど。


「冒険者なんかやってるとな、それで破滅していく人間を嫌ってほど見せられる。そういうのを見ているとな、思うんだ、自分の運を信じられる、信じたいと願う人間ほど破滅しやすいってのは、いったいどういう皮肉なんだってな」

「そう……ですね」


 私達は目立たぬよう、ゆっくりと歩く。




 この賭けが勝利に終わることを、祈りながら。








背負子(しょいこ)のユーフォミー視点>


『おめぇはよ、実の娘とデキてんの?』


 冒険者は下品だ。


 乱暴だしガサツだし、下ネタも言いまくる。


 ずっとその中で育ってきたから、それがそこまでイヤかって聞かれたら、「別に?」って答える。イヤなんじゃない、ただ、それをまともに相手するのは「不要」、まともに取り合うのも「不要」、聞き流すのが「肝要」、だからそうするってだけ。


 ただ、時には聞き流せない言葉もあった。


『そんなナリで、ブツは子供を相手にしなきゃなんねぇくれぇちぃせぇのか?……うぎゃあ!?』


 そんな時は、遠慮なく焼いてやった。


 アタシには魔法の才能があった。攻撃魔法の中では特に、炎系魔法が得意だった。


 ただの冗談で言っているんだったら、焼くのは服の一部。少し悪質なら髪……が無いハゲチャビンは胸毛とか色々。明らかな悪意を向けてくる連中なら……利き手を焼いたりもした。


『頭おかしいんじゃねぇの!?』


 そうしている内に、アタシは、アタシ達は「要不要の暴走列車」というふたつ名を得ていた。


 もともと、「必要」「不要」はお父ちゃんの口癖だった。何かあるごとに『……必要だ』『……不要だ』と言っていた気がする。ちっこい頃のアタピは、それを真似ていたってだけ。


 でも、アタピが言葉を覚え、段々と口が回るようになってくると、他の人と話すのは主にアタピの役目になっていた。


 アタシが十歳か、それくらいの年齢になった辺りから、「品のないこと」を言う連中が出てきた。


 アタピとお父ちゃんがデキてる?


 バーカ、無いよそんなの。


 アタシは多分、お父ちゃんが求めてくれるなら、それを拒否したりはしないんだろうけど、お父ちゃんはお父ちゃんだし、アタシ達には親子の絆という、もっと確かなものがちゃんとある。アタシが生まれた時からある。


 今更、違う関係を「デキ」上がらせる「必要」なんてない。


 そんなのは「不要」。


 それを理解できない、頭のワル~イ奴には、アツ~イ思いをしてもらった。




 アタピが十五歳か、それくらいになった頃、アタシ達は運命の二択を迫られることになった。


 貴族と結婚するか、軍に徴用されるか。


 どちらも、アタシ達がまったく望んでいなかった二択だった。




『どうしてそんなこと言うのよお父ちゃん! アタシは結婚なんてしない! ずっとお父ちゃんの(そば)にいるもん!』


『アタシの幸せ? 結婚して子供を産むのが幸せ? 知らないよそんなの! アタシの幸せはアタシが決めるの! アタシはお父ちゃんと一緒じゃなきゃヤダ! ずっと(そば)にいてほしいの! いたいの!』


『うん……軍に入ろう。ごめんね、アタピに才能がありすぎたんだね。“要不要”だけなら、軍に徴用されることもなかったのに』




「ここから先へは、行かせない」「……ぅぅぅ」


 目の前には女の子がふたり、知った顔だが、見知っているとも、親しいとも言えないふたり。ここは大きな倉庫と倉庫の、その間の通路だった。それなりに幅はあるけど、武器を構えた戦士と魔法使いのコンビが前にいては進めない。


「ノア、ジュベ、邪魔。お(じゃ)ミャーンは不要不要」

「ここから先へは行かせないって言ってんでしょ!?」


 ひとりひとりを相手取るなら、どっちもたぶん、楽勝。


 ノアはただの斧使いだから、攻撃を全部弾いて、一撃を食らわせればそれでフィニッシュ。


 ジュベは、どうして軍に徴用されたかわからない、その程度の攻撃魔法しか使えない雑魚。


 どっちもお父ちゃんと、お父ちゃんにおんぶされるアタシの敵じゃない。




「アンタこそ邪魔しないでよおおおぉぉぉ!!」「……ひぃ」


 ノアが突っ込んでくる。両手に持っていた二柄(ふたえ)の斧を、一方は投げ、一方はそのまま手に持ち斬りつけてくる。


 それなりに速いし鋭い。


 ケド。


「不要!」


 斬りつけてくるその攻撃を結界で弾く。何度も何度も打ちつけてくるが、アタシの結界の前では無意味だ。ジュベの様子を見ながらでも、余裕で防御できる。今の状況で怖いのは、やっぱり魔法使い。


 アタシの「要不要」は、結界とは言いながらも、全身を覆うように展開することができない。即発動するという強みはあるケド、その強みを捨て、詠唱時間(キャストタイム)を三秒ほど使っても、半身が隠せる程度までしか拡げられない。面積でいったら子供用のベッドくらいかな? 即発動なら、その半分程度までしか行かない。


 だから灼熱のフリードの、空間全部を灼熱地獄にするみたいな、そんな魔法には対抗できないし、大量の大型モンスターに、四方八方から攻撃されたら、それだってもうどうにもならなくなる。お父ちゃんの腕はそれで一本、()くなってしまった。


「ぬんっ」

「なっ!?」

「バーカバーカ! 曲がる軌跡の投げ斧なんて、お父ちゃんにゃアッタリャニャーン」


 もちろん、生半可な魔法攻撃なら、お父ちゃんが自慢の脚力で避けてくれる。


「ちっ!!」

「……ナンジャソリャ? 鎖鎌? ノンノ鎖()?」


 でも、それだって限界はある。限界があると今は知っている。痛恨の後悔がある。


「あー、そのガントレット、そういう仕組みカーン。斧とツナガーリン、投げてもカイシューン」

「普通に喋れえええぇぇぇ!!」


 もう失わせない、失わない。お父ちゃんがずっとアタシを護ってくれるように、アタシもお父ちゃんを全力で護る。それがアタシ達。ふたりでひとつの、()走列車。


「ほーん。にほーん投げルーン?」

「はっ! 死ねぇぇぇ!」


 投擲された二本の斧が、アタシ達を挟み込むように迫ってくる。


 アタシの結界が、そこまで大きくないことを知っての攻撃カナ?


 でももでもでももでもの内。


「ナメんな」


 今のお父ちゃんには、右腕がない。だからアタシが結界を展開するのはソッチ。


 お父ちゃんには、だけど左腕がある。元々は右利きだったのに、努力して苦労して元の右腕以上に強くした左腕。力強くて、頼もしい左腕。


「んむ……っ」

「掴んだ!? 正確に柄の部分を!?」


 結界に弾かれる斧へは目もくれず、アタシは、お父ちゃんの拳くらいの炎弾(ファイアーボール)を、ジュベに向かって撃ち出す。


「きゃあ!?」「ジュベ!?」

「にほーんの斧はぁメクラマッシュ? 間に何をぅシタガリン? だけど無意味誰得それ無用ぉ!」


 何かしらの魔法を、詠唱(キャスト)していたジュベだったケド、それは叶わずに霧散。やらせるかってーの。


「だから(わか)るように話せやぁぁぁ!?」


 炎弾(ファイアーボール)は当たらなかった。命中率を上げようとすると、発動には時間がかかってしまう。牽制になる程度のクオリティなら、アタシの場合二秒もあれば十分。炎弾(ファイアーボール)は結構な数の魔法使いが使えるけど、その中でもアタシのこの二秒は、最速の部類だと思う。みんなみんな、威力とかにこだわり過ぎ。速度重視なら弓を射ればいいとかナントカ言ってさ。


 アタシ達はふたりでひとり、お父ちゃんにできないことは全部アタピがする。防御とか、牽制とか、そーゆーのはアタピの役目。治癒魔法が使えれば完璧だったんだけど、その才能はアタシには無かったようで、アタピはそれ以外でできることを鍛えるしかなかった。


 だからアタシは「威力」よりも「速度」を求めた。あらゆる状況に、ふたりでひとり(ツーマンセル)で対応せざるを得なかったから。


「ぬんっ!」

「ひっ!?」


 お父ちゃんが、掴み取った斧を投げる。


 お父ちゃんが武器とするには小さすぎるし、いつまでも持っていたら何かしらの罠が発動するかもしれない。投げられた斧は、まっすぐノアへと向かっていった。


「くっ!」


 ガゴォン……と重い音が響く。ノアはガントレットを盾にして斧を防いだ。


 でもさすがお父ちゃん、それなりの厚みがありそうな金属製のガントレットに、大きな(へこ)み……というか歪みができている。防がれたケド、あれなら腕にも多少のダメージが入ってそう。


 勝てる……と思った。


 ジュベは即発動の魔法を持っていないようで、どうしていいかわからない様子でオロオロしている。何を探しているのか、キョロキョロしている。勝機なら、もうないんじゃなイカ?


 ノアは、だらんと片腕を下げたその格好から、片腕が痺れ、動かせなくなっているようだ。息も荒い。目はまだ死んでいないけど……問題ない。アタシ達は、瀕死の獣に油断するほど甘くなんかない。


 後は丁寧に詰めるだけ。


 だから……アタピはふたりに向かってこう言う。


 無意味なことはしたくないから、言う。


「ノア、ジュベ、退()いて」




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