epis43 : Proof of a Hero (lies)
「お願い! 王都を助けて!」
とうとう、独自言語すら剥がれた四色の少女、ユーフォミーは、床に頭を突いて、「く」の字に曲げた両腕をその前で合わせた。
つまり、つまるところこれは、DO・GE・ZAだ。
少しだけ、正式なそれと違うのは、彼女の足が、正座ではなく開脚の形になっていることくらいだ。だからそれは、DO・GE・ZAというより、柔軟で開脚をして、前屈しているようにも見えなくはない。
あと、そのそれなりに希少そうな眼鏡、外してないけど大丈夫? 床にぶつけたらフレーム歪んじゃわない?
「まさかそうきたか」
これは……泣き落としの次に予想外だった。キャラ崩壊RTAかな? その業界は割と競争が厳しいよ?
「コンニャックがこんな手段を用いてまで求めたんでしょぉぉぉ!? 君の腕をぉぉぉ」
「んむ……」
少し遅れて、ナッシュさんも床に膝をつく、そして同じように床に頭をつけ、片方だけの手で同じようにする。
十代後半の娘がいるわけだから、どう見積もってもナッシュさんは三十代以上だ。推定前世のあたしの享年と、今の私の年齢を足しても年上である。割と深刻にやめてほしい。
戦闘になるかもって思った私が、莫迦みたいじゃないか。
まぁ、ふたりが頭を向けているのは……レオに対してなんだけど。
「僕は……」
ふたりからDO・GE・ZAを向けられたレオは、しかし別に動じることもなく冷静に返した。むしろそれに、冷静でいられなかったのは私の方だった。
「僕にも、護りたいモノがあります。助けたいモノがあります。けど、それは国でも、都市でもなくて、たったひとりです」
「レオ……」
どうしてそこまでと、胸が苦しくなるほどの想いが、まっすぐ伝わってくる。
胸が熱い、胸が熱くて苦しい。でもそれは不快ではない痛みだ。
レオの気持ちが嬉しい。ありがたい。レオに感謝する。真心に感謝する。それは私に、忙殺される中で忘れていた感情を、不快ではない形で思い出させてくれた。
人が死ぬのは嫌だ。
そんな当たり前の感情を、思い出させてくれた。
私は、誘拐犯の一味だった男をひとり、殺しただけで自分を見失う、その程度の人間だった。
私はもう普通じゃない人間で、もはや人殺しで、いまさら真っ当な人生は歩めないけれど。
でも、普通じゃない人間だって、普通の心がないわけじゃない。真っ当でない人間だって、当たり前の感情を持っている。そのことに何の矛盾もない、何の不思議もない。それのことを、レオが思い出させてくれた。
パパが、ママが、たくさんの人が死ぬのは嫌だ。
あたしは、人を殺したいと思ったことがある。
でも、あたしが殺したかったのは、いったいなんだったのだろうか?
あたしが壊したかったのは、いったいなんだったのだろうか?
あたしは例えば、あの男達が壊れてしまえば、死んでしまえば満足だったのだろうか?
……満足などは、どうあっても、しなかったのだろう。
だけどそうせざるを得なかった。彼女は自分自身を、そんな風に壊すしかなかった。
だって彼女はもう、癒やせないほどに罅割れていたのだから。
その心の一部を、私は共有している。
だけどそれは……それだけのことだ。
私自身の心には、まだ小さな罅が少し入っただけに過ぎない。
この身に少しだけ残っている額の傷と同じだ。
この少しだけ残ってくれた左手の傷と同じだ。
全然、致命傷なんかじゃない。
だからこれ以上、癒やせない罅を、心に入れてしまうのは嫌だ。
だから。
「別に、そんなことしなくても、私の条件さえ呑めば、助ける」
「ホント!? なんでも言って!」
「ううん、逆かな。私の条件が、実現不可能なものだったら事態は丸く収まらない。私はレオを危険な目にはあわせたくない。だから安全が確保できないなら協力はできない」
だから私は、できることならば……する。
「……何が必要? 何が不要?」
「実験が」
「……実験ん?」
「危険な実験。成功する可能性は高いけど、失敗したら人が死ぬ。だから私は仮説を、実証して現実のものと変えることができなかった。でも」
頭の中で組みあがっている、その仮説を、もう一度俯瞰して考える。
「でも、私の実験に、ユーフォミーさんが命を賭けてくれるなら……それが成功するのなら……私はレオと一緒に王都へ行って、モンスターを、ワイバーンを倒すよ」
レオの「無敵」は、おそらく実際の刃で斬っているわけではない。
「私の実験に命を賭ける、その覚悟がある?」
「……アタピの命だけ?」「んむ!?」
剣の形をしたものを振るうことで、「斬るという概念」のようなものを任意の場所に顕現させているのだ。言ってしまえば私の「黒い線」と似た種類のものなのだ。
「そうだね、欲しいのはユーフォミーさんの魔法だから、ナッシュさんに命の危険はない」
「なら、いい。アタピの命、使えるなら使って」「だ、ダメダ!!」
そうでなければ、冶金学上の常識を無視した結果を引き起こすことなどできないし、同じ剣で斬った七人が、それぞれ別の何かで斬ったかような傷を負って死ぬことも無い。
「ダメダダメダダメダ!!……ん」
「お父ちゃん……アタシの命はあの日、お父ちゃんに助けてもらった。でもその代わりに、お父ちゃんの腕は一本……なくなっちゃった。だからアタシはもう、お父ちゃんから何も奪わせない。お父ちゃんの生まれ故郷も、お父ちゃんが勇敢に戦ったことを知っているみんなも、全部」
「……んむぅ」
「全部全部、必要。不要なんかじゃない、絶対に」
そもそもレオが最初に使っていた段平には、刃こぼれだってあったのだ。そんな物で人をスパスパと斬っていた時点でおかしかったのだ。
「話は決まった? なによ、やっぱりちゃんと話せるんじゃない」
「理解! 共感! それ不要! ただ戦力としてのアタピ達だけが必要! それがアタッピ達だけの在り様!」
「……よくわからないけど、わかった」
しかしそれは、「剣」を構えていなければ発生しない奇跡だ。鉈や、片刃の剣の背の部分では「斬る」ではなく「打ちつける」になる。これは単純に刃の厚みの問題だった。その実験は可能だったのでした。おそらくは六ミリ、それくらいの厚さを超えると、物質の切断は発生しなくなった。
「なら、戦力としてではないけど……その命、使わせてもらうから」
なら、レオのそれは、「斬るという概念」ですらないのかもしれない。あるいは「斬撃という概念」だろうか。
「アタピは死なない。もうお父ちゃんから、何も奪わせない。だから実験は成功が当然」
「怖気づいたんですか? 本当に、命の危険はありますよ?」
「違う」
「何がです?」
そこまで考え、次に実験したことは、レオのやっていることが「斬る」ではなく「斬撃という概念」の放出であるというなら、それだけを独立させ「飛ばす」ことはできないかという仮説だった。
つまりは遠隔攻撃。
「失敗しても、それはオマエのせいじゃない。アタピが、アタピの運命を乗りこなせなかった、それだけ。だから、悪いのはアタピ。そもそもオマエは年下で格下ちゃん。責任の所在は年上で格上のアタピにある。アタピはアタピの意思でオマエに命を預ける。何が起きても文句なんて言わない。お父ちゃんも……それ不要!……だかんね?」
「ん……むぅ……」
「よくわからない理屈ですが、覚悟は伝わってきました」
レオの「斬撃」は、レオが対象を「斬る」と明確に思った時点で発動する。そしてそれは、実際に対象が「斬れる」までレオの意識を奪う。
レオが、私達が懸念する「危険」はここにある。
例えば、今回の話でいうと、飛龍を斬るとして、上空にいる敵を「斬る」際、レオの身体が、そこまで飛んで行ってしまったら? 「斬り終えた後」意識の戻ったレオの身体が、地上数十メートルの位置に取り残されしまったら?
私の罅割れ世界の統括者、その黒い線は「斬れない」。まるで矛盾の故事のような話だが、「どうやっても斬れないモノ」を「絶対に斬る」としてレオがその能力を発動させた場合、どうなるのか。レオの意識は、何をしたら戻ってくるのか?
その実験は、どちらもできていない。
「なら、遠慮せずに行きます。レオも、ナッシュさんも……いいですね」
「うん」「……ん……む」
だから実験したのは、単にレオは遠隔攻撃が可能なのかということだった。
それが可能なら、罅割れ世界の統括者の黒い線はともかくとしても、上空の敵を撃ち落とすなどのことは可能になる。その時は、こんな事態は想定していなかったけれども。
結論から言うと、可能だった。というかレオ自身、「それが可能であること」自体は昔から知っていたらしい。レオは能力発動中、意識を失う。だからその間に自分がどうなっているのかを知らない。だから実験をして、私がそれを観測してみた。
大体、十三メートルから十四メートル以上、この国の度量衡でなら十五から十六ヤルド以上、それくらい先の物を斬ろうとすると、レオはその場から動かずに、ただ剣を振るという動作をするようになった。
そして、それだけで対象が斬れてしまった。ただ、それは距離が離れれば離れるほど、斬撃の威力が落ちていった。
この限界は約百メートルくらい。それ以上だと「無敵」は発動しなくなる。
また、五十メートルを超えた辺りで、殺傷能力はほとんどなくなってしまう。
有効射程距離までもが、私(の魔法)と一致していた。
ここまでは判明した。でも問題はここから先だ。
実験できなかったのは「上空への攻撃」、それと「結界など、どうやっても斬れないモノへの攻撃」……後者はともかくとしても、前者をクリアできなければ飛龍退治になどは行けない。
危険かもしれない実験が、どうしても必要だった。
「え、と、どぉするのぉ?」
ところでユーフォミーさんの「要不要」だが、これは「どうやっても斬れないモノ」ではない。
ユーフォミーさんは「要」と「不要」を選択することができる。私も似たことはできるが、ほんの少し仕様が違う。そのほんの少しが、大きな違いでもある。
「レ、レオ君の攻撃をぉ、通すが必要?」
「はい」
実験、その壱。
ユーフォミーさんが結界を張れる範囲は、自分の周囲二メートルくらいまでらしい。それくらいの距離があるのであれば、次のような実験が可能だ。
まず「レオ、(距離)、結界、斬る対象物、ユーフォミーさん」という並びの配置を作る、そしてユーフォミーさんはレオの攻撃を「不要」ではなく「要」とする。
要は、「要」の結界越しに、遠隔攻撃で任意の対象物を斬ることができるのかという実験だ。
結論、これは当たり前だが何の問題もなく「斬る対象物」は斬れた。ちなみにその対象物とは廃材拾何号か君である。もう食べたパンの枚数は忘れたよ。
実験、その弐。
実験壱と同じ配置で、ユーフォミーさんの結界の「不要」を、レオの「剣」だけに設定する。できるのかなーと思って聞いてみたら、できるらしい。むしろそういうことこそ得意だったらしい。その辺の仕様については細かく説明されたが省く。今は私達に必要な情報だけを、実験から得られればそれで良い。
「うそぉ!?」「ん……む」
結論、レオの「剣」だけを「不要」としたのでは、レオの「無敵」、その遠隔攻撃を防げない。実験その壱と同じように、廃材拾何号か君は綺麗に切断されていた。やはり、対象物を斬っているのは物質的な「剣」ではないのだ。
実験、その参。
レオの攻撃、そのものを「不要」に設定することはできるのか?
「……戦いにならなくてぇ、よかったぁ」「んむ」
結論、できない。
ユーフォミーさんの結界が私のそれと違うのは、ユーフォミーさんの「判断」で「要」「不要」を選択できるという点だ。逆に言えば、「何を不要とすればいいか」ユーフォミーさんが判断……というか理解できていない場合、それを弾くことができない。廃材、そろそろ弐拾何号か君はスッパリと断ち切られてしまった。おお廃材よ、死んでしまうとはなんと情けない。
ただ、「あらゆるものを遮断」は可能だったらしい。未知の魔法などはそれで防いでいたらしい。こちらを試したら、斬撃の角度が変わった。ユーフォミーさんは、盾のような形でしか結界を出せない、横にも後ろにもスキがある。まぁそうだろうなぁとは思っていた。この場合、「斬る対象物」は「結界」ではない、廃材以下略君だ。盾など、避けて攻撃すればいいのだ。
ここで判明したのは、レオの「無敵」が、「盾」が自分を通すか通さないか、勝手に判断して「斬撃」を繰り出しているという点だ。それはもうレオの意思ではない。レオの「無敵」のもうひとつの側面、「回避」と同じだ。自分にとって危険な「斬撃」は、そもそも発動しないのかもしれない。それは、試さないけど。
実験、その肆。
ここまでに判明した事実から、私達はあることを試した。
ここは港町。港町にあるのは船と海。
そのふたつが、私の危惧した「危険」を避けながらの実験を、可能としてくれた。
そして確信した。
レオの「無敵」は……ううん、ふたりの「無敵」は……飛龍殺しであると。
<三人称:前半は主に飛龍視点>
飛龍の攻撃方法は、シンプルだ。
特殊な魔法を使える個体ともなれば話はまた変わってくるが、王都リグラエルを襲撃した飛龍は人間に飼いならされた、人間に飼いならすことが可能だった、その程度の個体でしかない。
だが、そうは言っても飛龍は龍の亜種だ。
特殊な魔法は使えなくとも、羽根周りに再生能力を持ち、ドラゴンブレスを放ってくる。それは種全体が持つ特性であり、例外はない。
飛龍の攻撃方法は、だから近接戦では爪や牙、中距離から遠距離ではドラゴンブレスとなる。
ドラゴンブレスの有効射程距離は二十から三十メートル。強大な個体ともなればその倍、それ以上ともなるようだが、王都リグラエルを蹂躙する飛龍に、そこまでのモノはいない。
ただ、ドラゴンブレスには欠点がある。
それは、魔法風にいうならば詠唱時間と再詠唱時間の問題だ。簡単に言ってしまえば、連発ができない。
飛龍は上空を飛びながらドラゴンブレスを準備し、準備が終われば滑空をして、地上二十から三十メートルの距離まで降りる。そしてドラゴンブレスを地上のモノへと吐き出して、また上空へと戻っていく。
王都リグラエルを襲う飛龍は、これを繰り返し、王都を襲っていた。破壊していた。追い込んでいた。
――汚い、街だ。
その一匹もまた、そうしたサイクル、ルーティーンを繰り返すべく、今日もまた王都へ訪れていた。これまでに仲間は三匹、人間どもに撃ち落とされ、屠られている。七匹いた飛龍も、もはや半分近くが減ってしまった。
だがそのことに苛立ち、激昂するほど飛龍は情深くない。
それよりも、三匹目の仲間が屠られてから、人間どもの抵抗が急に激減したことを喜んでいた。
――自分のドラゴンブレスの射程は、七匹いた中で一番長く、三十メートル以上ある。
これまでは、地上三十メートルの距離へ滑空してドラゴンブレスを放とうとすると、高い確率で横槍が入った。自分を撃ち落とすほどのモノではなく、鬱陶しい、煩わしいと感じる程度のものだったが、邪魔であったのは確かだ。
それがなくなった。その距離へ、高威力の魔法を届かせることのできる人間が、死んでしまったのかもしれない。
――ならばもう、やりたい放題できる。
その日、その個体は、だからもう自分を遮るモノは何も無いと確信し、意気揚々と王都を襲った。破壊しようとした。追い込もうとした。
「グギッ?」
何度か気持ち良く、ドラゴンブレスで街を焼き、上空に戻ってはブレスを練ってまた襲う、そのサイクル、ルーティーンを続けていると、突然身体に痛みが走った。羽根が、少しだけ斬られている。だが撃ち落とされるほどではない。超回復が働き、すぐに元通りとなる。
が。
「ギゥ!?」
だが今度は連続で足、胴、首周りを斬られた。斬った者の姿は……周辺にはない。当たり前だ、ここは地上三十メートルの空だ。空を飛ぶ者達の領域だ。
――まだ、こんなことを出来る奴が、残っていたのか。
鬱陶しさを、煩わしさを、思い出して不快になる。
ひとまず、ドラゴンブレスの放出を諦め、上空へと戻る。
謎の斬撃は、それを追ってきたが、どうやら距離が離れれば離れるほど、その威力は落ちていくようだった。そして地上五十メートルを超えた辺りで振り切ったのか、追撃はやんだ。
どうしたものかと思った。既に地上三十メートルであれば致命傷とはならない、撃ち落とされることもないことが証明されている。まさか先ほどの攻撃が手加減をしてのものだったとも思えない。
そうであるのならば。
――よかろう、人間、討ち取ってやる。
地上三十メートルの距離であれば自分が瞬殺されることはなく、逆にこちらのドラゴンブレスが届けば地上の人間などは一瞬で死ぬ。
――ならば、その攻撃を繰り返す。
どれが自分を攻撃している者かはわからずとも、討ち取れば攻撃はやむだろう。それをもって判断すればいい。
瓦礫が転がり、臭嵐が吹き、それを片付ける者もなく、そのままになっている王都は、空から見てもゴチャゴチャしている。汚い街だ。
遮蔽物も多く、どの陰にどれだけの人間が潜んでいるのかも判らない。
だが問題はない。ドラゴンブレスは地上において広がる。何度か繰り返せば、いずれは本命をも巻き込んでくれるだろう。
――あとは運と、時間の問題だ。
飛龍はそう考えた。地上六十メートルほどの、ここならば安全圏であると判断した、その場所でそんな風に考えた。そんなことを、暢気にも考えてしまった。
――ぬぅ?
その足元に、奇妙なモノができあがる。
それは人間の頭部ほどの、小さな「空間」だった。飛龍には脅威ともなり得ぬ、とても小さなモノ。
だが飛龍は、そこから、視線を感じたような気がした。
殺気を感じたような気がした。
――何かおかしい、距離をとって……。
それが、その飛龍の最後の思考となった。
「ギ……ガ」
衝撃を感じ、首が落ちる。
全体のシルエットから考えれば細い、だがそこらの木の廃材などよりは確実に太い、厚い皮に覆われ、皮下に硬い腱を持ち……簡単には切断できるはずもない……その首が落ちる。
血が吹き出る。
紫の血だった。赤みの方が強い、鮮やかな。
浮力を失った肉体がよろめき、地上へと落下していく。
落ちる。
墜ちる。
堕ちる。
落下していく。
王都を燃やし、追い込み、瓦礫を生み出し、殺戮を続け、王都に絶望を運びこんだその巨体が、命を失って、力を失って、墜落していく。
「おおおぉ!」
「うおおぉ!」
「あああぁぁぁ!」
数ヶ月に及んだ絶望、それに諦めかけていた者達があげる、大歓声の中へと迎い入れられながら。
その飛龍は、王都へ残っていた四匹の中で、もっとも長いドラゴンブレスの射程を持つ個体だった。
それを屠った者は、参戦の初戦において、一番厄介なモノを最初に打ち倒していた。
ゆえにもう、地上六十メートルにまで致命傷を届かせることができる存在を、止められるモノなどはいない。
残る三匹の飛龍は、三日で悉く撃ち落とされ、屠られ。
地上に残るモンスターも斬られ、削られ。
傾いていた戦況は一気に逆転して、事態は一気に収束、そして終息へと向かっていった。
王都リグラエルを襲ったモンスターの大襲撃事件、それを制した英雄の名は――レオポルド。
年齢も、外見も不明な彼は、冒険者ギルドがボユの港より呼んだ、南の大陸の英雄なのだという。
――ならば濃い肌に濃い髪の色をしているのだろうか。
――背もあまり高くはないのかもしれない。
――だが屈強な男性であることは間違いないのだろう。
――その得物は剣。一本の剣。
――剣一本で、モンスターをバッサバッサと切り捨てていったというんだからな!
人々は復興の中で王都リグラエルを救い、そして風のように去って行った英雄の名を……レオポルドの名を、噂しあった。
――それにしても情けない、王様は何をしていたんだ。
――まったくだ、最後には王宮に引き籠って出てこなかったというぜ?
――かー!……なっさけねぇ、百年二百年の歴史って言っといてそれかい。
――いいよなぁ、王様は、王家に生まれたってだけ勝ち組人生だ。
――それにしても、どうして王様は、英雄レオポルドを引き止めなかったんだ?
地方より番役、大番役に任ぜられ、あるいは志願して王都へ戻った貴族達も、噂を、そのそれぞれの派閥の中でこねくり回す。
――どうして取り込まなかったのか。王は何を考えておられる。
――それだけの者、帝国との戦争には不可欠ではないか?
――戦争は、あるのか? 大遠征となるが。
――現実的ではないな。だが何もしないわけにもいかぬだろうよ。
――それよりもこたびの騒動には内憂の存在が不可欠。誰がやった?
そしてユーマ王国、その国王でさえも、しかし知ることは国民や臣下の者達と、そう大差ないモノであった。
――ワシでさえ、レオポルドとやらの顔も知らぬとは。
――どうして叙勲も、褒美も、名声でさえも受け取らず去った。
――それはもう慎ましさなどではない。王家への反逆にも等しい。
――英雄に、報いなかった王に、下々の不満は高まっている。
――ああ、後世には、私が歴代でもっとも愚かな王であったと記されるであろう。
そうして、英雄レオポルドが王都リグラエルを救い、そして姿を消してから三年。
レオは十四歳の誕生日を祝った。
ラナは十六歳になっていた。
ところで、ロレーヌ商会が近年、売り出した始めた商品がある。
それはペクチンゼリーと、ボユの港で水揚げされる特殊な海産物の、内臓の一部を使った商品で、それを男性のソレに被せ、コトをすると、女性が妊娠をしないですむ、お互いに性病もかかりにくくなるという、素材の割には不快な匂いもない、画期的な商品だった。
発案者は不明。
だが一部の者達は知っている。
ロレーヌ商会の、突飛な商品は、ひとりの天才によるモノなのだと。
自分がほしいから、自分が必要だからと、次々に色々な物を創り出してきたのだと。
レオはもう、女装の似合う少年などではなく、見間違いようもない「男」となっていた。




