epis40 : One step closer to the intersection
『帰っていいですか?』
『いいけど、それなら後で家まで行くよ? 事情聴取に』
実際はしなかった会話を頭に浮かべながら、私は前回、私とレオが通された部屋の、通路側の席に座っていた。レオはすぐ脇に立っている。
窓の側にはマリマーネと、例のキテレツ父娘が立っている。帯衣のベルトは、やはり背負い紐(背負われ紐?)として使うものだったらしい、今はそれによって、彼女は父親に背負われている。おんぶされている。幸せそうだ、顔が。
そして窓側の席には冒険者コンラディン、叔父さんが座っていた。その足元には例の、両手両足を折られた赤毛の女性が無造作に転がされている。
レオは鎖で彼女を拘束していたが、今はその上から更に叔父さんが、妙な拘束を付け加えていた。
手の親指と親指、足の親指と親指を、太い針金のようなもので連結し、更にそれを彼女の背中側で連結している。そのまま吊り上げれば……なんだっけ……なんとか問い……忘れた……まぁ背骨が海老反りしまくって、エドジダイの拷問みたいな光景となるに違いない。いや、その前に全部の親指が落ちるか?
「あ、あの、私この場所にいていいのでしょうか?」
全員がそれぞれの位置に収まり、さてとなったところで、マリマーネが当然の疑問を発する。
「君には、後でいくつか質問をしたい。それまで君の発言は不要だが、保身を考えるなら、むしろちゃんと聞いていた方がいいと僕は助言するよ? 当然秘密は、厳守してもらうがね」
「は、はひっ!」
「さっきも言ったが、僕は一応、国の要請を受け動いている。僕というか、冒険者ギルドがだがね」
「しょっ、承知しました! ここで見聞きしたものは絶対に口外しません!」
うわぁ……エッグぅ……。叔父さん、「僕に逆らったら、国と冒険者ギルドに喧嘩を売ることになるけど、いい?」ってわかりやすく脅しちゃった。
マリマーネは今、相当な自信喪失中のはずだ。意気揚々と私に喧嘩を売って、それ自体が誰かの策略に踊らされた結果なのだと気付いたばかりなのだから。
可哀想だけど、私はそれを慰められない、どう考えても逆効果にしかならない。反省して次に活かすなり、自分の限界を悟って方向転換するなり、そういうのは彼女自身が彼女自身の力でやってほしい。邪魔はしないから、頑張ってほしい。
「さてと」
席に着くのが一番遅かった叔父さんは、マリマーネを(実質)脅迫したばかりだというのに、落ち着いた表情で私へと視線を向ける。
私は……出鼻をすかさせるべく、一瞬、銀と黒とピンクと茶褐色な四色の少女、背負子のユーフォミーの方をちらと見る。彼女は、今は父親の背中で満足そうな笑顔を浮かべている。なんていうかそれは、落ち着くべき場所に収まったという感じだった。
「あー、ユーフォミーちゃんのことはあまり気にしないでいいから、彼女は守りたいモノが守れるならそれで良いってタイプだから、そこを刺激しなければ、誰が何をどうしようが構わないってスタンスだよ」
「守りたいモノが守れるなら、ですか」
父親の背から、叔父さんへアッカンベーをする美少女……それを横目で見ながら、私は彼女の言動を思い出す。
それは……確かにこの国を守りたいという意思を感じさせるモノだった。
「つまり、王都リグラエルが“ヤバイ”から、彼女も黙っていられなかったと?」
「そうそう、彼女は王都生まれの王都育ち、生活の基盤も全てここにある。僕は彼女達であれば王都以外の場所でも生きていけると思うんだけどね。駆け落ちをして、王都を逃げ出してもやっていけるさぁ」
「っ……」
『マリマーネさんが、ケチな商売の真似事がしたいなら筋違い。なんなら私は、いつでもレオと駆け落ちをして、王都を逃げ出してもいいと思っているくらい』
私とマリマーネとの遣り取りをどこまで……いや、どこから聞いていたんだ、叔父さん。
私が、抗議の意味を込めて睨むと、叔父さんはやれやれと肩をすくめながら言う。
「まぁでも現実問題、それは想像するよりもずっと大変なことだと思うよ? 西の同盟国にも、南の大陸にも、それぞれ外国人には厳しい事情がある。西は宗教、南は政情がね、こことはだいぶ違うから。ユーマ王国に生まれたのであれば、ユーマ王国に生きるのが一番であると僕は思うよ?」
それはわかっている。私も、ユーマ王国の外へ逃げるつもりなどはなかった。南の大陸にはまだ統一国家がなく、小国が覇を競い合ってる状態だから危険も多い。西の同盟国には厳格な身分制度があり、政教も分離しておらず、宗教が生活の全てに関わってくるため、亡命者や難民が暮らすにはかなり厳しい国だ。……本に書いてあった知識通りなら、だけど。
どちらかしか選べないのであれば、レオを連れてなら南、私ひとりなら西といったところだが、それよりは名を変えてユーマ王国のどこかへ潜伏する方が、まだ生きやすいような気がする。というか、それが無理なほどユーマ王国内で「ヤラカシ」てしまったのなら、国外脱出もままならない状態に陥るだろう……普通は。
「私も、王都の危機であるというなら、協力するに吝かではありませんが」
新天地に逃げれば道は開く……それは、時として起こり得ることだろう。けど、実際はそうそう上手く行かないのが現実だ。それは賭けになる。大抵は分の悪い賭けに。行き詰まったなら、それも仕方無くはあるが、正しく、その決断をするのは難しい。
「そう言ってもらえると助かるな、レオ君を貸してもらえるなら、本気で百人力だよ?」
「なっ」
「あー、その前に話を戻そう。まず、冒険者ギルドが国に協力していると言ったね、これはね、そのままの意味。僕らは今、国の意向に沿って動いている。僕は数ヶ月前、九頭のヒュドラの討伐を、冒険者ギルドへと報告した。これをギルド長が問題視してね、東の森の大迷宮へ大規模な調査隊が入った」
「……はい」
なるほど、話はそこへ繋がってくるわけか。
「ところが、この調査隊は、帰ってこなかった」
「……は?」
「言葉通り、おそらくは全滅だよ」
「……調査隊、なんですよね?」
討伐隊じゃなくて。
いや……討伐隊であっても、劣勢になったら逃げて何人かは戻ってくるのではないだろうか?
「そう、熟練の冒険者は命を大事にする。勝てない相手に喧嘩を売ったりはしない。だからまずは調査、それから可能なら討伐という流れを遵守する。モンスター相手の場合、調査は接近して目視する必要なんてない、生き物は飯を食うしクソだって垂れる、大型生物であればその足跡だって消え難くなる」
「帰ってこなかったという調査隊の方々は……」
「当然、皆熟練さ」
そういうのは血気盛んな若者には任せられない……レオの方を見ながら、叔父さんは続ける。
「戦闘力は、僕より強いのが数人、それくらいかな。レオ君の前で、これを言うのは少々気が引けてしまうが、僕はこれでもそこそこ強い方なんだよ? ドラゴンと戦えと言われたら腰が引けてしまうが、コカトリス、バジリスクならひとりでも倒したことがある」
「……コカトリス、バジリスクって石化能力を持つモンスターですよね?」
倒せば英雄、とまでは行かずとも、それなりの者と判断されるランク付けがされていたような気がする。日本人ユーチ●ーバーで喩えると、登録者数百万人を超えた辺りの「凄さ」であろうか。業界内では無視できぬ存在感を放ち、業界外にも名は響き渡って一目置かれる、それくらいのランク。
「まぁそこは冒険者ギルドの知識でね、なんとかした」
「はぁ、なんとか」
「だがそんな僕よりも強い数人を含む、猛者達が帰らぬ人となった」
登録者数三百万人とか一千万人のユーチ●ーバーが、この世からBANされたと。
「大事件じゃないですか!?」
「どうして今ソファから立ち上がってまで驚いたのかは知らないが、その通りだよ」
「え、それいつのことですか?」
私はひきこもりだけど、世俗から自分を完全に切り離していた覚えもない。高度情報化社会はまだまだ先であるとしても、ちょっとした噂なら使用人達から、パパのお店に行けばその職員達からも得られる。そのどちらへも、ここ最近は結構な感度のアンテナを張っていたつもりだから、私がそれを知らないというのは変に思える。
「調査隊は三度送られ、そのどれもが帰ってこなかった。最初のは九月、揮毫月の頭頃に出発した。僕がヒュドラのことをギルドに報告したのが八月、満葉月の終わりくらいだからね」
「結構前、ですね」
「うん。僕達にも色々あったんだよ。君達にも色々あったみたいだけど」
そしてそれが、なぜかここで交わったと。
「ギルドはね、最初の調査隊が帰ってこなかった時点で、国へ協力を依頼していたんだ。これは冒険者ギルドの手に余る事態なのではないかと。だが国からの返答は、調査隊の失踪はしばらく秘匿して、もう少し情報を集めよとのお達しだった」
「失踪……ですか」
ことなかれ主義を感じる対応と、ワードチョイスだ。それで情報が一般には出回っていなかったのか。
「なにを悠長なと、忸怩たる想いもあったが、そう言われてしまったら仕方無い、第二陣、第三陣と調査隊を出したよ」
その間、叔父さんは「実際に九頭のヒュドラを見た人間」として、国との交渉役になっていたらしい。
「結果は変わらず。全員、帰ってくることはなかった。総勢十四名、熟練の冒険者達が全滅さ。……それだけの犠牲が出て、漸く国は動いてくれた」
苦々しい表情で、叔父さんは吐き捨てるように言う。交渉は、なかなかに困難を極めたのだろう。
「国……なら、そこで軍属の魔法使いが?」
軍属の魔法使い、そのひとりである四色の美少女は、今はなぜか、父親の両目をクロスさせたダブルピースで押さえている。開いたピースなので視界を覆っているわけではないが、それに何の意味があるのかはわからない。
多分、何の意味もないのだろうけど。意味のないイチャツキなんだろうけど。
「そう、といっても最初に動いたのはユーフォミーちゃんじゃない。もっと調査に向く魔法を使える者達だ。遠くのモノを見る遠隔透視能力の魔法使い、同じく遠くの生き物の体温を感知する熱源探知の魔法使い、最後には、厳重に管理、監督され、監禁、監視されている精神感応の魔法使いまでもが動員された。その結果、調査はこの一週間で飛躍的に進んだ」
「……監禁」
「……今はそこに気を取られないでほしいなぁ。可愛い女の子じゃなくて、男の子でもなくて、僕より年上のオッサンだよ。不幸だとは思うけど、同情はできないね、衣食住に不自由はないし、女だって抱ける。自由がないだけでね。それに、そうやって抱いた女の頭の中を読んじゃってさ、それで何人も殺してるというしね。何が気に食わなかったのやら」
「……」
『何事も、過ぎれば毒になるって話さ』
誰かの言葉が、頭をよぎっていく。精神感応なんて、一皮剥けば誰もが汚いこの世界にあって、人の身には過ぎたる能力なのだろう。ただしレオを除く。
これは、叔父さんから私への、警告であるのかもしれない。人の身には過ぎたる能力をもつ魔法使いの末路は、そういうものであるという。
「話、続けていい? ともかく、それで判明したわけさ、いつの間にか、王都の周辺に膨大な数のモンスターが、人知れず集結していたってことが。……人知れず、だけど人為的としか思えない量で、ね」
「人為的……誰かの謀略だというのですか?」
「誰かの、じゃないね、これはどこかの、と言うべきだ」
それは……。
「そんなこと、個人ではできない、と?」
「当然。更に言うと、王都の下水道にも水棲生物系のモンスターが大量に巣食っていることがわかった」
「え」
「一昨日、街で人型スライムが暴れただろう? スライムも、一部は水棲生物系に分類されるモンスターだ、一昨日のは、だから上の方の判断においては溢れてきたのであろうと推測されている」
「……」
「当然僕は、その判断を支持していない」
なぜかはわかるね?……と、叔父さんは噛んで含めるかのように言う。
なるほど、ここに叔父さんがいる理由はわかった。
「倒したのが、誰も見たことがないような、凄まじい剣の使い手だったから?」
「うん。だけどそれだけじゃないね、スライムが暴れた現場近くでは、警邏兵の制服を着た男がひとり、死んでいたが、これは所属を確認したところ、どこにもその存在が確認できない、偽の警官だった」
この国においては、警官に化ける行為は重罪とされている。悪質であった場合、極刑になる可能性まである危険な行為だ。
「制服の方は本物だった。一年近く前に失踪した警官の着ていたモノだったよ。そこまでは昨日一日で追えたんだが、死んでいた男の正体は今なお不明だ。僕は、その死んでいた男の姿をこの目で見てはいない。どんな風だったかは聞いて知っているだけだ。でも、おい」
「ぎっ」「叔父さん!?」
叔父さんは、靴で、足元の女性の、複雑骨折したままであるはずのその足を、踏む。
「赤毛で、片耳の一部が欠けていたってのは、聞いているなぁ」
「ぎっ、がっ! ぎぃぃぃぃぃぃ」
踏んで、踏みしめて、拘束され動けない女が、それでも身を捩り、捻って、更に苦悶に呻くのへ、叔父さんは容赦なく追い討ちをかける。
「っ」
「おっとレオ君、その殺気はしまっておいてくれないかな? 彼女をこうしたのは君だろう? 僕は必要だと思われる尋問をしているだけなんだけど……それとも君がやりたかったのかな?」
「それは……」
異常な場面と、殺気と殺気のぶつかり合いに、私が何も言えないでいる中、レオはしかし当然の主張をする。
「尋問するなら先に猿轡を、外すべきでは?」
「……ふむ。それはそうだ。えーと、この布は斬っても?」
レオ、私、マリマーネと順番に見る叔父さんへ、マリマーネが頷く。どうやらアレは、先の部屋にあった布を、レオが勝手に使っていたようだ。出所は知らない、どうでもいい。
「それじゃっと……ほっ」
そういえば、今気付いたが、叔父さんはふたつ名にもなっているその黒い槍を、今日は持ってきてはいないようだ。今使ったのは腰に差していたナイフだ。屋内で槍は、確かに使い難いだろうが、そうなると、今日ここで戦闘をする気は、なかったのかもしれない。
「ぐっ……ぁ……こ、この野蛮人どもめ」
脂汗を流しながら、苦悶の表情を浮かべ、女は恨めしそうな目を叔父さんへ向ける。
「ほう、そのどもとやらの範囲は、どこまでを指すんだ? ユーマ王国の国民全部か? それとも王都民限定か? 僕個人とレオ君だけであれば、勝手に言ってろよって話だが」
「……勝手に巻き込むな」
「お前ら全員だよ! 女をこんな風に縛り上げ! よってたかっていたぶって、恥ずかしくは無いのか!?……ぎゃあぁぁぁ!!」
「あーのーさー? 俺の可愛い姪っ子ちゃんに、先に暴力を振るおうとしたのはお前だろう? これくらいする権利は、僕にもあると思うんだけどねぇ、そこんとこどーなん?」
「うぎいいいぃぃぃ!」
「叔父さん!!」
「大丈夫大丈夫。さっき、逃げようとした男がいたろう? アレを、ここんとこの地下牢……多目的倉庫って名目だったか?……そこへ押し込めに行った時、ここの人達には説明をしてあげたから。今日はみ~んなみんな、お帰りいただいているよ?」
「い、いえ、そういう、無関係の人に聞かれたら困るから控えて、みたいな話ではなく……」
怖い。
今は叔父さんから、嫌な臭いは全くしない。私はその意味で叔父さんを怖がっているのではない。
そういったニュアンスを全く出さずに、淡々と喋りながら、しかし抵抗できない相手へ容赦なく暴力を揮い続ける、その精神性が怖い。叔父さんは死線を潜り抜けてきたであろう戦士だ、これくらいは日常となんら変わらぬ営為であるのかもしれないが、それ自体が私の常識を超えていて恐ろしい。
私の中には、そういう感覚がまだ残っているようだ。残っているから、悪人を殺したとて、それだけで心が壊れそうになる。その感覚は、相手が悪人であったとしても、他人を意図的に苦しめるという行為を、どうしても恐ろしいと感じてしまう。
レオも叔父さんも、修羅の世界で生きてきた人間だ。その意味でふたりはふたりとも戦士だ。それを野蛮と否定する気は、私にはない。ただ、私は、勢いで人を刺すことはできたが、拷問を成功させ、その口を割らせることはできなかった。相手が悪かったとは思うが、例えばこの女性を相手に、しようと思っていた拷問を、今の叔父さんのように、私は本当に、できたのであろうか?
目の前で繰り広げられる、暴虐の嵐を、私は今、第三者であるかのように引いた目で見ている。
それはきっと逃避だ。見たくないものを見ずに済むよう、心が乖離したがっているのだ。
マリマーネは……見れば口元を押さえ、恐怖の表情を浮かべている。
要不要の暴走列車は……この惨状を見てもいない。父に背負われる娘は、笑顔で父親の頭を自分に向けていて、父親もそれに抗わず娘を見ている。小声で何かを話しているようだが、女の悲鳴が、それを私の耳まで届かせてくれない。
レオは……ぐっと何かを抑えているかのような表情で、拷問のその様子と、私の方をかわるがわる見ていた。視線が絡むたびに、こちらを気遣うような気配を感じた。
そんな風にして、残酷な時間が過ぎる。
「ふう、とりあえずこいつの名前はマルス、偽名かもしれないがとりあえず名乗った。偽の警邏兵とは、兄弟らしいよ。まぁこれも嘘かもしれないが、大量のモンスターに心当たりがあるらしい。ここまで聞ければ、この場ではいいかな」
殺伐とした場面を見せちゃってごめんね、と、さほど真剣みを感じられない風に謝られる。
その足元には、精根尽き果てたのか、気を失っているらしい……マルスという名の女性が転がっていた。全身がヒクヒクと動いているから、生きてはいるようだが……。
「こりゃ治療院に協力を要請しないとな。ラナちゃんの見立て通り、生き汚いようで、自殺する様子はないし、拷問への耐性もないが、痛みへの耐性自体はかなり高い。かなりの苦痛を与えないと、偽名かもしれない自分の名前すら吐かなかった」
治療院……苦しめては治療し、治療しては苦しめるというループか……。
あの女性が、自分でなくて本当によかったと心から思う。なにかしらの感情移入を、しないですんだことが本当にありがたい。もし、生い立ちであるとか、性格や人となりを少しでも知ってしまっていたら……しばらくは悪夢にうなされていたかもしれない。
「これについては、だからもういい。これ以上はラナちゃんの精神がもたなそうだし、後は汚い大人達で頑張るよ……それより」
それでも淡々と、叔父さんは、これが自分達の日常であると主張するかのように、その矛先を私へ……否、その背後へと向ける。
「君が拷問を、してるつもりで殺しちゃってた人間って、誰のことだい?」
「……」「あ」
『やっと……やっと生け捕りにできた本懐だもの、簡単に死なれたら困るじゃない?』
『……僕はつい先日、拷問をしてるつもりで人を殺しちゃってた人間なんだけど』
そうだ、その辺の言葉も、当然聞かれていたわけだ。
その時はナイスアシストと思ったその言葉が、今となって重く圧しかかってくる。
「警邏兵の格好をしていた偽の警官は、首を刎ねられていたが、腹部にも刺し傷があったらしい。拷問しようとしたが諦めて首を刎ねたとも考えられる……そういうことかい?」
「そうだ……それは僕がやった」
「レオ!?」
「……ふむ」
前に会った時はつるんとしていた、しかし今は少しだけ無精髭が生えた自分の顎を、叔父さんはゆっくりと撫でる。
「偽の警官の周りで死んでいた五人の男達は?」
「その五人はラナを誘拐した犯人だ。けど殺したのは警邏兵の格好をしていた男だよ。仲間割れでもしたんじゃないの?」
「誘拐!?……いや、だがそれは聞いているこちらの現場検証の結果とも一致する……」
嘘は言っていないと判断したのか、レオの最初の言葉に含まれていた嘘……ではなく誤魔化し……を見逃したまま、叔父さんはもうひとつの件について、レオへ尋ねる。
「一昨日の死者は、もうひとりいる。不夜城に勤める娼妓御用達の、服屋の店長だ」
それは?……と厳しい目を向ける叔父さんへ、しかしレオは、それへはまるで誇るかのように堂々と答えた。
「その男は誘拐犯の協力者だよ。ラナを攫い、危険な目に遭わせようとした。どうやらあの男は、そういう悪事を色々とやっていたようだからね、地下室は見た?」
「……そりゃな、そこが現場だからな、そっちは僕も現場検証に潜り込むことができたよ」
「地下室を見て、それの趣味が良いと、思った?」
その店主の趣味は、私も軽く聞いている。逆臭嵐なる言葉も、その意味も、そこで初めて知った。
「……血は昨日今日のものじゃなかった、ラナちゃんは怪我もしてないみたいだし、違うんだろう?」
「ラナはそこへは連れ込まれていないよ? 僕が連れ込まれた。僕は身を守っただけなんだけど、それでも罪になる?」
「あー……まぁ、なるっちゃあ、なると思うが。報告義務違反とか、死体遺棄とかそういうので」
「……やっぱりこの国の法律はおかしいね」
いやそこは日本でも、私刑禁止とかそういうのでダメだと思うけど……。ただあっちには少年法があったからなぁ、十四歳未満にはそもそも刑事手続きが適用されないし。
「僕も警官ではないから、そこら辺は詳しくないけどね、幸い、ユーフォミーちゃんも軍属であるだけで警官ではないし」
……それは、今聞いたレオの犯行を、見逃してもいいという話だろうか?
「なぁ、ラナちゃん、だから何があったんだ? 誘拐とは穏やかでない。僕はね、君達には、物騒な世界に出てきてほしくないと思っていた。レオ君はもしかしたらこの世界向きかもしれないけどね。でも、レオ君が危険な目にあうのは、ラナちゃんが嫌なんだろう?」
「……え」
拷問をしていた時と、さほど変わらない口調で言われ、頭が混乱する。
「心配、してくれていたんですか?」
「当たり前だろう? 僕は君の親ではないから、密に見てあげるというのは色々な意味でできない。けど、それでも肉親だ。幸せになってほしいと思っているよ? 君に色々な事情があることは知っている。僕にも責任のある事情がね。なんとかできる範囲でなら、なんとかしたいと思っている。そうじゃなかったら先々月の……あんな依頼なんて受けるはずがないだろう?」
それはまぁ……冒険者業界の第一線で活躍する叔父さんが、よく受けてくれたなと思っていたところだけど。てっきり誰か、人を紹介されるとばかり思い、ダメ元で頼んでみたらあっさりと了承され、肩透かしを食らった気分になったところだけど。
「まぁ、それとは別にね、レオ君の剣は劇薬だ。この国においては、王族が領土拡大の野望を抱くことは稀だが、貴族達はまた別だ。特に伯爵以下の貴族はね。姉さんのところも、それなりに腹黒いよ? 僕も取り込まれそうになったことがあるからね」
「それは初耳ですが……では叔父さんは、私の味方と考えても?」
「絶対の味方じゃあない、理を超えて情に惑わされるほどじゃあない。君に理があるというなら味方するし、そうじゃなかったら、そこのユーフォミーちゃんと共同戦線を張るしかなくなる。もう一度言うけど、ユーフォミーちゃんは自分の守りたいモノが守れればそれでいい人間だ。僕も倫理観のラインは彼女らとそう変わらない。君が、理を超えてこの国へ牙を剥くというなら……戦わなければといけないとも思っている」
名前を出された奇怪な美少女は、イーッと歯を剥いて見せるが、そこは得な美少女顔とでも言えばいいのか、それすらもチャーミングな八重歯が輝く、可愛らしい表情だった。
そして、なるほど……その返答は、逆に信用できる。
ここでは、無条件に味方すると言われる方が怖い。というか、要するに叔父さんは大人なのだ、生き方は既に定まっているし、妥協できるところとできないところがハッキリしている。それは私に、有利である面と、そうでない面とがあるが、今回の場合は有利に働いてくれそうな気がする。彼はもう、伯父の派閥で流されるだけ流されていた子供ではないのだから。
「……わかりました、けど、それはここでは話せません、叔父さんと私、もしくは叔父さんと私とレオだけで話させてくれませんか?」
私は、マリマーネと、それからツーマンセルの父娘を見つつ、叔父へ嘆願をする。
「いやぁ、レオ君とはユーフォミーちゃん抜きだとちょっと怖いなぁ」
「であれば私単体で。なんなら、私のことも縛ってくれていいですよ?」
「ちょいちょいちょいちょい! やめてよぉ~、おかしなこと言うの。それに君、縛るとか意味ないじゃない」
まぁね、私のは、そうだね。
叔父さんを相手に、詠唱時間の十一秒を稼げる気もしないけれど。
「じゃあ、ラナちゃんだけ、後で話そうか。……素直に話してよ?」
「はい、それはもう」
「さっきの、そこの子との遣り取りを聞いていた限り、君はアレ以外でも結構油断ならない子だなぁ……って思ったんだけどね、やっぱりお父さんの血かな? その才覚が、ウチの血筋にもう少しあってくれたらなぁ……とも思ったよ」
「……やめてくださいよ、ピンポイントで、話の本筋を擦るの」
「へ?」
そんなわけで。
この数ヶ月にあったことは、いくつかの点を省略、あるいは捻じ曲げて、このあと叔父さんへ「大体全て」伝えられることになった。
それは後、この場を通り過ぎた後の話。
だから、ここにおいて、残ったのは……。
「結局、マリマーネって、今回のことでどうしたかったの?」
「私に、勝ちたかったんだろうなぁ……ってのはわかるんだけど」
「でも、ごめん、勝利条件がわかんなかった」
「この女の人に、なにを聞かされていたの? 今日はどう言い聞かされていたの?」
「ラナちゃんはいい質問をするね、僕もそれが聞きたかった。今日、この場において、君の立ち位置はなんだったの?」
「それは……」
そうして、マリマーネは語った。
赤面しながら、しおらしく、色々なことに直面して心の仮面が剥げたのか、それはもう大変にマリマーネらしからぬ、弱気な感じで語ってくれた。
「私はラナさんが、羨ましかったんです。生まれは、その、色々と事情があったようですが……やりたいことをやって、自由に生きているみたいで。同年代の男の子を手懐けて、しかもそれが凄くレアな剣の使い手で」
「そんなのってあります? そんなの、まるで物語の主人公みたいじゃないですか。神に愛されているとしか思えません。私は、色々妥協しながら、優先順位の高いものだけを手に入れ、生きようとしているのに……。全部は手に入れられないから、手に入れられるものだけを手に入れようとしているのに……。ラナさんは全部手に入れようとしているみたいで、自分の生き方を嘲笑われた気がして、悔しかった」
「ええ嫉妬です、こんなの。でも、だから私も負けてないんだって言いたかった。私は私で、それなりの人間だってことを、ラナさんへ見せたかった。私は……ラナさんに凄いって言われたかったんだと思います。五つも年下の子に。いいえ……黙っていましたが、私、昨日が十九歳の誕生日だったんです。だから今は六つも下の女の子、ですか? 莫迦みたいですよね」
「一昨日、レオ君が店に来て、ラナさんが誘拐されたことを知りました。最初の内は、心配もして、協力を約束しましたが……あのわんちゃんが現れて……私、確信したんです。こんなにも特別に守られてるあの子が、酷い目に遭うなんてことは、ないんだって」
「だからつい、言葉が口から溢れてしまったんです。私はあなたのことを、あなたが知らないことまで知っているかもしれませんね……って、そう、勝ち誇りたくて」
「ええ、それは私の独断です。そちらの女性に言われてのことではありません」
「そちらの女性は、私がラナさんの調査を独自に始めた時、噂を聞きつけ自分から私へ売り込みに来たのです。とっておきの情報があるからと言って。それ自体は……怪しいとは思いませんでした。ラナさんは……事情が事情です。面白おかしく噂する人物は沢山います。売り込みも、初めてではありませんでした。ただ、持っていた情報に具体性があり、最近のラナさんの周辺情報に詳しかったので、しばらく雇用する契約にしてしまったのです」
「今日は……危ないから自分たちを待機させてほしいとの申し出がありました。一昨日、彼らは殺人を犯したはずだからと……それを聞いて、私は少し不思議な気持ちになりました。特別なふたりが、そんな俗っぽいことで、心動かされるはずが無いじゃないって」
「でも、押し切られる形で、私は彼女らの待機を許しました。危ないことになど、なるわけがないと思いましたし、彼女らの出番などないと思っていました」
「彼女達こそが誘拐犯……その可能性に気づいたのは、愚かにもラナさんに、それを強く示唆されてからです。私とラナさんとでは、視ているモノが最初から違っていたのですね。何を勘違いしていたのでしょうか、私は……ホント、莫迦みたいです」
「今日の私に……勝利条件なんてありませんでした。ただ、ひとつだけこう言われたら、負けということにしようと思っていた言葉があります」
「誕生日、おめでとう、十九歳、おめでとう」
「そう言われたら、私はすぐにラナさんと様々な情報の取引をする、その商談へ入るつもりでいました」
「私、こうしていられるの、二十歳までなんです」
「もう、あと一年しかありません」
「だから、それを自覚したくなくて、この店に来てからは誕生日のことを誰にも教えていませんでした」
「それを、だけどどこからか知って、ラナさんがそれを私へ告げてくれるのだとしたら」
「それくらい、ラナさんが本当に特別な人間なら」
「もう負けでいいかって。そう思おうって、思っていました」
「この世界には、凄い人が沢山いる、そのことはずっと知っていたけれど、だけど認めたくなかった。どうにかして自分よりも優れた人間に、だけど勝った気でいられる自分でいたかった」
「けど、レオ君を知って……。この世界には、そういう次元を超越した存在もいるんだって知りました。それを傍へ置くラナさんを、ズルイとも思いました。どうして私にはそういうモノが与えられないんだろうって。私には、私にしかない、私でなければいけないナニカが無い。私でもいい、私じゃなくてもいい、極論誰でもいい役目しか与えられない」
「それが、悪かったんですよね。そこに、付け込まれたんですよね」
「ごめんなさい」
「ご迷惑を、おかけしました」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
私はただ一言、こう言った。
「バーカ」
他に、何も言えなかったから、ただそれだけを言って、私はマリマーネを抱きしめた。
後で誕生日おめでとうって、でっかいチョコレートケーキを贈ってあげようと思いながら、ごめんなさい、ごめんなさいと泣きながら謝る、その背をポンポンと叩きながら、友達みたいに抱きしめた。




