epis38 : Pursuit ~ Cornered [Reverse?]
疑っていることがあった。
最初にそれを聞いた時から、どうしても疑念を拭い去れなかった。
そもそもにおいて、マリマーネはどうやって「本来秘匿されていただろう情報」を得たのであろうか? 繰り返すが、私は、それがどうしても気になるのだ。
誰かに聞いた?
誰に?
私は昨日の調査の結果と、今日ここで交わしてきた遣り取りとから、マリマーネを、背伸びしたいお年頃の、商人として大成する夢を抱く、だからまだ自分自身の理想と憧れに振り回されている状態の、そんな人間であると思っている。
そこに、明確な悪意はない。
マリマーネは、つまり俯瞰してみれば善良な人間だ。夢を持ち、理想に向かって邁進する、私にはできない生き方をしている、羨ましい人。
だからもし。
もしも……だ。
誰かがマリマーネを利用しようとして、彼女にその情報を与えたのだとしたら、暗躍したのだとしたら。
それに、マリマーネが見事に踊らされているのだとしたら。
私はそれを……悲しいと思う。
右耳の一部が欠けた、赤毛の女性、その顔が頭をよぎっていく。
この世の何であれ、利用できるなら利用する……アレはそういう類の人間の顔をしていた。左耳の欠けた、私が殺した赤毛の男性、アレはおそらくあの男の血縁者だ。だけど妙に生き汚くなかったあの男性とは違い、アレはもっとずっとずっとふてぶてしい人間であるように思える。
ある意味では残酷なまでに無垢なモンスターであっても、将来を夢見て、懸命に生きてる善良な人間であっても、利用することに心など痛まない。
たまたま、私が来店した店の店主も、利用できるならしてやろうと接触する、そういうことを平気でする人間。
そういう人間は、いる。
世界への共感などは何も持たずに、己の欲望だけを指針にして生きる者がいる。
あたしはソレを知っている。
私が知るソレと、彼女のソレが違うのは、衝動の源が性欲か、そうでないかくらいだろう。彼女が何を欲しているか、何を求め私の誘拐に関わっているか、そんなのは知らない。おそらくは端金欲しさなのだろう。そうでなかったとしても、知るもんか、私にとってそれが邪悪であるという評価に変わりはない。
マリマーネを、彼女が食い物にしたというのなら、私はそれを悲しいと思うし、許せないとも思う。
もう、交渉のカードを切り合う段階ではない。
マリマーネとなら、カードゲームをすることに吝かではないけれど。
だけど、その段階はもうとっくに過ぎた。ここから始まるのは実弾の撃ち合い、飛ばし合いだ。ならばその前に、マリマーネをこちらへ引きずり込まなければならない。
今、この部屋をあの女性が監視しているのだとしたら……こちらが実銃を構えたその瞬間に、何かしらの策を発動させようと手薬煉引いて待っているのだとしたら……その策に、マリマーネの安全は配慮されていない。断言できる、アレはそういう女だ。
ねぇ、マリマーネさん、商人の理屈が通用するのは同業者までなんだよ?
この世界にはそれを真っ向から無視し、無視しても悪びれることのない存在がいくらでもいるんだよ?
それがわからない限り……逆説的だけれども……マリマーネさんは、商人として大成することはできないと思う。
商人は、この世の理不尽と戦う存在でなければならない……から、ね。
「……脅す気、ですか?」
私の恫喝的言動に、失望ですねと、マリマーネが当然の返答をしてくる。
マリマーネの側から見れば、私が商人の仮面をかなぐり捨て、ただの狼藉者へ化けてしまったと見えても、仕方のないことだ。
だけど、今までの遣り取りから推測した範疇においては、マリマーネはそこまで短絡的ではない。
私という人間……というよりは人間の理性というモノへ、信頼があるのだ。だからまだ言葉で、交渉で何とかしようと思っている。……ごめんね、その信頼を、私は今、利用させてもらっている。計算通りのパーソナリティで、ありがとう。
「脅す? それはマリマーネさんから仕掛けてきたことでしょう?」
この部屋へ私達を通した時点で、マリマーネはそういう展開もやむなしと考えていた、これはそう強弁できる範囲のことだ。
もっとも。
「帯剣した凄腕の少年を侍らせてきた時点で、先に仕掛けたのはそちらです」
マリマーネの側からすれば、それはそう強弁できる範囲のことでもあるんだけど。
マリマーネは今、ものすごく怪訝な顔をしている。
どうして私がそんなことを言い出したか、わかっていないのだ。
だってこんなのは。
「それはおかしな言い分でしょう。私は、正式な招待をされてここへ来たわけではありません。来いよと挑発され、行くよと返し、特に何も指定されないまま、人目を忍んでやってきました。レオを連れてくるなとは、言われてませんよ?」
「そ、そんなのはっ」
うん、こんなのは、そんなのは、水掛け論にしかならない。
「そんなのは、何?」
「き、詭弁です。レオ君がやってくるなら、もしもの時に備えるくらいの権利はこちらにもある……違いますか?」
「あるけど、無駄なことをしたねとしか思えないかな、剣を握ったレオは無敵。もう一度聞くよ? その土俵で戦いたいの?」
「戦いたいわけないでしょう!?」
怯えたように、ダンとテーブルを打つマリマーネ。
うん……これは、する意味のない議論だ。
「なるほど、誰か兵隊さんは待機してる?」
私と、「マリマーネとの間では」本来……ね。
「そんなこと、答えるはずがないでしょう?」
「そりゃそうだ」
ここまで、動きはない。
あの赤毛の女性は、これだけで動いてくれるほどには、短慮ではなかったらしい。
「……何が言いたいんですか?」
「さぁ? 前の部屋の方が、内装が好みだったんじゃない?」
「何を、バカな……」
ねぇ、マリマーネ。
私のことを本気で調べようと思った。すると、思ってもみなかったような情報がすぐに手に入った。
そのことに、何の疑問も持たなかったの?
自分の情報収集能力を、あるいは幸運を、妄信しているとでもいうの? 甘いものだけじゃなくて、甘い話にも耐性がないっていうの? それならもう、商人として大成することなんて諦めてしまえ。その方がいい。
ねぇ……成功しても失敗してもいい立場に置かれているマリマーネさん、それがどれくらい恵まれていることかって、本当に理解してる? この世界のほとんどの好機は、一度失敗したらそれっきりなんだよ? 恵まれすぎたせいで理解できなかったのだとしても、それは学ぶ気のなかったマリマーネ自身の、慢心のせいなんだからね?
私がこの店を訪れた、直接の原因がそこにあるとしても、甘い話に乗ってしまったのはマリマーネ自身の責任だ。さすがにそこまでは、背負えない。
そういうこと、理解できないの?
「理解、できません」
「わぁ、私の内面へ呼応するかのようなタイミング」
もし、そんなことを何も理解せずに生きているのだとしたら……親の庇護を失くしてからすっころぶ前に、今ここでスッテンコロリンしてしまえ。ここであればまだやり直しがきく、私はマリマーネの親でも恋人でも旦那様でもないけど、友達ですらないけれど、味方にならなれる。敵の敵は味方のそれであればなれる。今、この瞬間、この場でなら。
「ラナさんには、商人の娘としての誇りはないのですか?」
あるわけないじゃん、そんなの。
「そんな誇りを持てるような、幸せな人生を送りたかったなって思うよ?」
「幸せ? ラナさんにとって、チョコレートで、ペクチンゼリーで、財をもたらしてくれた商人の世界は、幸せを与えてくれるものでは無かったというのですか?」
「あー……」
隣の芝生はなんとやら、か?
商人として大成したいマリマーネには、幼くして成功している「ように見える」私も、自分と同じ人種でいて欲しかったという話か? ママのせいで、一般的な社会での幸せを断たれてしまった私という人間は、商人の世界に夢を見て邁進している人間であって欲しかったって話か? なに? マリマーネは、お友達が欲しかったの?
それが「マリマーネが何を欲しがっているか当てましょうゲーム」の答えだとしたら……興醒めもいいところだけど、さすがにそれは違うだろう。少なくともマリマーネ自身が自覚するところではないはずだ。このゲームの答えは全然別のところにある。
大枠としては、もう理解できている。端的に言えば、マリマーネは私に勝ちたいのだ、私に勝ち誇りたいのだ。それについては今回、私は、「盤上のゲームでなら」最初から勝ちを譲るのに吝かではない……そのつもりなのだが……厄介なのは、マリマーネの、内面における勝利条件がどうも曖昧であるという点だ。それをこちらに、まったく明らかにしてこない点だ。もしかしたらマリマーネ自身にも、明確なビジョンはないのかもしれない。
金銭の多寡を争点とした前回と同様であるのならば楽だった。こちらが払えないような額を提示してくるのであれば、そこで闘うこともできた。しかし、どうもそんな感じではない。
……はぁ。
めんどくさい女だな、どうしてやったら満足なんだ?
世の男性が妻に、恋人に言ってキレられるようなセリフが頭に浮かんでくる。
少なくとも、情報を下さいとお願いする立場で言っていいセリフではない。
「ねぇマリマーネさん、それなら」
だからそんなのは言わないけど。
「それなら、こちらから勝手に具体的な商談に入るけど……いえ別にだからといってお客様扱いをしてほしいって話でもないのだけど……最初に、商品の信頼性、より正確には信憑性について、論じてしまってもいい?」
本当の敵がマリマーネじゃないと確信できた今、もうすこしここは、楽に突破できたら良かったのにと、思わなくもない。
この場には、マリマーネと私のゲーム盤を囲む、もうひとつの邪悪な外周がある。
私が本当に勝たなければいけないのは、そっちだ。
「……どういうことですか?」
私は、用意してきたカードの中では最も使いたくなかった、一番劇的で過激なカードを、ここで切る。本当は、もう商人バトルなどしている場合ではない。
マリマーネに悪意はない。その確証は得られた。
昨日からの私の行動は、全てその確証を得るためのものであったと言っていい。その努力が過去のものとなり、ある意味では望んだ通りの形へと結実した今……ならばこれは早めに終わらせてあげるのが信義に、仁義に適う決断というものだろう。
「マリマーネさんがレオに託したサンプルですが、検証の結果、真偽の判断がつきませんでした」
「……」
「マリマーネさんはガセネタを掴まされている可能性があります」
これは本当だ。昨日も、パパへそれとなく聞いてみたところ、やっぱりパパもそんな情報は持っていないようだった。
「私は、伯爵家の伯母とも交流があります。そこからも、何の情報も流れてきてません。私を納得させられるだけの証拠、マリマーネさんの商品は、それを含んでいますか?」
「……どうも誤解しているようですが、私はそれを、あなたへ売るとはまだ言っていませんよ? ラナさん」
それはもう聞いた。もうそこでどうこうする段階ではないのだ。
「だから買うとも言っていません……と先刻より述べさせていただいているのですが、理解できませんか? マリマーネさん」
「理解できないというなら、その通りですね。買わない意味がわからない」
「それはマリマーネさんの価値観であって、私のそれではありません」
「……私には見えていないものがあるとでも?」
だからそうだって言ってんだろ、莫迦。脳に糖分、足りてないのか?
「見えてない、というならそうでしょうね」
もうちょっと自分の能力を、幸運を疑おうよ。自分にとって都合のいいことは、別の誰かにとってもっと都合のいいことなのかもしれないって疑おうよ。子供でいるうちは、下っ端でいるうちは、少しくらい簡単に踊らされる方が可愛げがあっていいのかもしれないけどさ、向こう見ずであるにせよ、大成したいとほざくならばもう少し、その夏のアイスクリーム並みに垂れた、愛嬌のある目を見開こうよ。
「けど、見えないというのは当然のことです。普通は、影に隠されたものを見通す力なんて、人間にはないのですからね」
幸せな人生を送ると、そんなことにも気付かないまま成長しちゃうものなの?
「……あなたにはそれができるとでも?」
「できるじゃなくて、したんです。ただの即物的な、ある意味では俗物的な事実として」
あらゆる、マリマーネへの負の感情を瞳に込め、睨む。もっともそれは、そんなには持っていなかった。だから、さほどの強さにはならないのかもしれない。だけどこれが私の精一杯だ。
気が付かないなら……もうどうしようもない。
でも。
「……いやしかし……ですが……」
「!」
だけど、マリマーネはそこまで愚かでもなかったようだ。
ここに至るまで、考慮すらしていなかったその視点に、どうやら漸く思い当たったようだ。
「……私は、動かされていた?」
その様子に、私はようやっと少しだけ安堵する。
「ラナさんは……そう主張したいわけですか?」
だけど同時に、警戒もする。それは少しだけなんてレベルではなく、そうする。
「レオ」
「よくわからないけど、声色で何をいいたいかはわかったよ、ラナ」
「……どういうことですか?」
踏み込んでくるなら、ここからだからね?
「ねぇマリマーネさん、いるの?」
私は、聞き取れるか聞き取れないか、本当に微妙なラインの声でマリマーネに問う。
「……ぇ?」
「待機してる兵隊さんに、マリマーネさんへその商品をもたらした、その関係者が、今」
「いる」
そこからは、数十秒の中の出来事だった。
しばらくはレオが背にしていたその壁が、回転した。
私は、まだその機能を持ってた床を踏み台にして、マリマーネの方へと飛ぶ。
「えっ!?」
信用しろと、自分の目にありったけの誠意を込めて飛ぶ。
私には、どれくらいのそれが、残っていただろうか?
瞬間、私の後ろで、なにかが崩壊した気配。
驚愕に、負け犬の尻尾みたいに垂れた目を見開く、マリマーネの身体を無理矢理抱きしめる。
「貴様!?」「ぐっ!?」「ぎっ!!」「ひえっ!?」
甘味大好きのクセに、あまり贅のない身体を、今の今まで座っていた柔らかなソファへと押し倒す。直後、背後に暴力的な音が鳴り響くのへ、私はマリマーネごとソファの下へと潜り込んだ。
「ひ……な、な、な!?」
だから見えない。
マリマーネは私の肩越しに「それ」を見て、驚いた声をあげている。
だけど私には何が起こっているのか、全く見えていない。
ただ、レオを信頼してここでの全てを預ける。
『ラナの魔法は、使わないで』
『どうして?』
『だって、マリマーネさんは、高い確率でただ巻き込まれただけなんでしょ? 僕は、マリマーネさんを傷付けたくないから』
それは全て事前に決めてあったことだった。
『やっぱりいたんだね? このお店の中に、誘拐犯達が』
『うん、そこまで大きな店舗じゃなくて助かったよ。屋内のほとんどが罅割れ世界の統括者の射程圏内。じっくり観察させてもらいました』
マリマーネが善意の人間であるなら、協力者が犯罪者であると知らないのであれば、傷付けたくはない。
問題は、私がこの店の観察を始めた時にはもう、あちらさんの事前準備、相談の類などはどうやら終わってしまっていたということだった。私達をどうするつもりなのか、マリマーネ自身の立ち位置等が全くわからなかった。
『何人?』
『ボスっぽい例の赤毛の女性がひとりと、あとは男が三人。男はこれ……外見がいいのだけ選んで持ってきたのかな? なんかみんな、ホストみたいな外見をしてる』
『ホスト?』
『なんでもない。ボスっぽいのは確実に生け捕りで、あとは可能な範囲でそうして』
『それは、手足の骨を砕いてもいいなら、全員問題なくいけると思うよ?』
『かっげき~』
「ぎぃやあああぁぁぁ!?」「ひっ!?」
だから私はつい先程まで「マリマーネをどうするか」でずっと悩んでいた。
「ぐげ!?」「ぎぅっ!」「ひぃっ、ひぃっ!?」
レオの無敵という、暴力的手段を開放したとして、マリマーネがあちら側「のつもり」でいる間は、私がそれを保護することもできない。踏み込まれ、レオの応戦が始まったら、私は貝のように縮こまって床へ身を伏せるというのが事前の取り決めだった。
マリマーネについては、敵でない場合、助けられそうなら助けるといった程度のことしか決められなかった。
相手側の暴力へ戦力として加担するなんてことはないにせよ、例えば人質に取られたとしたら、かなり面倒なことになっただろう。レオはマリマーネを嫌っていなかったみたいだし。
「ひぃっ!? ひぃぃぃっ! ひいいぃぃ!!」
ええい、まぁ……だから助けられたのは良かったけれど、あんまり耳元で悲鳴をあげないでほしいなぁ。うっさいよ。さっきからの「ひ」で始まるセリフは全部、マリマーネだかんね。
「ラナ、終わったよ」
だがウンザリしたのも束の間、三十秒もしない内に、レオのそんな声が聞こえた。これには四十秒で支度しな小母様もニッコリ。
「了解、お疲れ様」「ひ、ひ、ひぃ……」
あの映画、やっぱり面白いよね。フ●ップターでシ●タを助けるシーンは、そのサントラ共々最高ですよ。
「ぉぅ……」
とかなんとか、益体もないことを取り留めもなく考えながら、ソファの下から這い出て身を起こすと、部屋の状況がだいぶ一変していた。驚きで思わず妙な声が出てしまった。
「……やっぱり忍者屋敷?」
ラ●ュタといえばバ●ス、バ●スといえばそのドラスティックでカタストロフな効果の割には「詠唱、短すぎね?」で有名なおまじないである。
直前にマリマーネが発した「いる」という言葉も、その短さの割にはドラスティックでカタストロフな変化をこの部屋にもたらしていた。
「貴様は、いったいなんなんだ……ぐっ……」
右耳が一部欠けた、事前にはまぁまぁボス感を発揮していた赤毛の女性。
彼女はいまや、その四肢を完全に粉砕されたらしく、手足をおかしな感じにだらんと伸ばし、そのままでごろんと床に転がっている。そんな状態で、しかしまだどこかへ逃げようとするのを、レオが例の剣で牽制していた。
その床には、私が座っていたソファーの辺りに大穴が開いている。およそ畳一畳分くらいの面積が、暗い陥穽へと変化してしまっている。事前の(私の魔法による)調査では、これは重い金属製の扉に厳重な鍵のかかる、地下牢っぽい部屋へと通じていたはずだ。
商館に地下牢なんておかしい?
いやいやいや、ロレーヌ商会の本店にもあるから。大店には標準装備だから。さすがにスィーツ店にはないけど。いやそっちにはHIMANの罠がポッカリクッキリ空いているかもしれないけど。
「ごめん、ふたりはその穴に落ちちゃった」
レオは、赤毛の女性の質問には答えず、まずは私へ謝ってくる。
その顔は、今は半分が隠れていて見えない。天井……テーブルのあった部屋の中央付近の天井から、目の細かい鎖を編んだかのような金属製のカーテンが半分、降りてきているからだ。
全てが降りれば、部屋を完全に二分する仕組みになっていたと思われるそれは、今は私から見て部屋の右半分だけを覆ってしまっている。
「男は、三人いたよね? もうひとりは?」
それにレオは、「こっちで気を失っている」と、見えない部屋の右半分を、視線で示した。
「やっとまともに、この剣を使えた気がするよ」
「……死んではいないってことね?」
「うん。穴に落ちたふたりがどうなったのかは、わからないけど」
と。
「なんなんだお前達は!?」
無視されたことへ、腹でも立てたのか、赤毛の女性が芋虫のような姿で叫ぶ。
「……私達のことなら、数ヶ月張って、見ていたんじゃないの?」
なんかもう、がっかりだ。
色々と策をこねくり回し、その策に溺れ、状況を悪化させ、その中でようやっと掴み取った勝利なのに、元凶は情けない姿で喚くだけ。なんだかムカっ腹がたってくる。
「逆に聞きたいんだけど、あなたはレオに勝てると思って待機してたの?」
マリマーネが傍にいることは、もう口をつぐむ理由にはならなかった。
「スライムの少女も、警邏兵の格好をしていた赤毛の男性も、レオにあっけなく殺されたよ?」
「仇憎しで、目でも曇った?」
「随分と間抜けな格好じゃない。数ヶ月も私達を付け狙って、不気味に暗躍して、なかなか尻尾を掴ませないで、やっと捕まえたと思ったらなんて情けない姿なの」
「知ってる? 粉砕骨折ってね、治ったとしても元通りじゃないんだよ?」
「自分が強いことを頼りに生きてきましたって顔をしているね、でもそれも、もう終わり、身体が治ったとしても、多くのものは失われてしまっている。その意味がわかるまで、生きていられたらいいね」
「これ、あなたの剣? ヒーロリヒカ鋼……もしかしてマリマーネ……あ、なんだ違うんだ、先月知り合ったばかりの冒険者? ふーん、冒険者ギルドに籍があるんだ? 叔父さんに確認したら、もう少し詳しいことがわかる?」
「やめろおおおぉぉぉ!!」
おっと、反応が来た。そうかここがデリケートゾーンか。言い方ぁ。
「ねぇレオ、私、思うんだけど、この人ってさ」
「……なに?」
「すごく、生き汚そうって、思わない?」
「……おい」
「どうだろうね。人は、見た目だけじゃ判断できないものだから」
「でもさ、この状態でも舌を噛んで死んだりはしていないわけじゃない? どんな状態になっても自分の生存が第一ってタイプだと助かるんだけど」
「助かる、ね」「おいっ!?」
「やっと……やっと生け捕りにできた本懐だもの、簡単に死なれたら困るじゃない?」
「……僕はつい先日、拷問をしてるつもりで人を殺しちゃってた人間なんだけど」「ひっ!?」
おっと、それはいいアドリブね、レオ。今の「ひっ」はマリマーネじゃなくて芋虫女の方だ。案外いい声で鳴くじゃない。もう少し聞かせてほしいよ。
マリマーネ? 私の横にいるよ? 話に付いていけてない感じで、固まってる。
何はともあれやっと……本当にやっとだ。
おそらくこれは、拷問すれば色々吐いてくれるタイプの人間だ。別に、私達が拷問する必要なんてない。なんなら伯母に、ある程度のことを話してからこの女を引き渡せばいいのだ。もう少し詳しい事情を知って、それで問題無いと判断してからのことになるが、私は別に、自分で伯父を断罪したいだなんて思ってはいない。ざまぁの舞台に上がるのはもうこりごりだ。そもそも私が主演だと、演目がどうしてもざまぁにはならないと思う。だからもう、後はもう、信頼と実績ある伯母さんに任せたいよ。
「ま、いいや。もうとっとと捕縛しちゃお。一応自殺防止に猿轡も噛ませといて」
「そうだね、生き汚いかどうかはともかく、この人は少しでも隙を見せたら何かしてきそうな怖さがある。抵抗の可能性は早めに奪っておくべきだ」
「くっ……」
「あ、あの、ラナさん……ラナンキュロアさん……これは……」
「いいって、わかってるから、マリマーネ。悪いようにはしないから……その代わりに、お互い、余計なことは喋らないって契約で、どう?」
「は……」
「マリマーネさんは現状、成功しても失敗してもいい立場ではあるのかもしれませんが、マリマーネさん自身は失敗したいわけではないんでしょう?」
「……はい」
マリマーネには、とりあえず軽く釘を刺しておけばいい。将来的にこの釘は抜けてしまうだろうが、その時はその時だ。今はこれでいい、私自身の将来が未定の、今、この時は。
「この人らの処理はこっちでする。馬車だけ手配してもらっていいかな? さすがに四人は運べないから」
「貴様……貴様ぁ゛!!……ぐ」
猿轡越しに、吠える女性を、レオが踏み付けて大人しくさせる。
そのままレオは、鎖のカーテンの一部を剣で切り、それを女性の身体に巻きつけていった。
「処理って……」
横で、マリマーネはドン引きの表情だ。
その表情に、マリマーネは、ああこういうことに慣れていないんだなぁと思った。
それへ、だから何ということではなく、ただ少しだけ、羨ましいと思った。
「殺さないよ?……私はね。ここからは、高度に政治的な判断が必要……って話になってくるんじゃないかな? 私の手にだって余るよ。余り過ぎるよ。ホールケーキのカロリーくらいに余るよ。後は叔父さんと伯母さんと、そっちの方へ任せるよ、預けるよ。闇に葬ったりはしないから安心して」
「は……い」
「まぁその先で闇に葬られることはあると思うけど」「っ゛……」
「なんでそれ今言ったんです!? 私に聞こえるように!?」
「え? 口止め料に」
「悪質!! 料のところをなにか微妙に違う風に言ってたのが特に!!」
まぁこれで。
ひとつの山場は抜けた。だけどもう、次を考えなければいけない。
事態はその段階に入った。高度に政治的な判断は、さすがに私の手には余るが、高度に政治的な自分の保身は、どうあってもしなければならない。
幸い、誘拐に関しては、私は完全なる被害者だけど、事態の解決までに踊った、踊らされたその舞が酷かった。伯母さんがどこまで情状を酌量してくれるのかは不明だが、黒幕が伯父であるなら、そこはあまり心配しないでいいだろう。……そっか、でもそれもまだ確定してないんだったな。そこだけは私達で吐かせる必要がある。
拷問、か……できるつもりでいたけど、今は自信が、だいぶなくなってしまっている。
「ふぅ……」
「大丈夫? ラナ」
「怪我とかはしてないよ? ただ、これからのことを考えて憂鬱になっただけ」
この人達を尋問、あるいは拷問して、近くやってくるだろう警官からの事情聴取をやり過ごし、あるいは誤魔化して、叔父と伯母に連絡を取り、事態の説明をしてから下手人を引き渡す。
やることが山積みだ。そのどれもが気の進まないことばかりで、ウンザリする。
でも仕方無い、世の中なんて、どうせそんなことばかりだ。
レオがいてくれる、それだけで私はだいぶマシな方だ。
とにもかくにも、考えた中での最悪の最悪は避けられた、これがまだその一段階目であっても、今はそれを良しとしなければならない。
一件は、落着してないけど、この一件は決着した。
ならば次の一件に進むだけだ。
そうしてこうして。
私の中で漸く、一区切りがついたなと、思った
その瞬間。
「きゃっぴー! アタシの出番!? 不要!? ねぇ不要!?」
「な!?」「えっ?」
場の空気を、完全に一変させる声が、そこに響く。
「へ?」
虚を衝かれ、自分の口から間抜けな音が出てしまう。
入り口。
普通に、真っ当に、この部屋へはそこから入ってくるのが正しい、そのための入り口、そのための出入り口、そこから。
「あー……ユーフォミーちゃんよぉ、どーしてもーちょい、黙っててくれなかったかなぁ」
見知った顔、見知った声。
「きぇぴ!」「んぬ」
そして、全く見知ってはいなかったけれど、一度見たら絶対に忘れられなそうな、ものすごい存在感の顔、と声。なんだそのJKな自撮りポーズは。誰へのアピールだ。
「コンラディン叔父さん!?……と……え、誰?」「え……黒槍の、コンラディンさん?」
「あー、なんだ……よっ! ひさしぶり、姪っ子ちゃん」
「あっれー、やっぱりアタピィ、不要っすかぁ!? でもでもぉ! 犯罪者を捕縛するならぁ、ちゃあんと公的機関を通して!? ちぇぴっと通して!? 司法裁定それが必要! 私的制裁それ不要ォ!」
コンラディン叔父さんの横、「んぬ」としか発声してない大柄の男性の、その丸太のような腕に背中? を持たれ、おかしなテンションで独自言語みたいなのをまくし立てる……ええと……両足が無いと聞かされていた割には、こうして見ると少しだけある……その足を、今はジタバタと動かしながら、妙にすらっとした上半身と両手で、様々なJK自撮りポーズっぽいのを作る、おかしな形の眼鏡をかけた……片方だけサングラスの?……だけどかなり可愛らしい感じの女の子に、私はもう、なんていうかもう、とりあえずもう、こう思った。戸惑いの猛攻にもうこう思った。
「な、なんかキャラの濃いのが出てきた」
……と。




