表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/74

epis33 : Nameless monster


()()()()()()()()()()()()()


The flower bloomed, hoping that it would be white.

Pure white, cloud-like white swaying against azure.

It was so beautiful and shining.

【どうか白くと望まれて、その花は咲いた】

【純粋な白、空を背に揺れる雲のような白。それはとても美しく、輝いていた】


The flower bloomed, hoping that it would be black.

Glossy black, as if painted with lacquer.

It was so beautiful and shining.

【どうか黒くと望まれて、その花は咲いた】

【艶やかな黒。漆でも塗ったかのような黒。それはとても美しく、輝いていた】


The song was sung, hoping that it would arrive.

Egos are infected, fever is prevalent,

People dance crazy for enthusiastic banquets, lie down and sleep.

【どうか届いてと望まれて、歌は唄われた】

【エゴは感染し、熱病は流行って、人々は宴で舞い臥して眠る】


The song was sung, hoping that it would alive.

Egos are infected, fever is prevalent,

Soldiers dance crazy on the enthusiastic battlefield, lie down and sleep.

【どうか届いてと望まれて、歌は唄われた】

【エゴは感染し、熱病は流行って、兵士達は戦場を駆け、臥して眠る】


The child was born, hoping for happiness.

The hands have warmth, The hearts have dreams.

It was so strong, majestic, and devoured the world.

【どうか幸せにと望まれて、子は生まれた】

【手にはぬくもり、心には夢。それはとても強く、雄々しく、世界を食べた】


The child was born, hoping for hatred.

The hands have firearms, The hearts have chaos.

It was so strong, majestic, and killed the world.

【どうか憎めと望まれて、子は生まれた】

【手には銃、心には混沌。それはとても強く、雄々しく、殺していった】


Something was born that no one hopes.

【望まれない何かが生まれました】


Something don't know if white is hoped or black is hoped.

No god, no teacher, no guide, no one loves.

【白くなればいいのか、黒くなればいいのか】

【誰も教えてくれません】


It was a muddy mess.

And there is no shape and no fixed form.

【それはドロドロのグチャグチャで】

【そして形も無く定型も無い】


It's something what feels nothing when it dance crazy.

【それは踊っていても何も感じない】


It's something what feels nothing when it kills others.

【それは人を殺しても何も感じない】


Wander without happiness, wander without hate.

【幸せもなく、憎しみもなく彷徨って】


It was just purely looking for something.

【ただ純粋に何かを求めていた】


But at the end, "something" thinks "something" .

【だけど終わりに、何かは思う】


You said you should be pure.

After saying that, you let go of you.

【潔しと貴方は言って、この世を儚んだ】


You were maybe pure.

You were maybe beautiful.

That end was maybe beautiful, too...

【貴方はきっと美しかった。その最期さえも】


This world where you have lost your beauty is ugly.

【美しい貴方の消えた世界はとても醜いんだ】


It looked like that.

It looked like that to me.

【そう見えた。私にはそう見えたんだ】


At the bottom of Gehenna,

where the flowers have been lost, I'm just alive ugly.

【花の消えたこの掃き溜めで、醜くただ生きている】


I wish, I wanted you to be alive.

Because you were the only one in the world to be beautiful.

【私は貴方に生きていて欲しかった。貴方だけが美しかったから】


I wish, You wanted you to be alive.

【私は貴方に生きていて欲しかった】


Why did I wish it beautifully?

Why did I wish it shining?

【どうして美しさ、輝きなど求めたのだろう?】


Why did I wish it...

【どうしてそれを求めてしまったのだろう……】


Why is this world I got so ugly?

【どうしてその果ての世界はこんなにも醜いのだろう?】


It looks like that.

It looks like that to me.

【そう見える。そう見えるんだ……私には】


It must be a song, a monster song that no one wanted.

【それはきっと歌、誰にも望まれなかった怪物の歌】











<レオ&マイラサイド>


「ばうっ!!」「なっ!?」


 レオの(かたわ)らにあった白い巨体が飛び出す。


 おそらくは六十キロ(60kg)を超えるだろうその体躯が、レオの「無敵」に勝るとも劣らないようなスピードで幼女へと向かっていく。


「むん?」


 幼女、リッツは慌てて懐から泥団子を取り出そうとするが……遅い。


「がうっ!!」

「んぐっ!?」


 ベールに半分隠されていた首筋、あまりにも細いそこへ、マイラの牙が……食い込む。


「マぃ!……ぁ」


 レオはマイラの、その名を呼ぼうとしてハッとなる。マイラは王都では有名な犬だ、今はメイクをしてメイド服も着ている自分とは違い、その存在はすぐにラナと結び付けられてしまうだろう。


 人がこんなにも死んでいる事態の中心にあって、その名を呼ぶのは得策ではない。


「ぐるるるるるるるるるるる」

「あ、あ゛、ああ゛……」


 見れば、マイラのタックルを受け、石畳へ仰向けに倒れた幼女には、マイラの巨体が覆い被さっている。なにかを噛んだたまま首を振るその仕草を見れば、幼女の首の骨など既に折れてしまっていたとしても、何の不思議もなかった。


 大型犬が幼女を噛み殺している……これはこれで衝撃的な光景……だが。


「【もう……だからいたいのは、キライなんだってばぁ】」


 その、マイラ(の前足)よりも細い手が、ゆらりと持ち上がる。


「なっ!?」「きゃぅ!」


 弾かれたように、マイラが飛び退く。


「わんっ!」

「え?」


 そしてその身体はレオの方を向いて、「あっち! 少し右の方! その上を見て!」とでも叫ぶかのような仕草で、レオへと吠える。


「お前、何を……」

「わぅん!!」


 有無を言わさぬその勢いに、レオは幼女から視線を逸らしその向こう、右斜め上の方に注目をした。その時、マイラの様子になにかちくりとした違和感を覚えたが、それはもうほとんど反射的な確認行動だった。


「……あれは」


 だけど気付く。見慣れた王都の風景にあって、それはごくごく僅かな変異。おそらくは五十ヤルド(45m)以上先、目立たない建物の、その屋上付近。そうと知って見なければわからないほどの、ほんの僅かな「はみ出し」。


 知らなければ、臭嵐(しゅうらん)で飛んできた何かが引っかかっているとしか思えないそれは、だけどラナの魔法、罅割れ世界の統括者(フィヨルクンニヴ)が描き出す世界の罅割(ひびわ)れ、その黒い線だ。


 つまり、あそこに、ラナがいる。


「わんっ!!」


 目頭がジンとなりかけたレオを、マイラの声が引き戻す。


「お前……えっ?」


 目を離していたのは、おそらく五秒もない。


 だが、視線をマイラの方、幼女の方へと戻してみれば、そこにあったのは先程までとはまるで異なる光景だった。


 幼女が起き上がり、首から、なにか泥のようなものを垂れ流している。


 いや、垂れ流す……という表現とは、またなにかが違う。


 固形物であるとも、血のような液体であるとも思えないそれは、幼女の首から生えた触手のようだった。おまけに幼女の服はどこも赤黒く染まってはいない。それはなにかこう……ぶにぶにと(うごめ)き、まるでおかしなペンダントがそこにあって、水中でそれが、微妙な浮力を得てふよふよと漂っているかのようでもあった。


「【いたいのいたいの、とんでいけぇ】」

「なっ!?」


 そのナニカが……鞭のようにマイラへ向かって伸びる。


「わうっ!」


 だが予期していたかのように、マイラはそれを悠々と避ける。マイラは大型犬の、年齢的にはもう老犬の部類だが、その動きは俊敏で鋭い。いつも穏やかでのんびりしたマイラしか見てなかったレオは、その動きにも目を(みは)らされる……が。


「【あれ? よけられちゃった】」


 ゆらり、動く幼女に、それどころではないと思い直す。


「……人間じゃ、ないってことか」


 レオは直前にちくりと感じた、違和感の正体に気付く。人間の首を噛んだにしては、マイラの顔、口元は綺麗過ぎた。それはそう、幼女からは、血の一滴も流れなかったのだというかのように。


「ひ、スライム……こ、こいつ……ぎ、擬態型のスライムじゃないか」


 いまだ事切れぬ、下半身がグチャグチャになったまま、ナメクジのように這い回っていた男が言う。


「擬態型の、スライム?」


 レオの知識には無い、それは怪物(モンスター)の一種。


 成長するに従って無機物から小さい動物、大型の動物へと擬態するモノを変えていく不定形のバケモノ(アモルファステラー)。人に化けることは稀だが、化けた場合は人間の幼児並の知能を持つ。


「【きたないのは、いらな~い】」

「ひっ!?……ぎ、ぅ……」


 その首から伸びる泥色の粘体が、今度は針のようになって伸び、既に瀕死の状態だった男の頭を、しかし無慈悲にも貫いた。男性は数秒だけビクビクと身体を震わせ、そのまま事切れる。


「なん……なんなんだアレッ」

「わ゛んっ!! ぐるるるるるるる……」


 あまりといえばあまりの事態に、一瞬呆けていたレオの理性を、マイラの大型犬らしい迫力のある咆哮(ほうこう)が叩き起こす。


 自分に背を向け、幼女へと牙を剥くその姿を()、レオは直感的にその意図を察した。


「……ここは自分に任せて、ラナの元へ行け?」

「わんっ!」


 問えば、言葉がわかっているかのように返事が返ってくる。


 ここまでレオを導いてきてくれたマイラ。おそらくはラナの臭いを辿ってであろうが、それ以前にどうしてラナの窮状(きゅうじょう)が、(いえ)にいたであろうマイラに伝わったのか、それがわからない。レオの脳裏に、犬とはこれほどに賢いものであっただろうかと一瞬の疑問が湧くが、もうここに至ってはそのようなことなど、どうでもいいのだと思った。ラナと長い時間を過ごしてきたマイラだ、その間に、なにか特別な奇跡が宿ったとしても不思議ではない。


一分(いっぷん)、付き合う」


 だから、レオもその奇跡に賭けたいと思った。


「……わぅ?」


 ラナの魔法は最強だ。発動したのなら、解除されるまで彼女は無敵のはずだ。


 ラナの魔法、その制限時間の長さは今もなお不明だ、それだけはいまだレオも知らない。だが少なくとも四、五分程度もつことは経験からわかっている。幼女が現れるまで、前方にあのようなものは見えなかった。なら、発動してからまだ二分も経っていないはずだ。


「僕が、行く」

「……わぅ」


 だから一分、レオはマイラに付き合うことにした。


 それくらいなら、呼子笛(よびこぶえ)の召集に応じ駆けつけてくる警官もまだ、少ないことだろうから。


 レオは剣を、ここに至ってもふんわりと笑う幼女へと向ける。


「……いくよ?」

「【あそんでくれるのぉ?】」


 それは、相手が人間ではないと判明したから斬れる……という話ではない。


 今だってレオは、彼女(?)が警邏兵(けいらへい)を殺したことに憤慨などは覚えていない。レオにとって警邏兵とは自分を追いかけ、自分の生存を邪魔してきた相手だ。親しみなど無い。


 別に、殺したいとは思っていなかったし、実際、今まで警邏兵、警官を切り殺したことなどもない。その能力があったにも関わらず、だ。


 だけどそれも、面倒事が増えるから避けていたというだけのことであり、警官を尊敬していたわけでも、尊重していたわけでもない。レオにとって、本来感情移入したくなるのはむしろ目の前の怪物のように……誰にも、何者にも理解されないような生態を晒す……ある意味では孤独なイキモノの方であるとさえ言える。


 しかしここに至ってレオは思い出した。


 再認識したと言ってもいい。


 ラナは、自分の大切な人で。


 マイラは、そのラナを護ろうとする相棒であり……先輩であるのだと。


 マイラは迷わない。目の前の幼女が、たとえ本物の幼女であったとしても、それが自分達の道を遮り、人を何人も殺した時点で、「敵」と認識して飛び掛っていたことだろう。


 怪物には怪物の、そこにいて人を殺す理由があるのかもしれない。もしかすれば、誰か力のある人間にそれを強制、または誘導されているのかもしれない。無垢に人を殺すこのバケモノには、実はなにも責任が無いのかもしれない。


 だが、ここに至ってはその全てを斬り捨てるべきだ。


 これに感情移入……してはいけない。


 レオはマイラに、そう言われた気がした。


 自分よりも長く、ラナを見守ってきた先輩の()()だ。


 ラナの窮状を察して、正しく自分をここまで導いてくれた、信頼できるパートナーの()()だ。


 ならばここは、それを信じるべきと思った。


 だからレオは幼女、あるいは怪物を殺す。そうすべきであると決意した。


 犬を信じ、自分の全てをそこへ預けるのは、なんだかとても懐かしい行為であるように思えた。この生では初めてのことなのに、なぜだかそうではないのだと思える。


「手を出さないで。これからの僕は、ただの剣だ」

「わぅん」


 やはり言葉がわかっているのか、マイラは前足を折り曲げながら大人しくレオの後ろへと下がる。


 まるでレオの無敵を知り、この場の決着をそれへ預けたような格好だ。


 信頼してくれているのだと思った。


 なら、もう殺意に感情などは乗せない。自分はただの剣だから、それに必要なことだけをただ、()す。


 だからただ、殺意がそう求めるままに、剣を構えた。


「【こないのぉ?】」

「いくさ」


 レオに、幼女の言葉はわからなかったが、真剣に対峙すれば通ずるモノというのはある。ひとつの、それぞれ別の言葉しか知らぬ者同士。だがふたりはどこか似ている。どちらも幼く、その半生は人らしい生き様ではなかった。人を殺してきた。今もその地獄にいる。地獄で、だけど今は人として生きている。


 ──ああ、死ねば皆、天国に行けるならいいのに。


 人殺しは、だから救いの無い世界で祈る。











怪物(リッツ)視点>


 それを、うつくしいと思った。


 どうしようもなく、りふじん? なまでに美しいと思った。


 悲しいほどに……うつくしいと……思ってしまった。




 ああ……壊れていく。




 自分が、壊れていく。




 嬉しいと思う。


 あるいはもう楽しいとさえ思う。




 少年の剣がひとつ、振られるたび、自分が壊れていく。




 私のナカに、なんどもなんども、絶対にとめられないモノが入ってくる。




 私をうばっていく。




 どうにもできない。




 こんなのもう、どうしようも、できないよ。




 あ、あっ、あぅ、あっ、あ。




 それはもう、最初の何回かで察した。


 泥爆弾……泥へリッツの身体そのものをこねこねして、小規模な爆裂魔法とするリッツ最大の攻撃手段……を投げようとも、その瞬間に、対象であったはずの少女の身体はツインテールを揺らし、爆裂の範囲から外れてしまう。


 犬に噛まれたことで擬態が(ほど)かれてしまったその触手を、錐のように打ち出そうとも当たらない。


 直線的なその攻撃は、最小限の動き、それだけで(かわ)されてしまう。


 ここに至るまで必勝、あるいは必殺であったリッツの攻撃は、もうなにも通じなかった。


 ああ、見せすぎちゃったかな……と思う。始末しろと言われた相手が、ぜんぜん強そうに見えなかったから、遊びすぎちゃった。


 少年は、爆裂範囲を完全に、はあく? していて、それをかんぺき? に避けながら、自分のこの身体を削っている。


 ()()()でもよく見た、ヒーロリヒカ鋼の剣。


 青く光る部分と赤く光る部分が木目状に交じり合った刃紋。


 自分の今の支配者も使っている逸品、高級品。


 それが翻るたびに、自分が身体が小さくなっていく。結節点(ノード)が身体ごと持っていかれてしまう。切り離されたそれは孤独の中でみんなみんな朽ち果てていく。


 あの()の姿を模したこの身体が、ほうかい? していってる。




 それは、だけど、それだけは悲しいと思った。




 あの()だけが美しいと思えたから。




 うつくしいものがきえてしまうのはかなしいから。




 リッツ……人を殺すため生まれ、人を殺すため育てられた……ここよりもふかい、ここよりもくらい、地獄に咲いていた少女。その名を継ぐ自分は、ずっと人を殺すためだけに存在していた。


 そういうバケモノを、あの国はたくさん飼っている。


 ヒュドラ、コカトリス、バジリスク、キマイラ、ワイバーン、自分と同じような不定形のバケモノ(アモルファステラー)


 オーク、ラミュア、アラクネなどの敵性亜人(てきせいあじん)も、数こそ多くないがじゅうぞく? していた。


 なんのためにそんなことを……と思うけど、答えは誰も与えてくれなかった。


 理解する時間も、もう無い。


 今更、もう無い。


 自分はここで終わる。その先が無限の闇なのか、それとも地獄とやらなのか、あるいは何も無い完全な無であるのか……まぁ、その答えは、どうせ数分後にはわかることだろう。




 この剣はうつくしい。




 少女……いや、これは少年?……の肉体が跳ねるたび、青と赤の軌跡は円を描き、自分を削っていっている。その際に跳ねる金色のツインテールがキラキラしていてキレイだ。


 何をどう抵抗しようとも、もう何もできない、敵わない、どうしようもない。


 ただもう、野鳥に(たか)られる死骸のように、自分が小さくなっていく。




 だけど、それはもう、あの()が死んでからずっと見ていなかったうつくしさだ。


 この剣は、その軌跡は、うつくしい。




 まるで、花みたい……と思った。




 少年の描く軌跡は、まるで花のようだと思った。




 擬態、したくなる。




 あの剣のように、うつくしくなりたいとおもう。




 けど、ムリ。




 これは理外。自分には理解できないナニカ。


 擬態型のスライムであっても真似できないナニカ。


 そうであることに、ガッカリする。




 ああ、あの()とは違うんだ……と思う。




 ああ、この()とは違うんだ……と思う。




 蟲毒(こどく)だからと殺しあわされていた、この相貌(そうぼう)、本来の持ち主。今の今まで、世界でうつくしいのはあの()だけだと思っていた。




 出会ったのは、じめじめした、光の届かない地下。


 同じような境遇で育ち、同じように生きてきた仲間達。


 同じような境遇で育ち、同じように生きてきた子供達。


 それを数十人と集め、殺しあわせ、最後に残ったひとりを、その段階からあんさつしゃとして仕込む。


 あとからそれは、蟲毒(こどく)という、そういう儀式なんだと教えられた。楽しそうなマルスと、渋面(じゅうめん)を作るアルスに教えてもらった。




 少女(リッツ)はその、最後まで生き残ったひとりだった。


 同じような境遇で育ち、同じように生きてきた同年代の子供達を、何十人と殺して最後に立っていたひとりだった。


 少女(リッツ)は泣いていた。


 何十人もの()()を殺してしまったことに、泣いていた。


 こんなはずじゃなかったと、己の運命を呪っていた。


 大虐殺の果てに、自分は人など殺したくなかったのだと気付き、泣いていた。






 うつくしいとおもった。




 うつくしくなりたいとおもった。




 だから岩に擬態して、その場にそんざいしていた()は、心趣(こころおもむ)くままに、彼女へと擬態して、岩肌から離れた。




 血塗れの姿を、そのままに擬態して、オリジナルの彼女の前にぬっと立ってみた。




 鏡像のような私を見、ヒクと一度だけしゃっくりをした少女は、ぽつりと言った。




 殺して……と。




 あなたは天使? それとも悪魔?


 私にはもうなにもわからないけど、お願い、その姿で私を責めないで。


 その姿の私を、この私に見せるのはどうかお願い、やめて。


 あの子の、その子の、この子の血で染まる私の姿を、私に見せないでほしい。




 どうして? きれいなのに。




 いや! 汚い! 汚くておぞましいよ!


 こんな風に汚れていくなら潔く死んでしまいたいよ!


 生き残ったのは私、だからみんなを殺したのも私。どうしてそんなことになったのか私にもわからない。わかるのは、時間をもし、ここへ連れられてこられた時点に戻せるのなら、私は迷わず最初の犠牲者になる。誰の死ぬ姿も見ないまま、死んでしまいたい。




 だけど結果は出て、それはもう覆らないから。




 この記憶が、私から消えてなくなることはないから。




 だから殺して。




 お願いだから、もう殺してよぉ……と……彼女はそう言って……しくしくと泣き続けた。




 どうしていいか、私はわからず、もう、やりたいことは無いの? とだけ聞いた。




 わからないと言われた。




 じぶんはあんさつしゃになるために育てられたから、生きてすべきことは人殺しだけなんだと、汚いと言う割に、身体に付着した血を一滴すら拭おうともしないで、まるで彼女はぜつぼうを、うたうように言った。




 じゃあ、それを私が、やってあげるよと言った。




 血塗れの少女はうつくしかったから、少女に擬態し続ければいつか自分も、うつくしくなれるかもしれないと思った。




 うつくしくなりたいとおもった。




 私は彼女のように、うつくしくなるためにうまれたんだと思った。




 私の代わりに、生きてくれる?




 うん。




 それで、契約はかんりょう。




 少女は、ありがとう、おねがいねと言って、持っていたナイフで、自分の首を掻っ切って死んだ。




 最後に咲いた血の噴水、その花を、私はやはりうつくしいと思った。




 それからずっと、私は彼女の代わりに人を殺して生きてきた。


 蟲毒(こどく)を生き残ったイレギュラー、それを面白がったマルスに引き取られて生き、殺して、殺して、殺して、殺してきた。


 少女の身体を模したその目で見た世界は、だけどきたなかった。


 みにくかった。


 だけど殺し続けていれば、いつかまたうつくしいものに出会えると信じて、殺し続けてきた。


 時にいたいいたいおゆうぎに付き合わされ、()()をぶっ殺して怒られたりもしたけど、当たり前のように結果が得られなかったそれはすぐに棄却されて、私は人殺しに戻った。


 そうしているうちに、人間は、そのほとんどがみにくいんだなって気付いた。


 彼女だけがれいがいだったんだと思った。


 だから半分、もう諦めかけていた。


 けど、もう半分で諦め切れなかったから、ただただ人殺しを続けていた。


 みにくいものを殺すのは、たのしいたのしいおゆうぎでもあった。




 みにくさに、絶望しきったら、彼女のように泣けるのだろうか。




 心のひとかけらでそんな風に思いながら、生きてきた。




 うつくしくなりたいとおもった。


 うつくしくなりたい。


 うつくしく死にたいとおもった。






 今……ここでそれが成る。




 ああ、ここに今、花が咲いている。




 人殺しの花が咲いている。




 殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺す意思しか持たない、純粋な人殺しのうつくしさがそこにある。




 加害者である少年と、被害者である私がペアを組んで踊る、死のダンス。




 ああ、私はもう私を保てない。


 結節点(ノード)を失いすぎてしまった。


 だけど後悔はしていない。私は私が、どうして彼女をうつくしいと思ったのか、その理由をずっと知りたいと思っていた。それが今、わかった。


 私は彼女に、殺されたかったのだ。


 殺したことを悔やみ、その傷を一身に受け、泣いている彼女の、その()のひとつに、私はなりたかったんだ。


 だってその()は、とてもうつくしいとおもえたから。


 だから惹かれた。うつくしいとかんじ、近付きたいと思った。


 私はあの時、鏡像のような私を、少女が斬り捨ててくれることを期待して、ナイフを手放していなかった彼女の前に、だから許されぬ姿で現れたのだ。


 彼女なら、何のために生まれたのかもわからない私を、その心の片隅にでもしまっておいてくれると思ったから。




 だって、私は期待している。




 こうして花のように私を殺しきる少年に、私は期待している。


 どうか私のことを、覚えておいてと祈っている。


 誰にも望まれず、自分自身、何のために生まれたのかもわからなかったこの私のことを、覚えておいてほしいと、(こいねが)っている。




 じめじめした地下に発生して、本能の趣くまま、食欲の趣くまま、あるいは心の趣くままに生きてきた私は、何の意味も持たないセイブツだった。生きる意味のないセイブツだった。




 身体はいくらでも変形することができた。


 身体は不定形だった。




 だけどもう心が変えられない。




 私は死にたかった少女に擬態して、その望みどおりここでうつくしく死ぬ。




 私は私が私でなくなる最後の一瞬に、ああ……満足だと思った。











<レオ視点>


 意識が戻る。


 その瞬間に見たものは、笑顔。


 首だけになった幼女が浮かべる、満面の笑顔だった。


 チョコレート色の長い髪を波打たせながら、その首が落ちる。頭部の一部も既に欠けていたが、そこから脳漿(のうしょう)のようなものが零れることはなかった。


 斬り、千切ってばら撒いたその身体は、もう泥色ですらなく、様々な色のゼリーのようになって石畳に転がっている。その様は、ペクチンゼリーをふりかけたチョコバナナのようにも見える。


 それへ、これはやっぱりバケモノだったんだなと再認識する。


 感情移入はしない、その生き様に想いを寄せたりはしない。


 だけど。


 理解できないそれを、自分はきっと忘れられないのだろうな……とも思った。


 それは僕にもラナにも、どこか似ていたから。


 どうしてそう思ったのかは、よくわからない。


 もしかしたらたったひとり、普通も常識も良識も無い世界でただなにかを求め、生きていたように見えたからかもしれない。その果てにあるモノの、それはひとつの形だったのかもしれない。なんとなくそう思う。


 だって僕も、もしかすれば僕達も、そういう意味ではバケモノなのだから。


『そして君の中で物事の価値基準が強いか強くないか……それだけというなら、君はもうきっと何も学べない。戦って戦って、死ぬまで戦い続けるしかなくなる。それがいいなら、そういう風に生きたいなら、僕は面倒見切れないよ?』

『えらっそうに。戦って戦って死ぬまで戦うのの何が悪いっていうんだ』


 なぜか浮かんでくる、ラナの叔父さんの言葉を振り払うかのように、僕は首を振る。


「わぉんっ!」

「わかってる……いこう、ラナのところへ」


 感傷は、あとだ。


 そんな時間は、今の僕達にはない。


 警備兵の何人かが、目の前で繰り広げられた斬殺による惨殺シーンに、再びの呼子笛を吹いている。それはもう狂ったかように、ピュルピュルと(うるさ)い。それはその音に反応して街のあちこちから聞こえてくる鳴り物の音とも相まって、不協和音の嵐の様相を(てい)していた。


 僕は走り出す。マイラを伴って駆ける。




 僕は人殺しだ。


 だけどもう、あの時のような……僕の縄張りで女の子を取り囲む……逆臭嵐(ぎゃくしゅうらん)のようなことをしている七人(しちにん)を見つけたあの時のような……衝動的な殺意ではない。


 あの時は心底うんざりしていたから。


 どこも壊れていない……ようにその時は観えた……その場には相応しくない女の子が怯えていたから。


 僕はただ、暴れたいだけだったのかもしれない。


 理不尽が理不尽を生んで、運の悪い誰かに全てを押し付けるこの世界を、壊したくて。


 女の子が、ラナが、仮にそれを望んでいなかったとしても、そんなことは知ったことではないと思っていた。だから問答無用で襲ったのだから。あの時の僕は狂犬だった。




 ちょっと頭のおかしいラナは、そんな僕に自分と家人(かじん)の命、全てを預けるという、今にして思えばだいぶ頭のおかしい賭けに出て、僕を洗い、ご飯を食べさせてくれたけど。




 やっぱりそれは、だいぶ本当に、とても危険なことをしていたんだと思う。


 僕の側から見ればそんなことは無くても、狂犬のようだった僕のどこに、それだけのモノを賭けられる要素があったというのだろうか? ラナ以外の誰がそんな選択をしてくれただろうか?




 ラナは僕に騙されてくれた。


 騙されたまま、僕を人として扱ってくれた。




 始まりは、勘違い。


 あるいは嘘、幻想(ファンタズム)


 だけどその嘘は僕に染み込んだ。


 幻想を吸い、共有して僕は変わった。ラナに変えてもらった。




 僕はラナが信じてくれる僕でありたいと思った。




 ラナが信じたのは、賭けたのは、僕がラナを護るという幻想。




 僕もそれを信じたい。




 だから……どうか無事で。




 祈りながら、不協和音鳴り響く王都を、僕は駆け抜けた。











 ※冒頭の詩について


 作者は英語が得意ではないため、英語的におかしな部分があるかもしれません。


 これは前作で没ったモノを一部改変して使いました。元は「リッツ」と同じ人型スライムの「ルカ」というキャラクターを構築する上で描いた、イメージスケッチのようなものです。


 前作は諸々が母性父性親子愛で動いている世界観であり、「ルカ」もある種、母性的なキャラの予定でしたが、それらは今作で敢えて排している要素であるため、「リッツ」も「親」の気配のないキャラクターとなっています。妊娠することの無いエロいお姉さんというのとの二択で、天涯孤独なロリとなりました。


 今作の世界を動かしているのは「ラナとレオ」「ツグミとナガオナオ」に代表される(ある時は共依存的な)パートナー同士の関係であったり、そこかしこへ悪趣味にばら撒いてる性欲、性愛の混乱と暴走だったりします。「リッツ」はこの二択から、前者を選んだ感じです。


 レオはリッツに感情移入しかけ、それを振り払っていますが、この時点におけるレオがリッツと根本的に違うのは、パートナー、感情の移入先、依存先がまだ生きているということです。それは繋がりが断絶されていないということです。一方的になる前に、いくらでも修正が効くということでもあります。


 それが(一番最初に)失われてしまった「リッツ」は、だから不定形のバケモノでありながらも「だけどもう心が変えられない」キャラクターであり、自分の中で偶像化された少女への憧れだけに生き、そのままに死にました。書いてから新●界よりの日●光風みたいだなと思った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ